交錯する陰謀 (4)
この戦いで彼女は驚異的な耐久力と不屈の闘志を示した。
敵の数は圧倒的だが、彼女の炎は決して消えなかった。
紅き髪に映る炎の光。
冷徹な瞳に宿る決意。
彼女の立ち姿は、まるで燃え盛る烈火そのものだった。
「……次は、お前たちが絶望する番だ。」
カルマの声は低く、しかし確信に満ちていた。
──ゴォッ!!
魔刃の炎が一瞬で爆発し、周囲の魔獣たちを一掃する。
それでも、裂け目の数は減らない。
むしろ、増えている……?
戦いながらカルマは裂け目の波動を見極める。
(どこかに中心があるはず……)
だが、戦闘が激しくなるほど、裂け目から放たれる魔力はさらに強まる。
まるで、周囲のエネルギーを吸収しながら成長しているかのようだった。
カルマの手がかすかに震える。
魔力も、体力も、確実に消耗していた。
しかし――
彼女の炎は、決して揺るがない。
魔刃を握る手は未だに強く、背筋は真っ直ぐに伸びていた。
「……この身が燃え尽きるまで、お前たちは……通さない。」
彼女の言葉には、微塵の迷いもなかった。
その瞬間、
裂け目から飛び出した魔獣がカルマの隙を突く。
横から襲う漆黒の爪――
(速い……!)
だが、
カルマは即座に反応した。
魔刃に全ての炎を集中させる。
──シュッ……!!
刃は流星のように煌めき、燃え上がる光を放つ。
魔獣の首元を一閃。
──ズバァッ!!
灼熱の刃が魔獣の頸動脈を断ち切り、
炎に包まれながら、その巨体が地面へと崩れ落ちた。
黒い灰となった亡骸が裂け目の前に散る。
カルマは刃を振り抜きながら、
冷静な視線で裂け目を見つめた。
戦場は混沌としている。
だが、カルマの心は冷静だった。
この戦いの本質は、魔獣を倒すことではない。
裂け目の正体を突き止めること――それが本当の目的だ。
(なぜ、アルの紋章が裂け目を生み出した……?)
(この裂け目は、どこへ繋がっている……?)
思考を巡らせるカルマの眼が、周囲を鋭く捉える。
刃先には、再び燃え盛る炎。
それは、次なる攻撃の準備ではない。
「……答えは、この裂け目の向こうにある。」
この戦いは、生き延びるためのものではない。
この戦いは、真実に辿り着くためのものだった。
カルマの魔刃が最後の魔獣を焼き尽くし、周囲は一瞬の静寂に包まれた。
彼女の胸が上下する。
火の刃はまだ揺らめいている。
裂け目から滲み出る黒い闇は依然として蠢いていたが、
少なくとも今は彼女の炎によって押さえ込まれていた。
その時――
「……足音?」
遺跡の外から複数の影が駆け寄り、ハンターズギルドの紋章をつけた者たちが視界に入る。
カルマは目を細め、素早く状況を把握する。
(……マイルズが送った増援か?)
彼女は一瞬、安堵の息を漏らした。
彼らの到着が予想以上に早かったが、深く考える余裕はない。
今は戦いに集中するべきだった。
ゴォォォッ!!
再び刃が閃き、彼女の炎が魔獣を灰へと変える。
その間、ハンターたちも戦闘に加わった。
符紋銃が火を吹き、短剣が魔獣の肉を裂く。
一見すると彼らは統率が取れているように見えた。
だが――
カルマの目には "違和感" が映る。
彼らの攻撃は、まるでわずかに「ずれて」いる。
わざと魔獣の急所を外しているかのような軌道。
戦闘の最中に不自然な躊躇。
ハンターたちは確かに魔獣を倒していたが、動きに 「本気」 が感じられなかった。
(……妙だ。)
それでも、今は戦いが優先だった。
カルマは疑念を一旦振り払い、再び魔刃を振りかざす。
ズバァッ!!
魔獣の爪を切り落とし、回転するように次の敵を両断。
炎が迸り、焦げた臭いが戦場に満ちる。
(……数は減らせた。あとは裂け目をどうにかすれば――)
その瞬間だった。
(……ん?)
