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交錯する陰謀 (2)

 カルマは静かに本部の廊下を歩いていた。

 肩のアルは身を伏せ、彼女の沈んだ思考を感じ取っているようだった。


 窓から差し込む陽光は、壁にまだら模様の影を映し出し、

 穏やかで静かな雰囲気を作り出していた。

 しかし、彼女の心は決して光景のように晴れやかではなかった。


 彼女の脳裏には、(エン)とのあの会話が浮かんでいた——

 いまだに忘れられない、あの瞬間。


「エリヴィアの力は俺の中に残っている。」


 (エン)は淡々と語ったが、

 カルマにはパズルのピースがはまったかのように思考が絡み合うきっかけとなった。


 彼の口調は、あたかもそれが当たり前のことのようで、むしろ安堵すら滲んでいた。

 だが、カルマは知っている。

 そんな簡単な話ではないことを。


 エリヴィアの力が(エン)を選んだというのは、単なる偶然ではない。


 彼女は、その時の(エン)の表情を思い出す。

 彼の言葉には理解と受容の色があったものの、

 なお隠された何かがあるように思えた。


 彼の答えは、むしろ疑念を深めるものでしかなかった。

 エリヴィアの力と父・アレスの繋がり——


 その裏には、まだ明かされていない謎がある。

 そして、(エン)の行動……それは決して無意味なものではない。


 特に、(エン)が単独で廃倉庫へ行き、

 アルを連れ帰った時から、

 彼女の中には疑念が芽生えていた。


「廃倉庫に落ちていた。」


 彼はそう言っただけで、それ以上は語らなかった。

 さらに、その後も彼は単独で動き、夜行者と遭遇したあの遺跡へと足を運んでいた。


「たまたま魔力の痕跡を感じて、気になっただけだ。」


 そう説明した(エン)の言葉が、カルマの脳内で再び反芻される。


「たまたま?」


 カルマの唇が歪み、皮肉な笑みが浮かんだ。


 彼の性格を知る彼女にとって、(エン)が無計画に動くなどあり得ない。

「偶然」だと言ったその言葉こそが、彼の計画性を裏付けるものだった。


 彼には、明確な目的がある。

 それを誰にも明かさないまま、彼は動いている——

 そう確信せずにはいられなかった。


 カルマは足を止め、その金緑色の瞳に確固たる決意を宿した。


 エリヴィアの力。

 (エン)の行動。

 そして遺跡——


 それらが繋がる可能性を、彼女は見過ごせなかった。

 あの遺跡には夜行者の痕跡があるだけではない。

 むしろ、それ以上のものが眠っているのではないか?

 もしかすると、それは父・アレスとエリヴィアが残した何か……?


