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キシリア・ザビの物語:忠誠と野望の狭間で

作者: おいらもぐ


私は窓越しに宇宙の暗闇を見つめていた。無数の星々が静かに瞬き、まるで今この瞬間にも続く戦いを見守っているかのようだった。


「マ・クベ大佐からの報告書です、キシリア様」


副官が差し出したデータパッドに目を通しながら、私は小さく溜息をついた。オデッサでの資源採掘は予定通りに進んでいる。あの男は常に期待以上の結果を出してくれる。だからこそ、この胸の奥に渦巻く感情が煩わしい。


「あの方は、相変わらず優秀ですね」副官が言葉を続けた。


「そうだな」私は短く答えた。「だからこそ、油断ができない」


マ・クベ。彼の存在は私にとって、最も信頼できる部下であると同時に、最も警戒すべき存在でもある。その野心は隠しようもなく、時として彼の瞳の奥に燃える炎として垣間見える。




「キシリア様、突撃機動軍の再編について、ご報告させていただきます」


オデッサ基地での会談。マ・クベは私の前で一礼し、詳細な作戦計画を展開し始めた。その姿は、いつもの彼らしい完璧な準備と自信に満ちていた。


「見事な計画だ、マ・クベ大佐」私は言った。「だけど、おまえの野心が少し見え過ぎている」


彼の表情が一瞬だけ強張るのを見逃さなかった。


「私の全ては、キシリア様とジオンの勝利のためにございます」


その言葉は真摯で、嘘はないはずだった。しかし、それでも私は彼の心の奥底で燃える野望の炎を感じ取っていた。


「おまえの才能は認めている。だからこそ期待している」私はゆっくりと告げた。「けれど、忘れるな。私はおまえの上官であり、ザビ家の人間だということを」


「承知しております」


その瞬間、彼の目に浮かんだ感情は、悔しさか、それとも決意か。私にも判別できなかった。




夜更けの指令室で、私は再びマ・クベからの報告書を読み返していた。彼の計画は完璧だった。むしろ完璧すぎる。その背後に潜む野望の影を、私は見逃すことができない。


「...父上」


思わず口から漏れた言葉に、我に返る。感情を表に出すことは、ザビ家の長女である私には許されない。それでも、時として心の奥底で渦巻く感情を抑えきれないことがある。


マ・クベへの信頼と警戒。部下への慈しみと指導者としての冷徹さ。相反する感情の狭間で、私は決して迷いを見せることはできない。それがザビ家の長女としての、そしてジオンの指導者としての私の宿命なのだから。


窓の外の星々は、相変わらず冷たく光を放っていた。この戦いが終わる時、私とマ・クベはどのような結末を迎えるのだろうか。それは誰にも分からない。ただ、私たちは各々の信念と野望を胸に、この血塗られた道を進み続けるしかないのだ。




「キシリア様、ランバ・ラル隊への補給要請について」


マ・クベの声に、私は一瞬目を閉じた。ガルマの仇討ちを志願したランバ・ラルは、確かに優秀な指揮官だ。しかし、今この時も刻一刻と変化する戦況の中で、彼の個人的な復讐に資源を割くべきではない。それが私の判断だった。


「却下する」


「しかし、ランバ・ラル大佐は我がジオンが誇る—」


「マ・クベ大佐」私は彼の言葉を遮った。「感情で判断してはいけない。今の我々に必要なのは、冷徹な戦略だ」


会議室に重い沈黙が落ちる。マ・クベの表情には、珍しく感情が滲んでいた。


「私にも分かる。ガルマの死は、確かに悔しい」思わず柔らかな口調になる。「けれど、それを理由に軍の戦力を分散させるわけにはいかない」


「...御意」


彼は深く一礼したが、その背中には明らかな緊張が走っていた。




その夜、私は父から送られてきた通信を読み返していた。


『キシリア、お前の判断は正しい。しかし、時として人の心というものは、正しさだけでは動かないものだ』


父らしい言葉だった。確かに、ランバ・ラルの心情も、マ・クベの判断も、理解できないわけではない。けれど—。


「キシリア様」


不意の声に振り返ると、そこにはマ・クベが立っていた。


「こんな時間に珍しいな」


「申し訳ありません。しかし、どうしてもお伝えしたいことが」


彼の声には、いつもの様子とは違う切迫感があった。


「ランバ・ラル隊の件について、私から補給を約束してしまいました」


「...何故」私の声が冷たくなる。


「彼らの志は、我がジオンの魂そのものです。その魂を守ることこそが、今の我々に必要なのではないでしょうか」


マ・クベの瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。その眼差しには、普段の野心の影は見えない。ただ、純粋な信念だけが宿っていた。


