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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
83/234

#83_お約束は犬に食われた


 クリスタルが放つ光が眩しすぎて、とてもでないが目を開けていられない。

 閉じた瞼の裏側に強烈に突き刺す白色。

 しかしそれは一瞬でピークを迎え、水蒸気が消えるように光も失せた。

 今は瞼の裏に投射されているのは、クリスタルの発光によるものだけ。

 恐る恐る目を開ける。

 最初に視界に入ったのは、やはりクリスタルの発する光とそれに照らされた室内。



「なんだったんだ、今のは……」



 口に出した後、二次元脳に閃く展開。



「ちょっと待って、これはあれじゃないか?閉じ込められていた美女が解放されて、目の前にいるナイスガイに心奪われるというドキドキが止まらない展開…………おい、なんでだよ」



 クリスタルの中には、変わらず美女が眠っている。

 手を差し伸べるだとか目を開くとか、動く気配は微塵もない。



「俺の人生に浮いた話は一つも刻まれないのか……」



 絶望の溜め息を吐いて俯くと、クリスタルと浩介の間にどこから入ってきたのか柴犬っぽい犬がいた。



「ワンッ」


「……は?」



 犬なんて、ここにはいなかったはず。

 どこかに隠れていたのかと思ったが、部屋にはクリスタルしかなく、それも壁際の床から突き出しているので隠れられる場所はない。

 改めて記憶を掘り起こしたが、やはり間違いない。

 それとも、目を伏せたあの数秒の間に入り込んだというのだろうか。



「いや、っていうかなんで犬?ここは普通あの封印されし美女がクリスタルから抜け出して俺と一蓮托生、比翼連理って流れじゃないの?もしかして、その相手が犬なの?お前が俺の奥さんなの?

 俺、犬に吠えられたことしかないんだが?っていうか、森に犬っているもんなの?っていうか、柴犬ってこの世界にもいたんだ……」


「クゥン?」



 何言ってんだコイツとでも言いたげに、犬は小さく鳴いて座った。

 ひとしきり捲し立てたおかげか少し冷静さを取り戻し、深く息を吐いて片手を腰に当てて反省した。



「って言っても通じないよな。それに別にお前が悪いわけじゃないし、勝手に俺が夢見過ぎてただけだし」


「ワフッ」



 言葉を理解しているのかは不明だが、座りながら尻尾を左右にゆらゆらと振った。

 犬からそんな反応を貰ったのは初めてで、嬉しさがこみあげてくる。



「しかしお前、俺に吠えないんだな。っていうか、何でいっつも吠えられてたんだろう……。こんなに大人しくしてくれてるんだし、触っても……大丈夫、かな?あ、いやでも、ここで嫌われるようなことするのはなんというか、勿体ないし……」



