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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~狙われた王都~
54/234

#54_王女、国を出る


「なぜにそんな笑顔なんですか?っていうか俺が言うのもなんだけど、怪しい人について行っちゃいけませんって教えられませんでした?」



 王女ともなれば常に護衛がいるからそんな心配とは無縁だったのかもしれないが、殺されそうになった直後だというのにあまりに無防備過ぎやしないだろうか。

 もちろん王女に何かする気はないが、将来が心配である。

 そんな浩介の気持ちを知らずか、弾んだ声で返してきた。



「だって、門の外に出れば安全なのでしょう?これまで外へ出る機会なんて、片手で数える程しか無かったんですもの。心が踊ってしまいます!」


「これが真の箱入り娘か……。この国の事とか自分の状況が全く見えてない」


「あら、この国が今どんな風になっているかは私なりにも分かっているつもりです。お父様に直談判し続けていたから、こうして追われる身になってしまったのですから」



 直談判からの狙われる身。

 なるほど、王女の現状認識はあながち馬鹿にできたものではないようだ。

 しかし、今はそんな話を悠長にしている暇はない。

 詳しい話は王都を出てからにしよう。

 追手もさすがに白昼堂々というわけにはいかないのだろう、街中を急ぐ二人はすんなりと南門の近くまで来た。



「門番がいますが、ここからどうするのですか?」


「壁の端に門の上まで通じている階段があったはず。こっちです」



 侵入した時に使った階段が見える位置まで行くと、その前には二人の警備兵が立っていた。



「来た時にはいなかったのに……まさか、あの時は運良く警備が外れていただけだったのか」



 本当に困ったものだった。

 どうにかしてあの警備兵には退いてもらわなければ。

 背後から手刀で気絶させれるかとも思ったが、実はアレ、気絶だけではすまない非常に危険な行動であるとネットで見たのを思い出した。

 強行突破を考えたが、王女を誘拐した罪に問われてしまうので却下。

 他の案はないかとうんうん唸っていると、隣にいる王女の口から愚痴が零れた。



「ああ、早くお風呂に入ってこの臭いを落としたい……」



 風呂。

 そういえば、この世界の風呂の沸かし方はどうなっているのだろうかと思考が逸れた。



「風呂、ねぇ……ん?風呂?それだっ!」



 どこかの名探偵が助手の一言で閃くという、どこかの推理モノのような流れ。

 人差し指をピッと立てて、王女へ振り向く。



「な、なんですか、急に」


「火事だーって叫んで警備兵を動かすんですよ」



 王女は視線を左右前後に動かしてから、きょとんとした顔で浩介に言う。



「火事?どこも燃えてはいないようですが」


「本当に火事がある必要はないんですよ。火事だって騒ぐと野次馬が集り、警備兵も動かざるを得ないでしょう。うまくあそこの警備兵も移動してくれれば、その混乱に乗じて城壁の上に移動します。

 実際にやるのは初めてなので上手くいくかは分かりませんが、何にせよ警備兵が動いてくれればそれで充分です」


「民を欺くのは少し心が痛みますね……」


「誰も傷つくわけではないので、今回は見逃していただけると有難いです」


「いえ、お気になさらず。これはただの私情ですから」


「そう、ですか」



 さっきは王都の外に胸を躍らせていた無邪気な子供のようだったのに、害のあるなし関係なく国民を謀るのは気が進まないと言う。

 子供のような面と、民を思う王族足らんとする面。

 この王女がこれからどのように成長していくのか、まだ出会ったばかりだというのに何故か興味が出てきた。

 が、今は呑気にそんなことを思っている時ではない。



「とにかく物は試し。いきますよ」



 浩介は王女から少し離れると、腹から声を出した。



「火事だーっ!誰か来てくれーっ!火事だーっ!」



 数回叫ぶと、付近の家々から住民がゆっくり外の様子を窺いに出てきた。

 次は住民たちに姿を見られないように、王女の腕を曳いて隠れた位置から再び叫ぶ。



「あっちだ!中央広場の方だー!」



 ぞろぞろと出てきた住民は小走りで中央広場へ向かっていく。

 浩介と王女は物陰から階段を見張っていた警備が外れたのを見ると、静かに駆け上がる。

 門の上に立った浩介は次なる障害、門の外側にいる警備兵の目をどう掻い潜るか思案する。

 ふと、目に木箱が映った。



「……使えるな。王女さま」


「何でしょう?」


「お姫様抱っこと、おんぶ、どっちが良いですか?」


「……私が、されるのですか?」


「それはそうでしょう。私がお姫様にお姫様抱っこされるとか、どんな冗談ですか」


「それは、そうですね……では、お姫様抱っこでお願いいたします。少し恥ずかしいですが、そんな事を言っていられる場合ではないのでしょう?



