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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~狙われた王都~
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#59_あんぱんと牛乳・後編


 翌朝、バルガントとジェイクの会話をセレスティアに報告した。

 ほとんどの貴族が国を裏切っている。

 その話は王女の心情を思うと伏せるべきかと考えたが、同情して黙殺が許される事態ではない。

 心を鬼にして話しきった。

 セレスティアは何かを耐えるかのように目を瞑って口を結んだ。



「……という事だ。悔しいが、俺には何も手立てが浮かばない」



 どちらも声を発せずにしばらくの間、ただ暗澹とした空気があった。

 開け放った窓からは子供の無邪気な笑い声や道端で話す住民の声が入り、窓の内と外が別世界のように感じてしまう。

 浩介は喧騒をただ聞いているしかなかった。

 昨夜から現在まで、浩介は王都を元に戻す方法を模索しなかったわけではない。

 バルガントを無理やり王都から引き剥がし、王に全てを説明し、貴族には王から王女暗殺と企み暴露してもらう筋道を考えたが、ここで聖女の存在が厄介となる。

 国民に寄り添い、心身ともに苦痛を癒してきた博愛精神の塊。

 彼女に救われた民は多いだろう。昨日のセレスティアの話の通りであれば、国民の心はすでに王を求めていない。

 窮状を作った王の言葉よりも、聖女の言い分を信じるだろう。

 様々な要因が重なり、一つ考えては障害が現れてこれだと思える策に至れなかった。

 昨日の今日で、早速ではあるが芳賀を頼るべきかと思った時、セレスティアが立ち上がった。



「コウスケ、貴方はあまり寝れていないでしょう?そのような頭でいくら考えても、良い考えは浮かびません。私も話を聞いたばかりで、思考を纏めるには少々時間がかかりそうです。

 急ぐに越したことは無いのでしょうが、急いては事を仕損じます。一度、気分を変えましょう」


「だけど、このままだと今日明日にでも国を支配されて」



 あの国にはもはや防波堤となりうる存在はなく、焦るなと言われても無理な話である。

 声が僅かに大きくなった興奮気味な浩介を鎮めるように、セレスティアは冷静に自信を持った顔つきで断言した。



「それは大丈夫でしょう」


「その根拠はどこに」


「私が生きているからです」



 それがどう余裕に繋がるのか、興奮し始めている浩介には思い至れない。

 だが、確信を持った佇まいを見て、根拠は確かにあるのだろうと思わされた。

 半ば挑むように声の大きさを落としてセレスティアに聞いた。



「どうして、それが理由になるのか教えてくれ」


「簡単な事です。バルガントらは、王都解放を父上に進言する私が目障りだから命を狙った。もしそのまま殺されていれば、国王命令、そしてマリアス教に反抗する異端児だから神罰が下ったと国民に知らしめるでしょう。

 ですが、私はコウスケのおかげで逃げ果せた。そうなると、私がいつどんな手を使ってバルガントらを失脚させに戻って来るのか予想がつきません。

 バルガントが国を支配した所に私が反撃の一手を携えて戻ってこられた場合を考えれば、彼にはリスクが大きくなるだけで面倒でしかありません。

 ですから、暫くは私の居場所を探りつつ現状維持を決め込むしかないはずです」



 窮地に立っているはずの彼女が、混乱や悲嘆するでもなく冷静に現状を鑑みて予測を立ててみせた。

 親子と間違われても仕方ないほどの年が離れているというのに、逆に窘められるとはなんと不甲斐ないことか。

 自分よりも人として出来た彼女を羨むでもなく、素直に尊敬した。



「凄いな」


「何がでしょう?」


「おじさんより、ずっと頼りになるからさ」



 対等の立場と約束しておきながら、相手が年下だからと無自覚に保護対象として見ていたようだ。

 だが、頼りのなかったのは己だった。

 自己嫌悪したせいで、ほんの少しだけ言葉に棘が混じってしまった。

 些細な失言でばつが悪くなったのを悟られないよう、窓の外を見てなんでもないという風に装う。



「そうですか?おじさんというには、まだ早いと見えますが」


「顔を見せた時の昨日のセレスティアの反応を忘れてないぞ」


「あれ、私何か言いましたか?」



 浩介の気持ちに気付いているかは定かではないが、冗談に乗って暗い雰囲気は跡形もなくなった。

 思いつめた頭では碌な思考にならないと身をもって思い知らされた今、相手の動向とより多くの情報を集める事に集中したほうがいいかもしれない。

 セレスティアの推測通りなら、まだ時間はあるはず。

 話が一段落すると、セレスティアは仕事へ向かった。

 部屋に一人残った浩介は、セレスティアに言われた通りに疲れた体を休ませた。



 あれから数日。

 セレスティアはウェイトレスの仕事に励み、浩介は日没から深夜まで王城に張り付いた。

 王城の入口とバルガントの部屋を重点的に見張ったが、目新しい変化はない。

 浩介がいない時に密談が行われていた可能性もあり、体が二つあればと嘆く。

 今日も日付が変わる少し前に王都から戻り、外套を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。



「こうも情報が入らないと不安になるな……いや、出だしが良すぎたのか?わかんねぇ……もう、寝る」



 眠気が襲い、寝間着に着替える手間も省いて睡魔に身を委ねて意識を手放す。

 色のない世界で、浩介はいつの間にかバルガントの部屋の真下で壁に背を預けてジェイクとの会話を聞いていた。

 どうしてここにいるのか混乱したが、何故かすぐにその状況が当たり前の事だと受け入れていた。

 そのまま、あの夜の会話が再現される。

 話の内容に絶望を感じた浩介がだらりと背中を壁に凭れるところまで全て同じ。

 その時、どこかから鳥のさえずりが聞こえてきた。

 それが鮮明に聞こえてくるに連れて、景色が砂嵐のように変化して、やがて消えた。

 瞼が開いて色鮮やかな景色が視界いっぱいに広がり、心地よい鳥の声がすぐ近くで聞こえた。



「……夢か」



 思いつめていた事が夢に現れたのだろう、気付かないうちに相当参っていたようだ。

 この部屋を借りて一週間近く経つ。

 セレスティアの部屋代を払っているのはもちろん浩介。

 行商人からもらった財布の中身を確かめると、あれだけあった資金はもうすぐ底を付きそうだった。

 深く溜め息を吐く。



「これは俺も何か仕事をしないと駄目かな……」



 いざとなれば、前職のスキルをそのまま活かせる接客業でもするかと思い、今夜も見張りに出かけた。



「働きたくないでござる」



 闇夜に紛れて嘆いた浩介の目が、ついに王城の門を潜るジェイクの姿を捉えた。



「やっと動いた、待ちくたびれたよ」



 小さく拳を握って喜ぶ。

 以前と同じく静かに速やかに王城に忍び込んだ。






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