封印と解放の序曲(5)
炎とカルマは慎重に煙の中を進み、遺跡の核心へと歩を進めていた。
しかし、その時だった。
突如として闇の中から人影が現れ、彼らの行く手を阻んだ。
それは、屈強な体格を持ち、圧倒的な気迫を纏った狩人だった。彼の手には長剣が握られており、刃には緑色の紋章が淡く輝いている。それは、魔物を討つために特別に施された符術だった。
男はエンとカルマを一瞥すると、口元に微かな笑みを浮かべ、目を細める。その瞳には、狩人としての興奮と挑発的な光が宿っていた。
「これは驚いたな……」
男は顎をわずかに上げ、視線をカルマへと向ける。その目には、興味深げな色が混じっていた。
「噂には聞いていたが……まさかこの地でお前たちに出会うとはな。ずっと楽しみにしていたんだ、特に——」
彼は一瞬、わざと間を置き、さらに挑発的にカルマを見つめる。
「——お前のことをな。」
彼の言葉には、どこかからかうような響きがあった。
「美貌と知略を兼ね備えた女狩人……果たして噂通りかどうか、確かめさせてもらおうか。」
カルマは片眉をわずかに上げ、微笑を浮かべる。その笑みには冷ややかな嘲りが混じっていた。
「ふぅん……噂を耳にしていたってことは、私のやり方も知ってるんでしょう?」
彼女の声には、わずかに冷たい鋭さが宿っている。
炎はそんなやり取りを黙って見ていたが、やがて無言で符術銃を構え、銃口を男へと向けた。
「どけ。」
その一言は、低く、そして鋭く響いた。
「俺たちは忙しい。お前の遊びに付き合っている暇はない。」
その狩人は微塵も怯むことなく、むしろ興奮したように剣を握り直した。
その瞳には、執念と闘争心が燃え盛っている。
「こんな好機、逃すわけがないだろう?」
声を弾ませながら、狩人は剣を軽く振り、挑発的に笑った。
「これほどの相手に出会えるとはな……腕が鳴るぜ!それに——」
彼の視線が炎の手元へと向かう。
「その銃の噂、前から気になってたんだよ。」
そう言いながら、狩人は身構えた。全身から戦意があふれ出し、まるでこの戦いを心から楽しんでいるかのようだった。
「ならば——」
炎は静かに手を上げた。
符紋が刻まれた銃が青く光を放つ。
「お望みどおり、相手をしてやる。」
冷徹な声音が、静寂を切り裂くように響いた。
カルマはくすりと笑うと、その手に赤々と燃え上がる炎を灯す。
「噂どおりかどうか……身をもって知るといいわ。」
瞬間、戦いが始まった。
狩人の長剣が緑の輝きを帯びながら、鋭い軌跡を描いてカルマへと襲いかかる。
同時に、炎の指が引き金を引いた。
青き符紋弾が空を裂き、狩人の肩を狙う。
狩人は瞬時に反応し、わずかな身のこなしで弾道を回避した。さらに、振り下ろした剣がカルマの炎を切り裂き、炎の粒が霧散する。
「その程度か?」
余裕を見せるように、狩人が冷笑する。
しかし、その瞬間——
カルマの目が鋭く光る。
消えたかに見えた炎が、無数の火の網となって狩人を包囲するように広がった。
狩人が一瞬ひるんだ、その刹那。
炎が影のように側面へと回り込み、狙いすました一撃を放つ。
狩人はすぐに異変を察知し、全力で迎え撃つ。
カルマの火炎を剣でかろうじて払いのけるが、炎の猛攻によって数歩後退させられた。
その表情から、先ほどまでの余裕は消えつつあった。
「……ふん、やるじゃねぇか。」
狩人は僅かに唇を歪めながら、目の奥に警戒の色を浮かべた。
この二人、思った以上に厄介だ——。
「……噂どおり、やはりただの獲物じゃねぇな。」
狩人は息を整えながらも、口元に冷笑を浮かべた。
しかし、その瞳に宿る闘志は、未だ燃え続けている。
彼は素早く体勢を立て直し、長剣を振り上げた。
刃に刻まれた緑色の符紋が、より鮮やかに輝きを増していく。
それは、カルマの魔力に対抗するための準備だった。
炎とカルマは、互いに視線を交わした。
一瞬のうちに、互いの意図を理解する。
炎は冷静に銃口を狩人へ向けた。
指がわずかに動き——
バンッ!
