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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~葉月の異世界改革~
77/234

#77_王都の表と裏


 葉月たちが留学生として迎え入れられ、滞在先の宿が決まるまで王宮で寝泊まりすることとなった。

 そして数日が経ったある日の朝、メイドが異世界人の通訳を伴って朝食の時間だと拙い日本語で各部屋を回った。

 食堂のテーブルの上には、形はロールパンでも触感はフランスパンのように噛み応えのあるパン、木の実が入ったスープにサラダの盛り合わせといった、実に健康的な料理が並んでいた。

 異世界の食事に感動しつつ箸を進める葉月たち。

 メイドは彼女らに物静か且つ、上品に声を掛ける。

 以下、メイドの日本語は葉月の脳内で補完したものである。



「皆さま、本日のご予定はお決まりでしょうか?」



 お互いに顔を見合わせると、メイドは察して微笑みを浮かべながら続ける。



「もしお時間がおありでしたら、王都を案内させていただいてもよろしいでしょうか?」



 再びお互いの顔を見ると異論はない様子で、父親が是非にと答えた。

 朝食を済ませて支度をして王城の玄関から出ると、そこには王族が乗るような煌びやかな馬車が横付けされていた。

 荷台の前で両手を組んで待機していたメイドが、恭しく軽く頭を下げながら流れるような動作で扉を開けた。



「それでは、こちらへお乗りください」



 馬車に乗り込むように促す。

 てっきり徒歩で巡るものだと思っていた一団は、まさかのVIP待遇に動揺した。



「え、こんな豪華なのに乗っていいの……?」


「こら、そんなわけがないだろう。きっと後ろに誰かいるはず……」



 父親と葉月が振り返るが、もちろんあるのは入口玄関の扉だけ。

 恐る恐る近づいて、葉月がそろりと踏み台の一段目に足を乗せる。隣のメイドに目を向けて反応を見るも、頭を下げているメイドは変わらずそのまま。

 戸惑いながら、低い天井に気を付けながら向かい合わせになっている座席に腰を掛けた。

 全員が乗り込んだのをメイドが確認すると、通訳と共に馭者台に座って馬車はゆっくりと走り出した。

 北側に位置する王城から出発し、数々の貴族の屋敷を抜けて東、南、西の区画の順に案内されるらしい。

 病院、図書館、集会場、孤児院、学校、商店街、鍛冶屋などの要所要所は馬車を降りてじっくりと案内され、時折質問しては通訳の拙い日本語で答えが返って来る。

 中世ヨーロッパに類似した街並みや風俗を新鮮に感じながら見て回っていると、時はいつの間にか昼下がり。

 王都の案内は最後の区画、西門に到着した。

 馬車を降りた父親が放った第一声。



「これは、酷い有様だな……」



 他の者も同様の感想を抱いた。

 今はある程度細かな瓦礫の撤去作業は終えてはいたが、崩れた建物や道路の修繕までは未だ手つかずである。

 壁や屋根が破壊された建物には自衛隊の備品のブルーシートが被されていて、家財が雨風に晒されるのを防いでいた。

 どんな憐憫の言葉を呟いても空虚なものに聞こえてしまうと分かっているから、言葉が出てこない。

 ただ茫然としている葉月の腰に何かがぶつかり、軽い衝撃が奔った。



「わっ」



 驚いて視線を下げると、そこには小さな女の子が見上げていて目が合った。

 葉月はその子にけがはないかと声を掛けようとしたが、子供は急ぐように走り去った。

 少し変わった子なのかな、と思い始めた時、メイドが叫んでその子の後を追いかけた。

 不思議に見ていた葉月たちに向って、通訳の女性が拙い日本語で説明してきた。



「ここの奥、あまり良くない。お金盗まれる、いっぱい。子供、する。行かない、良い」



 この奥は治安が悪いらしい。

 王都でも子供が犯罪に手を染めてしまう環境がある事を悲しく思うが、そのような場所がない日本が稀なのだ。思い違いを訂正する。

 治安の改善を手伝えないかと考えた時、メイドが少女を一緒に戻って来たので思考は中断された。

 あらためて見た少女は、長袖の服は煤けて所々破れており、髪の毛も伸びっぱなしで肌も手入れされている形跡はない。

 何よりも体も満足に洗えていないようで、強烈な臭いが鼻腔を劈く。

 それに耐えかねた葉月は、責め立てるような口調でメイドと話す。



「もうだめ、耐えられない!この子にお城の風呂使わせてあげてください」



 通訳がそれをメイドに伝えると、こう返ってきた。



「王族や貴族、来賓専用ですので貸すことは出来かねます」


「なら他に誰もが使える場所ってありますか?」


「比較的裕福な一般家庭と宿屋にありますが、宿屋は利用料金が必要になります」


「ああっ、もうっ!じゃあ、お兄!辻本浩介は今どこにいるか知ってますか?」


「私にはそれがどなたなのか存じておりません、申し訳ありません」


「んんんんんっ!じゃあ王女様に会わせてっ」


「ヒュドラ災害と国王様の件でお忙しく、いつ頃お約束が取り付けられるかは明言できませんが、それでも宜しければ」


「じれったい!わかりましたもういいです!今日はもう帰りましょう!あ、それとこの子は一緒に連れて戻ります。ちなみに、私たちも来賓ですよね。その来賓用のお風呂使わせますけど、いいですよねっ」


