表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/166

不調和 (7)

 アイデンは電話を切ると、会議室内に静寂が訪れた。

 マイルズはじっと彼の表情を見つめ、わずかに圧を込めた声で問いかけた。


「一体、何が起きた?」


 アイデンは手元の資料を閉じ、低い声で答えた。


「エンとカルマが、再び襲撃を受けた。

 エンの話では、敵の装備や戦い方、落ちていたギルドハンターの徽章……

 どれもギルド所属のものだ。」


 彼は言葉を切り、机上の地図に目を落とし、静かに続けた。

「誰かがギルドの身分を利用し、別の勢力と手を組んでいる可能性がある。」


 リアが少し顔を上げ、アイデンとマイルズの間を見渡す。

 声は柔らかいが、微かな困惑が滲んでいた。


「でも、なぜエンとカルマを狙うの?

  彼らを襲うことで、何の目的が達成されるの?」


 マイルズは眉をひそめ、その鋭い眼光がまるで全てを見通そうとしているかのようだった。


「それが、最も不可解な点だ。

 エンとカルマは確かに優秀なハンターだが、ギルド内部で中枢にいるわけではない。

 彼らの行動も独立性が高く、襲撃したところでギルドの運営に直接的な影響は出ないはずだ。」


 彼は少し考え込み、低い声で続けた。

「あるいは——そもそも、彼らが標的ではないのかもしれない。」


 アイデンは沈思しながら、指先で机を軽く叩いた。

 (エン)の言葉を思い返し、全体像を組み立てようとする。


「これは、俺たちの内部を揺さぶるための試金石……

 あるいは、分断を狙った策かもしれない。

 ギルドハンターの身分を利用し、俺たちを疑心暗鬼にさせ、自滅させるつもりなんじゃないか。」


 マイルズの目つきがさらに鋭さを増した。

 彼はアイデンの推測に何かを感じ取ったようで、低く静かな声で答えた。


「かなり精巧な手法だな。

 まるで、こちらの内部の弱点を正確に見抜いているかのようだ。

 もし本当に炎とカルマだけを狙ったのなら、ここまで周到に計画する必要はない……

 彼らは、俺たちが隠している“何か”を知っているのかもしれない。」


 アイデンは顔を上げ、その言葉に鋭く反応する。


「例えば……エリヴィアの贈り物か?

 それとも……夜行者ナイトウォーカーの勢力か?」


 彼の低い呟きが空気を一変させ、

 会議室内は瞬時に重苦しい沈黙に包まれた。


 マイルズはゆっくりと頷き、慎重な口調で言った。

「もしそうなら、エンとカルマへの襲撃は単なる挑発ではなく、

 戦略的な攻撃ということになる。」


「敵は、エンとカルマが何か重要な情報を持っていると踏んでいる……

 あるいは、彼らを利用しようとしているのかもしれない。」


 アイデンの眉間の皺がさらに深まり、指先が無意識に机を軽く叩く。


「つまり、今俺たちが直面しているのは単なる情報漏洩の問題じゃない。

 敵は俺たちの想定をはるかに超えるレベルで内部の情報を把握している……

 いや、すでにギルドの運営にまで潜り込んでいる可能性すらある。」


 マイルズは低く鼻を鳴らし、腕を組んで冷静に言う。


「それはやつらがエンとカルマの動きを細かく監視してるってことだ。

 今回の襲撃に選ばれたハンターは最も混乱を引き起こしやすい連中だった。

 正規の身分を持つ者が裏で動けば、俺たちの警戒網も簡単にかいくぐれる。」


 アイデンは息を吸い込み、視線を資料に落とし、低く呟く。

「どうやら、一から見直す必要がありそうだ……

 特に、この襲撃の真の目的と、その背後にいる勢力についてだ。」


 彼は言葉を切り、さらに低い声で続ける。

「もし夜行者が本格的に動き出しているとしたら……

 俺たちに残された時間は、想像以上に少ないかもしれない。」


 マイルズは目を細め、考え込んだ後、静かに頷いた。

「俺は襲撃に関与したハンターの経歴を洗い直す。

 最近の任務や接触した人物まで調べる。お前はエンとコンタクトを取れ。

 やつらは俺たちがまだ気づいてない‘嵐の中心’に立ってる。」


 アイデンは黙って頷いた。

 視線が資料と地図を行き来し、次の行動を思案してるようだった。


 会議室の空気は重苦しく沈み、窓の外を吹き抜ける風の音だけが響いていた。


 ◆ ◆ ◆


 夜の闇が広がり、ひんやりした夜風が街を吹き抜け、車の走行で舞い上がった埃を散らす。


 (エン)は車を慎重に操り、目立たない駐車場へ入った。

 停めた後、すぐには降りず、周囲を見渡す。

 尾行がないことを確認し、シートベルトを外してカルマに軽く頷く。


「行くぞ。」


 カルマは眠るアルを抱きかかえ、軽やかに車を降りると、(エン)の後を追って建物の中へと入る。


 古びた唐楼とうろう)の階段を上ると、壁には年季の入ったシミや剥がれかけたペンキが目立ち、所々に古い新聞や宣伝チラシが貼られている。


 床はわずかに湿気を帯び、長らく手入れがされていない空気が漂っていた。

 幾つかのフロアは無人のようで、生活の気配が感じられない。


 最上階で、(エン)は慣れた手つきで鍵を取り出し、控えめな木製の扉を開ける。

 カルマを先に通し、中に入ると、振り返って扉を閉め、重い鍵をかけた。

 その音は外の世界を遮断するかのようだった。


 ――室内はいつも通り整理整頓され、余計なものは何一つない。

 ただ、新しく置かれた肘掛け椅子と、もう一つ、違和感のある存在があった。


 リビングの隅に設置された新品のキャットタワー。


 グレーとホワイトの配色が、部屋の簡素なインテリアと調和している。

 頂上の寝床にはふわふわの毛布が敷かれ、それがアルの新しい居場所であることを示していた。


 カルマは眠るアルをそっと寝床に置き、アルが小さく伸びをして丸くなると、

 安心しきった様子で動かなくなる。


 紋様の光は消え、静かな寝息がこの無機質な空間を少しだけ暖める。

 カルマは毛布を寝床の脇に置き、穏やかに呟く。


「アル、気に入ったみたいね。」


 (エン)はコートをフックにかけ、淡々と答える。

「寝る場所は、ちゃんと決めておいた方がいい。」


 カルマは顎に手を当て、興味深そうにキャットタワーを眺めると、

 眠るアルに視線を移し、クスッと笑う。


「そんなこと言うなんて、まるで普段から気配り上手みたいじゃない。

 正直、壁の隅とか机の下で丸まるしかないと思ってたわ。」


 (エン)は彼女を一瞥したが、特に反論はせず、無言でテーブルの上にあった書類を整理する。

 そして、平静な声で言った。


「……話すんだろう?今始めるか。」


 カルマは椅子を引いて座り、脚を組んで腕を組む。

 視線にはどこか楽しげな色が浮かぶ。


「いいわよ。先に話すのは、あなた?それとも私?」


 (エン)は手元の書類を軽くめくりながら、低く静かな声で答えた。

「お前から話せ。」


 カルマは椅子の背もたれに身を預け、天井をぼんやりと見上げる。

 深く息を吸い込み、ここ数日の出来事を頭の中で整理し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