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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~狙われた王都~
51/234

#51_聖女


 シスターが唖然とした顔でこちらを見る。

 侵入現場を目撃され、浩介はどうするべきかと思考を巡らせる。

 出直すべきか、それともこの女性をどうにかして口封じすべきか決めあぐねていると、城門の近くから複数の足音と鎧のかち合う音が聞こえてきた。

 恐らく、門番が浩介の姿を見てしまったのだろう。



「っ、見られてたか……」



 どこかに隠れられる場所は無いかと探すが、まずは目の前の女性をどうにかしなくてはならない。

 短時間で言いくるめられるほど口は達者ではないし、かといって刃物で脅して匿えなど言える度胸もない。

 ここは一旦退くべきかと、踵を返そうとするとシスターから声が掛かった。



「こちらに」


「え?」



 まさか話も聞かずに匿ってくれるというのか。

 意図を考えようとしたが、それよりも早くシスターの手が浩介の手を引っ張って隅に積んである木箱の陰へ押し込む。

 こうなったら素直に大人しくしていたほうが良いだろう。

 シスターが元いた場所まで戻ると、丁度兵士が城壁の階段を登り切った。



「これは聖女さま!ご無事でしたか。つい先ほど、城壁の上を飛翔して何者かが侵入したように見えたのですが、誰か見ませんでしたか?」


「(最悪のタイミングだったか)」



 いつでも城壁の外へ飛び出せるように身構え、速まる鼓動を感じながらシスターの言葉に耳を澄ます。



「いいえ。どなたもお通りになられませんでしたよ。あ、でも大きな鳥でしたら私の頭上を飛んでいきましたが、見たのはそれくらいでしょうか」


「そうですか。いや、我々も遠目で確認しただけなので、もしかしたら鳥を賊と見間違えたのかもしれません。

 それに冷静になって考えれば、空を飛べる人間などいるわけないですよね。念のために一通り警邏しますが、何かありましたらすぐに知らせてください。では、我々はこれにて」



 そう言い残し、兵士は来た道を戻っていった。

 とりあえずの危機は去ったようだ。木箱に背を預けて一息つく。

 そして新たな疑問が生まれる。

 侵入の場面を見たシスター。

 この場は見逃されても後で通報され、王都内をうろついている時に突然捕まる事も考えられる。

 彼女の存在をどう扱うかが、命運を握っていた。

 シスターは木箱の裏にいる浩介へ顔を見せて、瞳を輝かせながら話しかけてきた。



「もう出てきても大丈夫ですが、一応声は抑えてください」


「あ、ありがとう」



 腰を上げて木箱の影から出る。

 シスターの身長は浩介より少し低いくらいだった。

 目を見据えて、匿った真意を問う。



「どうして俺を匿ってくれたんだ?」



 眩しいものでも見るかのように目を細め、口は半月を描いた。



「門番の方に見つかってはお困りのように見えたので」


「う、うん、まぁ、そうなんだけど」



 知りたいのはそこじゃない。

 微妙にズレた回答が返ってきたため、質問をし直す。



「自分で言うのもアレだけど、明らかに不審者でしょ?どうして怪しい人間を匿おうと思ったの?」


「はい?すみません、仰ってる意味がよくわかりません……天使さまをお助けするのは私の役目、それ以外に何か理由が必要なんですか?」


「(まさかとは思ったけど、俺を神の使いだと思い込んでる?これは正した方が良いのか?)」



 脳裏に浮かぶ三つの道。

 勘違いさせたまま浩介の存在を秘匿させ、上手く利用するという手。

 勘違いを訂正し、誠意を見せて浩介の協力者になってもらうという手。

 大人の男の色気で篭絡し、手籠めにす……



「(ないわー。冗談はさておき、このまま逃げるとか……いやそれこそ通報されるか)」



 一瞬浮かんだ冗談を首を振ってかき消す。



「天使さま?」



 小首を傾げて様子を窺うシスターの愛嬌に、逆に篭絡されそうになるが堪える。

 どちらにしろ、この国の国民が浩介の手伝いをするというのはスパイ行為。

 相手が悪人だったらコキ使うことに罪悪感はなかったのだが、理由も聞かずに匿ってくれた相手に嘘は吐けない。

 全てを正直に話すのではなく、間違いを訂正するだけなら問題は無いはずだ。

 一つ深呼吸をしてから、告げた。



「悪いけど、俺は天使なんかじゃない。ただの一般人だよ」



 シスターの目を見て言うが、きらきらとした瞳は変わらなかった。



「ご冗談を。人が道具を使わずにこんなに高い壁を越えるなんてできるはずありません。こんなことが出来るのは、神さまか主さまか天使さまだけです」


「いや、本当に普通の人間なんだってば」


「ふふっ、分かりました、そういう事にしておきます」


「(だ、だめだ、完全に聞く耳引きちぎってる……)」



 これ以上、何を言っても無駄だと諦め、半分投げやりな口調で最後に念を押した。



「俺は普通の人間なんだって、ちゃんと言ったからね。そっちが勝手に勘違いしてるんだから、それで何かあっても責任を押し付けないでね」


「責任だなんてそんな!それよりも、ここをお訪ねになった理由をお聞きしてもいいですか?」



 なんとも浩介にとってこの上なく絶好球の質問を投げてきた。

 王都に関する話が自然に出来る。



「そう、それ。まずは、王都が閉ざされている理由が知りたいんだ」


「そうでしたか」



 シスターは目を伏せて悲しそうな声音で答える。



「二か月前、この国の国王が就寝中に何者かに暗殺されそうになりました。ですが、その数日前に聖マリアス国の大司教の夢枕に立った神マリアスが国王暗殺を預言をされました。