「それは……」



 あまりの葉月の剣幕に圧されたメイドは、一瞬だけ僅かに眉を顰めた。

 葉月はそれを見逃さなかった。

 口調や態度は丁寧だが、この少女を連れて帰っては不都合があるようだ。

 他人の都合に流されて己の正義を曲げるのは我慢ならない葉月は、知らないふりをして強引に話を進める。



「貴国の子供と交流する為に一緒にお風呂に入ろうとするのに、何の不都合がありますか?」


「……承知致しました。ですが、この事はセレスティア殿下にご報告するべき件ですので、ご了承ください」


「ええ、むしろ是非とも報告してください。では、お城に戻ったらすぐこの子をお風呂に入れますね。さ、これに乗って」



 葉月はメイドへ向けていた剣呑な眼差しを消して、少女に穏やかに話しかけた。

 だが叱られると思ったのか、葉月の財布を両手でおずおずと返す。

 それを笑顔で受け取って、ぼさぼさの頭を撫でては手を繋ぐと一緒に馬車へ乗り込んだ。

 直後、父親が怪訝そうに言う。



「お前まさか……」


「や、養子とか考えてないから。ただ、この国で私のしたい事を見つけた。それだけだから」


「葉月らしいわねぇ」


「すごい、剣幕でした……」



 理津の一言に苦笑いした。

 馬車が王城に戻るなり、葉月は母親に少女の服の洗濯と着替えを頼んだ。

 少女と一緒に客人用の浴場へ向かおうとした背中に、母親の声がかかる。



「子供用の服なんて持って来てないわよ?」


「何とかして持って来てー!」



 振り返らずに少女の手を繋ぎながら浴場へ向かう。

 少女は生まれて初めて見る豪華な建物と煌びやかな装飾、よく分からない絵画に目を回し、高い天井を見上げてひっくり返りそうになったりと、年相応の可愛らしさを見せる。

 葉月の接し方が柔らかかったおかげで少女は怯えず、それどころか若干懐いていた。

 脱衣場に着き、少女の服を脱がせにかかる。



「はい、じゃあバンザーイしよう……て、分かんないか。こう、両手を上に上げて」



 葉月が膝立ちになり少女と目線の高さを同じにしてから、実演する。

 素直に言う事を聞き、ボロボロの服が捲れると肌が見えた。



「っ!」



 ガリガリに痩せ細った腕と体。

 テレビや動画で、発展途上国で貧困に喘ぐ子供の姿を見た事はあったが、その目で直接見ると想像以上のショックだった。

 顔に出ないよう、止まった手を動かして服を脱がせ終える。

 すでに湯舟に湯が張られていた。子供が熱く感じない温度まで調節してから、まずは湯船からお湯を掬って頭を軽く流す。

 それからシャンプー。



「目に入ると痛いから、ぎゅって目を瞑っててね」


「っ!」



 葉月のする事を真似て、ごしごしと頭を洗われる。

 一回のシャンプーでは汚れを落としきる事は出来ず、三回洗った。

 少女から醸される不快な臭いも幾分か消滅し、次に体を洗う。

 人に体を洗われる事に慣れていないようで、葉月が体を撫でる度にくすぐったそうに声を出して笑って身を捩る。

 少しの悪戦苦闘を強いられはしたが、大きく暴れる事もなく無事に全身を洗い終えて脱衣場に戻った。うん、石鹸のいい香りだ。

 タオルで体を拭いて、用意されたひらひらの服に着替えさせる。



「それにしても、こんな服どこから?」



 日本では見た事もない子供服。

 それも、この世界でもお金持ちに類する人の子どもが着そうなオシャレなもので、新品同様に糸のほつれも見当たらない。



「あとで聞いてみよう」


 そんな服を召した少女はきらきらと満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに脱衣場の中ではしゃぐ。

 無邪気に体いっぱいで感情を表現する姿に、葉月も自然と頬が緩む。

 今日一日この子に湯浴みをさせたとて、根本的な問題は解決しない。

 葉月はある決意を胸に、少女と廊下へ出た。

 その背後に声が掛かった。



「どうです?サイズは合いましたか?だってさ」


「えっ?!」



 振り返ると、壁に沿って立つ浩介とセレスティアが笑顔でそこにいた。



「お兄っ。それに王女様も……どうしてここに?」


「俺もセレスティアに用事があって来てたんだけど、偶然玄関で母親たちを見かけてね。で、事情を聞いてセレスティアに相談したら、その服を貸してくれた」



 それを聞いた葉月は、顔から血の気が引いた。



「ま、まさ、か、この子が今着てるのって……」


「ご推察の通り」



 突然、何故か兄に食って掛かる。



「バッカじゃないの?!こ、こんな……こんな高価なの、もしなにかあったらどうするのよ!お金持ってないんだから弁償出来ないわよっ」



 浩介がセレスティアと話し始めた。

 無視されて頭にきたが、それは通訳していると思い出して慌てて浩介を止める。



「あああああ、ち、違うの!今のは王女様に向けて言ったんじゃなくて、お兄、ね、分かるでしょ?」



 時すでに遅し。

 全てを聞き終えたセレスティアは笑顔で言葉を紡ぎ、浩介がそれを伝える。



「心配しなくてもいい、このような機会が無ければずっとクローゼットで眠ったままだったから、汚れたり破れたりしても気にしないで良い。少しでも役に立てたのならこの服も本望でしょう、だってさ」


「……ほ、本当?よかったぁ」



 弁償を心底恐怖していた葉月は、力が抜けてぺたりと床に座り込んだ。

 それを見て笑う浩介とセレスティア、そして不思議そうに葉月の目を見る少女。

 葉月にとって、どっと疲れた一日であった。






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