#49_エンカウント(野盗)
ダガーが振り下ろされた瞬間、手首を掴んで背後に回り関節を決めた。
痛みに悲鳴を上げて、ダガーが零れ落ちる。
「いてええぇっ!離せ、離せっ!」
希望通りに体を解放して、背中をトンと押して仲間の元へ戻らせた。
その間に背後から足音を忍ばせて近づいてくる賊がいたが、聴力が強化されている浩介には意味がない。
足元に落ちたダガーを拾い上げようと屈んだ時、今が好機と賊が斧を振り被って襲い掛かる。
「死ねっ!」
斧が空を斬る音に素早く反応し、拾い上げたダガーを振り向きざまに斧へ投げつける。
音速に近い速度で投擲されたダガーが斧に打ち付けられ、重く甲高い音を打ち鳴らす。
「うおおっ?!」
その衝撃で体を仰け反り、斧を落として尻もちをつく。
傍で見ていた賊が落ちた斧に目を向けると、刃が砕けていた。
「は?」
賊のリーダーは仲間に檄を飛ばす。
「何やってんだ、てめぇら。たった一人だぞ。なにお行儀よく一人ずつタイマン張ってんだコラ。俺が気合入れてやろうか?」
「お、おおっ!」
半グレのリーダーっぽく話すのを見て、こんなところも二次元と同じなんだな、と妙な感心をした。
賊たちはリーダーの気合入れが恐ろしいのか、それぞれの得物を構えて浩介の視界を埋め尽くすように一斉に襲い掛かる。
繰り出される突きや振り下ろしを、後ずさりながら半身になったり屈んで避ける。
そうしながら、浩介は思った。
「(目がすごく良くなってる。森の中で全力疾走して障害物を避ける訓練をしたおかげかな。しかし……相手に大ケガをさせずにこの場を収めるにはどうしたものか……)」
「な、なんで当たらねぇんだ!」
「コイツ、おかしくねぇかっ?」
「舐めやがって!腕まで組んでやがる!」
賊たちはリーダーによる気合入れがよほど嫌なのか、焦って攻撃が雑になってきた。
早急に浩介を始末できないのなら、やはり後に待っているのはリーダーによる仕置きだ。
賊たちは焦りながら矢鱈に刃を振るう。
少しずつ後退する浩介の背後に、いつの間にか二人の賊が待ち受けていた。
浩介に悟られないよう、背後の賊たちへアイコンタクトで意志を伝える。
それを受けた二人は、ジリジリと背を向けながら近づく浩介を注意深く窺う。
数秒も経たずに、浩介は背後の賊の刃が届く距離に踏み入ってしまった。
正面にいる賊が口を歪めて笑う。
「ん?」
その不敵な笑みが物語るのは何か。
嫌な予感に従って振り返ると、今にも浩介の背中をダガーで刺そうとしていた二人の賊が視界一杯に映った。
「死ねやあああっ!」
勝ちを確信した雄叫び。
鈍く光る刃が浩介の腹部に突き立てられようとしたその間際。
「くっ」
浩介は反射的に賊の肩を突き放した。
咄嗟の事で力の加減が出来なかった。
掌で何かが割れような気持ち悪い感触がすると同時に、賊は十数メートル吹き飛んで地面を転がった。
「あああああああっ!いてええええっ!」
肩の骨が砕けて地を這い悶え苦しむ。
殴り合いの喧嘩を一度もしたことが無い浩介は、初めて人に大怪我させてしまって狼狽える。
「あ、ごめん、こんなつもりじゃ……えっと、まずは手当をしないと」
その言葉を聞き、賊たちは怒った。
「んなことしといて、ごめんって何だよこの野郎!」
「人を舐めくさるのも大概にしとけやこらぁ!」
賊たちは怒りに身を任せて滅多矢鱈に武器を振い始める。
浩介も再び攻撃を躱していく。
「やめてください!もう怪我させたくないんです!大人しく帰ってください!」
「うるせぇ!黙って突っ立ってれば終わるんだよっ!」
「身内がやられてタダで帰れるわきゃねえだろうがよお!」
浩介の言葉に全く聞く耳を持たない。
地球であれば何を措いても怪我人の介抱が先。
いや、浩介が知らないだけで道を外れた世界では、今の賊たちみたいに仲間の怪我よりも落とし前をつけさせることが重要なシーンもあるのかもしれない。
