#89_同盟
「ったく、なんでこんなおっさんとくっついてなきゃいけねぇんだよ。おい、ちっとは俺と変われ」
「えー、でもこの計画考えたの亜戯斗じゃん?」
「竜也、お前だって賛成しただろうが。手伝わねぇってんなら、取り分全部貰うぞ?」
「ひっでぇなぁ。分かったよ、じゃあちょっと止まれ」
ベースキャンプから何十キロメートルも離れた場所で減速して立ち止まる。
ガルファは暴風に晒され続けたせいで、体力は目に見えて消耗していた。
瞼の筋肉も悲鳴を上げて垂れ下がり、息を切らせて土の上に膝を着く。
そんな姿を見ても、竜也と亜戯斗は舌を打って煩わしそうに見下げるだけだった。
「でもよ、コイツをどの国に売り渡せばいいんだ?」
「高く買い取ってくれそうなトコが良いんだけど、そういえば俺ら町とか村とかどこにあるか何も知らねえよな」
「今更かよ。ここがどこだかも分からねえし、行先も分からねえし……おいおっさん」
ぎらついた目で話しかける。
未だ整わない息を吐きながら、目だけを向ける。
「どこに行けば良いか教えろよ」
黙っていれば何をされるか分からない。
答えぬわけにもいかず、しかし易々とこの身をいいように利用されるわけにもいかない。
同盟国へ助けを求めるか、それとも……。
「……聖マリアス国へ向かえ。その国からは宣戦布告を突きつけられた。敵国の国王を捕まえたとなれば、うまくやれば言い値で事が運ぶだろう」
「なるほどな。竜也、どう思う?」
「そうだねぇ、言ってる事はもっともじゃない?」
息の整わぬ国王は竜也に乱暴に担がれ、アレイクシオン王国内に展開された聖マリアス国軍の元へ運ばれた。
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自衛隊ベースキャンプ。
会議用テントには内閣総理大臣を始め、自衛隊統合幕僚長や外務大臣、警察庁長官などの物々しい面子が揃っていた。
その中、浩介をこの世界へ誘った陸上幕僚長の伍代の姿もあった。
そして、アレイクシオン新国王となったセレスティアも。
話し合われていたのは、もちろん先刻起きた前国王拉致事件についてだ。
「まずは、これをどのように処理するかを決めなくてはなりません。警察でも何か手伝えることがあれば良いのですが」
「拉致されたのが国外の人物という時点で、既にこの件は刑事事件の枠を超えています。地球準拠であれば国際問題でしょう」
「ともあれ、最優先は拉致被害者の奪還。腹部に治療中の刺傷を抱えているため、事態の収束には迅速さが求められます。容疑者二人は精神的にまだ幼く、行動の予測が不可能。総理、対応はどのように?」
目を閉じて一人一人の声を聞いていた総理はたっぷりと五秒ほど黙してから目を開けて、セレスティアへ謝罪した。
「最初に、セレスティア国王陛下。我が国の者が貴国の民を人質に取り、凶行に及んだ事を心より謝罪致します。
早急に事態の解決に全力を尽くします。その後、正式な謝罪の場を設けさせていただきたいと思います」
総理は頭を下げたが、セレスティアは頷くこともせず黙ってそれを見るだけだった。
通訳されているので伝わっているはずなのだが、何を思っているのだろうか。
怪我をして弱っている父親を攫われた怒りか、結局は異世界の人間とは侵略者だと思っているのだろうか。
総理は彼女の言葉を貰うのは後にして、ここに集まっている国防を担う者たちへ素早く判断を下した。
「可及的速やかにアレイクシオン前国王陛下を拉致した赤島亜戯斗、並びに不町竜也の両名を外患誘致罪を適用。これの鎮圧、検挙にSAT及び陸、海、空の自衛隊を動員する。
相互に連携を密にし、迅速に被害者の保護を最優先事項とし、被疑者の確保を次点に据える。罪人が適正者である点を踏まえ、現場において捕縛を危険と判断した場合、両名の生死は問わず鎮圧。
各組織の標準装備での確保及び、排除が困難と予想された場合、被害者を保護したうえでのミサイルの使用を許可する」
ミサイルとは大袈裟な、と思われるだろう。
だが、彼らのバリアを破壊するにはどれほどの威力が必要なのか、それは政府も本人も知らない。
もしかしたらミサイルをも防いでしまうかもしれないが、日本が異世界に持ち込んだ兵器の中で今一番威力の高い兵器はミサイル。
それに、事が事だけにやり過ぎということはなく、むしろ相手の力量を過少に見積もって失敗するのは許されない。
ここで下手を打って日本と隣同士のアレイクシオンの関係に溝が生じてしまえば、いずれ日本は危機に陥る。
「これは、日本を守るための戦いでもある。その事を踏まえ、作戦立案は各省庁、各組織で合議し固めてもらいたい。以上、解散」
警察と自衛隊のトップは総理とセレスティアに敬礼し、外務大臣や経済産業大臣は頭を下げてテントを出て行った。
入れ替わりにアレイクシオン王国の伝令が慌ただしくセレスティアに駆け寄り、膝を着いて報告をした。
「聖マリアス国の宣戦布告を受けた貴族らはこぞって降伏し、私兵を連れて聖マリアス国軍と合流しています!」
「っ!?」
従者は言葉にならない悲鳴を上げたほど衝撃的な内容だったが、セレスティアは顔色一つ変えない。