 王女の言葉に首肯した。

 浩介は一抱えある大きさの木箱を持ち上げると、遠くへ放り投げた。

 一つ目が落ちる前に更にもう一つ。

 時間差で放物線を描く二つの木箱。

 すぐさま王女をお姫様抱っこし、注意を促す。



「では、しっかり両腕でしがみついていてください。あと、舌を噛まないように声は出さないでくださいね」


「ま、まさか……」


「頃合いです。では、いきますよ!」



 木箱があと少しで大きな音を立てて砕けるという頃合いを見計らって、顔を引き攣らせた王女などお構いなしに通路の上から飛び降りた。



「んーっ!」



 王女は口を閉じたまま僅かに悲鳴を上げた。

 幸いその声は警備兵に届かなかったようで、浩介たちの方を見ることは無かった。

 落下している最中、瞬時に刀を顕現させて逆手に握る。

 一つ目の木箱が地面に叩きつけられて砕けると同時に、刀を城壁に突き立てる。

 ガリガリと耳障りな音を立てるが、木箱の砕ける音と中身が散乱する音の方が門番の耳には大きく聞こえた。

 門番は木箱の落ちた場所を向いて、浩介たちには気付いていない。

 二つ目の木箱の砕ける音が一つ目のものと重なる。

 その時はもう落ちても怪我をしない高さだったので刀を消した。

 浩介と王女は着地し、間髪入れずにそのまま森の方へと全速力で疾駆する。



「んんんんんんんーっ!」



 門番の目の届かない森の手前まで来てから、浩介は緩やかに止まった。

 城壁は遥か彼方。

 ようやく王女を下ろした。



「はぁ、はぁ、はぁ、何なのですか、いきなり!死ぬかと思ったではないですか!」



 鼓動が早鐘を打って呼吸も荒くした王女が、詰問するように口を尖らせて軽く睨んできた。

 それを受けて浩介は、多少申し訳なさそうに謝る。



「すみません。今の動きを上手く説明する自信がなかったので、だったら余計な話はしない方が良いかなぁって」


「死ぬかと思ったではないですか!」



 二回言った。



「しかもその足の速さは何なのですかっ!貴方のように速く走れるのが普通なのですかっ?!」


「い、いや、そんな事はないと、思いますけど……?」



 前半は面責、後半は詰問と若干何を思っているのか分からない。

 それよりも王女の、この世界の人は浩介みたいに疾く走れるのかという問い。

 答えは浩介にも分からなかったので疑問符を付けざるを得なかった。

 この世界においては浩介も世間知らずであるので、そこは王女と似ている。

 ひとしきり捲し立てた王女は一息つくと破顔した。



「はぁ、はぁ……ふふっ、あははっ!」


「ど、どうした?」



 謎に息巻いていた王女がいきなり笑い出したものだから、浩介はつい素で反応してしまった。

 あまりにも短い時間の中で色々な事が起きたせいか、気でも触れたのだろうか。

 しかしその心配はなさそうで、すぐに落ち着きを取り戻した王女は大きく息を吐き、清々しい笑顔を見せた。



「あー、楽しかった!」


「……はい?」


「それで、次はどこへ向かうのですか?」



 一体なんなんだ、この王女さまは。

 だが、そんな王女は他にもいたよなと、思い当たるキャラクターが数人思い起こされた。



「(そういえば創作物の中にも、こういうお転婆なお姫様っていたな。もしかしたらそれって二次元の話じゃなくて、歴史上本当に存在してたとか?)」



 ともかく、天真爛漫というか無邪気な王女の気質を知るにはここまでの短時間で十分だった。

 自然と肩の力が抜け、笑みがこぼれた。



「まずは落ち着ける場所を探そうかと。私の知っている町にでも行ってみましょうか」


「分かりました。貴方に任せます」


「街道を行けば追手に見つかる恐れがあるので森を抜けようと思うのですが、その靴では辛いでしょうね……」


「いえ、気遣いは無用です。さあ、案内してください」


「分かりました。ですが、辛くなったらすぐに言ってください」



 王女の意を汲んで、森の中へ踏み入れた。



「それにしても、貴方は家臣のような気の遣い方をされるのですね」


「そうですか?一般的な気遣いの範疇だと思いますよ」


「そうなのですか?……そうなのでしょうね。民は私にとても良くしてくれますが、どこか壁を感じるのです。私としてはご友人と同等に接して欲しいのですけれど」


「いやいやそれは無理でしょう!でも、まだ会って一時間も経ってないですけど、王女さまは国民に慕われていそうだというのは分かりますよ」


「そうであれば嬉しいのですけど……」


「これからは壁の心配はしなくてよくなりますよ。しばらくは巷で生活するわけですから」


「そう、それです!市井で生活する際の礼儀作法を教授願います!」


「そんなのないですよ。多分」



 世間知らず仲間の言葉に苦笑いが漏れる。

 うきうきとした顔でこれからの生活を思い描く王女と森の中を進んでいった。






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