"殺気" が背後から走る。
異様な速度。
異様な気配。
カルマは 即座に回避しようとした。
だが――
遅い。
ヒュンッ!!
冷たい刃が彼女の背後に迫る。
符紋の刻まれた短剣が、脊髄の急所へと一直線に突き刺さろうとしていた。
(しまっ――)
身体が動かない。
振り返る時間もない。
「……避けられない。」
彼女の脳裏に過ぎる "悔しさ"。
しかし――
"恐怖はなかった。"
カルマは刃が届く瞬間まで、毅然としたままだった。
(そうか――これは、罠だったんだな。)
一発の銃声、戦場の均衡を崩す
鋭い銃声が戦場の喧騒を裂き、一人の「ハンター」が突然地面に崩れ落ちた。
彼の手から滑り落ちた短剣がカランと乾いた金属音を響かせる。
カルマは一瞬、驚いたように動きを止めた。そして、素早く視線を向ける――
遺跡の入り口に見覚えのある男が立っていた。
手には符紋銃、銃口から青白い煙が昇る。
緑の瞳は冷たく鋭く光り、戦場の支配者のように陽光と影の狭間に立つ。
その男――炎はゆっくりと戦場へと足を踏み入れる。
まるで鞘から抜かれた刃のように、一歩ごとに圧倒的な威圧感を纏っていた。
彼は何も言わず、再び銃口を上げる。
引き金を引くと、また一発の銃声が響き、「ハンター」の一人が持っていた符紋武器が弾き飛ばされた。
その瞬間、残った「ハンター」たちの間に明らかな動揺が走った。
互いに一瞬視線を交わし、密かに何かを伝え合っているようだった。
だが、炎の登場により、この場の空気はすでに彼のものになっていた。
カルマは魔刃をしっかりと握りしめ、冷ややかな目で倒れたハンターたちを見下ろす。
ようやく、彼女は気づいた。
――これらの「増援」はただの欺瞞だったのだと。
そして、目の前の冷厳な男こそが、今ここで唯一信用できる仲間だということも。
炎は銃口をわずかに持ち上げ、残ったハンターたちをゆっくりと睨む。
彼の低く冷静な声が、静寂の中で鋭く響く。
「動くな。次は、確実に仕留める。」
その言葉には、一切の冗談も、猶予も感じられない。
カルマは、背後に迫っていた危機が完全に消えたことを悟る。
彼女の心に、一瞬の疑念がよぎったものの、考えている暇はなかった。
目の前にはまだ、消し去るべき魔獣がいる。
彼女は迷うことなく、再び魔刃を振るう。
赤熱した刃が灼熱の軌跡を描き、目の前の魔獣を一刀両断した。
燃え盛る炎に包まれ、魔獣は消滅していく。
彼女の周囲が、ほんの少し静かになる。
「逃げられると思ったか?」
遠くで鈍い銃声が鳴り響いた。
直後、短い苦痛のうめき声が響き、数名の「増援ハンター」たちがその場に倒れ込んだ。
彼らは背を向け、逃げ出そうとしていたが――その瞬間、すでに彼の標的になっていた。
カルマがそちらに目を向けると、烈火と硝煙の中で見慣れた姿が浮かび上がった。
炎は静かに立っていた。
手に持つ拳銃は、鈍く冷たい金属の輝きを放つ。
彼は無言のまま銃口を下げ、慣れた手つきでスライドを引き、排莢する。
カシャッ――薬莢が地面に落ち、カチッ――弾倉が彼の掌に収まる。
その動作のすべては、わずか半秒。
光る符紋が施された弾倉を、彼は即座に銃へと装填する。
リロード完了――そのまま、ためらいなく再び銃口を上げた。
標的は、カルマに迫る魔獣たち。
パァン! パァン!
連続する銃声とともに、緑の符紋弾が発射され、的確に魔獣の急所を貫いた。
次の瞬間――
魔獣たちは、銃弾が体を貫いた瞬間、煙のように黒い霧と化し、
空気中の魔力波動とともに消えていった。




