封印と解放の序曲(4)
炎とカルマは、少し離れた場所から状況を見守っていた。
「……思った以上に厄介ね。」
カルマが低く呟く。
「ここを手放す気はさらさらなさそう。」
「だからこそ、チャンスだ。」
炎は短く答えた。
右手に握る符紋付きの拳銃を、無意識に強く握り込む。
鋭い眼差しは、一瞬たりとも黒燈会の動きを離さない。
——そして、その瞬間。
黒燈会の瘦高の男が、手に持つ松明を勢いよく地面へと叩きつけた。
次の瞬間——
遺跡に張り巡らされていた魔法陣が、一斉に燃え上がる。
爆発的な光がほとばしり、空間を一気に照らし出す。
遺跡の石壁に刻まれた無数の符紋が、一つ、また一つと鮮やかに浮かび上がる。
まるで、長い眠りから目を覚ますかのように——
ゴォォォォォォ……ッ!
突如として、耳をつんざく轟音が響いた。
次の瞬間——
黒い濃霧が、地下から溢れ出す。
重く、禍々しく、異様な気配を放ちながら、遺跡の周囲を覆い尽くしていく。
「力の源が、ついに目覚めた……!」
黒燈会の瘦高の男が、歓喜の声を上げた。
その瞳は、異様なまでの興奮に揺れている。
——そして、霧の中から現れたのは、歪んだ魔物たちの影だった。
ギャアアアアアアアアアア!!
獰猛な咆哮と共に、黒燈会の命令に従うかのように、魔物たちは狩人たちへと襲いかかる。
「くそっ……!」
「後退しろ!」
突然の事態に、狩人たちの間に動揺が広がる。
戦闘態勢に入る者、即座に撤退を選ぶ者——
瞬く間に、秩序は崩壊し、戦場は混沌へと飲み込まれていった。
炎とカルマは素早く後方へ下がりつつ、黒燈会の動きを見極める。
カルマが片手を上げると、その掌に紅蓮の焔が灯った。
炎の隣で、彼女がにやりと笑う。
「……どうやら、見てるだけってわけにはいかなそうね。」
遺跡は、すでに混乱の渦の中にあった。
力の源が目覚め、黒燈会の儀式が進行する中——
それを阻止しようとする自由狩人たちが、次々と彼らに襲いかかる。
黒燈会の狩人たちは、即座に迎え撃つ。
「やれ……!」
誰かが叫ぶと同時に、契約魔物たちが次々と解き放たれる。
牙を剥き、咆哮を上げながら戦場へと躍り出る魔物たち。
地面が大きく裂ける。
燃え上がる火柱。
鋭い叫び声が、闇夜の空にこだまする。
自由狩人たちは、各々の武器を手に迎撃を開始した。
ある者は儀式陣を破壊しようと突き進み、ある者はひたすら身を守るために防戦一方となる。
炎とカルマは、混戦の端で一瞬足を止め、素早く状況を分析する。
カルマが眉を寄せ、低く囁いた。
「……この混乱に乗じて、できるだけ儀式の中心に近づきましょう。
完全に力の源が目覚める前に、止めなきゃ。」
炎は頷くが、目は冷静に戦場を見つめている。
「……儀式陣は厳重に守られている。
突破するのは簡単じゃない。」
彼は周囲を一瞥し、声を潜める。
「まずは様子を見よう。
混戦の隙を突いて、突破口を探す。」
——その時だった。
獰猛な咆哮とともに、一体の巨大な魔物が彼らに向かって突進してきた。
鋭く光る爪。
全身を覆う黒い鱗。
その爪先が、青白い光を放ちながら空を裂く。
カルマが瞬時に反応する。
手に宿る炎を、一瞬にして刀の形へと変え——
——一閃。
火焔の刃が魔物の軌道を阻み、爆ぜる火花が周囲を照らす。
炎もまた、即座に動いた。
符紋銃を構え、魔物の動きを見極めながら正確に銃弾を放つ。
銃撃と炎が交差し、魔物は怯んだように後退する。
互いに補い合うような、無駄のない連携。
二人は息を乱すことなく、確実に儀式陣へと歩みを進めていく。
その時——
黒燈会の瘦高の男は、依然として儀式陣の中央に立っていた。
その視線は、一瞬たりとも力の源から離れない。
しかし、彼は炎とカルマの動きに気づいた。
鋭く顔を上げ、声を張る。
「……奴らを近づけるな!」
「儀式陣を守れ!力の転移を完遂させるんだ!」
その声が響いた瞬間——
黒燈会の狩人たちが一斉に反応した。
武器を構え、素早く炎とカルマを取り囲む。
冷たい刃が、四方から迫る。
炎は低く呟いた。
「……どうやら、簡単には近づけそうにないな。」
「なら、力ずくで突破するしかないわね。」
カルマの瞳が鋭く光る。
指先に燃え上がる炎が、さらに激しさを増していった。
戦場は、混乱の渦に飲み込まれていた。
自由狩人と黒燈会の狩人たちが入り乱れ、剣戟の閃光が月光に交錯する。
炎は、腰から符紋銃を引き抜く。
素早く、銃口に緑色の符紋弾を装填。
そして、狙うのは——
黒燈会が召喚した魔物たち。
——パンッ!
