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封印と解放の序曲(3)

 アイデンの視線が、文書の片隅で止まった。 

 「……遺跡のことが書かれている。」

 

 驚きを滲ませながら、彼はそう呟く。 

 「この資料によると、そこでは何らかのエネルギー源が発見されたらしい……。」 

 興奮したように、素早くスマートフォンを取り出し、その遺跡の場所を検索し始めた。 

 彼の顔には、研究者特有の鋭い光が宿る。

 

 ちょうどその時——

 

 (エン)のスマートフォンが一瞬振動した。 

 画面を覗き込むと、そこには**「暗流(アンリュウ)」**からのメッセージが表示されていた。


暗流(アンリュウ)――裏社会で流れる秘密の情報網のこと)

 

 「黒燈会こくとうかいが大規模な行動を開始。」

 その一文と共に、添付された地図。

 示されているのは、人気のない偏狭な地点——。

 

 (エン)は眉を寄せ、無言のままスマートフォンの画面をアイデンとカルマに向けた。 

 「黒燈会こくとうかいが動き出した。」

 

 

 「……ここか!」 

 アイデンが(エン)のスマートフォンを覗き込み、確認した。

 自分が調べていた遺跡の位置と照らし合わせると——

 

 「……一致している。」

 彼の瞳が興奮に輝く。 

 

 しかし、その一方でカルマの表情は徐々に険しくなっていった。

 彼女は無意識に顎に指を当て、静かに言う。

 「夜行者ナイトウォーカーが消えたのに、彼らの行動に何の影響もない……。」

 目を細め、冷静に分析を続ける。

 

 「つまり、この力はたった一人が握っていたものじゃない。

 夜行者ナイトウォーカーがいようといまいと、黒燈会こくとうかいの目的は変わらない——。」

 

 (エン)は静かに頷いた。 

 「……見過ごすわけにはいかないな。」

 

 目の奥に、揺るぎない決意が宿る。

 「やつらがあの場所で何を企んでいるにせよ、俺たちが止めるしかない。

 もし今、好きにやらせたら、後々さらに厄介なことになる。」

 

 アイデンはスマートフォンを置き、周囲を見渡す。

 そして、静かに言った。 

 「……決まりだな。」

 

 「君たちは黒燈会こくとうかいを阻止しろ。

 俺はエリヴィアの手がかりを引き続き追う。」


 三人は無言のまま、視線を交わした。

 それだけで、互いの意志は十分に伝わる。

 状況は、すでに一刻を争うものとなっていた。


 準備を整えた彼らは、装備を最終確認し、黒燈会こくとうかいが狙う遺跡へと向かった。

 それぞれの胸に抱える疑問は、まだ霧の中にあった。 

 だが、ただ一つだけ確かなことがある。

 

 ——黒燈会の企みを阻止しなければならない。


 ◆ ◆ ◆  


 夜の帳が森を覆う中、(エン)とカルマは、細く険しい林道を進んでいた。 

 周囲は静寂に包まれ、風が梢を揺らす音だけが、かすかに響く。 

 二人は無駄な言葉を交わさず、軽やかに、警戒を怠ることなく進んでいく。

 

 ——この戦いは、二人だけのものではない。

 

 彼らのほかにも、同じ目的を持つ狩人(ハンター)たちが、今この瞬間、遺跡へと向かっているはずだった。

  

 密集した木々を抜けたその時——

 遠くから、金属がぶつかる微かな音が聞こえた。

 二人は足を止め、そっと気配を潜めながら音の方へと歩を進める。

   

 やがて、視界が開けた。

 

 森の中の小さな空き地に、数名の狩人たちが集まっていた。

 どうやら休息を取っているようだ。

 

 彼らの装備は、伝統的な武器とは異なり、どこか現代的な改造が施されていた。 

 一人の狩人が手にしていたのは、改造されたロングボウ。

 弓身は軽量なアルミ合金で作られ、赤外線スコープが取り付けられている。

 闇の中でも、狙った獲物を逃さない狩猟用の武器だ。

 

 もう一人の狩人は、短柄の長剣を背負っていた。

 刀身には淡い緑の光が浮かび上がり、符紋による強化が施されていることが一目で分かる。

 魔物の防御を容易く貫く、戦闘用の刃。

  

 カルマは興味深そうに彼らの装備を眺め、口元をわずかに持ち上げる。

 そして、声を潜めて言った。

 「……黒燈会、相当本気みたいね。これだけの装備を持ってる狩人を集めるなんて。」

 

 (エン)は微かに頷いた。

 だが、鋭い眼差しは、なおも慎重さを崩さない。

 「……全員が黒燈会に雇われたわけじゃない。

 中には、狩人(ハンター)ギルドの独自行動組もいるはずだ。」

 

 「ただし——」


 (エン)は静かに続ける。

 「彼らにとって、一番重要なのは報酬だ。

 誰が金を積むか、それだけの話さ。」


 その時だった。

 狩人の一人が、二人の気配に気づき、鋭く振り向く。 

 視線は冷ややかで、まるで見定めるように(エン)とカルマをじっと見つめた。 

 

