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不調和 (9)

 カルマは一瞬言葉を失い、眉をひそめて不満げに呟く。


「……そう。」


 腕を組み、わずかに身を乗り出しながら、彼女は諦めきれない表情で続ける。

「でも、父さんはなぜ門を開いたの?エリヴィアとの間に何があったの?

 その答えは私には重要だよ。」


 (エン)は視線を落とし、指先で机を軽く叩いた。

 沈黙が一瞬流れ、やがて顔を上げ、冷静に言う。


「アレスは、影幕にそそのかされて門を開いた……そう考えられる。

 しかし問題は、彼が完全に操られていたわけではないことだ。」


 彼はカルマを真っ直ぐ見据え、眼差しに鋭い探究の光が宿る。

「門を開けば、何が起こるのか――彼は分かっていたはずだ。

 それでもなお、実行した。ならば、その理由は何だ?」


「何か目的があったのかエリヴィアのためにあえてリスクを冒したのか?

 彼はその時、一体何を考えていた?」


 カルマは眉間に深い皺を寄せ、苦悩するように目を伏せる。複雑な感情が交錯する。


「……もし父さんが、本当に三界共存を信じていたのなら、なぜその選択が私たちを混乱に導いたの?」

 そう呟く声は、どこか痛みに満ちていた。


 (エン)は冷静なまま、淡々と答える。

「それが、影幕の思惑だからだ。アレスは説得されたんじゃない……

 誘導され、追い込まれたんだ。」


「彼は自分が何をしているのか理解していたはずだが、

 それでも結局、影幕の計画の駒にされただけだ。」


 カルマはじっと(エン)を見つめる。

 その瞳の奥には、執拗なまでの探究心が宿っていた。


「……あなたが知っているのは、それだけ?」


 (エン)はゆっくり顔を上げ、迷いなく静かに告げる。

「俺が知っていることも、推測も――すべて話した。」


 カルマは唇を噛み、眉を深くひそめる。

 (エン)の冷静すぎる口調が壁のように感じられ、一瞬無力感がこみ上げる。

 だが彼女は感情を押さえ、視点を変えて問う。


「じゃあ、これからどうする?何もしないで、

 夜行者ナイトウォーカーや闇紋会がまた来るのを待つわけにはいかないでしょう?」


 (エン)は椅子の背にもたれ、腕を組んだまま低く呟く。

「今、狙われているのはアル。奴の力さえ見つからなければ、まだ時間はある。夜行者や闇紋会とは……今は正面衝突を避けるべきだ。」


 彼は少し間を置き、淡々と付け加えた。


「ただ、お前も分かっているだろう?

 そもそも、俺はこの騒ぎに関わる気はなかった。

 夜行者が動かなければ、俺は何もしなかったさ。」


 カルマは眉を上げ、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

「つまり、巻き込まれたから仕方なく動いてるだけで、本当は関わる気なんてない…ってこと?

