#93_大聖堂潜入作戦会議
「これが、聖マリアス国?」
「そうです。そして、島の中央に聳えるのがセクアト山。その中腹で天に向かって突き出された槍みたいな尖った建物、あれが大聖堂です」
島全体は大きくも小さくもなく、一つの大都市を丸々納められる程度。
港は大型船が何隻も発着できるくらいには大きく、水揚げされた魚をその場で卸して新鮮な海鮮料理が食べられる店がいくつも見られた。
浩介が今見ているのはイメージなので、人の姿はない。
港の奥には四、五階建ての宿屋が何件も建っている。
その先、港から大聖堂まで石畳の歩道が真っ直ぐに伸びており、その直線ラインは何物も邪魔してはならないと言うように、民家や食堂、土産物屋や雑貨屋はすべて脇道に存在している。
ここまで見た限り、島には軍事的な施設がどこにも見えない。
「じゃあ、俺たちは人目を避けて上陸した後は大聖堂を目指せばいいわけだな」
「はい。聖マリアス国は島国でありセクアト山という天然の城壁で囲まれていますが、港の脇の崖から入って森の中を進んで行けば、誰にも感ずかれずにたどり着けるはずです。ただ……」
懸念を感じさせる言葉が続いたので、身構える。
「ただ?」
「大聖堂に入ったら慎重に行動しなければなりません」
「何かあるのか?迷路みたいに入り組んでたり、トラップがたくさん仕掛けられてたり?」
「いえ、大聖堂は神官や聖騎士見習いが生活している場所でもあるんです。その上、通路が狭くて部屋数も多いんです。
今は戦力の大半は出払っているようですけど、万が一の時に備えて守備要員はいくらか残しているでしょうから」
元の世界の総本山と呼ばれる施設を思い起こし、得心する。
「なるほど。確かに、宗教の総本山って、御神体や信仰の核となる物が安置されているだけじゃなくて、その団体の運営に必要な部署も併設されてたりするもんな。寺とかだと宿坊みたいなものか」
「言うまでもなく、居残った者らに見つかるわけにはいかぬ。騒ぎになれば女王の身もガルファの身も危うい」
身が危ういと聞いてイメージを送信されている今、浩介の体はどうなっているのかと急に不安になったが、占い師が図らずもそれに回答を寄越した。
「今はどこまで見ておる?いつまでも虚ろな目をした男がぼうっと突っ立って独り言している姿というのは気味が悪いわ」
「……えぇ……」
あなたがそのように仕向けたのではないかと責め立てたいが、堪える。
早くしろと催促されたシスターは次のイメージ画像を見せた。
「ここは、大聖堂の中?」
中央の通路を挟んで木製の長椅子がずらりと何列も等間隔で置かれていた。
最奥には一際大きなステンドグラスをバックに、巨大な緑色の宝石を赤子を抱くように持った修道服を着た女性の像があった。
後ろを振り向いて入口の扉に目を向けると、横幅は人が二十人は並んで通れそうなほどに広い。
あらためて大聖堂内を見渡すと、奥行きは百メートルはありそうで天井も気持ちが良いくらいに高い。
左右の壁の上方、床から五メートルほどの位置には窓代わりにステンドグラスがいくつも嵌められていて、そのすぐ下には二階席。
壁から突き出したような二階席はこじんまりとしているが、建物の手前から奥まで続いている。
一階から二階席へは入口の壁際に設えられた階段があり、そこから上の階へ上がれる。
「大聖堂へ入るための入口はここしかありません。そして、私たちが目指す場所はさらに奥です」
「だよねぇ」
「一番奥にマリアス像があるじゃろ?そこから視線を左の奥の壁にずらしてみい。ドアが一つあるはずじゃ。ここからが本番じゃよ」
言われた通りに目を動かしてみると、小さな片開のドアがひっそりと存在していた。
例えるなら、体育館のステージ脇にある体育用具室へ通じる扉のように、意識しなければ見えないような感じだ。
「その奥は騎士や神官らが飲み食い湯浴みし、眠る部屋じゃ」
シスターは次にそのドアの先を見せる。
天井が一気に一般的な家屋の高さまで落ち、通路の幅は人が難なくすれ違える程度になっている。
そして、奇妙な事に壁に付いているドアは右側にしかなかった。
そこで大聖堂を外から確認した時に横幅が無かったのを思い出す。
「わしが言うのも変じゃが、ここの造りは変わっておってのう。外から見てわかったじゃろうが、大聖堂はそれらの生活区間も含めて長方形の建物じゃ。故に、この廊下は建物の外周に沿って続いておる」
逆Uの字型に作られた廊下。
全ての部屋は右手側にあり、全ての部屋は建物の内側にある。
つまり、近くの部屋で異変があればすぐに気付ける造り。
シスターが慎重にと言った理由が分かった。
「次は通路を突き当たった先の右に折れた先にある二つ目のドアに入ってもらう。そこは調理場になっておるが、床に隠し扉があってのう」
またも景観が変わり、シスターは浩介の空間認識を混乱させないように一回通路の突き当りの景観を見せてから調理場へ変更した。まるで一昔前の3DRPGゲームのダンジョンである。
