#57_はたらくお姫様
宿の部屋で情報交換を終え、今は昼下がり。
朝から何も食べていないのでかなり空腹を感じていたが、それよりも先にやっておかなくてはいけない事がある。
セレスティアに外套を羽織らせたまま宿を出た。
向かう先は、服屋。
王女にはレイジットの町が新鮮に映るのか、通り過ぎる町並みに忙しなく首を回してはしゃいでいる。
目的の店先に着いて浩介は立ち止まるが、王女はそれに気付かず目を右へ左へ輝かせながら歩いていく。
その様子が微笑ましくてつい頬が緩むが、そのまま放っておけないので、多少の苦笑を混ぜて町の外まで行きかねない背中に向かって名前を呼んで気付かせる。
「っ!」
振り向いた顔は恥ずかしさで少し赤みが差し、浩介に悟られぬよう顔を俯かせて速足で戻って来た。
知らぬふりをして店に入る。
この世界のファッション事情はからっきしであるため、ここは店員に見繕ってもらう。
店員に声をかけてたあとに王女を呼ぶと、彼女はここでも目をきらきらさせて店内と商品を眺めていた。
店員はそんな王女を試着室へと誘って、服を次々に着させる。
店員と浩介で、あーだこーだと感想を言い合いながら時間をかけて、三着購入。
買ったうちの一つをここで着ていく。
出口に向かおうとしたら店内には靴も並んでいるのが目に入り、王女の履いている靴も庶民的ではないと気付き、それも購入。
王女の履いていた靴は革靴のように固く加工されていて、これでは靴擦れしてしまうのも無理はないと納得した。
装いを新しくしたセレスティアは笑顔で店員に礼を述べて、店を出る。
買い物を終えると、もうじき日が傾きかけるような時間になっていた。
流石に空腹も限界で、近くにある食堂でかなり遅めの昼食を摂る。
やはりそこでもセレスティアの様子は落ち着きが無かったが、騒いで迷惑をかけているわけでもなかったので微笑ましく放っておく。
メニューを見て注文するという知識も無かったようで、とりあえず浩介はどんなものが食べたいのか訊いた。
とはいえ、浩介もこの世界の料理を知って二週間程度しか経っていないため、知っている料理は少ない。セレスティアの希望に添えそうなものを適当に二、三品注文して、気に入ったのを食べてもらう事にした。
料理を待っている間、町中でのセレスティアの様子を見て考えていた事を話した。
「街が珍しい?」
「それは勿論。王都の中でも町並みは見られますが、やはり町ごとに雰囲気や景観は違うものですから。同じ国でもこんなにも外観が違うなんて思ってもいませんでした」
「だけど、今のセレスティアを見て少し不安な部分が出てきたんだけど」
「不安ですか?どうか遠慮なく仰ってください」
先程からの活き活きとした目を消して、真剣な眼差しを向けてくる。
軽く息を吐いてから言った。
「結論から言おう。仕事をしなさい」
「……仕事、ですか?」
首を傾げて言葉を反芻する。
王都の現状を打開する事と、セレスティアが仕事をする事に何の関係があるのだろうと眉を顰める。
「私が働くと王都が変わるのですか?とてもそうは思えませんが……」
「いや、あまり関係ないかもしれないけど、これはこれで重要だと思うんだ」
「理由を伺っても?」
浩介は姿勢を正す。
「もし店にきた男の客が女性店員に『ねーちゃん可愛いね~、俺と付き合ってよ~』とか言う場面に遭遇したら、どうする?」
「もちろん、咎めます」
「うん、だから仕事しよう」
箱入り娘。
それに気付けないセレスティアは不服そうにしながらも、じっくりと考える。
その間に笑顔をたずさえたウェイトレスが、水の入った木のコップを二人の前に置いた。
「お冷です。おかわりが必要でしたら、お申し付けください」
「ありがと。良い笑顔だねぇ」
「ありがとうございます」
はなまるスマイルを浮かべて去った。
このやりとりを見て何か閃いたように口を開いた。
「そうなのですね……民が普通だと思っている事を私は何も知らない。そのままでは悪目立ちしてしまう……」
「まあ、さっきの俺の例えは極端だったし、流石に限度を超えてれば仲裁に入るべきだけどね。これから一般人の中で生活していくなら、その塩梅の見極めは大事だよ」
「分かりました。私、働きます。民の生活をよく知るには良い機会でもありますし。王都にいたままでは、そのような経験は生涯出来そうもありませんから」
やりたい事もやれず、知りたい事は表面しか知る事が出来ず、不自由な生涯を強いられる高貴な身分。
その役目を持って生まれても不自由を感じない者もいるだろう。