 彼の装備はひときわ異質だった。 

 腰には、短刀がずらりと並ぶ。 

 その刃先は暗紅色の光を帯び、ただの武器ではないことを示していた。 

 強力な魔力強化が施されたもの——。 

 

 狩人は眉をわずかにひそめ、低く問う。 

 「……お前たちも、悪魔狩りか?」

 

 (エン)は、その問いに直接答えなかった。 

 ただ、一瞥をくれて静かに言う。

 

 「……目的は同じだ。」

 

 狩人は鼻を鳴らし、視線を遠くへと移した。

 どうやら、余計な会話を交わすつもりはないらしい。

 

 次の瞬間、彼は仲間と無言のままアイコンタクトを交わすと、すぐさま立ち上がる。

 迷いなく、素早く。

 狩人たちは、遺跡へと向かい、足音を残さず闇の中へ消えていった。

 武器の鈍い光が、一瞬、夜の静寂にきらめく。

 

 カルマはその背中を見送りながら、くすりと笑う。

 「……競争相手は、気に入らないってことかしら?」

 

 「そんなことはどうでもいい。」 

 (エン)は静かに答えた。 

 その眼差しは冷静さを崩さず、ただ微かに頷く。 

 「各々、やるべきことを果たせばいい。

 ……重要なのは、黒燈会こくとうかいの動きだ。」


 遺跡へと近づくにつれ——

 耳元に、不気味な囁き声が断続的に響き始めた。

 金属がぶつかる乾いた音も混じる。

 

 周囲には、すでに多くの狩人たちの影があった。 

 黒燈会こくとうかいに雇われた者もいれば、(エン)たちと同じように独自の目的で動く者もいる。

 

 だが、理由はどうあれ——

 

 彼らがここへ集ったことで、黒燈会の企みはもはや待ったなしの段階に突入しているのだと知れた。

 

 遺跡へと歩を進めるごとに、空気がじわりと張り詰めていく。

 狩人(ハンター)たちは互いを警戒し、時折視線を交わす。

 誰もが、この場にいる理由を理解していた。

 

 ——だが、ここにいる者たちは、決して「仲間」ではない。

  

 (エン)とカルマは、何も言わず人々の波に溶け込むように後方を歩く。 

 

 目の前に現れたのは、一つの古びた石造建築だった。

 長い時を経た壁面は風化し、無数の亀裂が刻まれている。

 

 しかし、その表面には今もなお、不気味な符紋が浮かび上がっていた。

 まるで、遠き時代の遺言を語るかのように——。

 

 狩人たちは、自然と距離を取りながら散開していく。

 誰もが無駄な会話を避け、遺跡の奥に意識を向けていた。

 

 そんな様子を見て、カルマが(エン)の耳元で囁く。

 「……どうやら、慎重になってるみたいね。」

  

 彼女の瞳が符紋をじっと見つめる。

 まるで、何かを思い出そうとするかのように。

 

 (エン)は微かに頷き、目を細める。

 そして、静かに言った。

 「……焦るな。」 

 

 遺跡の奥へと目を向ける。 

 その奥深くに、何が潜んでいるのか——。 

 彼の視線に、一瞬、鋭い光が宿る。

 「まずは、奴らがどう動くか見極める。」

 「それから、こちらも動く。」


 その時だった。

 

 ——ゴゴゴ……。

 

 遺跡の奥から、低く響く音が漏れた。

 まるで、長年閉ざされていた石門が動き出すかのように——。

 そして、闇の中から、ゆっくりと姿を現す者たちがいた。

 

 黒燈会こくとうかい

  

 黒いローブに身を包み、手には明るく燃え上がる松明を掲げている。

 その光が、夜の闇と遺跡の影を押し退けていく。 

 

 先頭に立つのは、細身で異様に背の高い男だった。

 表情は無機質で、まるで人間の感情を失ったかのよう。

 

 彼は無言であたりを見渡し、周囲の狩人たちを冷たく見下ろすと、静かに言った。

 「……計画はすでに始まった。」

 

 彼の声には、冷笑すら混じっていない。

 ただ、そこにあるのは純粋な排除の意志。 

 「貴様らがここに留まる理由はない。

 これはもう、お前たちが踏み込める領域ではないのだからな。」 


 その言葉に、狩人の一人が鼻で笑う。

 「……俺たちは獲物を狩りに来た。

 お前らのくだらない茶番を見に来たわけじゃねえよ。」

 

 彼の手にある改造弓がわずかに持ち上がる。

 その目には、一切の怯えがなかった。

  

 黒燈会の男は、ふっと小さく笑った。

 冷たく、そして、どこか見下すような眼差しで狩人たちを一瞥する。 

 

 「——くだらない。」

 「所詮、お前たちは小銭稼ぎの連中だろう?」

 「……わざわざ命を賭けるほどの価値があるか、よく考えたほうがいい。」

  

 その瞬間——

 

 黒燈会のメンバーが一斉に身構えた。

 武器を握る手に、わずかな力がこもる。 

 

 今にも火を吹きそうな緊張が、その場を包み込む。

 だが、狩人たちもまた、一歩も引かない。

 報酬への執着が、彼らの足をその場に縫い付けていた。


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