#70_今後の方針
葉月が去って数時間後。
セレスティアが見つめ続けた扉が開き、堪らずセレスティアは立ち上がった。
出てきた手術着を着た医師らしき男性に駆け寄り、国王の容体を聞き出そうとする。
「父上は助かったのですか?!」
医師に言葉は通じなかったが、察しは付いたようだ。
「大丈夫です、一命は取り留めました。麻酔で今は眠っていますが、数時間で意識も回復するでしょう。それまでは安静にしておいてください」
柔らかな笑顔で、そう告げた。
セレスティアも医師の言葉は分からなかったが、その優しい語り口で無事だという事は伝わった。
浩介がセレスティアに代わり礼を述べ、医師はそれに頷いて去った。
入れ替わる様に看護師が扉を開けて出てきた。
セレスティアに軽く一礼すると、浩介に近寄ってきた。
「面会は出来ますが、決して騒いだり揺すったりしないようにお願いします。目が覚めたらこの施設内にいる看護師に伝えてください。では」
「ありがとうございました」
看護師の話をセレスティアに伝えると、建物に入って国王が眠るベッドに向かった。
点滴の管が数本刺さっていたり酸素マスクをしてはいたが、静かな寝息を立てる父の姿を見て気が抜けて、へたりと床に膝を着いた。
「良かった、生きてる……」
「うん……。本当に、良かったな」
父の顔を目に焼き付けるように暫く見てから、セレスティアは退室した。
浩介は後を追い、廊下で話を切り出す。
「セレスティア、国王を刺した男についてだが……」
「ええ、聞かせてください」
振り向いて見せた瞳は、もう涙を浮かべていたり迷子のような心細そうなものではなく、レイジットにいた頃のように凛としていた。
気を遣わなくても大丈夫だろう。
「商人が行き来できず、薬が手に入らなくて亡くなった娘さんがいたって聞いた」
そのような事情があった事に少しショックを受けたようだ。
「そうでしたか……起こるべくして起こってしまった不幸、でしたね。父が報いを受けるのも仕方のない事だったのでしょう。ですが、これを不問にしては示しがつきません。
極刑とまではしませんが、何某かの罰を受けてもらう事になるでしょう。それは、バルガントにいいように誑かされた王とて同じですが」
「だろうね。同情で許してしまえば、恨みの連鎖で人死にが止まらなくなる」
「ええ、それはやがて国も滅ぼしてしまいます」
「それで、バルガントはどうする?」
「そうですね……」
セレスティアは少し考える仕草をしてから、
「一国を混乱に陥れた罪は極刑が望ましいですが、他国の人間を独断で裁いてしまっては戦争の火種となります。彼の処遇は外交次第でしょう」
「そっか」
「それよりも町の復興が最優先です。民の中からも有志を募って手伝っていただこうと思っていますが……」
言っている最中で、とある男性が浩介の後ろから歩いてくるのを見つけた。
浩介に用事があると察したセレスティアは言葉を止めた。
セレスティアの視線を辿るように浩介が振り返ると、そこには見た顔があった。
「あ、芳賀さん」
「お疲れ様だったな。一週間程度しか経っていないが元気そうで何より。そちらは?」
二人にそれぞれを紹介すると、芳賀も会話に加わる。
もちろん、芳賀もセレスティアも互いの世界の言葉を話せないので、浩介が通訳する。
「……此度は災難でしたが、死者がでなかったのは不幸中の幸いでしたね」
「本当に、民が無事で良かったです。ですが、バルガントやヒュドラが起こした問題の解決には時間がかかりそうです」
「町の復興支援でしたら、我々もお手伝いできるかもしれません。上層部の意向を聞かなくてはなりませんが、まあ却下されることはないでしょう」
「本当ですかっ!?……いえ、ですが我が国は十分な謝礼が出来るほどの余裕が今は……」
「これまで自衛隊は見返りや謝礼を受け取った事はありません。ただ、国の行政を司る人間が我々を利用して、外交上で何かの取引がなされるやもしれませんが……」
「それは当然の権利でしょう。無償で援助を受けられると思えるほど愚かではありません。是非とも、協力をお願いします」
「承知しました。ではすぐに取り計らいましょう」
芳賀は素早く敬礼して去った。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、セレスティアは口を開いた。
「……父上に黙って勝手に決めてしまいました……」
「えっ今更っ?!でもいいんじゃない?国王は暫くベッドから動けないだろうし、こう言っちゃあアレだけど、俺の目には、王様よりセレスティアのほうが支持されてる印象受けたし」
「そうですか?それは嬉しくもありますが、複雑ですね」
とは言うが、満更でもなさそうである。
話が一区切りした所で、浩介は葉月から教えられた新たな問題に頭を悩ませる。
「(さて、セレスティアをすぐに王都に帰し、国王は傷が快復してから王都に送るとして。素行不良の問題児をどうするか……)」
「……どうかしたのですか?」
