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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~狙われた王都~
50/234

#50_旅立ち


 あれから行商人に紹介状を書いてもらった。他の行商人との交渉の際にそれを見せると、あっさりと話はまとまった。

 そうして二、三回護衛の仕事をこなしただけで、その界隈で浩介の実力は知れ渡った。

 商人の情報網は凄まじい。

 護衛の仕事をこなしているその間にも数回ほど自衛隊から救援要請があり、指定された場所で彼らと合流してゴーストを討伐したりもした。

 そうして二週間が経ち、気付くとかなりの額が貯まっていた。

 稼いだお金でこの世界で一般的な服と、旅人に見えるように大きめの麻袋と外套を購入した。

 そろそろ準備が整っただろうと、護衛の仕事に見切りを付けて芳賀の元へ赴いた。



「お金も充分貯まったので、明日あたりに王都へ潜入したいと思います」


「分かった。得られた情報は無線で私の元へ届くよう、通信士に伝えておこう。こちらからも、何かあったらこれまで通り連絡させてもらう」


「わかりました。それで、一つお聞きしたいことがあるのですが」


「何かな?」



 以前、伍代の話にあった浩介たち以外の適正者について聞いてみる。



「答えられなければ別に構わないのですが、私たち以外の適正者が送り込まれる予定とかありませんか?」


「それか」



 多少踏み込んだ情報なので濁されるかもと考えていたが、芳賀の様子を見るとそのような事は無いようだ。



「つい昨日、今週中に二人寄越すと官邸から通達があった」


「そうですか、良かった……」


「だが、まだそう安心はできない。成海君のように最後の一歩が踏み出せない可能性も充分にある」


「……確かに、そうですね」



 いずれ会うだろうが何にせよ、協調性のある人物が選ばれていればいいなと思う。

 明日の出立前にまた挨拶に来ると言い、芳賀の元を去った。

 そのあとはアルス村の村長の元を訪れた。

 王都に忍び込んで内情を把握し、可能であればアルス村への戦闘員の派遣を嘆願してみる。

 村長は感謝したが、これは日本や浩介たちにとっても早急に解決したい問題であったので、お互い様だと説明した。

 出立の報告をすべき人物は残るは家族と理津のみだ。夕食後に話すことにし、それまで鍛錬に励んだ。


 夕食後に話を切り出そうとしたが、葉月は泊りがけで余所の町へ出向いていて姿はない。

 日を改めようかと考えたが、葉月の交渉役補佐という仕事の性質を考えると、いつ帰って来るかわからない。

 逆に、バッタリどこかの町で会うかもしれない。葉月にはその時に話せばいいかと思い、今いる両親と理津にだけ話すことにした。



「……ってことで、準備も整ったから明日、発つよ」


「そう、くれぐれも気を付けなさいよ。あんたってば考えすぎて深みにはまりやすいから、そこが心配だわ」


「あ~うん、気を付ける」



 理津の前で子ども扱いされて恥ずかしく感じたが、照れ隠しせずに母親の言葉をしっかり受け止める。



「何かあったら、すぐに帰って来なさい。途中で止めても恥ずかしい事は何もないからな。何なら、今から考え直したっていいんだぞ」


「いやそれはさすがにどうかと思う。気持ちだけ受け取っておく」



 相変わらずの過保護っぷりを見せつけてくる父親に多少うんざりしながらも、ぞんざいにせず親の気持ちを汲んで柔らかく答えた。

 理津が迷子の仔犬のような目で見てくる。



「あ……私……」


「うん、理津ちゃん、俺の両親をよろしくね。理津ちゃんと葉月がいてくれれば安心だよ」


「は、はい……」



 理津が何を考えて言い淀んでいたのか。

 気まずそうにしながら、何かを言い出したいとは思っても言えない彼女の心の内は分かっている。

 そして誰も理津を責めようだとか、戦うことを強いようだとか思っていない。

 だから、浩介が日本という大きな傘から外れた後のここの守備がどうなるのか、適正者は他にいるのかなどが話に出る事もない。

 無理やりにそういった話題を避けているわけではなかったが、理津はそうとは考えず表情は冴えなかった。



「(本当に、自分も適正者だから、とか考えなくていいんだよって言っても気にしちゃうんだろうな)」



 下手に言葉を重ねると逆効果と思って、それ以上は何も言わずにおいた。

 これが今生の別れというわけでもないが、それでもやはり感じるものがあり、いつもよりも長く雑談に花を咲かせてから床に入った。



 太陽が顔を見せる少し前。まだ世界が薄暗い時間。

 眠気の残る体をシャッキリさせるためシャワーを浴びる。

 リビングに行くと、テーブルの上には目玉焼きとベーコン、食パンがラップして置いてあった。

 冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ、朝食を摂った。

 自室に戻って、これから行動を共にする異世界産のフード付き外套を羽織り、今後の行動に必要な物が詰め込まれた麻袋を持つ。

 ふと、フローリングの床に放り出された読みかけのミステリ小説が目に入る。