 手をこまねいていると、犬は立ち上がって浩介に近寄って座り直した。

 相変わらず尻尾を揺らしている。

 撫でるがよいとでも言っているようだ。

 浩介のこれまでの人生で一番あり得ない事だ。

 嬉しさと驚きで、一瞬息をするのを忘れてしまった。



「っ!?こ、これ、凄くないかっ。俺、触っても良いって事だよな?いい?触るよ?」



 それでも手を伸ばした瞬間に噛まれはしないかという不安は完全には拭えず、立ったまま腰を曲げて慎重に手を伸ばす。

 浩介の感情を感じ取ったように、撫でやすいように鼻先を下げて大人しくしていた。

 噛まれてもいい、ええい、ままよ!とついに頭に手が触れた。

 犬は目を閉じて気持ちよさそうに撫でられるがまま。

 すんなりとささやかな願望は叶った。


「っ!やったっ。これ、めちゃくちゃ嬉しいぞっ!」



 数秒も撫でていると浩介の方も安心したのか、リラックスして撫でられるようになった。



「お前と一緒に暮らせたら癒されるだろうなぁ。でも、命に責任持てないし、辛いけど一期一会にしとくのが良いんだよね……」



 言い終えた途端、犬は撫でられている最中に立ち上がった。



「え、どうした?」



 建物の出口へ向かって走り、通路の途中で振り返って一回吠えてそのまま立ち止まる。



「……ついて来いって言ってるのか?」


「ワンッ」



 肯定するように吠えるものだから、会話できているのではと勘違いしそうになる。

 どうしてかは分からないが付いて行った方が良いように感じて、ひとまずは犬の後を追う事にした。

 再び森の中に出る。

 犬は生い茂る草木の間を華麗に縫って歩いている。

 すぐにでも追いかけないと見失いそうだ。



「ちょ、待てよ」



 呼びかけつつ、淀みなく進んで行く犬の後ろを草をかき分け倒れた大木を跨ぎ、懸命に追いかける。

 時折、背丈の高い草が茂っている場所に潜り込んだり地面が窪んでいる場所を走っていくため、油断ができない。

 宝石の力で乱暴に障害物を排除できるが、無闇に自然を破壊したくない。

 それに、何故か犬は浩介が見失いそうになると真っ直ぐに走らず、蛇行したり方向転換したりと浩介がぎりぎり追跡してこれるように調整している節がある。

 しかも、徐々にスピードを上げている気がする。



「本当、なんなの?どこまで行くんだよ」



 だが、浩介はその事に気付かないまま見失わないように追いすがる。

 そして、ふといつの間にか視界に入る森の風景がとてつもない速度で過ぎ去っていると気付いた時、



「え、ちょっ、犬ってこんな速く走る動物だったか……って、え?ここって……」



 森を抜けた。

 見晴らしのいい草原の中、王都へと続く獣道と化したかつての道の真ん中で、犬は浩介を待っていた。



「……戻ってきちゃったよ。いや、っていうか俺は反対側に抜けたかったんよ?」


「ワンッ、ワンッ」



 やはり何を言っているのかは分からないが、責めている雰囲気だけは伝わった。

 犬は尻尾を向けてアルスメリア方面にてってってっ、と歩き出し、少し進むと振り返ってまた吠えた。



「またもや付いて来い、って?まぁいいか、狩人の調査は一刻も争うような問題じゃないし」


「ワンッ」



 犬は再びアルスメリアへ向かって歩き出し、浩介はその後ろを追う。

 そして追走、再び。

 浩介が近づくと犬は走り出し、速度を上げる。

 引き離されないように浩介も速度を上げるが、そうするとまた犬が速度を上げ……。

 だから、あっという間に王都の門が見える距離まで戻って来た。

 人の目にこの異常な走力を目撃されたくないのである程度門まで近づくと、常人並みの速度まで落とす。

 犬も普通の犬並みの動きに戻った。



「ツーカー感が半端ないんだが……」



 そのまま犬と浩介は門を潜って王都に帰って来た。

 だが、何故この犬はこんなに急いで王都へ向かったのだろうか。

 ひょっとしたら飼い主がいるのかと思い、犬が行くがままに任せる事にした。

 すると、露店が建ち並ぶ通りに入った。



「あれだけの距離を休憩もなしに走って来たからな。もしかして腹でも減ったかな」



 ルクル大森林から王都までの道程は、犬一匹が何の補給も休憩もなしに踏破できる距離ではない。

 しかし、考え直す。



「でもこいつ、普通の犬じゃないっぽいからなぁ」



 馬で二日かかると言われるルクル大森林とアルスメリアの距離。

 それをものの一時間足らずで走り切った。

 このタイムは、浩介が宝石の力を使って移動する時と同等である。

 そんな犬は、露店の料理に目もくれず、その合間の細い路地に入っていく。



「お、おい、そっちに食べ物はないぞー」



 建物に挟まれて日の当たらない路地裏。

 入ってすぐの曲がり角に犬はいた。

 ついでに、いつか見た自称・占い師が倒れていた。



「ええっ?!ち、ちょっと、大丈夫ですか?」



 駆け寄った浩介は胸の上下で生きている事を確認すると、肩や頬を叩いて目を覚まさせようと試みる。



「大丈夫ですか?目を開けてください。どこか怪我はありませんか?もしかして具合が悪いんですか?」


「……み……っ……く……」



 何かを言っているらしく唇が僅かに動いた。

 聞き取るために口元に耳を持っていき、聞き逃さないよう集中する。



「……み……ず……に……く……」


「……水?肉?」


「ワン」



 空腹による行き倒れだった。

 一体何をやってるんだと呆れる。



「少し待っててくださいね」



 露店で串焼きと飲み物を買って戻り、まずは水分を摂らせた。

 抱き起こして少しずつ飲ませると、すぐに体調が戻ってコップを奪って自分で飲み始めた。

 袋に入った串焼きを取り出した瞬間、それもすかさず奪い取られて食べられた。

 慌てて食べるものだから途中で何回も喉を詰まらせ、その度にお茶で流し込む。

 あっという間にすべて平らげ、なおも欲しがる目を向けられるが首を横に振って空っぽになった袋を見せた。

 抱きかかえられたまま残念そうにお腹に両手を当てる占い師。



「少しは落ち着きましたか?」


「うむ、死の淵から救ってくれて感謝じゃ」


「で、なんで行き倒れてたんですか?」


「無論、金が底をついたからに決まっておろう」



 そんなの見て分からぬとはこいつは馬鹿なのか、と目で語られてしまった。

 そこまでの経緯が聞きたいんだけどなぁ、と苦笑いして続ける。



「いや、そうだというのは分かるんですけど……じゃあ、これまでどうやって行き倒れずに生きてこれたんですか?」


「それは……」



 困ったように浩介から視線を逸らした占い師は、浩介の隣の犬に気が付いた。

 人が犬を見た時の反応はいくつかある。

 可愛い!とテンションを上げたり、浩介の様に苦手だった場合は身を縮こませたり、犬より猫派だったり。

 だが、占い師の反応はそのどれとも違った。



「っ!」



 占い師は浩介の腕から飛び出す様に抜け出し、犬と少しの距離を開けて跪いた。



「お、お見苦しい場面をお見せしてしまい、も、申し訳のうございますじゃ!」


「ワンッ」


「……えぇ~」



 浩介が占い師に対してこの反応を見せるのは二度目。

 彼女がどういう人間なのか、もはや理解は適わないと悟った瞬間だった。






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