#66_ヒュドラ VS 自衛隊
東門手前。
セレスティアは城の前に押し寄せた住民と共に東門方向へ向かい、門兵に開門を指示した。
城門前にいた住民への事情説明は騎士が引き継ぎ、その点において大きな混乱は生じなかった。
東門が開け放たれると、最前列で開門の時を待っていた住民が我先にと王都の外へ飛び出していく。
だが、住民たちは外に避難できると知ると、途端にすし詰め状態になった。
このままでは将棋倒しになりかねない。
危険と見たセレスティアは、住民を落ち着かせるために東門前の最前列から最後尾へ向かって歩きながら大声で注意喚起する。
「まだ時間はあります!急いでしまっては事故が起きてしまいます!落ち着いてゆっくり進むのです!」
「セレスティア殿下がここにおられる限りは安全だ!何も焦る必要はない!」
騎士と共に呼びかけながら、避難する列に問題がないか目を光らせる。
躓きそうになる老婆を支えたり、親とはぐれた子供を誰かに託したりした。
住民の避難が約三割を終えようというところで、ヒュドラが西門を破壊する音がここまで轟いた。
「な、なんだ、もしかしてこの音は……」
「いいから、早く前に進んでくれ!」
「ちょっと、押さないで!子供がいるのよっ」
順調に進んでいた避難も、たった一つの音でいとも容易く乱された。
セレスティアは再び落ち着いて避難するように呼びかけるが、もはや王女の声は届いていない。
それでも諦めずに声を張り上げて呼びかけていると、ごった返す人並みの中で小さな子供が転んだのが王女の目に入った。
「いけない!」
「あっ、ミリーっ!」
「ママぁ……うああっ……」
咄嗟に体当たりするように人混みへ割って入り、泣く子供を抱え上げて人の波からどうにか抜け出す。
それを目の端で捉えた騎士が駆け寄りった。
「殿下っ!お怪我はございませんか?!」
「私の心配より、この子をお願いします」
「ママぁっ……!」
「大丈夫、もうすぐ会えるからね。このカッコいい騎士のお兄さんが、ママのところまで連れていってくれるよ」
子供の母親らしき人をざっと見渡して探すが、この人混みで流れに逆らうのはあまりに危険だ。
母親に届けと、叫んで伝える。
「はぐれてしまった子供は無事です!連れの者に預けますので、後で合流してください!」
この喧騒ではたとえ返事があっても聞こえないだろう。
セレスティアの声も届いていたか分からないが、聞こえていたと信じて子供を騎士に預ける。
「ここは私一人で大丈夫ですから、貴方は注意を呼びかけながらこの子の母親を探してください。お願いします」
「で、ですが殿下、民衆のこの有り様では流石に御身に危険が及ぶ事も考えられます。私が殿を務めますので、どうかこの子供と避難を」
「いいえ、なりません。私はここにいる全員の命を守る義務があります。危なくなったら逃げ出すなど、王族の恥じです。務めを果たさせて下さい」
「……承知致しました。殿下のご下命、必ずや成し遂げて見せます。くれぐれもお気をつけて」
素早くセレスティアに敬礼すると、騎士は子供を抱えて行った。
軽くその後ろ姿を見送ると、大声を出し過ぎて痛む喉に鞭を打って叫ぶ。
その甲斐かどうかは不明だが、以後は大きな事故なく避難を終えようとしていた。
気を緩めそうになったその時、王都の外、南門の方角から轟音が響いてきた。
遥か上空からその音を発した何かは、さながら突風のような速さで西門に移動していった。
「この音は、何の音?」
吉兆を告げる音か、それとも凶兆を告げるものなのか。
建物遮られて見えない西門に、不安な眼差しを向けた。
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「こちらブリッツ。アルスメリア西門に目標を確認。情報通り、まるで怪獣映画みたいな図体だ。目標は城壁を破壊し、城下町を進行中。データを送る」
戦闘機、Fー2A。
西門上空に、中世ヨーロッパを模したようなこの世界にそぐわない鋼鉄の翼が3機、轟音を轟かせながらヒュドラをモニタリングしていた。
「左から三つ目の首から毒らしき霧を吐き続けながら、他の首は火の玉の吐いて建物を破壊している。首の太さから、撃ち落とすには対物ライフル以上の火力が必要だと思われる」
「こちらCP。ASMー3で毒を吐く首を無力化しろ。効果なしの場合は、陸自到着までの時間稼ぎだ」
「了解。直ちにASMー3を使用する」
指示を受けたパイロットは、毒を吐く首にASM(空対艦ミサイル)を発射した。
機体から投下されたミサイルは音速を超える速度でヒュドラへ向かって推進し、瞬く間に着弾。
ヒュドラは低い呻き声を上げ、毒を吐く首が痛みに仰け反る。
一発では首を落としきれなかった。
とはいえ、首の真ん中あたりが半分ほど抉れて青い血を流している。
肉と骨が露出し、同じ場所にあと一発でも食らわせれば首を落とせるだろう。
「こちらブリッツ。ミサイルは命中。首の半分は削げたがまだ繋がっている。もう一発発射する」
「こちらCP。許可する」
再びミサイルが発射され、寸分違わず首の同じ個所に命中して爆発音が轟く。
全ての首が激痛でのたうち回る様に長い首を捩らせながら、大きな呻き声を上げた。