「やはりそうなりましたか。報告ご苦労様です。すぐに王都へ戻ります」
伝令は頭を下げ、退室していった。
テント内に残っていた総理は、青ざめた顔の従者を見てただ事ではないのを感じ取った。
セレスティアは表情を変えずに、総理に先ほどの報告内容を伝えた。
「では、貴国の守りは……」
「私が抱える兵のみです」
こんな薄情な事が有り得るのかと、住む世界が違えばここまで人間性が違うものなのか。
この国が陥落してしまえば、日本にとっても不意利益どころか、人類滅亡という絶望が一歩一歩近づいてくるだろう。
しかもタイミングも最悪だ。
聖マリアス国の侵攻が始まるという時に、ガルファの拉致事件。
アレイクシオン王国を、ただの友好国という立場に置いたままではいかなくなった。
同盟国とならなければ、アレイクシオン王国も日本も守れない。
日本国首相がこれから下す決断は、この世界との繋がりを決定的なものとする。
覚悟を決め、告げた。
「セレスティア国王陛下。我が国が貴国の窮地に戦力を派遣するために、日本は同盟を申し込みます。受け入れてくださいますか?」
従者から話を聞き、一瞬だけセレスティアの目が光ったような気がしたが、誰もそれには気付かなかった。
目を閉じて、礼を述べた。
「申し出、感謝いたします。貴族らが寝返った今、戦える兵士は一万もいません。例え降伏し生きながらえたとて、それで終わりなはずがないのは先の彼らのやり方を見れば分かります。
ヒュドラ撃滅を成し得た貴国の力、是非とも再びお貸し願いたく思います」
利害が一致し、握手を交わす。
総理は無線で各方面へ同盟が成されたと伝え、前国王の救出部隊とは別に聖マリアス国に対する防衛戦力を整えるよう命令を下した。
総理は、同盟の公的文書は事態が落ち着きを見せてから用意すると言ってテントを抜け、セレスティアも王都へ戻るべく凛然と踵を返した。
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海岸に接岸しているのは、十数隻からなる聖マリアス国の船団。
その周りには青と白でカラーリングされた鎧を着た兵士たちが動き回っていた。
浩介とシスターと犬は崖の上から身を潜めて確認していた。
「アレイクシオンの兵士はオーソドックスなシルバープレートと皮の防具だったけど、こっちは神官服を鎧に落とし込んだらこうなるっていう色だなぁ」
場違いな感想を一回は挟まなければ気が済まないのだろうか、この男は。
「それにしても、どんだけいるんだ?おおよそで規模を教えてくれとは言われたが、まったく分からないぞ。どうしよう……」
「二万五千二百人です」
「ワンッ」
「……え?」
ぎょっとしてシスターへ振り返る。
「……本当?え、っていうか、何で分かるの?」
「私達こういうの得意なんですっ」
えっへん!とでも言いそうな顔をする。
異世界もののアニメでチート能力を見ていても、特に疑問もなく面白おかしく楽しんでいた。
しかし、現実に隣にいる人(?)がそんな力を持っていると、どうやら疑心が首をもたげて素直に受け入れるのは難しいものらしい。
へえ、と生返事をして、これで任務は完了かと思った所、そうかいかなくなった。
砂浜へ続く道を、何かがとてつもない速さで迫って来た。
それは砂煙を上げて聖マリアス国の兵士たちへと接近している。
「あれは何だ?」
「グルルゥ……」
犬が低く唸る。
この犬とは出会ってまだ一日も経っていないが、初めて牙を剥いて威嚇している。
犬にそんな反応示される者の正体を見るべく、浮かせた体を沈めて様子を見る。
兵士たちもそれに気付き剣を抜いて身構えると、一人の兵士の前でそれは止まり、正体が見えた。
「男が二人……しかもあの服は、地球の物?」
遠目からでも、その立ち姿でやさぐれている雰囲気が伝わって来た。
二人は向けられた剣に臆することなく兵士に近づいていき、何やら言葉を交わし始めた。
少しすると一人の男は担いでいた何かを砂浜へ下ろした。
人間だった。
そして、浩介にはその衣装に見覚えがあった。
「……国王?!どうしてここにっ……自衛隊の施設で休んでるはずじゃあ?」
即座に無線で芳賀に確認を取ると、ガルファの拉致とセレスティアが王位を継いだ事を説明された。
「そういう事だったのか……」
浩介の報告で、期せずしてガルファの引き渡し先が聖マリアス国との情報を得られた日本。
あとは、海の向こうの敵本国へ移送されるであろうガルファを如何にして無事奪還し、二人を捕らえるかだが、それを考えるのは浩介の役割ではない。
浩介はスマホのカメラで現場の写真と映像を十分に撮り、適正者二人とガルファを乗せた船が沖へ進んで行くのをやりきれない気持ちで見送る。
「あの二人が葉月の言ってた理津ちゃんに嫌がらせをしていたヤツらか……まったく、とんでもないことをしでかしてくれたな」
漠然と浩介がやらなければいけない仕事は、占い師の手伝いだけでは終わらないような気がしてきた。
適正者同士で戦う事になるかもしれないという一抹の不安を抱えながら、占い師へ任務の報告をするべくその場を後にした。




