表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~狙われた王都~
72/234

#72_伝承


 部屋の中は照明が一つも見当たらない。

 にも関わらず、薄青色で透明感のある空間になっていた。

 その理由は、部屋を囲む壁や床全体が光を発しているからだった。

 だが不思議と眩しさはない。

 そんな無機質な室内に置かれているのは、特大の宝石を収めたカプセルと床に繋がるケーブル、その前には博物館にある展示物の説明文が書かれたプレートのようなもの。



「聖域?」



 浩介はセレスティアの言葉を反芻する。

 頷いてカプセルの前まで歩くと、振り向いてその理由を話し始めた。



「伝承では遠い昔、今よりも遥かに技術が進んで栄えていた時代。一つの民族が己の欲望を満たす為に、とある生物を造り出しました。

 後の世で永業の魔物と呼ばれたその生物は、創造主に従わずに暴走し百日の間、地上にあるものを破壊し続け、生き残った人類の数はかつての二百分の一となりました」


「二百分の一?!」



 浩介は地球の人口でざっと計算すると、その結果に震えた。

 地球の人口を70億人とすると、生き残ったのは、たった三千五百万人。

 関東(一都三県)の人口よりも少ない。

 ただ、昔のこの世界の人口がどのくらいだったのかが不明なので、大まかな目安にしかならない。

 それでも、生物の創造が可能な技術があった時代だというのに、人類をここまで蹂躙した永業の魔物の脅威は絶大だったようだ。



「永業の魔物がまき散らす瘴気により雨は毒となり、植物は枯れ果て、海や川は腐り、人類以外の生物も息絶えていったのです。

 その上、永業の魔物は死した者を眷属として使役する能力を持ち、急速に勢力を拡大していき、瞬く間に地上は永業の魔物の支配下に置かれました。

 しかし、人類は諦めずに地下へ潜って永業の魔物の目から隠れ、そこで自然を取り戻す宝石を創り出し、彼の魔物を封じ込める事に成功します。

 その自然を回復させた宝石、それがこれです」



 セレスティアは顔をカプセルに向けて示す。



「この宝石は世界にいくつか存在していて、それらを如何なるものからも守護するために国々が置かれました」


「ふむ、国が先にあったんじゃなくて、宝石があるからそこに国を建てた。そして、この王城の地下室と宝石があるということは、伝承が事実だったという証拠になる、と」


「そうです。民間にもこの伝承は叙事詩として伝わってはいますが、叙事詩を研究しても宝石の存在が明るみに出ないよう、ご先祖様が今の話を改編して市井に流したと謂れています」



 この話を鵜呑みにするつもりはない。

 だが、セレスティアの話が全てが実際に起こった事ではなかったとしても、それに類する事実があった可能性はあり得る。

 もし民間にも宝石の実在と保管場所が流布されていたなら、金や食料に困った民や侵略者の手に落ちて強請られるネタにされることもあったかもしれない。もしかしたら破壊されることも。

 そう思うと、セレスティアのご先祖様はいい仕事をしたと思う。



「伝承があり、その証拠がここにある。本当の事だったんだと思うけど、詳細が語られていないのが惜しいな。

 例えば、永業の魔物を創り出した民族はどんな方法で造ったのか。そして、まき散らした毒だけで世界を蹂躙したのか。他にもあるけどね」


「ええ。しかし、私達王族の手元にあるのはその伝承とこの地下室だけなのです。どんなに調査をしたくても、これ以上の資料や痕跡は未だ……本腰を入れて調査に乗り出せば或いは、とも思いますが、今は」


「だね。そこのプレートが何のためにあるのか興味深いけど、軽い気持ちで触って装置が停止、なんて事態は避けたいからなぁ」



 二人はカプセルの前に建てられたプレートを見遣る。

 セレスティアがくるりと浩介に向き直った。



「話が逸れましたね。私がコウスケをここへ連れてきたのは、この大きな宝石とコウスケの持つ宝石が大きさは違えど形が同じだったからです。それをどこで手に入れたのですか?」



 二つの宝石を取り出して見せる。



「こっちの緑のはバルガントが持っていて、青い方はアルス村から少し離れた場所にある丘に建てられた石造りの神殿みたいな建物の中って聞いたな」



 セレスティアは斜め下に俯いて顎に手を当てて思考する。



「バルガントが?という事は、聖マリアス国そのものが計画に絡んでいる可能性が高い……でも、こんな小さくなるまで宝石を砕いてしまえば聖マリアス国は無事では済まないはず。という事はこれは複製?でも、どうやって……」



