表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
96/234

#96_トラップ発動


 落とし穴に落ちた兵士の引き揚げ作業を見ながら、リディンは呟く。



「この罠……我ら聖騎士が先立ってアルスメリアへ向かった時にはなかったはず。無論、戻って来た時もだ。立て看板も見た記憶が無い。

 我々を出し抜いてこの二日で作り上げたというのか?」


「どう思う、リディン。落とし穴があるのは手前だけか、それとも……」



 リディンとシャルフは気が緩んでいたことを自覚し戒め、自然と声が低くなる。

 これから相手にする者が瀕死の小鳥ではなく、瀕死を装っている鷲なのではないかと暗に尋ねた。

 リディンは草原を見渡して、大地を覆いつくす草原のどこかにまだ不自然な場所は無いかと目を凝らす。



「そうだな……焼き払えれば安全は確保できるが、二日は無駄になる。二手に分かれるとしよう。

 カイラスとシャルフはこのまま草原を抜け、私とナナリウスとハインは迂回して森を抜ける。何もなければその先で落ち合おう。ただ、遅くなってもいいから草の根を分けて用心して進め。

 負傷兵が増えれば行軍は更に遅くなる」


「ああ、わかってる。カイラスの脳筋が言う事聞いてくれればいいけど……」



 肩を竦めてシャルフが去る。

 その姿に苦笑を浮かべたのも一瞬、リディンはまだ邂逅せぬ敵に脅威を感じ始めていた。

 カイラスはリディンの伝言を聞いて鼻で笑った。



「ふん、こんなマネは最初だけに決まってる。向こうの兵の数を考えれば、二日や三日でここ全部に落とし穴を掘るなんて不可能だ。リディンは怯えすぎなんだよ」


「全軍を背負う立場なんだ、少しは察してやれ。では早速、大地にキスしながら撫でまわしていこうか」


「お前……意味不明な上に気持ち悪いぞ」



 シャルフとカイラスの部隊は慎重に落とし穴の探査をしながら進軍する。

 この落とし穴は、それこそ言葉通りに地面に這いつくばって目を凝らさなければ見分けがつかないほどに巧妙にカモフラージュされていた。

 剣で地面を叩きながら落とし穴を確認して進むが、常に気を張り続ける兵士の心身の消耗は激しい。

 ボコボコと様々な場所で地面が抜け落ち、カイラスの発言が奢りと証明されるのに時間はかからなかった。

 せっせと地面を叩く兵士たちの後ろで、カイラスは隣にいるシャルフに話しかける。



「この国の連中はでかいモグラでも飼ってんのかよ」


「さて、モグラではないかもしれないが、アレイクシオン王国に協力する国があるのかもしれない」


「いやいや、どう見ても負け戦確定の瀕死国家だってのに、そんな物好きいるかねぇ」


「たった二日、いや恐らく作業は夜中に限っていただろうから、正味半日か。少なくとも、その短時間でこれだけの罠を仕掛けられる人手を調達したのは事実だ。

 戦いに勝ったあと重要になってくるのは、その戦力の出どころか」


「……なあ」


「何?」



 得体の知れない協力者を考え始めたシャルフを見て、カイラスは困ったように眉間に皺を寄せて純粋に訊いた。



「今からそんな事考えて、疲れないか?」


「……お前の前でこんな話をした私が間違っていたよ」



 呆れられた事に気が付かないままカイラスは話題を変えた。



「それはそうと、こんなペースじゃあ日が暮れちまう。焼いても変わらないんじゃねぇか?」


「やめておけ。リディンもそう言っていたけど、私は反対だよ。見晴らしは確かに良くなるだろうけど、今度は煤や灰が地面を隠す。

 確かに焼いて発見できる落とし穴はあるだろうけど、結局地面を叩くのは変わらないんだよ」


「小癪な真似をしやがって……」



 口を引き攣らせて舌打ちする。

 カイラスとの話が一区切りしたとみると、シャルフは別動隊を気に掛けた。


 リディンがクール系イケメンのハインと気怠そうなナナリウスの部隊を連れ、森の入口に到着した。



「また立て札があるねぇ」


「『この先も地獄。草原の二の舞になりたくなければ引き返せ。ここを越えればもう命の保証はできない』か」


「すごい上から目線。攻められてる側なのに、どこからそんな自信が出てくるんだろう」



 草原の落とし穴に続いて、わざわざ警告する意図は何か。

 同時に、森のこの警告看板がブラフである可能性も考慮する。

 無数の落とし穴に説得力を持たせた上で、森には何も仕掛けていない可能性もある。

 問題は、上陸してから今日までこの森には立ち入ったことは無いため、ブラフであると確信を持って切り捨てられない事にある。

 聖マリアス国軍に潜んでいた間諜が早々に侵攻の計画を掴み、先んじて罠を仕掛けていた可能性も十分にある。

 ここでもリディンが取れる手は結局のところ、引き返して草原を抜けるか、このまま森に侵入するかの二択しかない。



「敵が何を考えているかは分からないが、ここで足踏みをしていても時間の無駄だ。どんな罠が仕掛けられているか分からない。油断なく警戒しながら進むぞ」


「りょーかい」



