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水上の黄金帯(5)

 エンはアイデンから送られてきた位置情報を頼りに、いつもの駐車場へと向かった。

  視線を巡らせると、すぐに一台のギルド所属車両が目に入る。深いグレーのボディに、無数の傷跡と泥汚れがこびりついていた。

  明らかに戦地を何度も駆け抜けた車両だ。


 ドアはわずかに開いており、三人のハンターたちが車内外にそれぞれ待機している。

  エンが近づくと、外に立っていた屈強な男が先に気づいた。


 男はがっしりとした体格に、刈り込まれた黒髪。毛先がわずかにカールしており、どこか野性的な雰囲気を漂わせている。

  顔には一本の傷跡が走り、その表情にさらなる厳つさを与えていた。腕を組み、エンをじっと見つめるその目は、露骨な警戒と評価を隠そうともしない。


「てめぇが“エン”か?」

 低くしゃがれた声。その言葉には、自然と相手を圧する力があった。


「そうだ。」

  エンは短く、冷ややかに答えた。視線を横へ移し、車内の二人にも目を向ける。


 後部座席には細身の若い女性が座っていた。

  ショートカットの髪は灰色の表層に、うっすらと青みを帯びたインナーカラー。

  控えめな照明の中でも独特の光を放っていた。


 整った顔立ちだが、柔らかさは感じられず、代わりに近寄りがたい冷気を纏っている。

  標準的な戦闘服を着ているが、胸元には小さなマスコットバッジがひとつ。冷酷な雰囲気の中に、妙な違和感を残していた。


 彼女はエンに一瞥もくれず、手元のノートにペンを走らせ続けていた。

「挨拶する気はないわ。目的だけ話して。」

 顔を上げることもなく、素っ気なく言い放つ。


 助手席にはもう一人の男。

  体をシートに預け、口元には火のついていない煙草。

  三人の中では一番飄々とした雰囲気で、気だるげな笑みを浮かべている。


 髪は茶色がかった乱れ気味のミディアムヘア。

  体格は細めだが、肩や腕から覗く筋肉の線が、戦場で鍛えられた身体を物語っていた。


「まぁまぁ、冷たくすんなよ。仲間なんだし。」

 男は煙草をくるくると指で回しながら、軽口を叩いた。

  「“エンさん”、お噂はかねがね。」


 エンの目が彼の顔に止まり、記憶の奥が刺激される。

  ――この三人。たしか、あの遺跡で夜行者と遭遇したとき、マイルズを援護していた連中だ。

  当時、自分はひどく負傷していて、この三人に強引に車へと押し込まれた。

  乱暴な扱いは、今でも記憶に残っている。


「……どうやら、顔見知りだな。」

 声は冷ややかだが、視線には一瞬の鋭さが走る。


 車外の男がニヤリと笑った。

「そうだな。あの時のてめぇは、今と比べりゃずいぶんと大人しかったぜ。」


 後部座席の女が顔を上げ、冷たく言い足す。

「私たちがいなかったら、今頃あんたはこの世にいなかったかもね。」


 茶髪の男は肩をすくめて穏やかに笑う。

「まぁまぁ、そう言うなって。あの時はあの時、今は今さ。まさかまた一緒に任務することになるとは、ね?」


 エンは無言で三人を見渡し、眉を寄せて黙る。

「……こっちとしても、どんな奴らと組むのかは知っておきたい。」


 屈強な男が腕を組み直し、鼻を鳴らすようにして名乗った。

「コール。マイルズの直轄部隊、戦闘班の主力だ。体術、銃火器、近接戦闘、何でもやれる。」


 顎をしゃくって見せる仕草には、自信と荒っぽさが滲んでいた。

「前に出る役が欲しいなら、俺を使え。」


 後部座席の女性も筆を止めずに口を開く。

「セナ。偵察と遠距離支援が専門。騒がしいのは嫌い。話は要点だけで。」


 茶髪の男が煙草をポケットにしまい、にこやかに続ける。

「クレイド。情報分析と戦術支援。たまには現場にも出るけど、基本は頭使うタイプかな。……それと、三人の中じゃ一番性格がいい。覚えといて。」


 軽口の途中、彼の目がふとエンの足元を捉えた。

  アルの存在に気づいた瞬間、クレイドの眉がひょいと跳ね上がる。


「……おや、そいつは……猫か? しかも連れてきたってことは、一緒に行動する気?」


