水上の黄金帯(6)
「――エン、で、今回の目的地はどこなんだ?何も知らされずについていくだけってのは、さすがに嫌だなぁ。」
通信機越しに響くクレイドの声には、いつものように軽い調子が混じっていた。
炎はルームミラー越しに後方を確認する。
ギルドの四駆はぴったりと後ろについていた。
「漁村港。」
簡潔に、冷静な口調でそう答える。
数秒の沈黙後、セナの冷たい声が続く。
「今になって目的地?あそこは車両の進入が制限されてる区域。どうやって入るつもり?」
炎は視線を前に戻し、ハンドルを握る手に力を込めて黙る。
「臨時通行許可を申請しろ。お前たちでな。」
セナが鼻を鳴らし、不満を隠さずに返す。
「今さら申請?……まさか、あの場所に何があるか、まったく知らないんじゃないの?」
炎は答えず、沈黙が彼の迷いを物語る。
マップ上では“高リスク区域”とマークされているが、実際のところは彼にも分からない。
その緊張感を断ち切るように、コールが口を挟んだ。
「セナ、黙れ。今すぐアイデンに申請を飛ばせ。文句は後だ。」
コールがごつい手でハンドルを軽く叩く音が通信機越しに響く。
セナが小さく舌打ちしつつ、端末を操作する。
通信機からタップ音や画面操作のかすかな音が漏れる。
一方、炎は目の前の道路に意識を集中させる。
まっすぐ伸びる高速道路の先、視界が開け、巨大な橋が姿を現す。
それは海峡をまたぐ巨大な吊り橋で、
銀色の鋼索が織り成す橋梁は、まるで空へ向かって伸びる龍のように見える。
両側には斜張式のタワーがそびえ、この空間を支える巨人のように見える。
海風が窓を叩き、潮の香りに微かな鉄の匂い――どこか懐かしい気配が混じる。
橋の下には波がキラキラと光を反射し、穏やかに揺れている。
遠くに漁船の灯りがちらほらと見え、静寂の中にも人の営みを感じさせた。
「漁村港なんて場所、危険区域には見えないけどなぁ。」
クレイドの声が再び通信機から聞こえる。
その声には皮肉まじりの軽さと、わずかな探るような調子が混ざっていた。
「なあエン、今回の目的って、結局なんなんだよ?」
炎の目が車窓の外を滑り、広がる海景を捉えた。
「――分からない。分からないから、行く価値がある。」
冷たく、それでいて確信に満ちた答えだった。
「……安心できる答えだこと。」
クレイドがぼそりと呟き、鼻で笑ったような音が小さく混じる。
陽光が橋を照らし、鋼の路面が白く輝く。
車列は橋を抜け、左右の景色が海湾からゆるやかな海岸線へと変わっていく。
水面には陽の光が跳ね、金の粉をまいたように輝いていた。
まるで海そのものが、光の鎧を纏っているかのように。
橋の背後には連なる山々、頭上には流れる雲。
静かで、それでいて何かを待っているかのような、張り詰めた風景がそこにあった。
「なぁ、本当に漁村港なんて行くのか?あんな小さな漁村に、何かあるようには思えねぇけど。」
クレイドが少し真面目な声で問いかける。
セナも資料をめくりながら、冷ややかに口を開いた。
「……あそこに何があるというの?」
炎は答えず、黙ってアクセルを踏み込む。
車体が速度を上げ、風がフロントガラスを鳴らす。
後方の車内、コールが前を見ながら不満げに呟く。
「口が重てぇ奴だな……何も話さねぇ。セナ、申請はどうだ?」
セナは端末を睨みながら、冷静に返した。
「送信済み。だが、許可が下りるまでにはまだ時間がかかる。現地に着いたとき、間に合えばいいけど。」
静かなエンジン音と、通信機から漏れる微かな機械音――
その中に混じる一抹の緊張と、誰にも見えない不確かな影。
車列は、やがて港町の気配を感じさせる道路へと入っていく。
だが、その先に待つのがただの“漁村”かどうかは、まだ誰にも分からなかった。