 主に会話をするのはリディンとナナリウスで、ハインはただ黙って耳を傾けるだけ。

 それが常であるようで、二人はハインに目線で合図を送るとそれに頷く。

 その後にハインが側付きに対して口を開く。



「聞いての通り。始めて」


「はっ!」



 という具合に命令が通達されていく。

 それとは対照的に、リディンとナナリウスは自らが声の届く限り自ら号令をかける。

 そうして、異国の大軍が森へと足を踏み入れた。





――――――――――――――――――――――――――――――





「こちらヘルメス隊。箱罠攻略部隊、想定通り箱に侵入。補給部隊を最後尾に視認。数は荷馬車が6。いつでも動ける。送れ」


「こちらCP。目標がエサに食いつく、もしくはエサが不発の時点で報せろ。それまでは待機。終わり」



 三日月形に広がる森の入口。

 自衛隊の偵察部隊は森の端から身を潜めて監視していた。

 通信傍受対策で交信には中二病チクなコードネームや隠語を用いているが、相手は通信を傍受することも日本語も理解できないので、これは単なる遊び心である。

 双眼鏡を手にした自衛官が、隣にいる同僚に向けて溜め息を吐いて話し出した。



「俺、この作戦気が進まないんだよなぁ」


「どうして?もしかして、隠れて異世界人の彼女でも作ったのか?」


「違う違う。俺の実家、農家なんだよ。だから食い物攻撃するのにちょっと抵抗がな……もちろん命令には従うさ。この作戦がどれだけ重要かは分かってるからな」


「そうか。お前がどのくらい自衛官やってくかは知らないけど、無事退職できたら実家手伝えば少しは気が晴れるかもな」


「かもな。考えておこう」



 そう言って、隣の地面に一直線に並べて立てられた、いくつものL16  81mm迫撃砲を物憂げな目で見た。





――――――――――――――――――――――――――――――





 自衛隊ベースキャンプ、作戦司令天幕。

 先程の報告を聞き、幕僚たちは硬い表情のまま頷いた。



「ここまでは我々のプラン通りに動いてくれていますな」


「ですが、本当の戦いはこの後です」


「兵站を失い、引き返して草原を強引に抜けるか、本国へ救援を求めるか、力技で罠を平らげて突破してくるか」



 陸上幕僚長の伍代が思案気にすると、そこで総理が確認を取る。



「アルス村の避難は完了しているのだな?」


「はい、昨夜のうちに。メリーズという近隣の大きい町に避難させました」


「そうか。出来る事なら、村を戦場にしたくないものだ」


「ええ、本当に……」



 そこにセレスティアも同席しているが、表情が優れない。

 総理はそれに気付いて、声を掛けた。



「セレスティア陛下、些か顔色が優れないご様子。どこかお加減でも?」


「いえ、そういう事では……ただ、これは本来は私たちアレイクシオン王国の戦いのはず。だというのに、ほとんどの王国兵は後方で民を守るだけで、戦いは全てニホンコクの方……これではあまりに情けない」



 総理は返答に窮した。

 そのつもりはなかったのだが、いつの間にかこの戦争の主導権を日本が握ってしまっていた。

 だが、王国軍の乏しい戦力がまともに聖マリアス国の大軍と衝突して勝てる見込みはゼロ。

 では、どうすればアレイクシオン王国が生き残れるかといえば、自衛隊が主力にならざるを得ない。

 かといって、王国兵と自衛隊の混合軍隊を編成しても、意思の疎通がスムーズではないので統率は取れない。

 もっと時間をかけてお互いの戦い方を学び、経験していればそれも夢ではなかったかもしれないが、今はそんな時間はない。

 日本主導が合理的なのは理解しているが、セレスティアの抱える悔しさも少しは分かるつもりだった。



「此度はあまりにも時間が無さ過ぎたのです。それにガルファ前国王の件で我が国も決して無関係ではありません。むしろ、大罪人を招いてしまった責任を取らせていただきたい」



 総理の言葉は事実を語っていた。

 しかし、セレスティアの憂いは他にもあった。

 このおんぶにだっこの状況はどうにも出来なかったと知っていても、ここまで何も出来なかった自分の愚かさに悔いていたのだ。

 それからは静かに時間が過ぎた。


 動きがあったのは、日も中天を通り過ぎた頃。

 通信士が慌ただしく無線を取り、報告を聞いた。



「こちらHQ。……了解、少し待て」



 通信士が幕僚たちへ通信内容を報告した。

 聖マリアス国軍が箱罠、森の罠にかかって撤退の動きを見せているという。

 それに伴い、フェーズの移行許可を求める通信だった。

 フェーズ移行の要請を受け、異世界方面総監部の幕僚長が硬い表情で指示を出す。



「直ちにフェーズ4へ移行しろ」



 再び通信士は無線機を手に取って、陸幕長の命令をマイクに向かって通達する。



「HQより全部隊に通達。これよりフェーズ4へ移行。繰り返す。これよりフェーズ4へ移行」



 全ては日本の組み上げたプラン通りだったが、表情を緩めるものは一人としていなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