 浩介は邪魔をしないように黙って様子を見守っていると、セレスティアが突然顔を上げて浩介を問い詰める。



「さっき、アルス村の先にある丘の上の神殿って仰いましたよね?」


「あ、ああ、その神殿の中に宝石がいくつもあったらしい。俺たちの世界に繋がる門もそこにある」



 セレスティアは勢いよく被りを振り、信じられないと口にする。



「あそこに神殿などなかったはずです。本当なのですか?」


「そんな嘘ついてどうする。セレスティアは王都から出た事なんてほとんどないんだろ?勘違いじゃないのか?」



 再び被りを振って、反論する。



「その数少ない外出先が、アルス村への視察だったのです。八年前のその時に村長から、眺めが良い場所があると教えられてその丘を訪れた事があるので間違いありません」


「……それこそ本当なのか?」



 いまいち信じきれない浩介に対し、自信を宿して言い切る。



「信じられないというのであれば、コウスケの見知ったあの騎士にも聞いてみてください。その時の私を護衛していたのは彼ですから」


「そこまで言うなら、そうなんだろうな……」



 いまいち釈然としないが、仮定の話として受け取っておく。



「じゃあ、なんでいきなり神殿ができたんだ?」


「分かりません……ですが、もしかしたらバルガントの所持していた宝石はコウスケの物と同様、その神殿の中にあったものの可能性が高いのではないでしょうか」


「だけど、あの丘って陸路からじゃないと辿り着けないし、国の最東端のそんな場所に他国の人間がなんの情報もなしに訪れる場所でもないだろう」


「……内通者がいたのかもしれません」


「確かにその線はあるかもしれないけど、その可能性があるのはアルス村の住民……いや、盗賊か?」


「有り得ますね。ですが、今は犯人捜しをすべき時ではありませんし、恐らく見つからないでしょう。国境の警備を十全にして、国内は信の置ける者に目を光らせてもらいましょう。それで、話は変わるのですが」



 浩介の持つ宝石を見ながら、言葉を続けた。



「その宝石をバルガントは何の目的で持っていたのでしょうか?」


「それは……」



 翡翠色の宝石の能力について説明した。

 聖女が人間ではなかった事に話が及ぶと、短く声を上げて驚いた。

 更に、聖女が施していた治癒はバルガントの能力だったと話すと、更に目を大きく開いた。

 そうしてあらかた翡翠色の宝石について話し終えると、セレスティアは驚きを顔に浮かべたまま声を出す。



「この宝石にそんな力があったのですね……では、これを持っていれば誰でもその力が使えるではないですか?」


「いや、どうだろう」


「と言うと?」


「俺はこっちの青い方を使ってるけど、一番最初に言われた事があってね。宝石と相性が良くないと死ぬんだってさ。実際に、俺の世界の人が不用意に触って亡くなったらしい」


「っ!では、コウスケはそれを乗り越えたのですね」


「だね。それでも死んだ方がマシというか、殺してくれって思うほどの激痛に長時間晒されて、それでやっと力を使えるようになった。

 相性が良いと思われた俺ですら下手をすれば死んでいた。だから、誰でも彼でも軽々しく扱える代物ではないよ」


「そうだったのですか……」



 安堵とも期待を外されたとも聞こえる声音を漏らす。

 セレスティアは自分で使う事も考えていたのかもしれないが、ほぼリスクしかないと知って諦めたようだ。

 それでもすぐに表情に戻した。



「話を聞く限りでは、国を支えている宝石とコウスケの持つ宝石とでは、役割が異なっているようですね。ただ、そちらの宝石がどのような意図で造られたのかは不明ですが」


「いきなり現れた神殿の中にあった宝石、か……」


「その神殿、調査する必要がありますね」


「そうなんだけど……」



 歯切れの悪い答え方をした浩介を見て、そこにセレスティアは何か含むところを見た。



「何か不都合があるのですか?」


「いや、そういう事じゃないんだけど……多分、調査能力は俺のいた世界の方が適していると思う」


「どうしてそのような……って、確かにそうですね。風景と声を留めておける道具を作れてしまうくらいの技術を、私たちは持っていません」


「ただ、俺の言葉で動いてくれるかは微妙なトコだけどね。とりあえず、王女さまからそういった要請があったって話してみるよ」


「助かります」



 これにて話は一段落したようで、セレスティアが締めくくる。



「コウスケの持つ宝石が伝承の宝石と何か関係があるのかと思いましたが、結局は謎が増えただけとなりましたね」


「大きさは違えど形が同じで発光する宝石なんて、そうそうあるものじゃないからね」


「ここでの話は口外禁止でお願いします。例え、ご家族や親友、想い人であっても」


「もちろん、心得てる。まぁ、想い人っていうのはいないから、心配事は一つ減ったね」


「そうなのですか?もしかして、男色……」


「俺はっ!女性にしか興味はないっ!」


「ふふふっ」



 セレスティアの冗談で雰囲気は軽くなったが、浩介は王都に訪れた理由の一つを思い出し、相談を持ち掛ける。



「それよりも、昨日話した家族と友人の件だけど、こっちへの移動時期とか対応の具体的な話をしてなかったと思って。話し合いの時間が取れそうになるのはいつになりそう?」


「そうですね……」



 暫し考え込んでから言った。



「三日後に話し合いの場を持ちましょう。私がそちらへ出向きます」



 自衛隊のキャンプ地に王女が訪れるのは危険が伴う。

 問題児たちに嗅ぎ付けられては厄介だ。

 会議の内容を盗み聞きされる可能性もある。

 それだけでなく、軟派な印象の彼らが見目麗しい王女に手を出す恐れは十分にある。



「それは危険だ。王都にしよう。きっとあっちの偉い人もそうしたいんじゃないかな」


「分かりました。コウスケにお任せします」



 話し終えて地上に戻る。

 セレスティアに出口までエスコートされた後、浩介は復興作業を手伝うべく西門へ向かう。

 その途中で芳賀へ連絡を入れて、話し合いの段取りを相談した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