 セナも視線を上げ、無表情で言葉を挟む。

「見た目は可愛いけど、雰囲気が普通じゃない。連れてくにはリスクがあるんじゃないの?」


 コールは腕を組んだまま、じっとアルを見下ろしながら唸る。

「このちび……戦えるのか? まさか足手まといってことはねぇだろうな。」


 三人的疑問に、エンは何も言わず静かにしゃがみこみ、アルの頭を撫でる。

  アルはおとなしく座り、尻尾をゆるやかに振る。


「お前らが思ってる以上に、ずっと役に立つ。」

 淡々とした声に明確な信頼と意思が込められている。

  エンは立ち上がり、三人を一瞥して続ける。

「それに……アルは“俺と”一緒に動く。“お前たち”とじゃない。」


 クレイドは肩をすくめて笑う。

「了解了解。いいじゃないか、連れてこようが何だろうが。……その子が本当に役に立つなら、こっちとしても歓迎だよ。」


 エンは小さく頷くと、無言で自分の車へと向かった。

  軽く片手を上げ、三人に「ついてこい」とでも言いたげな仕草を見せるが、顔を向けることはなかった。

  車のドアに手をかけながら、ざっと施錠状態を確認し、何事もなかったように準備を進める。


 その背中を見送る三人の間に、微かな空気のざわめきが生まれる。

  言葉には出さずとも、目配せ一つで、それぞれの心中が読み取れた。


 最初に口を開いたのはコールだった。

  苛立ちを隠しきれない声で言い放つ。


「一緒に乗らねぇのか?……まさか、俺たちを警戒してるってわけじゃねぇよな?」


 エンは動きを止めることなく、背を向けたまま静かに答えた。

「警戒してるわけじゃない。ただ、そっちの車には乗りたくないだけだ。」

 言葉に感情はなく、それでいて拒絶の意思は明白だった。


 クレイドが肩をすくめ、飄々とした笑みを浮かべる。

「ずいぶん避けられてるなあ。じゃあ、俺がそっちに乗ってもいい?ちょっと仲良く話そうぜ? お互いのことも知れるかもしれないしさ。」


 エンはわずかに横目で彼を見やり、低く、そっけない声で返す。

「必要ない。」


 その瞬間、クレイドが一瞬言葉を呑み、すぐに苦笑を浮かべる。

「冷たいなぁ。マイルズと同じ匂いがするよ、ほんと。」


 後部座席からセナが顔を出し、抑揚のない声で言う。

「もういいでしょ。時間の無駄。彼が嫌ならそれで終わり。こっちにはやることがある。」


 コールは不満そうに鼻を鳴らしながらも、口を閉ざした。

  それでも、最後に一言だけ吐き捨てるように言う。


「変わったヤツだな……まあいい。せめて通信は繋いどけ。」

 そう言って、車内からイヤーピース型の通信機を取り出し、無造作にエンへと放る。


 エンはそれを無言でキャッチし、ちらりと確認しただけで何も言わずに車に乗り込む。

  エンジンをかけながら、淡々と告げた。


「連絡は取る。無駄話はいい。」

 その横で、アルが助手席の窓から顔を出し、耳をぴくりと動かしながら、三人の方を見つめる。

  しっぽをゆるやかに振るその仕草は、まるで小さな「じゃあね」のようだった。


「……猫の方がまだ礼儀あるな。」

 コールがぼそっと漏らし、アルを睨みつけた。


 クレイドはあくび混じりに笑いながら、肘を窓にかけて言った。

「いいじゃないか。あれがエンってやつさ。付き合い長くなるなら、早めに慣れとこう。」


 セナは無言でノートをめくりながら、鋭く締めくくる。

「これ以上時間を食うなら、本当に置いてかれるわよ。」


 その瞬間、エンの車がゆっくりと走り出した。

  テールランプが一度ちらつき、道路の先へと姿を消していく。


 コールは黙って車のドアを乱暴に閉め、エンジンをかけながら呟いた。

「……ついていこう。置いてかれるのはごめんだ。」


 その言葉とともに、ギルドの四駆も滑るように駐車場を出た。

  静かな道路に、二台の車が影を重ねて進んでいく。


 車内には一瞬の静けさ。

  低く唸るエンジン音だけが空気を震わせる中、クレイドが座席を倒しながらぼやく。


「……こりゃまた、面倒な一日になりそうだ。」

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