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不調和 (6)

 カルマはスマホの画面を指でなぞりながら、

  軽い調子で言った。


「アイデン、さっきちょっとした‘ハプニング’があったのよ。

   興味があるでしょう?」


 電話の向こうからアイデンの困惑した声が返る。

「ハプニング?……今度は何があった?」


 (エン)は廃車の影から姿を現し、冷ややかな視線を向けながら低く言った。


「映像を送る。直接見ろ。」

 その声には、迷いも、選択の余地もなかった。


 カルマは肩をすくめ、ため息混じりにスマホの画面を操作し、

  ビデオ通話へと切り替える。


 そして、カメラを廃車置き場の周囲へと向けた。

 戦闘の爪痕は、映像越しでもはっきりと伝わる。


  地面に残る弾痕、焼け焦げた遮蔽物、

  そして、砕け散った符紋武器の破片。

 カルマはゆったりとした口調で言った。


「ここが、さっき私たちが戦っていた場所よ。」

 その声には、どこか楽しげな響きさえ含まれていた。


「それと、これも。」

 (エン)は無言で手を差し出し、

  指の間に挟んだ変形したハンター章をカメラの前にかざした。

 その視線は鋭く冷たく、言葉も感情を押し殺していた。


「さっき、あいつらから叩き落とした。

   これ、誰でも持てるものじゃないだろう?」


 アイデンの表情が険しくなり、息を詰まらせて章を凝視する。

「これは……ギルドのハンター章……。

   本当に、敵の身につけていたものか?」


 (エン)は眉をわずかに上げ、皮肉気に言う。

「できれば、そうじゃないって言いたいところだがな。」


 アイデンの顔から血の気が引いていく。

 彼は椅子にもたれ、困惑と焦りを隠せずに呟く。


「ギルドのハンター……?

   だが、彼らはさっき、襲撃を否定していたはず……。」


 カルマはカメラ越しに彼を睨みつけ、声に苛立ちを滲ませた。

「それで?‘彼らが否定したから’信じるの?

  アイデン、あなたは私たちをサポートすると言ったわよね?

  これが、あなたの‘サポート’?」


 アイデンはこめかみを押さえ、苦い表情で答えた。

「カルマ……俺は、お前たちを信じている。

  だが、彼らにも公式の身元がある。

  確固たる証拠がなければ、俺には彼らを正式に追及する権限がないんだ。」


 カルマは鼻で笑い、声に露骨な皮肉を込めた。

「つまり、私たちの言葉より、‘公式の身元’の方が重いってことね?

  アイデン、あなたは支えると言いながら、結局は私たちを信用してないのね。」


「本当に、‘心強い味方’だこと。」


 アイデンの表情が険しくなり、声に焦りが混じり始める。


「そうじゃない、俺は——」

 そ冷たい声が遮る。

  (エン)が無機質な眼差しでカメラを見据え、抑えた声で告げた。


「アイデン、まだわからないのか?」


 その瞳に冷たく鋭い光が宿る。


「‘ギルドのハンター’が関与している時点で、

   それは、お前にどうすることもできないよう仕組まれている。」


 アイデンは沈黙し、指先で机を軽く叩きながら考え込む。


 先ほどの言葉を整理するうち、心に一抹の不安が広がる。

 ——もし(エン)の言う通りなら、この混乱の背後に巧妙な罠が張り巡らされているのかもしれない。


 最初から彼らを狙うために用意されたもののように。

 アイデンは眉をひそめ、警戒する口調で言う。


「つまり……これは敵の計画だと言いたいのか?」


 画面の(エン)は暗闇で冷たく映り、歪んだハンター章をじっと見つめる。

 その重みを確かめるように指でなぞり、不要な荷物を捨てるようにカルマに放る。


 カルマはそれを受け取り、じっと見つめる。

 赤い髪が顔を隠し、目の奥に慎重な光が宿る。

 指先で模様をなぞり、何かを探るように。


 やがて顔を上げ、廃車にもたれ、試すような口調で言う。

「つまり、私たちはこんな曖昧なゲームに付き合っている場合じゃないってこと?」


 (エン)は答えなかった。

 ただ、彼女に一瞥をくれた。

  その視線は氷のように冷たく、しかしその奥には言葉にされない圧迫感が潜んでいた。


 それはまるで、「察しろ」と言わんばかりの沈黙。


 アイデンはそのやりとりを見つめ、言葉に詰まる感覚に襲われる。

 ——以前炎(エン)が符紋弾の改良版を渡した時、それは信頼の証に思えた。


 だが今、彼の態度は掴みどころがなく、距離を取っているようだ。

 アイデンは低く呟いた。


「時間を無駄にしない……それはどういう意味だ?」

 指が机を叩くリズムを乱し、眉間の皺が深まる。


 (エン)の意図を汲もうとすればするほど、答えが遠ざかる。

 この曖昧な言い回しは言葉遊びではなく、「お前が考えろ」と言わんばかりの投げかけだ。


 (エン)はギルドに対して明確な敵意を示したことはない。

 しかし、その距離感は常に曖昧で、どこか達観したような態度を崩さなかった。


 まるで、全ての事態を既に見通しているかのように。

 そして今もまた、(エン)は何かを知っているのに語ろうとしない。


 局外の観察者でありながら、最も重要な一手を握っているかのようだ。


 カルマはアイデンの困惑を見逃さず、彼の表情を観察し、口元を歪めて挑発的に笑う。

「何か気づいたんじゃない?…違う?」


 その一言がアイデンの思考を揺さぶる。

 彼は肩を震わせ、カルマを見つめ返す。


 視線に複雑な感情が混じる。


 (エン)の言葉や行動、冷淡な警告——

 すべてがギルド内部の問題を示す暗示だ。


 そして(エン)自身は、それ以上関与する気がないようだ。

 アイデンの指が机の上で止まり、無意識の圧力が重くのしかかる。


 彼は息を整え、ゆっくり顔を上げ、スクリーン越しに頷く。

 それは(エン)への答えであり、自分への決意でもあった。


「どう処理すべきか、分かってる。」


 (エン)は何も言わず、視線を廃車場の片隅へ向ける。

 まるで何か気になるものがあるかのように。

 だが次の瞬間、彼はアイデンの画面に興味を失い、静かに言う。


「行くぞ。」

 その声は低くかすかだが、足取りに迷いはなく、余計なものを振り払った確信がある。


 カルマは(エン)の背中を見つめ、軽く息をつき、スマホを閉じて肩をすくめる。


「まったく…エン、お前ってやつは本当に謎を作るのが得意だな。

 いつも半分だけ話して、残りは人に考えさせるんだから。」


 (エン)の歩みが一瞬止まり、無言で振り返る。

 彼の視線は穏やかで、まるで静かな湖のように波ひとつない。


「いや、言うべきことはすべて言った。」

 短く告げ、再び歩き出す。


 カルマは数秒間ぽかんと見つめ、やがて吹き出すように笑う。

 首を振って呆れた口調で言う。


「…まあ、アイデンは大変だね。

 お前の考えを全部読み取れたら天才だよ。

 そうじゃなきゃ、お前の態度に振り回されてストレスで倒れそう。」


 (エン)は答えず、空を仰ぐ。

 薄暗い廃車場の外をぼんやり眺め、何かを確認するようだ。

 そして無言で歩を進める。


 カルマは小さくため息をつきながら後を追うが、その瞳には楽しげな光が宿る。


(まったく…エンのこういうとこ、苛立つけど、なぜか妙に安心するんだよね。)


 彼女は心の中で呟き、(エン)の隣へ歩みを進めた。

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