青き符紋弾が鋭く発射され、狩人の進路を塞ぐように飛ぶ。
狩人は咄嗟に後退を余儀なくされた。
その隙を逃さず、カルマが疾駆する。
彼女の指先で魔力が螺旋を描き、瞬く間に灼熱の短剣へと姿を変えた。
炎を宿した刃が、鋭く狩人へ突き刺さる——
「チッ……!」
狩人は驚きながらも、すんでのところで剣を振り、カルマの短剣を受け止める。
だが、カルマの速度は予想を超えていた。
刃を弾いた瞬間には、すでに彼女の姿が次の攻撃に移っていたのだ。
その時だった。
炎が突然動きを変え、影のように狩人の側面へと回り込む。
狙いは——盲点。
——バンッ!
夜闇を切り裂くように、冷たき青の閃光が放たれた。
弾丸の軌跡は狩人の脚を正確に捉える。
「——ッ!」
狩人の目に、一瞬の動揺が走る。
瞬時に体を捻り、横へと跳ぶ。
だが——
避けきれなかった。
弾丸は狩人の脚をかすめ、その瞬間——
炸裂。
閃光が弾け、狩人の体勢が崩れる。
数歩よろめき、体を支えようとする狩人。
その顔には、先ほどまでの余裕はもうなかった。
「……くそっ!」
狩人は低く呪いの言葉を吐き捨てた。
その顔には、明らかな悔しさが滲んでいる。
自分がすでに劣勢に追い込まれたことを悟ったのだろう。
このままでは、完全に圧倒される——。
炎は冷然とした視線で彼を見下ろし、銃をしっかりと握り直す。
「時間稼ぎは終わりだ。」
声には一切の情がない。
「もう切り札がないのなら、この戦いはここで終わる。」
「ふふっ……」
静かな笑い声が響く。
カルマがわずかに首を傾げ、微笑を浮かべた。
「せめて……死体くらいは綺麗に残してやろうと思ったんだけど。」
彼女の瞳が、残酷な輝きを帯びる。
「その好意、いらなかったみたいね?」
「……っ!」
狩人は地面に崩れ落ち、荒い息を吐いた。
その目には、敗北の色が浮かんでいる。
しかし——
その時だった。
シュル……シュルル……
足元から、小さな影が素早く動いた。
そこにいたのは、数匹の魔物だった。
体は小柄で、どこか間の抜けた姿をしている。
だが、彼らは傷ついた狩人を見るなり、一斉に駆け寄ってきた。
「……!」
狩人の肩や腕にしがみつき、よろよろと彼を支えようとする魔物たち。
小さな瞳には、不安と焦りが滲んでいる。
「ピィ……ピィ……」
かすかな鳴き声を上げ、彼に何かを伝えようとしているのか——
まるで、慰めるかのように。
「……チッ。」
狩人は舌打ちし、苛立たしげに魔物たちを手で払った。
「お前ら、邪魔だ!」
さらに数匹の魔物が寄ってくる。
それを見た狩人は、さらに顔をしかめた。
「こんな時にノコノコ出てきやがって……!」
怒りと悔しさが入り混じった低い声。
彼は拳を握りしめながら、今の自分の無様さを噛み締めていた。
炎とカルマは互いに視線を交わし、目の前の光景に呆れたように息をついた。
この狩人に、せめて生きる道を与えようと思っていた。
だが——
彼の側にいた魔物たちが、わざわざ手を貸そうとしていたにもかかわらず、罵倒されるだけとは。
「……面白いわね。」
カルマは小さく息をつき、低く囁いた。
「こんなにも忠実な魔物たちなのに、どれだけ邪険にされても、なお助けようとするなんて。」
口元に淡い笑みを浮かべるが、その目には冷ややかな嘲りが宿っていた。
炎は黙って、小さな魔物たちを一瞥した。
その瞳の奥で、何かを考えているようだった。
——魔物と狩人。
本来、相容れぬはずの存在。
だが、それでもこの魔物たちは彼のそばにいた。
魔物は、簡単には人間を受け入れない。
人間に従う魔物は決して多くはなく、その理由も様々だった。
——単なる興味。
——あるいは、微かな絆を結び、魔力を分かち合うため。
魔物と共鳴し、力を借りることができる者。
それこそが、強き狩人となる者の条件の一つだった。
だが——
すべての狩人が、魔物と契約を結ぶわけではない。
多くの狩人は、装備と肉体のみで魔物と戦い、それこそが狩人としての本質だと考える者も少なくなかった。
魔物と共にある者は、時として強大な力を得る。
しかし、それは同時に——
契約に縛られ、予測不能なリスクを背負うことを意味する。
炎は静かに息を吐いた。
この狩人がどちら側の存在だったのか——
その答えは、すでに明らかだった。