相手が、仲間を助けるよりも敵を殺すことに重きを置くのであれば、もう気を遣う必要はない。
心の中の何かが温度を失くした。
後方へ飛び跳ねて、賊たちと大きく距離を取った。
その横には、両肩を砕かれて痛みにのたうつ賊と、ダガー。
それを拾って、賊たちの後方で馬上の人となっているリーダーと睨み合う。
「最初からこうしておけば良かった……俺自身の力じゃないのに粋がったから……」
賊のリーダーは浩介が棒立ちなったと見るや、配下を更に追い立てる。
「おっさん隙だらけだぞ、今のうちにさっさと仕留めろ」
命令されるまでもなくその気だった賊たちは、目を血走らせながら走り来る。
そんな賊たちに目もくれず、ただリーダーを見据えて息を軽く吸って、止めた。
隙ありと賊は躍り掛かった。
「往生せ――あ?」
鬼気迫った賊たちの目の前から、忽然と浩介は消えた。
その僅かあとに吹いた突風に目を閉じる。
辺りに視線を巡らしてどこぞへ消えた浩介の姿を探す。
「どこへ行きやがった!」
「隠れてねぇで出てこいやぁ!」
「腰抜け野郎は帰ってママにタスケテーってか?」
浩介は、罵声と挑発で炙りだそうとしている賊の背中を、離れた場所で見ていた。
その横には、
「もういい加減、暴力はやめてください。でないと、あなたの脇腹にこれが刺さる事になります」
襲い掛かってきた賊たちを高速ですり抜けた浩介は、リーダーの狩る馬の隣に立ってダガーを右脇腹に突きつけて脅していた。
居酒屋の迷惑客同様、一連の動きを誰も捉えることが出来ず、見当違いな方向を探している賊たちはまだ気付いていない。
リーダーは多少混乱はしたものの、浩介の脅し文句を聞いて余裕を取り戻した。
「それで脅したつもりか?人間一人殺しそうになっただけで取り乱すヤツが刺せるわけねぇだろうが。とっとと死ねよ」
脅しをまともに取り合わず、浩介の頭蓋を斧で叩き割らんと振り下ろした。
しかし、目の前には既に浩介の姿はなく空振る。
「ちっ、またか。妙な技使いやがって」
言葉を吐き捨て浩介を探そうと首を回した瞬間、リーダーの真後ろで声がした。
「そうですか、分かりました」
体を捻ろうとしたが、馬に跨っているせいで上手くいかなかった。
襟元を掴まれて馬上から引きずり降ろされた。
「ってぇなクソがっ!コソコソしやがって」
離れた場所で浩介を探していた賊たちは、ひと際大きく悪態を吐いたリーダーに気付く。
彼らの畏怖の象徴たるリーダーが、手を地に付けている。
その姿を見て、揃って我が目を疑っているのが遠くからでも見て取れる。
リーダーは目の前に立つ浩介を睨みつけ、気怠そうに立ち上がる。
「よくもこの俺に恥をかかせてくれたなあ。もう楽に死ねるとおもっ」
言葉も途中にリーダーが浩介に向って踏み出した瞬間、よく鍛えられた腹部にとてつもない衝撃が走り、吹き飛んだ。
「ぐふうううううっ!」
掌底を打ち込んだ浩介は、追撃のために吹き飛んで仰向けに倒れているリーダーに神速の如く接近する。
またもや右手で襟を掴んで強引に立ち上がらせると、掴んでいた大の男を賊たちのいる方へ勢いよく投げつけた。
「ぐああ!っ」
「んぐうっ!」
人の体が飛んでくるという有り得ない光景を前にして、避ける事も受け止めることもできずに数人がなぎ倒された。
浩介は次に、地面を転がっている最中のリーダーに追いつくと、彼の両足を持ち上げてジャイアントスイングし始めた。
「て、てめぇ、何をする気……だああああああっ?!」
「ちょ、おいこっちくんじゃあああああああっ!」
「に、逃げっええあああああああっ!」
「ば、バケモおおおおおおおおおおっ!」
そのまま賊に近づいて触れたものを次々に吹き飛ばしていく。
あっという間に賊は全員倒れ、浩介はリーダーを放り投げた。
賊たちは蹲って痛みに悶えていた。
そして雑に投げ出されたリーダーは、白目を剥いて泡を吹き、ピクリとも動かなかった。
