交錯する陰謀 (7)
カルマは一瞬動揺したが、すぐに眉を上げ、軽やかな表情を引き締めた。
それでも冷静を装い、平静な声で応じた。
「認めるわ。さっきは少し油断してた。
でも、無防備だったわけじゃない。
あいつらに簡単にやられるほど、私は甘くない。」
しかし、炎の視線は一切揺らがず、
言葉にはさらに冷たい鋭さが増していた。
「そんな軽々しい態度が感心するよ。
でも、その自信が命取りになりかけたのは分かってるか?」
彼の声に怒りが滲んだ。
「あいつらはただのハンターじゃない。
動きが素早く、目的が明確で、お前の弱点まで計算していた。
ここに来た理由は単なる破壊ではなく、
お前の能力そのものを狙った計画的な行動だ。」
カルマは唇をわずかに噛み、少しの間考え込んだ。
だがすぐに顔を上げ、わずかに強がるような笑みを浮かべる。
「でも、どんなに計算されても私は生きてる。
それがすべてじゃない?」
炎はその態度に眉を寄せ、目を細めた。
低く抑えた声には、明らかに怒りが含まれている。
「たまたま助かっただけだ。
それを何度繰り返すつもりだ?」
カルマはすぐには答えず、じっと炎の目を見つめた。
その瞳には、挑戦的な光が宿っている。
「私の不注意を責めたいの?
それとも、アイデンが私をここに来させたことを責めたいの?」
炎は一瞬沈黙し、何も答えなかった。
だが、その冷徹な視線は言葉以上に、彼の苛立ちを雄弁に語っていた。
彼は目線をカルマから外し、手に持っていた携帯を見下ろすと、低く鋭い声で命じた。
「アイデン、一つ調べてほしいことがある。」
電話の向こうのアイデンは、先ほどのやりとりの余韻が残っていたのか、
すぐには反応できずにいた。
「……何のことだ?」
炎の声には、微かに怒気が含まれ、僅かにトーンが上がる。
「カルマが遺跡を調査中、なぜ"偽の援軍"が'偶然'現れたのか。」
その問いに電話の向こうのアイデンが息をのんだ。
驚きを隠せない様子で、彼は慎重に言葉を選ぶように返した。
「偽のハンター……?
まさか、外部の人間が紛れ込んでいたってことか?」
炎の視線は冷たく前方を見据え、
その声は依然として平静だったが、内に秘めた怒りが滲んでいた。
「とぼけるなよ。さっきカルマは不意打ちされかけた。
俺が間に合わなかったら、今ごろは怪我をしていたか、
それ以上の事態になっていたかもしれない。」
「あいつらが偶然そこにいたなんてあり得ない。
こんなのがただの出来事なわけがない。
まだ分からないなら、マイルズに聞け。」
電話の向こうで、アイデンは明らかに言葉を失っていた。
しばらくの沈黙の後、慎重でわずかに申し訳なさを含んだ声が返ってくる。
「エン……そんなことになっていたなんて、知らなかった。
俺は、まさか他の勢力が関与しているとは思わなくて、ただ——」
「ただ何だ?」
炎は冷たく遮り、その声はさらに鋭さを増していた。
「カルマを一人で危険な場所に向かわせたかったのか?
それとも、彼女ならどんな問題も自力で解決できるとでも?」
アイデンは炎の抑えた怒りを感じ取ったのか、声のトーンがわずかに落ちる。
「彼女の力を信じていたのは事実だ。
でも……こんなことになるとは予想していなかった。」
「彼女の力を信じる? 今、お前が信じるべきなのは、
なぜ"あいつら"がカルマが来たタイミングで現れたのかってことだ。」
「調べろ、アイデン。俺は答えが必要だ。」
再び沈黙が落ちる。
アイデンは慎重に言葉を選んでいるのか、
あるいは事態の深刻さを改めて理解したのか、長い間黙っていた。
そして、やがて冷静な口調で返す。
「分かった。すぐに調べる。
でもな、エン……お前、いつもと違うな。」
「俺は何も変わっていない。」
炎はアイデンの言葉を遮るように、淡々とした声で言い切る。
「まずは事実を掴め。それから話をしよう。」
アイデンは小さくため息をつき、電話越しにぼそりと呟く。
「……今回は、完全に俺のミスだったな。」
そして、通話は切れた。
炎は無言で携帯をポケットに戻し、再び表情を沈着に戻した。
だが、その瞳にはまだ冷たい怒りが残っていた。
隣にいたカルマは、それを黙って見つめていたが、やがて小さく笑う。
口元には、意味ありげな微笑が浮かんでいた。
「ふーん、アイデンに意外と冷たくないんだね。」
カルマは軽く言い、語尾を伸ばして挑発した。
炎はちらりとカルマを見たが、何も言わず、そのまま踵を返す。
そして、低く静かな声で告げた。
「行くぞ。ここに長居する価値はない。
……次は、こんな場所に一人で来るな。」
カルマはその言葉を聞いても、怒るどころか、むしろさらに朗らかに笑った。
彼女は軽やかに炎の歩調に合わせ、地面に散らばる石や崩れた瓦礫を器用に避けながら進む。
微風に揺れる赤い髪が、彼女の軽やかな足取りに合わせてふわりと舞った。
ふと、彼女の手が自然と炎の腕に寄る。
触れることはなかったが、十分に近く、彼の体温や呼吸を感じ取れるほどの距離だった。
この距離の近さに、彼女の心が微かに波立つ。
炎の言葉は冷たいものだったが、その裏には彼女への想いが込められていた。
それは決して表に出さない優しさ——冷静さと自律の奥深くに隠され、
ふとした瞬間にだけ垣間見えるもの。
そして今日の炎は、いつもより感情の揺らぎが大きかった。
カルマはそっと彼を横目で見た。
思い浮かぶのは、先ほどのアイデンへの怒り——
あの抑えきれない感情の高ぶりは、彼女の知る炎とは明らかに違っていた。
炎が怒る姿など、今まで一度も見たことがなかった。
いや、誰かに対してあそこまで率直に不満をぶつける姿すら見たことがない。
この炎は、彼女の知る彼とは違う。
それなのに、どこか懐かしさを感じさせた。
「エリヴィアの力が彼に影響を及ぼしているのか?」
そんな考えが一瞬よぎるが、彼女は首を振り、その考えを打ち消した。
エリヴィアの力の影響だとしても、
あるいは炎自身の変化だったとしても——
今日の彼は、どこか"人間らしかった"。
そう、「執行者」ではなく、まるで本当の人間のように。
怒りを含んだ言葉の中にも、彼の内に秘めた温かさを感じることができた。
それは感情の暴走ではなく、むしろ"正直さ"に近いものだった。
彼女の口元がさらに緩み、
どこか楽しげな声音で、軽やかに言った。
「安心して。
次はちゃんと連絡して、一緒に来てもらうわ。
そうすれば、もう文句は言えないでしょ?」
炎の歩みがほんのわずかに止まり、
彼女を一瞥する。
その顔は相変わらず無表情だったが、
その瞳には、わずかな諦めと戸惑いが滲んでいた。
何も言わず、彼はただ再び歩き出す。
森の出口へと向かって。
カルマはその背中を見つめながら、
心の奥にふんわりとした温もりを感じていた。
言葉は少なく、態度は冷たい。
けれど今日の炎は、確かに彼女にとって"近い存在"だった。
かつてのように遠く孤立した影ではなく、
手を伸ばせば触れられる距離にいる存在として——
彼女の望む"炎"に、一歩近づいた気がした。