厨房の中は、複数人が一度に動き回ったとしても互いが邪魔にならないくらいに広い。
中央と奥に細長い調理台があり、壁際には食器棚や調理器具が掛けられている。
浩介は隠し扉を探すが、見つからない。
「真ん中の調理台の真下じゃ。それ、足が車になっておるから力を入れれば動かせるはずじゃ」
「え、そんな簡単に動くんだったら、使ってる時に気付かれちゃうんじゃ?っていうか、どうして隠してるんだろう……いや、隠しているというのはもはや周知の事実なのか?」
その隠し扉の先にあるものとは一体、何なのだろうか。
隠さなければならないという時点で、良からぬものであるのは疑いようがない。
占い師に訊いたが、その返答は意外なものだった。
「実は、この先はわしも見た事が無くての……他の地下への入口は知ってはおるが、警備が厳重での。そこから忍び込むのは現実的ではない。
わしが知っておるのは、この先の地下に教皇候補が監禁されておる事だけじゃ……」
落ち込んだ声と共に視界が揺らぎ、浩介の見える世界は宿の部屋に戻った。
これまでいくつもの疑問に答えを齎した占い師だったので、何でも知っていると思い込んでしまっていた。
彼女は神でも仏でもない。
いい年した男だというのに、他人に頼りきりになっていたことに恥ずかしくなった。
「問題は、見張りが何人でどのタイミングで動いてどこに隙が生まれるかという情報がまったくないという点じゃな」
「寝静まった頃に入り込むというのは?」
「それが妥当じゃが、今度はドアに鍵がかかるぞ?それはどうする」
「壊すとなると大きな音でバレるし、鍵を複製するには技術が無いし、戸締りの前に盗んでしまうと鍵が盗まれた事に気付かれてしまうし……」
「クゥン……」
犬も頼りない鳴き声を出した。
一緒に考えている風にも見えたが勘違いだろうと思った瞬間、閃くものがあった。
「犬っ、もしかしたらこの犬が使えるかもしれない」
犬を行使しようという浩介の言葉を聞いて、占い師は非難の目を向ける。
「何じゃと?無礼じゃ、到底容認できぬぞ」
「ワンッ」
犬は占い師に向って吠えると、一瞬で尖った目つきは困惑に変わった。
困ったように精一杯の言葉を紡ぐが、その声色は完全に力なく宙に霧散している。
「い、いや、しかし……」
「ワンッワンッ」
「ぬ、ぬぅ……主様がそう仰るのであれば、まずは話だけでも聞いてみましょう」
話が纏まったらしく、占い師は眉を八の字にしてほとほと困ったと言わんばかりの顔で浩介に言った。
「おぬしの案、申してみよ」
「そんなに難しいものでもないですよ。こちらに鍵を開ける手段が無ければ、あちらさんに開けさせればいい」
「簡単に言うがおぬし、如何にしてそれを成す?」
試すような目で浩介を見て問う。
これから話す計画に穴は無いかと話しながら頭の中で確認し、話す。
「まずは昼間の内に大聖堂に入り、鍵が閉まるまで隠れて待ちます。そのまま寝静まった頃合いを見てこの犬を吠えさせて、鍵の閉まった大聖堂内に犬が取り残されていると知らせます」
「なるほど、主様を確認するために奥のドアが開かれるというわけじゃな」
「そういう事です」
「犬を探している隙にドアを抜けて、調理場を目指します」
「しかし、そう上手くいくかのう。通路に誰かいた時点で終わりじゃろう」
「そこでまたもやコイツに活躍してもらいます」
「……主様をこき使うなぞ、罰当たりにもほどがあるぞ」
据わった目で浩苦言を呈すも浩介は気にせず、逆に占い師の機嫌を宥める。
「まあまあ。この犬って凄く早く動けるじゃないですか。なので、最初は犬は様子を見に来た人を大聖堂の入口近くまで誘導します。
その隙に俺はマリアス像の陰に移動し、そしたら犬は様子を見に来た人を放置して素早く開けられたドアからその先の廊下に向かいます。
廊下に誰もいなければ俺がドアの向こう側に行くまで陽動を。廊下に誰かいたならひと暴れしてそれら全員大聖堂まで引っ張り出して、そのあとは同じ流れです」
「ふむ、主様への不敬に目を瞑れば、作戦としては及第点ギリギリ……それも大目に目を瞑ってといったところじゃろう」
「厳しいですね」
何とか納得させられたようで、胸を撫で下ろす。
「じゃが、大聖堂には隠れられるような場所はないぞ」
「そこは、戸締り前の見回りから見つからないように逃げ回るしか?」
「……詰めが甘すぎじゃろう」
これ見よがしに大きなため息を吐いて呆れられた。
だが、浩介はそれが不可能だとは思えなかった。
高速で移動できる力、人並み外れた脚力。
攻略に必要なカードは持っている。
あとは、イレギュラーが起こらなければ依頼は達成出来るだろう。
「(監視に見つからずに忍び込む……リアルスニークミッションだ!)」
なんとも不届きな事を考えてテンションが上がる浩介だった。
 