「エンは何かを知っている。だが、それを隠している。」

 彼女の眉がわずかに寄せられる。


 父の理想、エリヴィアの力、そして(エン)の動き——

 それらが交差し、導き出される答え。


 もしその全てが遺跡に繋がるのなら……

 彼女は自らの目で、それを確かめなければならない。


「今度こそ、私は騙されない。」

 カルマは静かに呟いた。

 その声には、凛とした冷たさが滲んでいた。


 彼女の肩の上でアルが小さく鳴き、その黄金色の瞳がカルマを見つめる。

 まるで、その決意に応えるように。カルマは小さく笑い、そっとアルの頭を撫でた。


 そして、窓の外に視線を移し、思索を巡らせる。


 エリヴィアの力が(エン)を選んだのであれば、遺跡に眠るものは、

 ただの魔力の痕跡などではないはず。


 それこそが、アレスとエリヴィアの過去、

 そして(エン)の「秘密」を解き明かす鍵になるかもしれない。


 カルマは再び歩き出した。

 その足取りは迷いなく、まっすぐに目的地へと向かっていた。


「これは、私の執念だけの問題じゃない。」


 父の過去の真相、(エン)が抱える謎、

 そして——自分自身の答えを見つけるために。


 彼女は、そのすべてを知る覚悟で進む。


 ◆ ◆ ◆ 


 真昼の陽光が森の枝葉の隙間から降り注ぎ、光と影が地面に揺れる。

 カルマは苔むした石畳を慎重に踏みしめて進んだ。


 その歩調は落ち着いていたが、どこか警戒心を帯びている。

 肩の上ではアルが静かに身を伏せ、

 敏感な耳をピクリと動かしながら周囲の音に注意を払っていた。

 時折、小さな頭を巡らせ、周囲の様子を確かめるように見回している。


 曲がりくねった山道を進むにつれ、目の前の景色が次第にはっきりとしてくる。

 それは、森の奥深くにひっそりと佇む、時の流れに侵食された遺跡だった。


 崩れかけた壁面には厚く苔が生い茂り、絡み合う蔦がその姿を包み込んでいる。

 まるでこの建造物全体が自然に呑み込まれたかのようだ。

 廃墟のあちこちにはかつての構造の名残が見て取れる。

 かつての防御設備の痕跡も、微かにその形を残していた。


 カルマは遺跡の入り口で足を止め、わずかに眉をひそめながら辺りを見渡す。


 ──重い。


 言葉にしなくとも、この場所は異様な雰囲気に満ちていた。

 朽ちた遺跡以上の何かがある。


 そこには、何か説明しがたい「圧」が漂っている。


 それはまるで過去からの囁きのように、

 沈黙のうちにこの場所を訪れる者たちへ警鐘を鳴らしているかのようだった。


 アルが小さく鳴き声をあげ、尻尾でカルマの肩を軽く叩く。

 それはまるで「この場所は普通じゃない」と知らせようとしているかのようだった。


 カルマは小さく微笑みながらアルの頭を撫で、静かに囁いた。


「大丈夫よ、アル。私だってここがただの遺跡じゃないことくらい分かってる。」

 その声には、相棒を安心させるための優しさと、確固たる決意の両方が込められていた。


 ──一歩、足を踏み入れる。


 目の前に広がるのは、時の流れに取り残された風景だった。


 塵と苔に覆われた壁には、かすかに模様が刻まれている。

 指でなぞると、冷たくざらついた感触が伝わってくる。


 それがかつてどのような意味を持っていたのか、

 今ではもう判別することは難しい。


 カルマはそっと指先を離し、さらに奥へと歩を進めた。


 ──圧迫感が、強くなる。


 それは気のせいなどではない。

 目に見えない何かがこの遺跡の空間を支配しているかのようだった。


 呼吸が少しずつ浅くなり、胸の奥が微かに締めつけられるような感覚に陥る。

 それは恐怖ではなく、むしろ直感的な警戒心だった。


「ここでは、何かがあった……それも、とても重要な何かが。」


 エンの言葉が頭をよぎる。

 ──「偶然、ここを見つけた。」


 彼はそう言った。

 しかし、カルマの中でその説明に対する疑念が強く膨らんでいく。


「エンが“偶然”こんな場所を見つけた? そんなわけがないでしょう?」


 彼は用心深い。慎重で、計画的で、無意味に危険を冒すような性格ではない。

 そのエンが、なぜわざわざこの場所に足を運んだのか。


 ──彼の力、父・アレスの痕跡、そしてエリヴィアの伝説。


 全てが、この遺跡と繋がっているように思えてならない。

 カルマは唇をかすかに噛み、目を細めた。


 エンは何かを知っている。それを隠している。

「ただの魔力の残滓があるだけ」とはぐらかしたが、本当にそうなのだろうか?

 彼は、自らの意思でここに来た。


 ──何のために?


 カルマの瞳には、揺るぎない意志が宿る。

 今度こそ、彼の隠しているものを確かめる。

 彼女は再び歩を進めた。


 アルの尻尾が肩に巻きつき、彼女の決意を知っているようだった。

 この場所には答えがある。


 そして彼女は、それを見つける覚悟でここに来たのだから。

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