 それなのに、アイデンの調査を手伝ったり、遺跡で私を助けたりしたのはどういうつもり?」


 (エン)は一瞬沈黙し、カルマをじっと見つめる。

 そして淡々と、だが確信めいた声音で言う。

「…お前の言う通りだ。俺は関わりたくない。」


「けど、お前は放っておけない。」


 カルマの目がわずかに見開かれ、数秒間エンの表情を探るように見つめ、ふっと小さく笑う。

 声音に柔らかさが混じる。

「なんだ、ちゃんと人間らしいとこもあるんじゃない。」


「じゃあ、そろそろ次の手を考えないとね。ただ待っているわけにはいかない。」


 (エン)は静かに頷き、席を立って窓際へ向かう。

 窓を閉め、薄暗い外を警戒するように見やる。


「まずは、今までの情報を整理する。

 アレスとエリヴィアの動向からだ。

 俺たちは、奴らが何を成し遂げようとしていたのかを知る必要がある。」


 カーテンを引き、(エン)は再び椅子に腰を下ろした。

 両手を組み、僅かに声を低める。


「この数日間、お前は遺跡以外に何を調べた?」


 カルマはわずかに眉を上げ、(エン)の率直な問いかけに少し驚いた様子を見せる。

 そして、わざとらしく首を傾げ、軽く微笑む。


「ふーん?ついに私の行動が気になり始めた?」


 (エン)は冷静な目でカルマを見つめ、静かに言う。

「すべての細かい情報を把握する必要がある。

 特に――お前が何か特殊な人物や情報に接触していないか、それを知ることが重要だ。」


 カルマは冗談めいた調子を収め、表情が真剣に変わる。

 静かに息を吐き、慎重に言葉を選びながら話し始める。


「私は、人間界に隠れ住む悪魔の老学者を訪ねたの。

 彼は神界と魔界の関係を長年研究し、

 エリヴィアに関する情報も持っていると言われている、

 三界の歴史を知る数少ない人物よ。」


  視線を落とし、静かに続ける。


  「父がエリヴィアを探しに行ったのは、とある“噂”がきっかけだったらしい……

 老学者は、父が誰かに操られて“盤上の駒”にされた可能性があると言っていたわ。」


 (エン)は椅子の背にもたれ、退屈そうに目を細める。


「盤上の駒?芝居がかった話だな。」

  鼻で笑い、肩をすくめる。


「アレスが門を開いたのは影幕の誘導だ。そんなことは分かりきってる。

 わざわざ『盤上の駒』なんて言葉を使うのは、自分の話にもっともらしい響きを持たせるためだろう。」


 カルマは眉をひそめ、反論するように顔を上げる。

「でも、老学者はこうも言っていたの。

 噂そのものが“囮”だった可能性があるって。」


「父は完全に自らの意思で動いたわけじゃない、私たちがまだ知らない何かがあったのかもしれない。」


 (エン)は無言でカルマを見つめた後、低く冷ややかな声で答える。


「お前はもう十分知っている。

 老学者の話は、結局これまでの事実を言い換えただけだ。」

 声は淡々だが、鋭い刃のような冷徹さがあった。


「影幕はアレスの執念を利用し、この茶番劇に引きずり込んだ。

 そして門を開く道具に仕立てた。それ以上でも以下でもない。」


 カルマは唇を噛みしめ、わずかに拳を握る。

「じゃあ、あの学者の話は全部無意味だったってこと?」


 (エン)は片眉を上げ、静かに笑った。

「彼が何を言いたいかは明白だ――これは単なる過去の話じゃない。

 この盤上には俺たちもまだ駒として乗せられてる、ってことだ。」


 カルマの指先がわずかに震え、握り込んだ拳に力がこもる。

「じゃあ……父の死は、最初から決まっていた“運命”だったってこと?」


 (エン)の目が一瞬だけ伏せられた。

「彼は影幕を信じた。その代償を払っただけだ。」


 その声音はまるで冷たい石のように硬質で、余計な感情を削ぎ落としていた。

 だが、その冷静な表情の奥に揺らぐものがあるのをカルマは見逃さなかった。


 (エン)の脳裏に光景がよぎる――


 エリヴィアの背中。


 彼女はアレスを止めようとしていた。

 何度も何度も――最後の瞬間まで、彼が道を違えないよう手を伸ばしていた。


 だが影幕の囁きは彼女の声より強かった。

 結局、エリヴィアはアレスを止められなかった。

 その背中に刻まれた痛みと、どうしようもない無力感。


 (エン)は目を閉じ、微かに眉をひそめる。


 彼はエリヴィアの後悔の深さ、アレスの死への贖罪、カルマへの責任、いま動き始めた世界への恐れを分かっている。


 だがすぐに感情を押し殺し、顔を上げる。

 瞳に揺らぎはなかった。


「間違ったものを信じた者は、相応の代償を支払う。」


 低い声が静寂に響く。カルマに言い聞かせるように――

 そして自分に刻み込むように。

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