「……えっ、ちょっ、まさか死んでない、よね……?」
最悪の事態を引き起こしてしまったかと焦り、急いでリーダーの元へ駆け寄って手首の脈を測る。
「……ないっ?!……あ、測る場所がずれてるかもしれない、心臓だ、鼓動を確かめよう」
横たわる体の胸部に耳を当てて、鼓動を探る。
ドクン、ドクン。
心臓は脈打っている。
「よ、良かったぁ。本当に良かったああぁ」
人殺しの恐怖から解放されて、へたりとその場に座り込む。
安堵による放心状態が一分近く続いた後、やっと思考できるようになった。
賊たちはリーダーと違って意識はあったが、その間誰一人として浩介に襲い掛かる者はいなかった。
そんな賊たちに向けて、お願いをする。
「申し訳ないんですけど、後でこの人の介抱をお願いします。それと、化け物がいるこんなご時世なら、襲う側じゃなくて護衛する側の方が稼げると思いますよ?それでは、失礼します」
「……バケモノはお前だろ」
賊の呟きは届かなかった。
それから浩介は疾風の如く走り去り、先に逃げてもらった行商人と合流した。
その際、行商人が疾走する馬車と並走する人間を見て絶叫をしたのは言うまでもない。
それからは何事もなく無事に目的地、レイジットの門を潜り抜けた。
道路の幅は広く、露店がそこかしこに出店している活気のある街だった。
馬車はとある大きな建物の前で停まった。
「悪いが、ちぃとここで待っててくれ。商会で帳簿付けてくるからよ。報酬はその後に渡す」
「了解です」
手持無沙汰になったので周囲を見渡す。
色とりどりの果物が台に並べられた露店、丁寧にアクセサリを並べている露店、何かの肉の串焼きの露店。
「そういえば、この世界の食べ物って昨日分けてもらったスープと干し肉しか知らないんだよなぁ」
今は時間的にも昼近くなので、報酬を貰ったら目の前の果物と串焼きを買おうと思ったが、寸前である知識がふと呼び起された。
「今更だけど、この世界の食べ物って……異世界人の俺が食べても平気なの?」
黄泉戸喫。
死の国の食べ物を口にしてしまうと、二度とこの世には戻れないという日本神話の逸話。
昨晩口にしてしまったのでもう取り返しは付かないのだが、本当の所を聞かずにはいられない。
耳に装着した無線機で自衛隊と連絡を取ると、すぐに返答があった。
「あー、ほとんど私たちの世界と同じ成分で構成されてますので、召し上がっていただいても問題はありませんよ」
すごくほっとして通信を切った瞬間、後ろから声を掛けらた。
「おぬし、ちと良いかの?」
振り向くと、身長が150センチくらいで全身を濃い紫のローブで包んで口元も布で覆い、目元しか露わにしていない女性が立っていた。
「……何か?」
どこからどう見ても怪しい人物に警戒する。
刺すような目を向けられても意に介した様子もなく、マイペースに話を続けた。
「いやなに、おぬしの纏う色が気になっての。わしは見ての通り占いを生業にしておる。占わせてくれんか?」
「……えぇ~」
怪しい勧誘は相手にしてはいけないとは、元の世界の常識である。
半目になり嫌悪感を表現するが、それでも人の好い浩介は真面目に相手をしてしまう。
「でも、法外な料金取るんでしょ」
「いやいや、金は一切いらん。ただ、わしが個人的に占ってみたいだけじゃ。まぁ駄目と言われても勝手に相を見させてもらうがの」
快活に笑って我が儘を言う声は、言葉遣いこそ古めかしいが艶も張りもあって若々しい。
目元しか見えないので、結局のところ女性の年齢は不詳だが。
ここまであからさまに怪しい人物に会った事のない浩介は、勝手に占われると聞いて危機感を覚えた。
「いや、やめてください。勝手に占って、後で高額な料金支払えとか怖い人たちが訪ねて来るなんてのはいやです」
「だーかーらー!そんな事は一切せんと言っておろうに。もういいわ、既に占い終わってるでの」
「はいいっ?!」
