#74_留学と人質
王女と総理は握手を解いて再び着席し、残る議題を話し合っていった。
そして最後の議題を話し終えると、そういえばと王女が話を切り出す。
「ニホンコクの皆様はこの世界の事をお知りになりたいと仰っていましたね。では、どなたかこの王都に滞在いただき、まずはこの国を知っていただくというのはいかがでしょう。
もちろん無理にとは申しません。まだこちらを完全に信用されていないのも承知していますから、もう少し時間を置いてからでも構いませんけれど」
茶番であった。
この話は浩介が芳賀に連絡を入れた直後に決定済みで、この場にいる日本人全員の知るところである。
知らぬのは、王国の貴族らだけであった。
裏の話を知らない貴族らは、王女の提案に嫌らしい笑みを張り付けて猫撫で声を出した。
「おお、それは名案ですな!異世界の方々が来訪されるこんな奇跡はもう無いでしょうし、お互いに親交を深め合うべきでしょう。ニホンコクの王よ、是非そうするがよろしいかと」
他の貴族らもそうだそうだと、うすら寒くも熱っぽい視線で総理へ圧をかけた。
貴族らは自分たちの真意を隠せていると信じて疑っていない様子で、総理の返答を待つ。
「そうですね……では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」
少しだけ間をおいて悩んだような演技をしてから、総理が提案を受け入れた。
「それが良い、それが良い!私どもは貴殿らを歓迎します!なあ、皆の者よ!」
貴族たちの空々しさを隠そうともしない姿に、日本陣営は一様に生理的嫌悪感を覚えた。
しかし、表情に出ないよう必死に押し止めてどうにか自然な微笑を張り付けた。
貴族らは盛り上がって勝手にもてなし方を話し合おうとした時、王女が制止した。
「お静かに。それでは、人物の選考が終わりましたら知らせてください。ただ、こちらもヒュドラの後処理もありますのですぐにとはいきませんが、受け入れ体制が整い次第、こちらから使いを出します」
「分かりました。それでは、今後とも、よろしくお願します」
「こちらこそ」
こうして異世界同士の初の国のトップ同士の会談は終わった。
王城を出て、総理の後ろを歩く葉月は隣を歩く上司と話す。
「なんか王女さまは良い人そうなんですけど、貴族連中はいけ好かないですね」
「いけ好かないって……まぁ、分からなくもないけどね。この世界じゃ、野心と狡猾さを持ってないと地位を保てないのかもしれないし、全てを僕たちの世界の常識とか感性で計ってはいけないよ」
「そうなんですけど……アルス村の人たちを知ってるから余計にそう感じたのかもしれませんが、留学生的な話になった途端のあの豹変っぷりは流石に気持ち悪かったです」
上司は苦笑し、葉月を窘めつつも同意を見せた。
「多分、他の皆もそう感じてたかもしれないね。僕らのいた世界でそんなあからさまに態度を変えてくる人って、いるにはいるけど稀だから」
「でも、どうしてあんなに機嫌良さそうになったんですか?」
「それは……」
表情を一瞬落としてから、どこか残念そうな目をして推測を述べた。
「多分、自分たちの都合が悪くなったら人質にして脅迫出来ると考えたんだろうねぇ」
「そんなっ、卑怯な!」
「仕方ないよ、この世界の情勢はどうやら平和なものではないようだから。だけど、セレスティア殿下は貴族たちの考えとは違うみたいだから助かるよ」
「そうですね。話が通じる人で良かったです」
貴族らの姿勢には疑問を覚えたが、王女の存在に救われた。
それからは首相と護衛のSP、同道していた官僚たちは一旦ベースキャンプに戻り会談内容を軽くまとめてから地球へ帰っていった。
葉月らは議事録を見返して内容を頭に叩き込んだ。
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とある酒場の個室。
「それにしても、厄介な事になりましたな」
「暗殺の失敗とジェイクの失態で、我らは以前のように裏で動く事もままならなくなった。こんな状態で彼の国に受け入れられるのか?」
「かといって、規格外の兵器を所有するニホンコクとかいう奴らと事を構えるのは避けるべきだ」
「だが、このままだとこの国でも彼の国でも軽く扱われてしまうぞ」
「いっそ聖騎士たちがニホンコクを潰してくれたら……」
「ふむ、神の加護を受けしと評判高いあの者らであれば、可能性はあるやもしれぬな」
