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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
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#92_セレスティアの人望


 葉月たちも帰り、占い師も部屋に戻った。

 浩介は一人になった途端にベッドにダイブした。



「疲れた……今日はもう寝る……」



 まだ日が落ちるには数時間あるが、ベッドが浩介を離さず意識はすぐに遠のいた。

 それからどれほど時間が経っただろうか。ドアが少々乱暴気味にノックされた。

 その音で意識は夢から戻されたが、瞼を開けるにはまだ気力が足りない。

 再び夢の世界に誘われそうになるところへ、けたたましく呼びかけられた。



「おい、開けぬかっ!もう夕餉の時間じゃ!腹が減った、何とかしてくれい!」


「ぬ……」



 夕餉の時間と聞いて、億劫ではあったが目を開いて外を確認した。

 確かに開け放たれた窓の外は暗い。



「はーやーくーせぬかっ!ドアをぶち破ってもよいのだぞ!」



 何と迷惑極まりない客だろう。

 仕方がないので、のそのそと起き上がってドアを開けた。

 廊下を照らすランプの薄暗い明かりの中、占い師が仁王立ちで浩介を待っていた。



「まったく、やっと出てきたか。では、行くぞ」


「なんで奢られる立場なのにそんなに偉そうなんだ……」



 冗談半分の愚痴を零しながら、占い師に促されるまま宿屋を出た。

 振り返って浩介に伺いを立てる。



「して、今日は何を食すのじゃ?」


「そうですねぇ……」



 しゃっきりしない頭で何を食べようかと考え、海鮮料理でいいかと適当に決めた。

 何回か入った事のある店の暖簾を潜ると、夕飯時だというのに店内は伽藍としていた。



「いらっしゃい」



 浩介たちを出迎えたのはホール係ではなく、料理長であり店主の男性だった。



「えっと……もしかして開店前でしたか?」



 店長は口を歪めて外を一瞥、困り果てた口調で話す。



「いや、そういうわけではないんですがね……ほら、戦争が始まるって話じゃないですか。多分、今頃結構な人たちは避難する準備でもしてるんじゃないでしょうかねぇ。

 現にウチの従業員たちもそう言って休みを取りましたよ」


「あぁ、どうりで……店主さんはそうしないんですか?」


「私も逃げたいって気持ちはもちろんありますよ。でもそれ以上にセレスティア様が心配でしてね。殿下は幼いころからよく街まで下りてきてくださって、私たちを気に掛けてくださっていました。

 ここの料理を召し上がられる事もよくありましたし、町のみんなはセレスティア様を慕っていますよ。

 これほど下々の人間まで慮ってくれる人なんで、何かお助けできることがあればすぐに駆け付けられるようにと思いまして。まあただの料理人風情に何が出来るんだって話ですけどね」



 そう言って店長は苦笑いした。

 命大事に行動する者がいれば、義に生きる者もいる。

 どっちが正しいなどない。

 ただ店主の思いは、セレスティアがこれまで育んできた絆が実らせた一つの形だと感じた。



「いえ、セレスティア様が聞いたら凄く喜ぶでしょうね」


「ははっ、ですかね。さあ、お席は御覧の通り選び放題。お好きなお席へどうぞ」



 折角なのでカウンター席に座って注文し、店主と雑談を交わしながら腹を満たした。

 犬へのお土産に適当な物を見繕ってもらい、会計を済ませて店を出る。

 王都は不穏な空気に包まれているが、夜風は心地よく体を撫でる。

 がら空きの食堂や居酒屋をちらりと目を遣ると、先ほどの店長の言葉が蘇った。



「(逃げる準備、か)」



 書入れ時だというのに、どの店も数人の客と一人二人の従業員のみ。

 占い師もそれに気付いて、くだらないと言いたげに言葉を放った。



「なんとも薄情な者の多い事じゃ」


「ここにいたら死ぬかもしれないんですから、逃げるのは普通だと思いますけど」


「逃げる輩に何か言うつもりはない。わしが言うておるのは、先の店主のように信に厚い者とそうでない者が極端に分かれているように見える。国主について行くより我が身を大事に考える輩が多くあらぬか?」


「それは……俺も薄々思ってましたけど」


「この国はそこまで人望の無い者が統べておるのか?」


「いや、今の国王、というか今はもう女王か、はむしろ慕われているんじゃないかと。ただ、娘が正当に王位を継承したって話は極秘なので」


「なるほど。前国王の人望がないのか」


「そういう、事でしょうね。他にも色々ありそうですけど」



 浩介は考え込んで歩く速度が落ちた。

 占い師も歩幅を合わせ、浩介の言葉を待った。



「あとは、この国の貴族の大半が離反したのもあるんじゃないですか?

