#52_張りぼてのアルスメリア
時間はまだ早朝。
これから王都で行動するならば、大雑把でもいいので施設や区画を把握しておくべきだろう。
ということで、ほとんど人気のない王都内を散策した。
南門から中央の広場にかけては商店、飲食店、劇場が並び、そしてギルド本部もその一角にあった。
道を一本逸れると家々の建ち並んでいる。
町の最奥には王城。
王城近くの家々は豪奢で、上流階級の住居だと思われる。
そうしてつぶさに散策していると、気が付くと時間は午前11時を回ろうとしていた。
さすがに能力なしで歩きっぱなしだったので疲れた。
中央広場の噴水の縁に腰を下ろして休憩する。
そういえば、と辺りを見渡す。
もう人々が活動していてもおかしくない時間だというのに、ここまで誰一人見かけていない。
「どうなってるんだ?」
商店にも買い物客の姿はおろか、それ以前に店は開いていない。
まるで廃墟にでも来ているような錯覚に陥る。
本当にここは王都なのだろうか、住民はどこかに移住したのか。
その時、王都中に響き渡るほどに大きな鐘の音が低く重く鳴った。
「鐘の音……どこからだ?」
首を回して音の元を探していると、居住区画からぞろぞろと人が広場に集まってきた。
それも、すべての住民が出て来たのではないかと思うほどに大勢。
更に気になる事があった。
集まって来た人々は差はあれど、血色が良くないように見える。
中にはふらついている人もいる。
そんな人々が広場に集合した後、北側に伸びている道からぞろぞろと荷馬車と兵士たちがやってきた。
兵士と荷馬車は広場で停止すると、全ての荷台から一抱えある大きい樽を次々に下ろし、中を開ける。
そして兵士の一人が、集まって来た人間に向って威嚇するように、語気を強めて声を張り上げた。
「これは陛下の温情である!不正に多く受け取った者は処罰する!分かったら樽の前に一列に並べ!」
「(やけに偉そうに言うなぁ。そうしなきゃいけない理由でもあるのかな?)」
心に小さな棘が刺さったような不快感。
同じ国を守ってくれる職業でも、自衛隊の人たちとは大分印象が違う。
これが異世界というものなのだろうか。
「(だけどこれは、もしかして配給か?)」
その予想は正しく、樽の前に並んでいる人はみんな空容器を持っている。
配給の邪魔にならないように、広場の隅に移動して目立たないように様子を見ながら考える。
「(住民全員に食料が均等に分け与えられるって事は、やっぱり外から仕入れられていないんだな。王都を見て回ったけど、この中で農業や畜産が出来るような場所は見つからなかった。
門の内側で食料が生産できない王都は、このままいけば地獄になるぞ……国王はそれを分かってるのか?)」
仮にも民を守る立場にある国王が、我が身可愛さに籠城を決め込み、国民の生活を切迫させるなど浩介には許せなかった。
王都閉鎖などという迂愚な方法ではなく、もっと別の手段もあったのではないかと、外套のフードを目深に被って表情に出さず内心で憤る。
何にしても、まずは情報を集められるだけ集めなくてはならない。
配給が終わり、兵士たちが王城の方へ引き上げていくのを見てからギルド本部に向かった。
ギルド本部の建物は大きく立派で、二階建てのはずなのに屋根が非常に高い。
外観の雰囲気だけで敷居を高く感じ、恐る恐る重厚な扉を開けて中に入った。
「すみませーん……」
軽く中を見渡す。
広いロビーで受付は正面。
受付の右には巨大なコルクボードが立てつけてあり、所狭しと依頼書がびっしりと貼り付けられている。
左のスペースは椅子やテーブルが置いてあり、待合室や打ち合わせ場所として使うようだ。
二階に上がる階段は受付カウンターの内側にあり、基本的には関係者以外立ち入り禁止らしい。
ボードに貼られている様々な依頼の数とは正反対に、施設の中は無人だった。
浩介はもう一度、今度は声を張り上げて来訪を告げた。
「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかーっ」
耳を澄ませてしばし待つ。
すると階段の上から若い女性が姿を見せた。
「はい、どうかしましたか?」
「あ、いや、ギルドに登録したいんですが」
「えっ?登録、ですか?仕事、するんですか?」
この人何を言っているの?正気なの?といった風に驚いた顔で聞いてきた。
仕事を斡旋するはずの場所でそんな風に聞き返されると、逆にこちらが間違っているのではないかと思いそうになる。
「ここって、登録すれば仕事を斡旋してくれる、んですよね?あれ?私、勘違いしちゃってます?」
「あ、いえいえ大丈夫です合ってます。ただ、こんな状況なのに働こうとする人が珍しくて、つい」
「で、ですよねー。いやぁ、でもいつお金が必要になるか分からないので、とりあえずいざって時の手段を多く持っててもいいかなぁって、あはは」
「あぁ、そういう事でしたか。では、記入していただく書類がありますので、よろしくお願いします」
門の外から来たことがバレないように、肝を冷やしながらなんとかはぐらかす。
嘘は言っていない。いつ金が必要になるか分からないのは本当だし!