まだ出会って半日も経っていないが、好奇心旺盛なセレスティアには縛られた人生は辛いのではないかと思う。
でも、完全に部外者である浩介が意見を言うのは大きなお世話でしかない。
下手な相槌を打たずに仕事の話を続ける。
「さて同意も得られたし、次はどんな職に就くか決めようか」
「市井にはどのようなお仕事があるのですか?」
「そうだね。まずは、あれかな」
顔を動かしてウェイトレスを見る。
セレスティアも視線の先を追う。
「ウェイトレス。またはホール係。お客さんが来たら出迎えて、注文を厨房に伝えて、出来上がった料理を運ぶ。あとはお勘定と食べ終わったテーブルの片付けかな。大まかに言うと、そん」
「それにします!」
浩介が言い切らないうちに決めてしまった。
ここに来る前に訪れたアパレル職も紹介しようと思っていたところだったが、一体何が彼女を即決させたのか。
「えっ!?まだ他にも色んな職業があるんだけど、聞かなくていいの?」
「聞いたところで実際に経験してみなくては何も分かりませんもの。それに、私の身の回りの世話をしてくれている侍女のお仕事に少し通じている部分があるように思いましたし、多くの人とお話し出来ますから」
これほどまでに労働意欲旺盛な人間を初めて見た。
もし、寝ててもお金が自動的に入るのであれば庶民の大半は働かないだろう。
市民とは真逆を生きてきたセレスティアにとって、勤労は新鮮なのかもしれない。が、セレスティアの事だ、それだけではないだろう。
国民の生活を直に知り、言葉を交わせる良い機会。
「セレスティアがそうしたいなら、とやかく言うのはよそう。そうと決まったら、募集してる店を探さないとな」
さっそく料理を運んできたウェイトレスに従業員の募集はしてないかと尋ねるが、現在は足りていると言われた。
募集している店を知っているかと尋ねると、多分と付け加えてから、浩介たちの宿泊している宿の名前が挙がった。
話を聞いたあと、セレスティアは目を輝かせながら料理を堪能した。
空腹を満たしたあとは宿へ戻る。
一旦、荷物を置いてから食堂に向かった。
扉を開けると、ごく自然な笑顔をたずさえた十代のウェイトレスが出迎えた。
「いらっしゃいませー、二名様ですか?」
「あぁ、いやすみません、お尋ねしたい事があって。ウェイトレスの募集してますか?」
「はい、してますよー。あ、その隣にいる子ですか?」
浩介の後ろにいるセレスティアをひょいと覗くように腰を横に曲げて見る。
セレスティアは上目遣いでウェイトレスの様子を窺い、不安そうな声を上げる。
「せ、世間知らずで恐縮ですけれど、雇っていただけますか?」
昼食の場での威勢はどこへ行ったのやら。
いざとなると緊張するのは、王女といってもやはり人ということか。
「世間知らず?よく分かんないですけど、まずはマスターと会ってください。マスター!ウェイトレス希望の子が来ましたー」
白い長袖のシャツに黒いベストと、いかにもバーテンダーといった服装に身を包んだ優し気な初老の男性がカウンターの奥から顔を出した。
「(え?バーテンってどの世界でも共通のユニフォームなの?市民の服装はあっちとこっちで全然違うのに、何で?)」
口をだらしなく開けて目をしばたたかせている浩介を見て、マスターは訝しんだ。
「どうかされましたか?」
慌てて浩介は否定を入れる。
「あ、ああ、いえ、すみません、何でもないです」
これ以上特に追求されず助かった。
「マスター、こっちの子がここで働きたいって」
「そうか。事務所で色々とお話を伺いたいので、付いてきてください」
マスターは宿屋と繋がっている扉へ向かっていく。
その後ろを追いかけはじめたセレスティアを浩介は呼び止めて、耳元で注意を促す。
「くれぐれも王女だってことは話さないで。もし疑われそうになったら没落した貴族の娘という話にして」
「きゅ、急に言われてもっ。ですが、分かりました。やれるだけはやってみます」
浩介が頷いて送り出すと、ウェイトレスと二人きりになった。
「あのー、お父さん?適当に腰掛けてください。飲み物持って来ますね」
「お、お父さん……」
ゴースト以外から初めて強烈な攻撃を受けた。
年齢差の自覚はしていたが、心のどこかではまだ若いと思っていた。
だから、はっきりと言われるとショックを受ける。
「もう、そんな年なんだよなぁ……なんで俺、結婚できてないんだろう……」
無垢な言葉の刃は、人知れず浩介を絶望に叩き落としたのだった。




