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封印と解放の序曲(1)

 朝日の光が窓を通して机の上に降り注ぎ、散らばる羊皮紙に柔らかな輝きを落としていた。


 机の上には複雑な符紋が描かれ、(エン)はそれらの難解な記号を凝視しながら、夜行者ナイトウォーカーの背後に潜む秘密について思索していた。


 眉をひそめ、かすれた筆跡に目を留めたその瞬間、カルマが皿を手にしてやって来た。


「朝食、持ってきたよ!」

 彼女は自信満々の表情で、(エン)の目の前に皿を置いた。


 皿の上には、焼きすぎて端が黒く焦げたステーキと、パサパサに乾いたパンが数切れ。さらに、皿の表面には溶けきらない脂がべっとりと残り、この「料理」の挑戦的な見た目をより際立たせていた。


 純血の悪魔であるカルマにとって、人間の日常的な習慣は未知の領域であり、ましてや「朝食」という儀式めいたものなど理解の外だった。


 彼女にしてみれば、人間は朝になると決まって特定の食べ物を口にし、それを「儀式」のように扱う。この習慣は、カルマにとって興味深くもあり、不可解でもあった。

 そんな彼女は、一種の挑戦心を抱きながら、人間のこの「朝の習慣」を理解しようとし、ついに朝食作りに挑んだのだった。


 しかし、彼女には明らかに料理の経験がなかった。

 火加減、味付け、盛り付け——どれも彼女にとってはただの曖昧な概念に過ぎない。

 ステーキを焼く際、カルマは炎を最大にし、勢いよく焼き上げた。端が焦げてきたのを見ても、「これこそが風格だ」と思ったほどだ。


 そして、その血の色——彼女の目にはごく普通のものに映り、むしろ悪魔の美的感覚に合致しているとさえ思えた。

 だが、人間の感覚からすれば……あまりにも野生的すぎた。


 (エン)は皿の上にある、焦げつつも生焼けなステーキに一瞥をくれ、表情が崩れるのを必死に堪えた。

 内心でため息をつきながら、(これが……地獄の味ってやつか?)と、思わず自問する。

 何も言わず、黙ってスマートフォンを取り出し、ひそかに短いメッセージを送った。


 ——数分後。


 バタンッ。

 突然、ドアが勢いよく開いた。

「来たぞー!」

 そう声を上げながら、アイデンがコンビニの袋を片手に部屋へと入ってきた。


 彼はテーブルの上のステーキに目をやり、袋を(エン)へと差し出す。

「珍しくお前から連絡が来たと思ったら……ほら、頼まれてたやつ。」

 袋の中には、シンプルなサンドイッチと一本の牛乳が入っていた。


 (エン)は感謝の意を込めてアイデンの肩を軽く叩き、目の前の「地獄風味」ステーキをそっと脇へ押しやった。

 小声で「助かった」と呟く。


 カルマは眉をひそめるどころか、むしろ満足げに笑みを浮かべていた。

 まるで、(エン)が耐えきれずに助けを求めるまでが、彼女にとっての小さな「試練」であったかのように——。


 (エン)は視線を落とし、無言でサンドイッチをかじる。

 傍らでは、あの「地獄風味」がじわじわと焦げた匂いを放ち続けていたが、彼はそれを気にしないふりをすることにした。



 三人はテーブルを囲み、広げられた羊皮紙を見つめていた。

 それは昨夜、黒燈会こくとうかいの拠点から持ち帰ったものだ。

 文字と符号が入り混じり、まるで何かの禁忌を封じた秘密を示しているかのようだった。

 アイデンの視線は、一つひとつの符紋を丹念に追っていた。

 その目には、古の印が秘める謎への好奇心と探究心が宿っている。


「……これ、古代の儀式の一部じゃないか?」

 アイデンは羊皮紙の隅を指しながら、低い声で言った。

「以前、いくつかの資料で似たようなデザインを見たことがある。特に、大型の魔物を制御する術式に使われていたらしい。黒燈会こくとうかいは、これを利用して何かの儀式を企んでいるのかもしれない。」


 (エン)は黙って話を聞きながら、昨夜の夜行者ナイトウォーカーとの戦いを思い返していた。

 一瞬、逡巡する。


 だが、あの異様な執着と、自分の身に起きた違和感を隠しておくべきではないと判断した。


「……昨夜のことだが、ちょっと妙だった。」


 そう前置きしてから、(エン)はゆっくりと口を開いた。

夜行者ナイトウォーカーのやつ……俺が何か“力”を持っていると思い込んでいた。そして、それを奪おうとしてきた。

 まるで、何かに取り憑かれたみたいに……な。」


 彼の表情には、言葉では説明しきれない違和感がにじんでいた。

 あの異常なまでの執念、ただの敵意や殺意ではない——何か、もっと根深いものがあった。


「まさしく狂気の沙汰だったわね。」

 カルマが口を挟む。


「まるで執着の化身みたいに……病的だった。あの目、まるで神聖な何かに飢えているかのようだったわ。でも、その奥には、貪欲な狂熱が渦巻いていた。」


 彼女の声には、どこか冷ややかな響きがあった。


「ただの敵意じゃないわね。」

 カルマは(エン)の方を見やりながら、ゆっくりと続けた。

「その力は、あんたと何かしら切っても切れない関係がある。でも、今の私たちには、それが何なのか、まだ分からない……。」


 アイデンは顔を上げ、眉をひそめながら驚いたように問いかけた。

「まさか……それは、無自覚の共鳴? 何か神秘的な力か? どうやって発動したんだ?」


 (エン)は目を伏せ、複雑な表情を浮かべた。

 少しの間、考え込んでから、ようやく口を開く。


「俺にも分からない。この力は……ずっと前からあった気がする。時々、自分がそれに動かされているような感覚になる。けど、昨夜の戦いでは——」


 言葉を切り、一瞬迷う。


 あの微かな声のことを話すべきか? あるいは、常識を超えた自己再生のことも——?


 だが、どう説明すればいいのか、自分自身すら分からない。


 結局、(エン)は口をつぐんだまま、考えを飲み込んだ。


 アイデンは考え込むように羊皮紙の上をじっと見つめ、指先で文字をなぞる。

 視線が揺れ動き、まるで答えを探しているようだった。


 やがて彼は顔を上げ、重たい眼鏡のフレームを押し上げながら、ためらいがちに切り出した。


「……なあ、(エン)夜行者ナイトウォーカーは戦いの最中、何か特別なことを口にしていなかったか? もしかしたら、言葉の中に手がかりがあるかもしれない。」


 (エン)は少しの間、沈黙する。


 夜行者ナイトウォーカーとの対峙を思い出す。


 あの戦い、相手の言葉には狂気と執念が滲んでいた。


 ほとんどが意味不明な戯言だったが——


 ひとつだけ、はっきりと耳に残っている名がある。


「……あいつの言葉のほとんどは狂気に満ちていた。」

 (エン)は眉を寄せながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「だが、一つだけ気になることを言っていた。」


 アイデンとカルマが息をのむように(エン)を見つめる。


 (エン)は静かに続けた。


「——『エリヴィアの贈り物』、だと。」

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