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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
48/234

#48_行商人の護衛


 翌日。

 さっそく行商人が隣の街へ向かうと言うので、待ち合わせ場所の宿屋前に待機していた。

 所在なさそうに宿屋のホールを覗いたり、土産物屋の軒先の商品を見たりとしていると、行商人が宿屋の入口から姿を現した。



「挙動不審すぎだろう……」


「あ、どうも、おはようございます」



 挨拶を交わし、路上で早速本題に入る。



「で、俺らがこれから向かう先は、ここと王都の間にある第3地区のレイジットだ。にいちゃん、他に仲間はいたりするのか?」


「いや、俺一人です」


「そうか、なら馭者台に乗りな。それにしても、一人で本当に大丈夫かね……死角からやられたらたまったもんじゃないんだが」


「こう見えて人より何倍も耳も良くなるので、少し離れたところからでも弓の弦の音に反応できますよ」


「耳も良くなるって、変な言い回しだな。普段は良くないみたいじゃねぇか」


「あはは、そうですねー」



 浩介は苦笑い誤魔化す。

 明らかに怪しいが、行商人もそういう類の人間には慣れているようで、あっさりと退いた。



「そうか、俺としちゃあ物が運べればそれで充分だ。それで報酬の話だが……」



 行商人護衛の報酬の相場が分からなかった浩介は、まずはその金額を聞いた。

 その額がどれほどのものか測るため、宿屋の宿泊費用、食堂での食事代から大まかな金銭価値の基準にあたりを付けると、


 銅貨=百円、銀貨=千円、金貨=一万円


 と見て良さそうだった。

 銅貨以下の通貨がなさそうなので、100分の1で換算しても問題はないだろう。

 行商人から提示された基本報酬額は、金貨五枚。つまり五万円。

 敵の撃退毎に、追加報酬として金貨二枚と銀貨五枚。二万五千円が上乗せされる。

 予定では二日間の行程で、これから出発して明日の昼過ぎに到着予定。

 夜は野宿。

 そのプランで承諾すると、すぐに出発となった。

 町中を通り抜け、入って来た時とは反対側の門を通り抜ける。

 宝石に触れて、臨戦態勢を整えておく。


 町の外には草原が広がっており、数本の道がそれぞれ独立した蛇のように伸びていた。

 その中の一つを、浩介と行商人を乗せた馬車が通る。

 車よりも数倍乗り心地が悪い。更に、馭者台は木製でクッションがない。

 道路も雑草を排除しただけで平らではなく、車輪もゴム製ではなく鉄のような物で出来ていた。

 その上、衝撃を吸収するサスペンションも無いおかげで衝撃がダイレクトに臀部に襲い掛かる。

 浩介は光の膜で防御されているので気にならないが、生身であるはずの行商人も顔色一つ変えない。

 尻は鉄で出来ているのだろうか。



「そういえば、もし道中に骸骨の化け物が出たらどうするんですか?」


「ああ、あいつらか」



 手綱を握って前を見ながら、何でもないという風に答えた。



「ケツ捲って逃げるんだよ。積み荷ほっぽり出して、馬で逃げる」


「だ、大丈夫なんですか?」


「何でか知らんが、あいつらは荷物に目もくれずに人間を追ってくる。動きもそんなに早くないから、馬で簡単に逃げ切れる。んで連中を上手く巻いたら、荷物を取りに戻ってまた移動する。