もう占いが完了していたとは寝耳に水どころではなかった。水晶やカード、手相などで占うと思っていたが、道具の一つも出さずに終わるとは。
浩介の中の占い師のイメージが音を立てて崩れた。
そして勝手に自称:占い師は勝手に結果を告げる。
「おぬし、あれじゃな、女難の相が出ておるな。それが色恋か交友関係かは知らんが。あと、あれじゃな、仕事でも色々とありそうじゃ。あとは、あれじゃ、他の人には出来ぬ事をしそうじゃ。
うむ、そんなところじゃな。これ以上の詳しい話となると料金が発生するが……」
チラリと上目遣いで浩介へねだる。
占いの内容を聞いてしまえばどうという事はない、よくある好奇心を刺激して料金をせしめようとする類の常套句だった。というか、何も言ってないに等しい。
誰にでも当てはまる内容を、さも占いで見通していると信じ込ませ、これ以上の詳しい内容は有料ですという話。
「それ、誰にでも同じような事言ってますよね。それに俺に限って女難とか有り得ませんよ。この年になっても浮いた話の一つもないんですから。こんなおっさんにときめいてくれる女の人なんてもういませんよ」
「あ、諦めるのが早いのではないか?」
あまりに浩介が自分を卑下するので占い師は僅かに狼狽えた。
だが、そんなのは知ったこっちゃない。
「俺が結婚とか彼女とか作れる魅力的な男だったら、もう既にいい人の一人や二人いますよ。でも、この年まで一人もいなかったって事は、そういう事ですからね。
じゃあ、あれですか、あなたが誰かいい人紹介してくれるんですか?」
「あ、い、いや、それはちと……」
「なら無責任に女難だとか言わないでください。その言葉が非モテ族の心をどれだけ深く抉ったか分かりますか?
例えるなら、金持ちの家の子供が貧しい家の子供に対して、お年玉これしか貰えなかったぜ~って上から目線で言うようなものですよ。
世の中お年玉もらえないほど苦しい家庭もあるのに、くだらないマウント取りが人を傷つけてしまうこともあるんですよ。
まぁ子供なら仕方ないかって許容できますが、大人になっても同じような事をいう人がいるから嘆かわしい。滅びればいいのに。ああ、話が逸れましたね。
つまり、誰にでも彼氏彼女がいる、いたとかを前提にして話をしないでください。世の中、色んな人がいるんですよ」
「わ、わかったから、少し落ち着け」
自称占い師は、段々とヒートアップしていく浩介を両手で宥める。
浩介は少し乱れた呼吸を整え、己の失態を顧みた。
「すみません、少し興奮して言い過ぎました」
「い、いや、おぬしの云う事も至極真っ当な意見じゃ。まぁ、多分に私情が含まれていたが」
「あぅ」
「じゃが、おぬしの人となりを知れたわ。捻くれている部分はあるが、根は真っ直ぐなようじゃな」
「……素直に喜べないんですが」
自称:占い師は呵々と笑い、この邂逅を切り上げる様子を見せ始めた。
「さて、そろそろおぬしが待つ御仁も戻って来る頃合いじゃろう。付き合うてくれた事、感謝するぞ。もし縁があったらまた会うじゃろう。ほれ、噂をすればなんとやら。行くがよい」
促された先を見ると行商人が建物から出てきたところだった。
振り返ると、占い師は背中を見せて歩いて去って行く。
彼女は一体なんだったのかと首を捻るが、考えても栓無い事なのですぐにやめた。
気を取り直して行商人の元へ行くと、彼は報酬の入った小さい麻袋を手渡した。
中身を確認すると、契約通り日本円に換算して計7万5千円分のコインが入っていた。
空になった麻袋を返そうとしたが、それも受け取れと言われた。
この世界の財布をゲットだぜ。
ついでに次の仕事にあたりを付けるため、行商人から護衛が必要な人間がいないかと情報を聞き出してから別れた。
得た情報だと、どうやらまたメリーズに戻る事になりそうだ。
浩介と別れた後に占い師は一回だけ振り返り、神妙な顔つきで呟く。
「何故アレが……もう浄化を終えたというのじゃろうか……それとも、主様が?」