階段のから話しかけていた女性はカウンター越しに、書類と羽ペンとインクを差し出した。
記入する要項は、名前、年齢、技能くらいだった。
初めて目にした羽ペンに心が僅かに踊るも、何回かペン先をインクに浸しさないといけない書き辛さに早くもうんざりし始めた。
書き終え、女性に紙を返す。
それを確認した女性は、眉を顰めた。
「(あ、しまった!日本語で書いたから怪しまれたかっ)」
「……あ。すみません、ここまでインクを個性的に使う人を初めて見たので、ビックリしてしまいまして」
「ん?」
「例えば、ここなんですが」
女性は紙をテーブルの上でくるりと回して、再び浩介の方へ向けて、人差し指で箇所を示す。
「インク溜まりが出来てしまって隣の字とくっつきそうになってますし、あとここもインク溜まりが出来てしまっているのですが、ペンを十分に浮かせず次の字に行ってしまったので線が引かれてしまってます」
「あ、ああ……すみません、慣れてなくて」
「少し文字を書く練習をすると良いかもしれませんね」
「アドバイス有難うございます」
羽ペンの使い方にはダメ出しされてしまったが、浩介の書く文字はこちらの世界でも通用するようで安堵した。
後でレターセットを買って羽ペンで文字を書くことに慣れようと思った。
女性は記入シートを持ってカウンターの奥へ行って、何やら作業し始めた。
暇になった浩介は、ボードに貼ってある依頼書を確認する。
「えーっと、猫探し、ベビーシッター、失せ物探し、行商人護衛……お、害獣討伐もあるのか。なになに……緊急討伐依頼、西の森に現れた九つの首を持つ大蛇……?」
そこまで読んだ浩介は、嫌な予感がした。
どこかで聞いたことのあるモンスターによく似ている。
果たして、西洋か東洋か。
「特徴は、首を落としてもすぐに再生……加えて、吐息は猛毒……ヒュドラの方だったかー」
ギリシャ神話の方だった。
首が一本少ないヤマタノオロチだったら、たらふく酒を飲ませて酔いつぶれさせてから倒すという手が使えると思ったのだが、ヒュドラ相手にその手段は取れない。
「確かヘラクレスは、布で口と鼻を覆って毒をやり過ごしてた。再生する首は八つで、残りの一本は不死だったな……。
再生する首は切り落とした後に傷口を焼いて、不死の首は切り落とした後に巨大な岩の下敷きにしたらしいけど、果たしてその手法がここでも通用するかが問題だよなぁ。
ってか、どうやって巨岩の下敷きにすんだよ」
どう倒したものかと唸っていると、受付から声が掛かった。
「コウスケさん、お待たせしました」
思考を止めて現実に帰り、カウンターに戻る。
「登録が完了しました。こちらがギルドカードで、当ギルドの会員である事を証明する物となっています。失くしても再発行は出来ますけど、二回目からは有料となりますので気を付けてください」
女性が鉄板で作られたクレジットカードのような物を差し出した。
それを受け取り、カードを確認する。
「アレイクシオン王国国営ギルド会館会員証……え、国営だったの?」
「え、国営以外のギルドなんてあるんですか?」
「え?あ、いや、この間まで余所の国にいたものだから」
「そうなんですね。もし分からない事とかあったらお気軽にお声がけください」
「ありがとうございます、助かります」
とは言われたものの、分からないことだらけの不審者の身としては、どこまで聞けば怪しまれないで済むかという線引きが難しい。
当たり障りのない程度で、依頼書を見ていて思った事を聞いた。
「そういえば、貼ってある依頼書にクライアントの情報が一切ないですけど、何か理由が?」
「名前を色んな人に見られることを嫌う方もいらっしゃるので、そうした方への配慮ですね。内容によっては依頼を受諾された時に情報を開示する場合もあります」
「例えば、ベビーシッターとか猫探しとか?」
「そうですね。あと、討伐関係のほとんどは王国からの依頼ですね。人数を募ってから討伐隊を組む事が多いです」
「なるほど、流石にヒュドラを一人で倒せなんて無理ゲー過ぎるか……」
「ムリゲー?何ですか、それ」
「あ、いえ何でもありません」
「はあ」
ともかく、色々と質問して王都の現状の把握に努める。
「しかしこのヒュドラ討伐の依頼って、いつのものですか?」
「二週間ほど前です。王国の兵士さんが持って来ました」
「でも、門が閉鎖されてるから、そもそも森に行けないですよね?」
「そうなんですよね。一体何を考えているのやら、私にもさっぱりです」
王国が出来もしない依頼を持ってきたのか。
だが、それ以上に依頼書が持ち込まれてからの時間が経ちすぎているように思える。
西の森という場所は、それほどゆっくりしていられるほどに遠いのだろうか。
「二週間も経ってるけど、大丈夫なんですか?」
「ここから西の森まではそう遠くはありませんし、何か動きがあれば兵士のみなさんが報せて回るでしょう。
それにこの害獣は書物でしか聞いたことがありません……本当にいるんでしょうか、首が九つある大蛇なんて」
受付の女性の言い方だと、少なくとも近年この近くでは目撃されたことは無いみたいだ。
ヒュドラについての詳細は伺えそうもない。
「はたまた、ただの誤認か、それとも誰かに向けての暗号か……」
「暗号はないと思いますよ。門が閉鎖されて食料が配給制になってからは、王都では誰も働かなくなりましたから。この依頼書を見たのは、コウスケさんと私だけですよ」
少しずつ情報が集まって来た。
全貌を掴むには程遠いが、それでも着実に進んでいるという手ごたえを感じた。
ここで聞ける情報はあらかた手に入れたように思う。
再訪を告げてギルドを出た。
改めて人の往来が全くない広い道を見て、受付嬢の話を思い出す。
誰も働かなくなった。
つまりそれは、今を生きる浩介にとって由々しき事態であった。
「昼ご飯、どうしよう……」