突然虚空を見る目をした浩介を訝って、セレスティアは不安そうな声を出した。
この国とは関係ない悩みなので、これから忙しくなるセレスティアに相談するのは憚られる。
そう思う浩介だったが、まるで思考を覗かれたかのような言葉が掛けられた。
「コウスケは私を何度も助けてくれました。それこそ、本当に命の恩人なのです。私が力になれるかは分かりませんが、遠慮などせずに仰ってください」
そう言われて遠慮しては逆に気を遣われる。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
事情を掻い摘んで説明すると、セレスティアも考え込む。
「その者をどうにかするか、ご友人をどうにかするしかありませんけれど……」
「住処をどこかに移動するという手もあるけど当てもないし、あったとしてもこの世界の人たちと言葉は通じないからな」
「では、その者を切り離すしかありませんね」
「でも、それではここの守りが自衛隊だけになって、再び膨大な費用がかかる……」
額を突き合わせて思考を巡らせるが、やはり最終的にはどちらかを切り離すと言う二択しかないようだ。
それを悟ったセレスティアが、決断を促す救いの手を差し伸べた。
「ご友人をその者から引き離すというのであれば、我が国の食客として王城に滞在いただくのはいかがでしょうか。コウスケから受けた多大な恩を思えば、この程度で謝礼にはなりませんが。
ただ、言語が違うので意思疎通が難しくあるのは変わりありませんけれど……」
「それは助かる!だけど、王城に出入りする人たちの反感を買わないか?」
「ならば、どこかの宿に滞在いただくというのは?その場合、宿泊費はコウスケへの謝礼から差し引くことになってしまいますが……」
「それなら問題ないよ。俺は自分で稼げるし、生きていけるだけの金があれば十分。ただ、そうなると標的が葉月に向かうかもしれないな……」
「ハヅキもリツと共に王都に来ていただいては?」
「いや、葉月にはここでの仕事があるから、そういうわけにはいかないだろうな」
「どのような仕事ですか?」
「各地の要人と会って、色んな話をする仕事らしい」
「では王宮に招待してこの国、この世界の事をお教えしましょう。さらに文字も習得できれば様々な場面で活躍できるでしょう」
至れる尽くせりとはこの事か。
いくら偶然でも命を助けられたからといって、ここまでしてもらうのはどうにもやりすぎな気がする。
「……話がうますぎないか?」
「人聞きの悪い。コウスケはもっと自分の功績を自覚すべきです。王女の命を救い、ヒュドラへの対抗手段を手配し、国家転覆を阻止して首謀者を捕らえた。
一国を救ったのですよ?これでも、まだ褒美には足りないくらいです。ああ、爵位を授けなければいけませんね」
「爵位ぃ?!いらないいらないっ、そんな面倒なのっ!」
「では、救国の英雄として祀り上げましょうか」
「それも勘弁してくれっ。アニメの主人公みたいに、勇者さま!って持て囃されて良い気分に浸れるほどの器じゃないからっ。居心地悪いにもほどがある……」
「あに目?なんです?」
「いや、まぁ演劇みたいなものだ。っていうか、俺がそういうのが苦手だと分かっててからかってるだろ?」
「さあ、どうでしょう?」
悪戯な笑みを浮かべて小首を傾けるセレスティアを見て、もう本当に心配はいらないと感じた。
とにかく、セレスティアの厚意のおかげで当面の行動指針がはっきりした。
芳賀に今の話を報告して、鬼の居ぬ間に理津と葉月の移動を完了させる。
二人の処遇は、きっと語学留学やら親善大使という肩書変更されるのだろう。
出来れば両親も、と思ったが流石に我が儘に過ぎるのではないかと逡巡する。
何年も離れて暮らすわけでもないのであれば、そこまで深刻にならずとも良いのでは、という思いもあった。
しかし、葉月から問題児の話を聞いた時から嫌な予感が纏わりついている。
考え直し、セレスティアに話す。
「一つ、我が儘いいかな」
「仰ってください」
「俺の両親も王都に住まわせてあげられないかな」
「もちろん構いません。では、王都に戻り次第、いつでも受け入れられるように手筈を整えておきます」
「助かる」
浩介は心の底から感謝の言葉を紡いだ。
その後、セレスティアは手配された車で王都へ戻った。
見送ってすぐ浩介は芳賀の元へ出向き、セレスティアとまとめた話を報告した。
芳賀は溜め息を吐きながらも、セレスティアの案を受け入れた。
「彼らがここまで人を追い詰めるとはな。内閣府も誰彼構わず送り込むのではなく、人となりも考慮して欲しいものだよ……あぁ、すまない、愚痴になってしまったな」
「いえ、お気になさらず」
「それで、いつ頃発つ予定だ?」
「明日、王都の様子を見に行きますので、その時に王女と改めて話をしようかと」
「そうか。ではよろしく頼む」
「はい。失礼します」
話が終わると、浩介は件の彼らに出くわさないようベースキャンプから逃げるようにメリーズの宿屋へ向かったのだった。