毒を吐く首がだらりと本体から分離し、4トントラックが空から落ちたのではと思うような鈍重な音を立てて地面に落ちた。
「こちらブリッツ。毒の首切断成功」
「こちらCP。標的は移動しているか?」
「今はさすがに動けないよう……いや、移動を開始した」
「落ちた首の様子はどうか」
「断面から青い血を流しているが……今、本体の断面から蒸気みたいのが上り始めた」
「逸話通りであるなら、再生の予兆かもしれない。断面に攻撃し、再生を阻止せよ」
「了解」
それから航空自衛隊の戦闘機3機で攻撃のローテーションを組み、再生する予兆が見えるとミサイルを撃ちこんだ。
その度に足が止まり悶絶するため、副産物的に進行も妨げることができた。
このまま順調に陸自の到着を待てるかと思った矢先、首の一つがぐるりと周って一機の戦闘機へ向けて大きな口から火炎を生み出し始めた。
「さすがに、これだけ好き放題されたらイラつくってモンだよな」
開けた口に目掛けて機関砲を撃ち込む。
僚機からも援護射撃が入り、新たに出来た傷の至る所から青い血を流しながらヒュドラは呻いた。
すると、残っている七つの首すべてが戦闘機を狙い始めた。
「やっとこっちを相手する気になったな。各機、火炎を警戒。距離を取り、変則的な動きでこちらの軌道を読ませるな」
「了解」
「了解」
戦闘機は散開し、ヒュドラから離れる。
目論み通り、戦闘機を追尾しようとすると他の首と干渉する。
故に、高速で旋回する戦闘機を完璧に捕捉するには至れない。
足止めは成功していると言えよう。
ヒュドラの首を翻弄して間もなく、王都の外、南門方面からいくつもの黒い物体が土煙を上げながら猛スピードで西門へ向かっているのが見えた。
「こちらブリッツ。陸自部隊を目視。攻撃部隊が展開し終えるまで標的を引き付ける」
「こちらCP。了解。作戦通り陸自が作戦を引き継ぎ次第、帰投せよ」
「了解」
陸自の攻撃部隊が、ヒュドラから離れた位置で停止した。
ライフルや迫撃砲を携えた歩兵を乗せてきた高機動車が五台。
多連装ロケットシステム・MLRSが三台。
その後方には、87式自動高射機関砲が三台。
MLRSは車体はトラックのように長方形でキャタピラを装着し、操縦席以外の部分は可動式のコンテナになっていて、そこから文字通り多連装ロケットを発射する。
高射機関砲は戦車のような外観だが、車体を挟むように2門の機関砲が付いている。
上記に加えて、中距離多目的誘導弾(中多、もしくはMMPMと呼ばれる)を積んだ高機動車が二台。
その部隊から、攻撃準備が整ったという連絡がCPに入ると、より上の指揮系統から戦闘機のパイロットに連絡が入る。
「こちらHQ。陸自攻撃部隊より入電。これよりフェイズ3へ移行。全航空戦力は帰投せよ」
「了解。これより全機帰投する」
三機のF-2Aは即座にヒュドラから離れ、高度を上げて作戦域から離脱した。
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浩介の耳に芳賀の声が響き、シスターから目を離さないままに応答する。
「これからヒュドラへ向けて本格的な攻撃を開始する。近くにいるのであれば即刻2キロ以上離れるんだ」
「離れた場所にいるのですぐに始めてもらって構いません」
「分かった。通信を終える」
首根っこを掴まれて引きずられているバルガントからしたら、今のやりとりは意味不明な独り言に聞こえただろう。
異常者を見る目を向けつつも、成すがままにされている事への怒気を若干孕んだ声でバルガントは訊いた。
「何を訳の分からない事を……気でも触れたましたか?」
「さてね。もしかしたら、あんたの罪を裁くために来た天からの使いかもしれないよ?」
バルガントは鼻で笑って切り捨てた。
「まさか。天に御座すマリアス様は私に味方しておられる。裁きが下るのは、私の邪魔をする貴方の方です」
「へえ、その自信はどこから来るのかね。どうせ預言とやらも自作自演なんだろう?」
「大司教様を愚弄するとは、いくら慈悲深きマリアス様とて見過ごされぬはずだ。貴方には確実に罰が下る。身をもって悔い改めなさい」
「いや別にいいけど。ま、その言い方だとあんたはただ大司教の預言とやらを実行するために送り込まれただけか」
浩介の反応がおかしかったのか、声を殺して嗤う。
「くっくっくっ、なかなか頭の回る人だと思えば、実はそうでもないのかよく分かりませんね。残念ながら、冥土の土産に教えて差し上げましょう、とは言えないものでしでね。消化不良のまま逝っていただきます」
「そう言うってのはつまり、預言以外に何かあったってことか。この国を疲弊させるだけが目的じゃないんだろ?」
「くどいですね。私は何もしゃべりません。今ならまだマリアス様も許してくれるでしょう。私を解放し、シスターから罰を受けなさい」
「この状況でまだ言う?本当にそんな神様がいるなら、王女に引き渡す前に神の思し召しだか采配だかであんたは助かるだろ。むしろ神の存在を証明するいい機会じゃん。
ってなると、そうだな……このあとの展開次第で、あんたらの信じる神が本当に存在するかどうか分かるんじゃね?」
そう言うと、遠くに見えたセレスティアを望んだ。