 これくらいは荷物にならないだろうと思い、本を麻袋の中にしまい込んでから部屋を出た。

 玄関で靴を履き終わって腰を上げた時、背後に人の気配がしたので振り返ると、寝間着姿の両親が立っていた。



「いってらっしゃい、気を付けて行ってきなさいね」


「くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ」


「ああ。いってきます」



 いつもの笑みで見送られて、旅立つ。

 執務室に向かう途中、車を整備している自衛官と話している芳賀を見かけた。

 会話が終わるまで待ち、それから声をかけた。



「おはようございます」


「ああ、おはよう。これからか?」


「はい、まだ薄暗さの残るこの時間なら忍び込んでもあまり目立たないので。本当は夜中がベストなんでしょうけど、あいにく夜目は効かないので」


「暗視ゴーグルを貸してやりたいところだが、そういうわけにもいかなくてな」


「そんなのもあるんですか?でもまぁ、これ以上荷物が増えると動きにくいのでお気持ちだけで充分です」



 担いでいた麻袋を見せつけるように少し持ち上げて言った。



「そうか。……くれぐれも捕まるなよ。こちらに繋がる情報の尻尾も掴ませてはならない。困難な仕事だが先の見通しが立たない今、君だけが頼りだ」


「はい、わかってます」


「もしかしたら場違いな言葉かもしれないが……武運長久を祈る」


「有難うございます。それでは、行ってきます」



 芳賀に軽く頭を下げて別れを告げると、敬礼で返された。

 互いに僅かに口角を上げた顔を見せてから、王都へ向かって歩き出した。



 ベースキャンプを出たところで宝石の力を纏わせる。

 芳賀と話した通り、まだ薄暗いうちに王都に入り込めているのが望ましい。

 空が黒から濃紺に変わろうとしている。急いだほうが良さそうだ。

 地図とコンパスで王都の方角を確認すると、道を無視して草叢の中を一直線に突き進んだ。

 王都はメリーズの先、レイジットから馬車で一日の距離だと行商人から聞いた。

 であれば、舗装され所々でカーブを描く街道を無視して直線で移動すれば、遅くてもレイジットから約三十分弱で到着するだろうと軽く見積もる。

 体の全面に張られている膜のような障壁を前に膨らませて盾の代わりにし、草木から身を守りながら弾丸の如く走り続ける。

 草原を疾駆し、森に入れば大木を避け倒木を飛び越え、動物を前宙やエアリアルで躱す。

 そして川を飛び越え、森を抜けた。

 すると、遠くで白くうず高く広く張り巡らされた壁が見えた。

 一旦立ち止まって地図を確認すると、あれが王都アルスメリアのようである。

 目を凝らすと、壁には門らしきものが見える。

 城壁は正方形をなしており、東西南北の城壁それぞれに門があるらしい。

 浩介がいま目にしているのは南門。

 城壁を越える算段を付けるため、離れた場所から周囲を窺う。

 浩介のいる場所から城壁までは、腰の高さまである雑草が生い茂った草原だけで、他に身を隠せるような場所はない。

 草原の中を隠れるように移動するなら、見つかる可能性は低い。

 だが、城壁の周囲は草木が綺麗に刈られていて見通しが良く、腰をかがめて近寄れるのは頑張ってもそこまでが限界だろう。

 そこで少し思案したが、頭脳明晰とは程遠い凡人が思い付くものは、やはり平凡でなんの捻りもないものに落ち着く。



「幸い、この城壁はでかい。門番が常に正面を向いているなら、視野の端からなら城壁を飛び越えられるな。

 問題は城壁の上の通路にも見張りがいる場合なんだけど……誰もいないみたいだ」



 城壁の守りは門番だけという守備の甘さが逆にトラップなのかと勘繰ってしまうが、だとしても今のところこれ以外に手は考えられないので思考の隅に追いやる。

 時間もないので迷いを振り切り、音を立てないよう背を低くして草が刈られた手前まで移動する。

 あとは壁の中に入るだけだ。

 壁の手前まで全力で走り、宝石の力で増幅された跳躍力を頼りに飛び上がれば、音に気付いたとしても風や動物の類と勘違いしてくれるかもしれない。

 もう世界は明るくなり始めた。

 どうか勘違いしますようにと祈ると、クラウチングスタートの姿勢からダッシュ。

 あっという間に城壁が視界を埋め尽くす。

 門番が反応したか気になるところだが、余所見している暇はない。

 ダッシュの勢いを殺して膝を屈め、一気に跳躍する。

 城壁の石の継ぎ目がスロットのように上から下に凄い速さで流れ落ちる。

 しかしそれも一瞬。

 跳躍の頂点から街並みが目に入った。

 古風な街並みだ、なんて思って落下し始めた時、誰かが城壁の上にいた。

 膝を着いて祈るように両手を組む何者かと目が合った。



「え」


「え?」



 出だしから躓いてしまった。

 焦る浩介。

 どうやって誤魔化すか。殺して口封じか。いやそれは駄目だ。

 そんな風に思考が纏まらないまま、目撃者の前に着地する。

 修道服を着た二十代半ばの女性。

 瞳の色が紅いのが印象的だが、外見はシスター以外の何者にも見えない。

 そんな彼女が、浩介を見て惚けたように呟いた。



「天使さま……」






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