「越権行為だぞ」


「はい」


「軍令違反だ」


「承知しております」


私は深いため息をついた。


「...分かった。今回の件は、私が責任を取る」


「キシリア様!」


「でも、これが最後だ。次からは必ず—」


「私の判断を仰ぐこと」


彼は静かに頷いた。その表情には、安堵と共に、何か別の感情が垣間見えた気がした。




窓の外の宇宙は、相変わらず静かだった。しかし、その静寂の中で、確実に何かが変化している。マ・クベの行動は、単なる野心からではなかった。彼なりの信念があった。そして、その信念は時として、私の冷徹な判断以上の価値を持つのかもしれない。


「父上」私は呟いた。「人の心を動かすものは、時として理性を超えるのですね」


通信機が明滅を始める。新たな戦況の報告だろう。私は深く息を吸い込み、再び指導者としての仮面を被る。でも、この胸の奥には、密かな温もりが残っていた。




警報が鳴り響いたのは、真夜中だった。


「キシリア様!」副官が慌ただしく報告を始める。「オデッサ基地が連邦軍の大規模な攻撃を受けています!」


「マ・クベは?」


「現在、指揮を執っております。しかし...」


画面に映し出された戦況は、予想以上に厳しいものだった。連邦軍の新型モビルスーツ部隊が、オデッサ基地の防衛線を次々と突破している。


「マ・クベ大佐!」私は通信を開いた。


「キシリア様」彼の声には、いつもの冷静さがなかった。「申し訳ありません。私の...私の判断の誤りです」


画面越しの彼の背後では、爆発の閃光が走っていた。


「撤退しろ」


「いいえ」彼の声は強く響いた。「まだ戦えます。この基地には、ジオンの未来がかかっているのです」


その時、やっと私は理解した。彼の野心の正体を。それは単なる出世欲や権力欲ではなく、ジオンという大義のための、純粋な情熱だったのだ。


「マ・クベ」私は静かに、しかし強い意志を込めて告げた。「おまえの命の方が、基地よりも価値がある」


通信の向こうで、彼が息を呑む音が聞こえた。


「キシリア様...」


「これは命令だ。直ちに撤退しろ」


一瞬の沈黙の後、彼は答えた。


「しかし、その前に一つだけ。私に最後の戦いをお許しください」


私の胸に、痛みが走る。


「マ・クベ大佐、おまえは—」


「キシリア様」彼の声は穏やかだった。「私の全ては、ジオンのため。そして、あなたのためです」


通信が途切れる前、確かに彼は笑っていた。誇り高く、そして清々しい笑顔だった。




オデッサ基地は陥落した。しかし、マ・クベの最後の反撃により、重要な資源と人員の大半を退避させることができた。彼の最期は、まさに一人の武人としての、そして忠臣としての姿だった。


「キシリア様」副官が声をかける。「新たな配置転換の案が」


「後にしろ」


私は立ち上がり、窓際に歩み寄った。宇宙の闇は、いつもと変わらず静かだった。


「マ・クベ」私は誰にも聞こえないように呟いた。「おまえは最後まで、私の理解を超える男だった」


野心家でありながら忠臣。戦略家でありながら情に厚い人物。相反する要素を持ちながら、それらを完璧に昇華させた稀有な存在。


私は深く目を閉じた。この感情は、決して誰にも見せてはならない。それがザビ家の長女としての、私の宿命。それでも—。


「ありがとう」


たった一言を、虚空に向かって告げる。これが私にできる、最後の感情表現。




数日後、私は新たな作戦会議に臨んでいた。表情は冷静そのもの。声音は凛として揺るぎない。

しかし、胸の奥底では、確かな変化を感じていた。


マ・クベが教えてくれたもの。それは、時として感情こそが、最も正しい判断を導くということ。

純粋な信念は、時として冷徹な戦略以上の価値を持つということ。


「作戦を開始する」


私の声が、会議室に響き渡る。


もう二度と、あの時のような過ちは繰り返さない。部下たちの思いに、もっと耳を傾けよう。

それが、マ・クベへの、そして失われた多くの戦士たちへの、私なりの答えなのだから。


窓の外で、新たな流星が瞬く。

まるで、彼からの最後の合図のように。








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