 荷物を取りに戻ったら野盗に盗まれちまってたって事もあるが、まぁその時は運がなかったと諦めるしかないな」


「なかなか割に合わない気がしますが……」


「死ぬよりかはマシだろ。それにこの仕事は、それを加味してもそこそこ稼げるしな。特に、武器なんて適切な時期に適切な場所で売れば、一財産築ける」


「でも、野盗が多くなった原因って食べ物を買うお金が無いからですよね。だったら、どうしてすぐに食べられる物を狙わないんでしょう?」


「盗んだ物を他国に売るのよ。奴らは商人手形がないから正規ルートじゃあ売り捌けないが、どこの国にも闇ルートってのがあるもんでな。その伝手だろうさ」


「なるほど……」



 どこの世界も同じなのだとしみじみ感じ入っていたら、今度は行商人の方から質問があった。



「にしても、にいちゃんの服って変わってるよな。一体、どこで手に入れたんだ?素材も俺の知らない物みたいだし、なんかあの草叢模様の人らの物と近い感じがするんだが……」


「ま、まぁ、それも内緒という事で」



 またも苦笑いで躱し、その後は特に会話が弾む事もなく時間が過ぎた。

 日も暮れた頃、少し道を外れた場所で野宿することとなった。


 近くの川辺で焚火をして暖を取り、食事をした。本日の夕食は、乾燥した木の実のスープと干し肉。

 スープは辛みのある植物をすり潰して湯に溶かしていた。味は非常に素朴で、良く言えば、素材の味を活かしている。

 素直に言うと、唐辛子のような辛みのあるお湯に木の実が浮いているスープ。

 化学調味料や人工甘味料がふんだんに盛り込まれた日本の食事に舌を慣らされていたため、物足りなく感じてしまう。

 だが、慣れ親しんだそれらはすべからく体に毒である。

 せっかく体に優しい食生活を送っている異世界の人に、その存在を教えてしまうのは気が引ける。

 それが引き金となって、異世界同士で物流が行われてしまったなら、この世界の人々の体は狂ってしまうだろう。

 異世界転生アニメでは、よく醤油の製造で料理の世界に革命を起こしていたが、それは元の世界と交易がないからこそ躊躇なく実行出来るのであって、往来が可能な状況では安易に地球の情報を巷に流すのは危険だ。

