表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/166

不調和 (3)

 (エン)はハンドルを握り、前方の道に集中していた。

  しかし、彼の内心では、螺旋状に渦巻く苛立ちが深まるばかりだった。


  指が無意識にハンドルを軽く叩く。

  その仕草には、わずかな焦燥が滲んでいた。


 カルマの行動――

  彼女の調査の速さは驚くほどで、

  (エン)が考えを整理する隙すら与えない。


 副座に座るカルマは、

  腕の中で眠るアルを抱きしめ、窓の外の街並みを静かに見つめていた。


 その瞳には、疑念とわずかな不安が宿っている。

  やがて、沈黙を破り、彼女は口を開いた。


「エン、この道……本部じゃないの?」


 (エン)はしばらく黙ったまま、

  だが、その後、低い声で答えた。


「本部には行かない。」

 声は淡々としていたが、

  その奥に抑圧された感情が微かに滲んでいる。


「今の本部は安全じゃない。

 特に、アルを連れて行くにはな。」


 カルマは一瞬驚いたように目を瞬かせ、

 (エン)へと視線を向ける。

「本部が安全じゃないって……まさか、あのハンターたちのこと?」


 (エン)は小さく頷いた。

  だが、手はさらに強くハンドルを握り、何かを押し殺しているようだ。


 彼は前を見据えたまま、

  さらに低い声で言葉を続ける。


「あいつらは偽物じゃない。本物のギルドハンターだ。

  正規の資格を持ち、その立場を利用して動いている。

  つまり、厄介な相手だ。」


 カルマはアルを見下ろす。

 小さな体は穏やかな寝息を立てていたが、わずかに震えている。


 シンボルの光は消えているが、異質なエネルギーが確かに感じられた。

 彼女はアルの毛並みを撫で、眉を寄せた。


「……それで?私たちをエンの家に連れて行くつもり?

   でも、それでどうするの?ずっと閉じこもる気?」


 (エン)は横目でカルマを一瞥すると、冷静な声で答えた。


「少なくとも、本部よりは安全だ。

   アルの能力がいつ再び発動するかわからない。

   そんな状態で、多くの人間に見られるリスクは冒せない。」


 少し間を置き、さらに低い声で言った。

「今後どうするかは――帰ってから話す。」


 カルマは黙ってエンの横顔を見つめた。


 僅かに寄せられた眉間。

  その表情には、抑え込まれた苛立ちと焦燥が滲んでいる。


 彼女は静かに息を吸い、ごく軽い口調で問いかけた。

「ねえ、エン……もしかして、

   ハンターたちがまた動くんじゃないかって、心配してる?」


 (エン)は目を逸らさず、ただ淡々とした声で答えた。

「俺が懸念しているのは、

   やつらが俺たちを狙うことじゃない。」


 その声は、静かでありながらも、

  どこか拒絶できない冷たさを帯びていた。


「俺が恐れているのは――

   やつらの本当の標的が、俺たちじゃなく、

   アル……そして、アルの中に眠るすべてだということだ。」


 カルマは視線を落とし、アルの毛を撫でた。


 まるでその温もりに安らぎを求めているかのように――

 だが、時折エンを盗み見る。


 彼の冷静な表情に刻まれた眉間の皺、ハンドルを握る指の関節が白くなるほどの力。

 それらの変化が、彼の内心の何かをカルマに感じさせた。


 (エン)は感情を容易に表に出すことはない。

 だが最近、彼の揺らぎが明確になってきている。


 特に、つい先ほどの戦闘中――

  彼の反応はいつもよりも直情的で、

  力強く、そしてどこか苛立ちを含んでいた。


 それが気にかかる。


 彼の言葉の端々に滲む不自然な重圧感。

  彼がカルマの調査の進捗を、どこか警戒しているかのように。


 そんな直感が彼女の胸中に芽生える。

 ――(エン)は、私が何を知ろうとしているのか、気にしている?


