#5_○○がいない理由
「ありがとうございましたー」
ナナイチマートというコンビニエンスストア。
緑と白のストライプ模様のユニフォームを着こなしている浩介が、レジカウンター内から女性客を見送り、他の店員も浩介の後に続いて言う。
時刻はお昼の一時過ぎ。
外は一つも雲がなく、気持ちが良いくらいの晴天。
少し前まで、昼食を買いに会社員や工事現場で働いている人たちでごった返していたが、今はピークアウトして落ち着き始めていた。
ここはオフィス街には及ばないが、ちらほらと貸しビルが点在する地域。
お昼のピークが過ぎれば、夕方までは比較的のんびり時間が流れる。
かと言って何も仕事がないわけではなく、品出しや売り場を整えたりと様々に仕事はある。
それでも穏やかな空気が店内に流れると、悪いと分かっていても従業員同士は私語をしてしまう。
今日もその時間がやってきた。
「副店長。ネットニュースになってましたね」
「何が?」
もう一台のレジにいる女性従業員から声を掛けられ、浩介は聞き返した。
三十代半ばの浩介とほぼ同い年。だが向こうは既婚者である。
肌が弱いためナチュラルメイクしかしないとのことだが、十分綺麗だ。
子供もいるが、年若くして出産したので既に手のかからない年に成長している。
浩介と年が近いせいか、割とフランクに話している。
そういうこともあり、浩介はとあるオンラインゲームに熱中している事も話してある。
「ほら、副店長がやってるゲームですよ。今度なんか発表されるそうじゃないですか、世界初の何て言ったっけ、なんちゃらアールゲーム」
「あぁ、XR。クロスリアリティですか?」
「そう、それそれ。すごいですよね」
「私も公式サイト見た時、時代がここまで来てしまったのかと驚きましたよ」
「いつだったかに体験プレイできるみたいですけど、するんですか?」
「その日に有給使わせてもらおうかと、オーナーに相談しようと思ってます。あんなの見せられたらやりたくなりますよ」
「ですよねぇ。ネットゲーム全然やらないけれど、あれは凄いと思いましたよ」
「ただ見た感じ、運動神経が問われてるかもしれないですけどね」
「確かに。私はちょっと無理そう」
微かに笑い合う。
「でも、フルダイブの数歩手前のデバイスって事らしいですけど、あんな広い場所じゃないと遊べないのなら、実用化できてもテーマパークにしか置けないんじゃないかと」
「海外の豪邸でも無理でしょうね。とりあえずは、発表してみんなの反応見るって感じなんじゃないですか?」
「なるほど、そうかもしれませんね。もしテストプレイに当選したら、醜態を晒してきますね」
「是非、その様子を録画してもらってください。帰ってきたらみんなで見ましょう」
「や、それは勘弁してください」
その後二人は仕事に戻り、浩介はその日の休憩時間を使ってオーナーへ休暇の相談を持ちかけた。
特に断られる事もなく、穴埋めはこちらで誰か手配するという返事を貰い安堵した。
浩介は仕事を終えて軽い足取りで帰宅した。
「ただいまー」
「おかえりー」
リビングから葉月の声がした。靴を脱ぎながら話しかける。
「二人はいる?」
「いないよー。映画観に行った」
「そうか」
「なに?何かあった?」
「いや、来月有給使って出かけてくるから、それを伝えようと思ったんだけど」
言いながら浩介もリビングに入る。
「もしかしてゲースペ行くの?」
「お、よく知ってるじゃん。もしかして葉月も行くのか?」
「まさか。さっき丁度ニュースでやってたから」
「ネットニュースだけじゃなくて、テレビでも流れるとはなぁ」
「最近のニュース、ネットの話題を流すのなんて普通だよ」
「え、そうだったのか。パソコンしか友達いないから知らなかった」
「悲しすぎるよ、それ……」
尋常ならざる憐みの視線を向けられ、何気なく発したその一言が重大な事実も孕んでいた事にはっと気付いた。
直視したくなかった真実。
「だから俺って彼女できないのか?」
「まぁ、それも要因の一つだと思うよ。あと、ゲームばっかりで外に出ない。居酒屋とかバーにでも行けばいろんな人と出会えるんだけどね」
「俺、酒苦手なんだ」
「知ってる。でもソフトドリンクだけ注文しても変な目で見られないよ。実際、そういう人もいるし」
「居酒屋はともかく、バーはそれでいいのか?イメージ的にお酒しか頼んじゃダメみたいに思ってたんだけど。っていうかバーってお酒以外も飲めるのか?」
「もちろんメニューは少ないけどね。要はマナーを守ってお金を落としてくれればお客さん、ってコトでしょ。コンビニだってそうじゃない。これしか買っちゃダメとかないじゃん」
「確かに。俺の方が長生きしてるのに、何でお前の方が色々と詳しいんだろう?」
「だって、あたし友達といろんなトコ行ってるし」
「友達……」
表情が、固まった。
不意に抉られた心の傷。
浩介の様子に少し気まずくなり、苦笑いを浮かべながらフォローに入った。
「えっと……うん、大丈夫!まだお兄は若いし、出会いはこれから幾らでも作れるよ!だから、外に出よう。何なら一緒に行ってもいいし」
「お前の優しさが、すげぇ心に沁みるんだが」
「最初のうちは一緒に行く?」
「おう。なんかお前と話してたら、ちょっと興味沸いてきたからな。いつにする?」
「じゃあ、明日は?明後日はお兄もあたしも休みだから、夜はゆっくりできるでしょ」
「ごめん、明日の夜はレイドボスラッシュがあ……」
「お兄いぃ~?」
「あ、いや……」
少し釣り目がちな双眸で浩介を睨む。
鋭い眼光により拒否権は剥奪され、意に沿う言葉しか吐けなかった。
「明日、一緒に飲みに行きません?」
「よろしい」
尻尾を踏まれたトラのような目がふっと緩み、口元も少しばかり弧を描いて満足そうな笑みを浩介に見せる。
ほぼ強制に近いものだったが、新しい経験をするのは確かに悪くはない。
こんな風に誰かに手を引かれないと変われない人間だと自覚しているからこそ、こうして世話を焼いてくれる妹に感謝した。