 これを受けて大司教は司祭のバルガントを急ぎこの国に派遣し、国王に暗殺者のナイフが迫る寸でのところをお救いしたというわけです」


「(どうやら、マリアスという名の神を崇拝し国教にしている国があり、それが聖マリアス国って言うわけか)」



 余計な事を言って不審がられないよう、この世界での常識だろうと思われる事の説明は求めずに、さも知ってる風を装って話を続けさせる。



「ですが預言はそれだけではなかったらしく、国王に城壁のすべての門を封鎖せよと助言し、外との往来を一切禁じました」


「その次の預言というのは?」


「これを退けても再び賊は入り込む。城門を閉鎖しなさい、と」


「……その賊って、俺も当てはまりそうな状況なんだけど」



 もしこの言葉に、それもそうだ、と返されたら逃げるしかない。

 ぎこちない笑顔で聞くと、シスターは目を細めて笑顔で言った。



「お戯れを。空を飛べる賊などいません」


「そ、そうか。それはそれとして、王都封鎖はそういう事だったわけね」


「はい」


「というか、預言はそれだけではなかった『らしく』って、どういうこと?」


「直接見聞きしたわけではなく、全て司祭バルガントから聞いた話なので」


「なるほど」



 そこまで聞き、これまでの話といくつか浮かんだ疑問をポケットに収めていたメモ帳に箇条書きで綴っていく。



一つ、何故、マリアスという神は他国の王を助けるような預言をしたのか。

二つ、何故、大司教は夢の可能性を排除せず預言を信じ切れたのか。

三つ、何故、預言によって命を救われたとはいえ、一国の王が預言を真に受けて王都封鎖に踏み切ったのか。また、それによって引き起こされる経済的損失と人的損失、国力の低下や治安悪化を予測できなかったのか。

四つ、何故、目の前の女性が聖女と呼ばれているのか。


 なんともまあ頭が悪いのに名探偵ぶっている。一人でこっぱずかしくなる。

 別に推理して一つの真実を探ろうというわけではないのだが、事実が明るみに出た時に納得しやすいように覚えておいても損はないだろう。

 このメモが活用される事はないかもしれないが、それでも構わない。



「(この疑問を抱けたのは、俺がいわゆる神という存在を信じていない人種だからかもな。一つ目と二つ目は、大司教の狂言という線もある。

  自作自演だった場合、目の前のシスターは何も知らないだろうな。謀略とは無縁の信仰の厚い人にしか見えない。

  ま、この話がどこまで事実なのかの判断は国の偉い人に考えてもらおう)」



 とりあえず、答えを得られそうなものを訊いてみた。



「どうして君は聖女と呼ばれてるんだ?」


「それは、私が怪我を癒せるからです」


「まじか」



 まさか、こう見えてアンデッド?

 いや宝石の適正者の可能性もあるか。なら、あまり深く考えても意味はない。

 とにかく、疑問は一つ消えた。



「いや、何も不思議な事じゃないか」


「あぁ、やっぱり天使さまの住まわれる天界では普通の事なんですね。素晴らしい世界です」


「いや、そういう意味じゃなかったんだけどな」



 ブレないシスターにげんなりして、浩介は額に手を当てた。

 浩介の手を見たシスターが、何かに気付いた。



「あ、いけない!天使さま、指にお怪我を……」


「ん?もしかして、草むらを移動した時に切った……いや、それはないか。……木箱ささくれかな」



 言われて指を見ると、すっと人差し指に赤い線が入っていた。

 傷は浅く血も止まっていて、放っておいても自然に治る程度のものだった。



「これくらいなら、放っておいても大丈夫……」


「いけません!私に治させてください」



 治癒の能力を見られる良い機会なので、その好意に甘える。

 シスターは浩介の手を両手で包み込む。

 そして、瞼を閉じる。

 精神を集中させているようだ。

 五秒、十秒、十五秒、二十秒。

 傷口に変化はなく、何も起こらない。

 治癒とは、ここまで時間がかかるものなのかと思い始めると、シスターは瞼を開けて悲愴な表情をした。



「どうして……奉仕活動の時は出来るのに……」


「……調子の悪い時くらいあるよ、気にしない方が良い」


「はい……」



 どうやら不発だったらしい。

 慰めの言葉を掛けたが、シスターにはまるで聞こえていないようだ。

 そして気がつけば世界は太陽で明るく照らされ、城壁から近い家々から生活音が聞こえてきた。

 これ以上ここにいては、浩介が一般人に城壁から降りる場面を見られる危険性が増す。

 急いで話を切り上げる。



「悪いけど少し用事があるんだ。これで失礼させてもらうね」


「え、あ!あの、天使さま!またお目に掛かれますか?」


「天使じゃないけど、俺も王都に用事があるから会う事もあるだろうね。それじゃあ」



 別れを告げて、浩介は城壁の内側にある階段を用心しながら下りた。

 侵入は成功。

 何食わぬ顔で道を歩きながら、聖女とのやりとりを思い出す。

 新たに出来した疑問。



「何故、聖女の治癒能力が発現しなかったのか」



 メモ帳に書き足し、遠くに見える王城を眺めながらこれからどう動いていくかを考えた。






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