 この国の戦力の大半が寝返ったと聞けば、逃げ出すのは仕方ないでしょう。国王が名君だったら、残ろうって人はもう少しいたかもしれませんけど」


「ふむ、時代というやつかのう。昔は自分の国を守るためには商人でも農民でも武器を手にして戦っていたものじゃが。いつの間にやら明確に役割が出来ておったか」



 占い師は遠い目をして、そよ風に言葉を乗せるように儚んで言った。

 その横顔へ向けて浩介は聞いた。



「何歳なんですか……」



 遠くを見たまま、答えた。



「乙女が答えると思うか?」


「はあ……」



 深く突っ込むのはやめよう。

 その翌日、浩介の部屋で占い師と今後の行動を話し合っていると芳賀より無線が入った。



「どうしました?」


「いや、浩介君はどう動くのかと思ってな」



 珍しく歯切れの悪い言い方をしたので、何かあるのかと考えた。



「なんじゃ、突然独り言なぞ言いおって」


「ワフッ」



 訝しむ占い師と犬を横目に、芳賀と話を続ける。



「そうですね。聖マリアス国に侵入しなくてはならない事情が出来てしまったので……」


「そうか。ならついでに一つ仕事を頼まれてくれないか?」


「仕事、ですか?」


「一体、誰と話しておるのじゃ?どこにおる?」


「ワンッ」



 浩介の背後を覗き込んだり周囲に目を配りと、小柄な体を動かす。



「ガルファ前国王を拉致した赤島亜戯斗と不町竜也、両名の捕縛を頼みたい」


「えっ、いや、でも二人とも適正者なんですよね?同じ土俵でニ対一ではさすがに分が悪すぎます。こっちもそれを避けようとしてたんですが……。捕縛ってことは、殺さないようにって事ですよね。ちょっとそれは難し過ぎかと」


「それは承知している。だから、頼みなんだ。こちらの希望としては捕縛できればそれに越したことは無いが、最悪死体を回収することになって致し方ないとの方針だからな。

 両名との接敵は余力があり、且つ、可能な状況だったらで構わない」


「のうのう、おぬしは誰と話しておる?わしには何も聞こえんのじゃが?」



 浩介の頭のてっぺんを覗こうと飛び跳ねる。

 犬は浩介の周りをクルクルと回る。



「……約束はできませんよ?」


「ああ、検討してくれるだけでも十分だ。

 本当ならこちらが手を下さねばならない仕事なのだが、宝石の能力を使われてしまうとこちらも中途半端な攻撃は無効化されてしまう。最悪、ミサイルや榴弾を使用することになるだろう。無論、民間人の安全を確保してからだが。それよりも……」



 続きを話そうとした芳賀の雰囲気が少し柔らかく聞こえた。



「近くに誰かいるのか?さっきから女性の賑やかな声と犬の鳴き声が聞こえるのだが」


「ああ、まぁ……気にしなくても良いです。それで話はこれで?」



 飛び跳ねる占い師の頭を右手で軽く押さえて会話を続けた。



「なーにーをーすーるーっ!」


「ワンッ」


「……なんだか気勢が削がれてしまったが。本題はこちらだ」



 芳賀は咳払いを一つして気を取り直した。



「聖マリアス国から開戦の日取りが通告された。今から二日後の明朝。君もそれに備えるといい。以上だ」


「わかりました、わざわざありがとうございます。では、また」



 通信を終えると、占い師が浩介の手から離れて睨みつけてきた。



「わしを仲間外れにするとは、いい度胸じゃなあ」


「いや、別にそういうわけじゃあ……」



 必死に宥めながら無線機の説明と頼み事、開戦日時を伝えた。



「わかった。では、念のために今からおぬしにも聖マリアス国の外観と大聖堂の構造を覚えてもらうぞ」


「地図あるんですか?」


「無い」


「えっ」


「じゃが、緑のこやつなら記憶していよう。念話と同じ要領でイメージを受け取れば上手くいくじゃろうて。わしがそれを出来れば手っ取り早かったのじゃがな」


「な、なるほど?」



 要領を得たようなそうじゃないような微妙な気持ちだったが、とにかくシスターを召喚した。



「おはようございます、主さま、天使さま」


「うむ。早速じゃが、こやつに聖マリアス国全域の外観と大聖堂の位置と内部を渡してやってくれ」


「はい、仰せのままに」



 言い終わるや否や、間髪入れずにシスターから浩介へ聖マリアス国の静止画イメージが怒涛のように流れ込んできた。

 脳がそれら膨大な情報を処理するためにあらゆる感覚を麻痺させ、半強制的に瞑想状態へ追い込まれる。



「んんんんっ!」



 それでも次々と流れてくる膨大なイメージの量に体が耐えきれず、強烈な頭痛が襲う。

 浩介は頭を抱えて蹲り、シスターは慌ててイメージの送信を中断した。



「だ、大丈夫ですかっ?!」


「うっくっ……」


「ふむ、一気に全部は体がもたんか。送る量をもちっと減らさんと駄目じゃなぁ」


「申し訳ありません……」


「気にするな、人間とは違う造りじゃからな。まずは島全体の輪郭からいってみるかの」


「(気にするなって、それ俺のセリフじゃね……?)」



 頭を抱えながら思ったツッコミが伝わったのか、シスターが苦笑いを浮かべた。



「何じゃ、変な笑い方しおって」


「いえ、なんでもありません。天使さま、続けても宜しいですか?」


「……ああ、やってくれ」



 痛みが引いてから頷くと、浮遊感と共に視界が一気に変わった。

 浩介は一瞬で海の上に立って、島全体を見渡していた。







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