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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
99/234

#99_大聖堂侵入


 世界がオレンジ色に染まり始めた頃。

 林の中にじっと身を潜めていた浩介たちは、周囲に人影がないか確認してから林から抜け出した。



「フゥ!緊張するなぁ」



 早鐘を打つ鼓動をなんとか落ち着けようと、わざとらしく言ってみたがほとんど効果は無かった。

 隣を歩く占い師の目も強張っていた。



「見つかったらすぐに口を利けないようにしたらよかろうに。とことん、甘いのう」


「いや、俺普通の庶民ですよ?人なんか殺したくありませんよ」


「そう言える時期はとうに過ぎておるんじゃがのう……ま、甘さに足を掬われんようにな」


「なんか意味深。俺、気になります」


「そのままの意味じゃよ。時には心を殺さねば、後々おぬしが苦境に立つこともあるという事じゃ」


「……フラグ立てるのやめてくれません?とりあえず、今は目の前の事に集中しましょう」



 そういって浩介は占い師みたく、外套のフードを被って更にマフラーで顔半分を覆った。

 隣の占い師はすっと目を細めた。



「……怪しいにもほどがあるぞ」


「それ、おまっ、言う?!」


「ワフ?」



 他愛のない話をしながら歩いていると時間が経つのは早く感じるもので、いつの間にか大聖堂の扉を見上げる位置まで来ていた。

 すれ違った礼拝者は数人で、大聖堂の解放時間が残り僅かなのを肌でも感じる。

 浩介たちは柴犬を抱えてから内側に開かれた大きな門扉を通り抜け、大聖堂の中へ入る。

 怪しまれない程度に薄暗い中通路をゆっくり歩き、最前列の椅子を目指しながら周囲に視線だけを動かして脳内マップと見比べる。

 シスターに見せられたイメージは正確で、違いは中の明暗くらいしかない。

 最前列の椅子に腰を掛けると、前方左奥にあるドアを確認する。

 次に、柴犬を抱えたまま隠れる場所を考える。

 その最中、怪しまれないように祈るポーズを取る事も忘れない。



「やっぱり、誰もいなくなった時にマリアス像の裏に隠れるしかないか」



 隣に座る占い師にだけ聞き取れるような小声で囁き、返答を窺う。



「そうじゃのう……まあ一番安全な場所は天井じゃがな」


「……あ」



 んな無茶な、と反射的に思ったが、能力を使えば無茶でもなかった。

 マリアス像の背後にステンドグラス、その天井にもステンドグラス。

 陽が沈んでいる今、完全に闇に包まれるまで数分とかからない。

 日が暮れてしまえば、大聖堂内を照らすのは月明りのみ。

 地上にいれば見回りから逃げ隠れしなくてはならないが、天井をわざわざ見ようという人間はいないだろう。

 いたとしても、月明りが薄っすらと照らすマリアス像を見上げるくらいだろう。

 ならば、マリアス像から離れた天井に浮いていればいい。

 再び顔を下げて祈る姿勢に戻る。



「もしかして始めから気付いてました?」


「当たり前じゃろう。何ぞ楽しそうにあれやこれやと考えておったから水を差さんでおいたがの」


「恥ずかしいっ」



 浩介は羞恥から体を丸めて両手で顔を覆った。



「いやあ、おぬしは愉快じゃのう」


「嬉しくない……気付いてたならすぐに教えてくださいよ」



 日が暮れる間際、浩介たちを以外の礼拝者が全て去った。

 まだ大聖堂内は物の輪郭が少し見える程度には明るかったので、今から天井に張り付くわけにはいかない。

 教会関係者が戸締りに来る前に二階の席へと飛び上がり、息を潜めて聴覚を研ぎ澄ませる。

 少しして、奥のドアからランタンを持った白い神官服を着た男が姿を見せた。

 浩介は手すりの上から目を覗かせて動きを観察する。

 神官は座席一列一列を丁寧に確認して見回る。

 一階すべてを確認し終えると、次は浩介たちのいる上の階を見回るために壁際の階段へと向かう。



「こっちに来る……」



 浩介は素早く占い師と犬を抱えて、神官が階段を上り始めてから階下に飛び降りた。

 勿論、着地時に音が立たないように空気のクッションを敷く。

 神官は侵入者が入れ違いで隠れ潜んでいるなど露にも思わないまま仕事を続ける。

 異常なし、と今度は反対側を調べる為に階段を下り始めた。

 またもや浩介は階段を下りる神官と入れ違いで二階へ飛び移り、やがて見回り終えた神官は奥のドアへと戻った。

 これで作戦通り、大聖堂には浩介たちを残すだけになった。

 定期的に見回りがなされないとも限らないので、打ち合わせ通りに天井に足場を作って待機する。

 そして数時間が経過したが、結局誰一人として大聖堂内に立ち入ることは無かった。

 スマホの時間を見ると、深夜0時過ぎ。

 そろそろか、と強化した聴覚で扉の向こうの音を探る。