扳機を引くたび、緑色の光弾が炸裂する。
銃弾は、魔物の急所を正確に撃ち抜き——
その巨体を、一瞬のうちに地へと沈めた。
しかし——
新たな魔物が、次々と戦場へと解き放たれる。
その数は、次第に狩人たちを圧倒し始めていた。
一方、カルマは素早く動き、両手に炎を集める。
——そして、炎の壁が生まれた。
燃え盛る火焔が、前線を押し寄せる魔物たちを阻む。
「……下がりなさい。」
カルマが指先を動かすたび、炎の形が変わり、敵を薙ぎ払う。
その圧倒的な火力に、一部の狩人は思わず後退する。
だが——
黒燈会の狩人たちは、すぐに対応してきた。
——ヒュンッ!
空を裂く鋭い音。
次の瞬間、符紋の刻まれた矢が、カルマめがけて飛来した。
「カルマ、危ない!」
炎は即座に動いた。
カルマとの距離を詰めると、素早く銃を構える。
——パンッ!パンッ!パンッ!
青色の符紋弾が夜闇を切り裂き、飛び来る矢を弾き飛ばす。
さらに、そのまま黒燈会の狩人たちへと撃ち込んだ。
「ぐっ……!」
命中した狩人たちは、衝撃を受けて後退し、思わず驚愕の表情を浮かべる。
炎の銃撃が、彼らの想像を超えていたのだ。
だが——
その隙を狙って、別の狙撃手が動き出していた。
「……!」
炎は、僅かに感じた殺気に反応する。
次の瞬間、彼の視界の端に——
弓を構える影が見えた。
——符紋の輝く矢が、一直線に放たれる。
その矢は、炎とカルマを正確に狙っていた。
「……くっ!」
炎は咄嗟に身を翻し、弾丸を放つ間もなく、横へと飛び退る。
——だが、間に合わない。
矢は、炎の肩をかすめ、鋭い痛みが走る。
鮮血が、夜闇に散った。
炎は浅く息を整え、しっかりと足を踏みしめる。
肩の傷はまだ痛むが、それを気にしている暇はない。
冷静に戦場を見渡し、敵と味方の位置を計算する。
「……黒燈会に買収された狩人もいるみたいだな。」
低く呟きながら、鋭い目つきで周囲を確認する。
「だが、俺たちの正体を知らない連中もいる。」
カルマが横目で炎を見る。
「それで、どうする?」
唇にわずかな笑みを浮かべながら、指先に火焔を灯した。
炎は短く答える。
「まずは、奴らの注意を散らせる。
それから、混乱を作る。」
彼は即座に動いた。
符紋銃の銃口を、黒燈会の狩人たちへと向け——
——パンッ!パンッ!
連続する銃声が、夜の戦場に響き渡る。
青い光弾が飛び交い、敵の足を止める。
そして、緑の符紋弾が魔物たちの急所を撃ち抜く。
青と緑——それは、人間と魔物の境界線を象徴する光。
カルマもまた、その隙を見逃さない。
——ゴォッ!!
手を振るうと同時に、烈火が吹き荒れる。
その炎は、舞い上がる煙と混ざり合い、視界を奪う煙幕を作り出した。
「……さあ、目くらましの時間よ。」
彼女がくすりと笑いながら囁く。
視界が曖昧になったことで、戦場の均衡が崩れ始める。
狩人たちは周囲の状況を正確に把握できなくなり、戸惑いが生まれた。
そして——
仲間か、敵か。
その判断を誤る者が出始める。
「——何をしている! 俺は味方だ!」
「くそっ……どこにいる!?」
やがて、黒燈会の狩人と自由狩人の間で、意図しない衝突が発生する。
誤射。誤撃。混乱。
戦場が、一層の混沌に包まれる。
その時、一人の狩人が緑の符紋刀を振るい、黒燈会の仲間に斬りかかっていた。
「……は? 貴様……!」
「邪魔をするな!」
——チャンスだ。
炎とカルマは、混乱の中で確実に隙を見極める。
「今よ。」
カルマが低く囁いた。
炎は頷き、すかさず動く。
二人は、戦場の混沌をすり抜けるように走り出した。
目指すは——遺跡の入口。