「いや、いくら聖騎士と言えどヒュドラを容易く葬る者らが相手では分が悪すぎはしないか?」
「……我ら貴族が栄光を手にするには、もはやあの者らに縋るしかない。幸い、あの者たちは自ら人質を差し出してくれた」
「ニホンコクの統領は腑抜けのようだからな。こちらが少々型破りな手を使っても強気に出る事はあるまい。が、甘く見すぎて虎の尾を踏む事態は避けるべきだな」
「で、あるな」
王城での会談内容に頭を悩ませている貴族らは幾分かこわばった表情のまま、酒を呑むことなく店を後にした。
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会談から二日後、日本側からアレイクシオン側へ送る者の人選が決定したと連絡が入り、それから四日後に彼らの受け入れ態勢が整ったと日本に返答がされた。
あとは問題児らがベースキャンプを留守にする時を待つだけだったが、それは二日後と案外早く機会は訪れた。
辻本一家と理津は、彼らがゴースト討伐に向っている隙に自衛隊の用意した車に乗り込んで、王都アルスメリアへ向かった。
幸い、道中にゴーストと遭遇する事もなく王都へ到着した。
車は南門手前で停車し、そこからは歩きだ。
両親と理津は、初めて目にする異世界の町並みに感嘆の息を漏らす。
「おっき~い門ねぇ~」
「壮観だな……」
「凄い……」
まず目に入った門の大きさに嘆息し、町並みにも感動をした。
それらに目を奪われている両親と理津をそのままに、葉月は前方から歩いてくる人物に手を振って歩み寄る。
「お兄、迎えに来てくれたの?」
「まあね。セレスティアに言われたってのもあるけど」
「そうなんだ。で、気になってたんだけど、どうしてお兄と殿下がそんなに親しいわけ?」
国王が搬送された時は、国王が刺された経緯しか話していなかった。
セレスティアとの出会いについては一切触れていない。
「話すと長くなるけど、王都に潜入したら王女が殺されそうになった所を保護して、暫く一緒に行動してたんよ」
「どこが長いのよ。それにしても、アニメチックな出会い方してるじゃない。もしかして狙ってやったの?」
「んなもん狙って出来るかっ」
「本当にぃ?主人公っぽいシチュエーションにビックリよ。本人は三十路のオタクのオッサンだけど」
「うるさいよ?」
他愛ない兄妹のやり取りをしていると、いつの間にか両親と理津が前にいた。
「相変わらずで何よりだわ。元気だった?」
「他人様に迷惑はかけなかっただろうな?」
「お、お久しぶり?です」
再開の挨拶もほどほどに済ませて、浩介は一行を王城までエスコートする。
辻本家は地球においては小市民、異世界においては自衛隊のお手伝いと、うだつの上がらない立場にいた。
なので、先ほどの会話でちらりと聞こえた王女と知り合いだというのが俄かに信じられず、王城の門番が守る門扉が近づくにつれて不安を露わにする。
「ね、ねえ、本当に大丈夫なの?きちんと許可取ってる?こんな平凡な親の子が、こんな大役を任されるなんてとても信じられないわ……」
「母さん、落ち着きなさい。もし浩介の勘違いだったとしても呼び止められるだけだ。その後に芳賀さんに連絡して取り持ってもらおう」
「そ、そうね」
後ろを歩く両親に言い様に浩介は苦笑し、葉月にからかわれた。
やがて、開け放たれた門扉が目の前に迫り、そして空気のように門番の横を通過して城の敷地内に入った。
「……ほ、本当に通ったぞ、いいのか?」
「誰かのそら似で勘違いしちゃったのかしら」
両親は目を丸くし、理津は少し目を輝かせて夢でも見ているようだと呟いた。
遠くに見える王城正面扉の前に、数人のシルエットが見えた。
「入口に誰か立ってるぞ。やっぱり、ダメだったんじゃないか?」
「浩介、今ならまだ大丈夫だから。ね、正直に言ってみなさい。私たちは正式に招かれているけれど、あんたはそうじゃないんだから。逮捕なんてされたらどうしていいか……」
「俺ってそんなに家族から評価低かったのかよ。っていうか、あそこにいるのは……」
出迎えに立っている人物を見て、浩介は少し思案した。
そして、両親の言い草にもやもやしていたので少し意地悪をしようと思った。
「なんでもない」
「お兄……」
葉月の半笑いのジト目が少し痛い。
「まあ、すぐに分かる事だし」
「それはそうだけど、理津さんにも教えないの?」
「大丈夫でしょ、いきなり胸ぐら掴むような事しなければね」