 かすかにいびきが聞こえた。

 浩介は床に降りて犬に吠えるよう言いかけた時、大聖堂の大扉から小さくカチャカチャと音がした。



「何じゃ?」


「これは……もしかして鍵を開ける音?やばい、上に隠れっ……っ!」



 浩介が占い師を抱えようとした時、円形の人工的な光が浩介を捕捉した。

 眩しさに目を覆う。

 思いも寄らない事態に思考が停止し、体も固まった。

 大聖堂の中を足音を立てないように迫る複数の人の気配があった。



「さすがのわしも、こんな事態は予想できんわ……こんな形で失敗するとは、何ともやり切れんのう」



 これまでずっと泰然自若としていた占い師の口から、悔しさと諦めの言葉が出た。

 何とか切り抜けられないかと歯噛みするが、冷静さを欠いた頭では良案など考え付かない。

 複数の人影は忍び足で素早く浩介の前まで来ると、数名で取り囲み、有無を言わせぬ圧を込めて静かに言った。



「騒ぐな。騒がなければ何もしない。頭の後ろで両手を組んで背中を向けろ」



 言われた通りに手を頭に持っていこうとした時、とある違和感を覚えた。



「あの、ちょっといいですか?」


「黙って言われた通りにしろ」


「日本人ですか?」



 直後に、カシャリと聞いたことがある金属音がして、やはりと確信した。

 逆光で相手の姿は見えないが、朧気ながら見えた彼らが取っていた体勢は浩介の良く見知っているものらしかった。

 問答無用で撃たれる前に、敵ではないと証明しなくてはならない。



「私は辻本浩介。芳賀さん、自衛隊の芳賀2佐の知り合いです」



 銃を向けている相手は日本語を話し、自衛隊の幹部の名前を出されては身元の確認をしないわけにはいかない。

 目の前の人物が小声で呟き、少しして銃口とライトが下ろされた。



「驚かせてすまない。君はなぜここに?」



 迷彩服に身を包んだ隊員たちに囲まれながら簡単に事情を説明した。



「そうか。となると、その二人はこの地下に監禁されている可能性があるのか」


「そうみたいです」



 王国兵に拝礼者を装わせて島の住民に聞き込みしてもらったところ、この国の兵士が奇抜な恰好の若者二人とやつれた男が大聖堂に連れて行かれるのを目撃した人が複数人いた。

 それからずっと大聖堂を取り囲むように監視していたが、適正者二名とガルファが一度も外へ出ていない事から、ここに監禁されたままだと確信して踏み込んだのだという。

 話している最中に他の隊員が奥のドアの鍵を開錠し、音を立てずに数センチだけ隙間を開けた。



「話はここまでだ。悪いが先を急ぐ」


「待ってください」



 浩介の脇を通ろうとした隊員を引き留めて提案した。



「私たちも一緒に行きます。地下への行き方も知ってますし、能力で皆さんの足音も消せますから損にはならないはずです」


「……もし君に危険が及んでも我々は任務を優先させてもらう。その上で、我々の邪魔をしないと約束できるなら構わない」


「はい。というか、私たちの目的とほぼ同じですから」



 浩介は先導するためドアの前まで足音を立てずに移動すると、慎重にドアを全開にした。

 そして廊下に対して手を翳すと浩介の前髪がふわりと一回舞い上がり、廊下の床全体に厚さ数センチの見えない空気の絨毯が敷かれた。

 振り返って隊員へ注意を促す。



「この敷居から床の高さが少しだけ上がってます。見えないでしょうが、靴が床に付かないように空気の絨毯を敷きました。走っても音は立たないはずです」



 虚言ではないと証明するため、浩介が廊下へ入り込んでジャンプした。

 隊員たちは目の前の男は頭がおかしいのかと目をひん剥き殺してやろうかと思ったが、手品であるかのように音は響かなかった。

 ほら言った通りでしょうと、浩介は得意げに両手を広げた。

 悪い冗談はやめてくれ、と隊員らは軽く首を振って浩介の後に続いた。

 そのまま調理室へは恙なく辿り着いた。

 扉に鍵がかかっていたので開錠を隊員に任せると、ものの十数秒であっさりと仕事を終わらせた。

 調理室に入る前に浩介は占い師と犬、隊員たちに向けて、この部屋には空気の絨毯は敷けない、少し待つようにとサインを出す。

 一人で中に入って地下室への入口を探すと、隊員がライトで照らしてくれた。

 忍び足で中央の調理台へたどり着くと、ジェスチャーで次はこれを持ち上げて脇へ退かすと伝える。

 全員が静かに速やかに調理室の中へ入り、多少の音を立てても外に漏れないように入口を閉めた。

 数人で調理台をゆっくりと静かに持ち上げて奥の方へ移動させ、慎重に床に沈み込ませるように置いた。

 調理台があった場所の床には、投射されたイメージにあった通りの扉。

 浩介は取っ手に手を掛けて、音を立てないように地下への入口を開け放つ。

 全員を見渡してから階段を下りた。






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