 無自覚に毒を流布させるだけでなく、バタフライエフェクトでどのような結果が齎されることか。



「(この世界の人の健康の為、地球の食べ物の事は黙っていよう)」



 これがもしライトノベルだったなら、さぞかし読者にがっかりされるだろう。それでも、人の命には代えられない。


 後日に判明する事実だが、ここまで味気なかったのはただ単にこの行商人が味に無頓着なだけで手抜きをしたがためだった。

 この世界の料理は地球のように刺激が強かったり無駄に味が濃いわけではないのだが、素材の味が良く活かされて普通に美味しい。

 それを浩介が知るのは少し先の話である。


 食事を済ませると、行商人は荷台から毛布を取り出して、一つを浩介に渡した。

 野宿した事が無いと知ると、毛布を掛けるもよし、敷くもよしと教えてくれた。

 布団でしか寝た事のない浩介は、迷わず毛布を敷いた。

 それでも、硬い地面の感触と小石の出っ張りは覆い隠せず、眠るのに時間がかかった。

 そして行商人は眠る前に、慣れた手つきで周囲の木々の根元近くに蔦を引く。

 蔦には鈴を付けて、近づく者があれば反応する簡易警報装置を設置してから火を消し、それから眠りについた。


 幸い、その警報装置が仕事をしないまま朝を迎えた。

 払暁、目を覚ました二人は川で顔を洗うと、朝食を摂らずに移動を開始した。

 このまま順調にいけば、あと数時間で目的地に到着するらしい。

 あくびを噛み殺しながら馭者台で揺られていると、強化された浩介の耳に数頭の馬が走り迫る音が聞こえた。



「これ、野盗でしょうか?」


「何か聞こえたか?」


「後ろから馬が……七頭ほどかな?」


「スピード上げれば逃げ切れそうか?」


「いや、無理でしょう。積み荷がある分、向こうが速い」


「それもそうか。すまんが、対処を頼めるか」


「もちろん。そのための護衛ですから」


「あと、先に謝っておくが……負けると思ったらにいちゃん置いて逃げるけど、いいな?」


「あ、なるほど。その手がありましたね」


「あ?」



 この非常時に何を考えているのかと訝しまれた。

 その間にも賊は迫り、行商人の目にも賊が手にした得物が見える程に近づいていた。

 そして、賊が駆る空っぽの荷馬車に乗った賊から矢が射かけられ、すぐ横の地面に突き刺さった。



「ひっ!」


「これは悠長に構えてる場面じゃないな……俺、馬車から降りますけど、そのまま走ってください。仕事終わったら追いつきます。あと、ずっとこの道走ってますか?」


「あ、ああ。レイジットはこの道の先だからな……追いつくって、あんちゃん何を」


「もちろん、護衛の仕事ですよ。あと俺、足速いんで。ほら、もう賊がこんなに近くまで。じゃあ行きますね」


「あ、おい!」



 行商人の返事を待たずに馬車から飛び降りる。

 慣性で体が前の方へ流されそうになるが、体を横に向けて両手を地面に付けて耐える。

 その命知らずな行動を見た賊は浩介の前で馬を止め、顔を見合わせて嘲笑したあと、賊のリーダーらしきスキンヘッドの男が両脇の仲間に、あの馬車を追いかけろと指示した。

 指示を受けた賊はニヤつきながら威勢よく馬を走らせ、浩介を無視して横を通り過ぎようとした。

 が、浩介は足元にあった小石を二つ手に取ると、通り過ぎようとした賊の一人目掛けてキャッチボールするみたいに軽く振り被って放った。

 賊の腕に命中した小石は、容赦なく肉を割いて骨までめり込む。

 衝撃と激痛で、堪らなく馬から転げ落ちた。



「あがああっ!」



 操縦者がいなくなった馬はゆっくりと歩みを止めて、少し離れた場所で待機した。

 賊の悲鳴が響き渡っている最中、行商人の後を追っているもう一人の賊に向けて、もう一投。



「つああああっ!」



 左肩に当たり、その者も馬上から転げ落ちた。

 それを目にした賊のリーダーが、斧の柄で肩を叩きながら浩介を睨んできた。



「おいおいおいぃ、てめぇ俺の大事な仲間に何してくれてんだよぉ。ブチ殺すぞ?」


「いやいやいや、これ見よがしに武器チラつかせて迫ってくれば、これくらいされても普通文句は言えないでしょ」


「あぁ?んな事はカンケーねぇんですわ。こっちは何もしてねぇってのに、いきなり喧嘩フッカケてくるって覚悟出来てんだろうなぁ、おい」


「だって、あのまま放置してたら絶対に馬車襲ってたでしょ」


「おいおい、俺たちゃ善良な一般人だぜぇ?見てくれで疑ってんじゃねぇよ」


「それじゃあ、怪我させた人には後で慰謝料払いますので、馬車が目的地に付くまでここで待っててください。それで疑いは晴れますから」



 リーダーは面を空に向けると、投げやりに呟いた。



「あ~あ、面倒くせぇなぁ、コイツ。やっちまえ」


「おうっ!」


「やっぱり野盗じゃないですかー!嘘つきっ」



 浩介は批難ツッコミせずにはいられなかった。

 野党たちは下卑た笑みを浮かべながら馬から降り、手には斧やダガー、メイスが握られている。

 下卑た笑いをする頬の筋肉は盛り上がり、目の輪郭が半月状に嫌らしく歪み、瞳孔は開いて瞳は濁っていた。

 人を嬲る事を何とも思わない人間とは、こういう目をしているのか、と変な知恵が付いた。

 小石を当てられ手負いとなった賊も、挟み撃ちするように浩介の後ろから殺意を漂わせて近づく。

 始めに躍りかかってきたのは、正面にいたダガーを持った賊だった。



「っしゃらああっ!」



 奇声のような声を発して、浩介の顔面を狙って斬りつけてきた。






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