 彼の横顔をじっと見つめる。

 冷たい鋼のように閉ざされた表情は、固く閉じた扉のようだ。


 カルマは小さく息を吐いた。

 そして、沈黙を断ち切るように、

  静かに、探るような声で問いかける。


「ねえ、もしかして……

   私が何かを突き止めるのを、恐れてる?」


 (エン)はハンドルを握る手に、

  無意識のうちにさらに力を込める。


 その動きが示すように、彼は即座には答えなかった。

 数秒後、低く静かな声が響く。


「お前の安全の方が、真実を知ることよりも重要だ。」


 カルマは少し驚いたように目を瞬かせた。


 その言葉には、責めるような響きがあったが、

  彼女はそこに別の意味を感じ取った。


 (エン)が気にしているのは、

  単に「結果」ではなく、そこに至る「過程」――


 彼女がその過程で何かを失うことを恐れているのだ。


 カルマは微笑を浮かべ、どこか軽やかな口調で言う。

「ふふっ、やっぱり、私のこと心配してるじゃない。」


 (エン)は小さく息を吐くだけで、眉間の皺は消えない。

 視線を前方へと向けたまま、抑え込むような冷静さを保ちつつ、

  彼は再び口を開いた。


「俺はただ……お前が答えを求めるあまり、

   自分の危険を後回しにするのが気に入らないだけだ。」


 カルマは彼を見つめ、その冷淡な言葉に込められた想いを感じた。

 彼は「無関心」ではなく、関心がありすぎるのだ。


 彼女はゆっくりと笑みを収め、柔らかな声で言った。


「でも、あなたも分かってるでしょう?

   私にとって、この件はそれくらい大事なのよ。

   何も知らずにいることの方が、よっぽど落ち着かないよ。」


 (エン)はハンドルを少し緩めたが、

 視線は前から逸れず、口調は冷たくなった。


「カルマ、お前は無鉄砲すぎる。

  もし俺が遺跡にいなかったら……

  どうなっていたか、考えたことはあるのか?」


 カルマはわずかに眉を上げた。

  その言い方には納得がいかない。


「危険だったのは認めるけど……

   だからって、私たちがただ閉じこもってれば解決するわけじゃない。

   逃げたり守りに入ったりするだけじゃ、何も変わらないわよ、エン。」


 (エン)は一瞬沈黙し、

  ルームミラー越しに後方の車のライトが一瞬揺らめくのを捉えた。


 わずかに違和感を覚えたものの、

  その声色は変わらず静かなままだった。


「俺は逃げているわけじゃない。

 ただ……お前に危険を冒してほしくないだけだ。」

 その声はエンジン音にかき消されそうなほど小さかったが、

  どこか抑えた圧力が滲んでいた。


 カルマは彼の横顔を盗み見ながら、

  その鋭い眉間に微かな警戒の色が浮かんでいるのを感じ取る。


 彼女は考え込み、柔らかくも揺るぎない口調で言った。


「だったら……二人で向き合えばいいんじゃない?

   アルの能力が何を引き寄せるにしても、

   私たちが何を追わなきゃいけないにしても――

   あんたの家に閉じこもってても、答えは見つからないわ。」


 (エン)はようやく彼女へと視線を向けた。

  その瞳に複雑な色が浮かび、再びルームミラーを覗き込む。


 後ろの車のライトは一定の距離を保ち、

 まるで監視しているかのように付きまとっていた。


 彼の声は冷え込み、見極める響きを帯びた。

「……時には、答えを探しに行かなくても、

  向こうからやってくることもある。」


 カルマは息を呑み、彼の意図を察する。

 後方を振り返るが、闇に包まれた道には街灯の光が滲むだけだ。


「……つまり?」

  低く問いかけるカルマの眉がわずかに寄せられる。


 (エン)は答えず、右手でハンドルを僅かに切りながら、

  平静ながらも圧を孕んだ声で言い放つ。


「後ろの車……ずっとつけてきてる。」


 カルマは冷ややかに笑い、腰の魔刃に手を伸ばす。

 その口調には、戦いを前にした獲物を見極めるような挑発の色が滲んでいた。


「じゃあ……さっさと止まって、

   そいつらが何を企んでるのか確かめようじゃない。」


 (エン)は一瞬黙り込み、

  次の瞬間、唇の端に冷たい微笑を浮かべた。


「……どうやら今回は意見が合ったようだな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