「何の話ですか?」
後ろから理津の声がして振り返る。
会話に自分の名前が出てきたので、どんな内容なのか気になったようだ。
浩介は少しだけヒントを出す。
「留学の話を快く受け入れてくれた人が、入口で待ってくれているという話だよ」
「そうなんですね。お礼を言いたいですが、こちらの言葉が、話せなくて……」
「気にしなくても大丈夫ですよ。歩く自動翻訳機がここにいますから」
そう言って葉月は浩介をくいっと親指で示す。
「呼び方!でもあながち間違ってないから何も言い返せない」
「ふふふっ」
それから一行はぽつりぽつりと雑談を交えて歩くこと数分、やがて扉の大きさを見て驚嘆するくらいの距離まで近づいた。
つまり、出迎えの人物の顔がはっきりとわかる。
出迎えは三人。
左右の人物は黒と白のロングスカートのメイド服。真ん中に立つ人物は薄っすらと青みがかった豪華なドレスに身を包んでいた。
その人物の出で立ちを認めると、後ろを歩く夫婦がこれまで聞いたことのない固い声を出した。
「ちょっと、あれってまさか……」
「た、たかがしがない平民の出迎えに、そんな身分の人が現れるわけないだろう……」
両親の前を歩く浩介は、口元だけ意地悪な笑みを零して聞こえないふりをして進んでいく。
「き、きっと、どこかの貴族の人、だと思いますよ?」
「そう!そうよね!あー、緊張して損したわぁ」
「成海さんが落ち着いていてくれて助かった。ありがとう」
理津の勘違いに浩介は吹き出しそうになるのを堪える。
それを横で見ていた葉月が、苦笑いしながらぼそりと呟く。
「まったく……」
口では苦言を呈していた葉月だったが、この程度のちょっとしたいたずらに目くじらを立てることもないと見て見ぬふりをする。
ついには出迎えの人物らの正面まで着き、浩介はドレスを着た人物へ向かって片手を上げて挨拶をした。
「よっ、連れてきたよ」
ドレスを着た真ん中の女性が上品にお辞儀をしてから数段ある階段を降りて一向に更に近寄ると、もう一度フレアスカートの裾を摘まんで会釈をした。
「ようこそ、おいでくださいました。私はセレスティアと申します。国を代表して、あなた方の来訪を心より歓迎致します」
浩介が通訳して伝えると、父親が歓迎の言葉に応じた。
「これはこれは、ご丁寧に。私は辻本勇、辻本家の家長です。こちらこそ、日本の国民代表として色々と学ばせていただく機会を設けて下さり感謝します。私たちは政治に関与できませんが、国民の目線で両国の懸け橋となれれば幸いです」
「お世話になります、辻本亜由美と申します。失礼がないようにと気を付けますけど、不快な思いをされた時はどうか教えてくださるとありがたいです」
「成海、理津です。こ、これから、よろしく、お願いします……」
口々に挨拶を口にした。
浩介が通訳する前に、セレスティアは一瞬だけ理津を見ては気が付かない程に小さく頷いた。
まさか事情を知られているとは露にも思っていない三人は、もちろんそれに気付けるはずもない。
「ふふっ、そう固くならないでください。これからこの二人がお部屋へ案内します。到着して早々で申し訳ないのですが、お部屋に荷物を置きましたら、とある場所までお越しいただきたいのです。
この二人をお部屋の外に待機させておきますので、支度が済みましたらお声がけください。私はこれにて失礼させていただきますが、これからお互いに良い関係を築いていきましょう」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って父親はセレスティアに手を差し出して握手を求めた。
それを見た浩介と葉月は、無知とは無敵なのだなと、この後の展開を思い浮かべて父親の浮かべる笑顔とは別種の笑顔が浮かぶ。
セレスティアは一人で城内の扉を潜ると、扉の内側に待機していた別のメイドがセレスティアを守る様に即座に傍について、共に奥へ姿を消した。
一介の貴族とは次元の違う護衛の徹底ぶりが発揮された瞬間だったのだが、両親と理津は目の前のメイドの話を真剣に聞いていたため、その瞬間を見逃した。
「(葉月以外がセレスティアの正体を知る場所は、少し大きな舞台になったか。それにしても、セレスティアも俺と同じで人が悪いな。敢えて王女だと名乗らなかったし、勘違いを正そうともしないんだからな)」
果たして、その時の両親と理津がどんな表情を浮かべるのか楽しみな浩介であった。




