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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
42/234

#42_使命の放棄と代替


 浩介たちが帰還したという報せを仮設の執務室で受けた芳賀は、一つ息を吐いた。



「これでようやっと日本の手札が一枚増えたが、もう一枚のカードは果たして手札になり得るのかどうか……」



 芳賀は理津に対して一抹の不安を感じた。

 宝石の適正者として異世界に来てしまった時点で、いくつかの制約が付随してしまう。

 大雑把に括るなら3つ。


 一つ目は、エクスドールを用いて戦う事。

 二つ目は、異世界での職責を放棄した場合、地球で監視されながら生活を送る事。

 三つ目は、本来の職責を放棄し異世界に留まる場合、戦闘以外で隊や日本に貢献する事。


 もし理津が戦力として当てにならないのであれば、二つ目と三つ目のどちらかを選んでもらわなくてはならない。

 その三つの選択肢は、日本国籍を取得している場合に選べる道。

 仮に国籍を捨てたなら四つ目の選択肢が出現し、即座に行使される事となる。



「まずは、話し合わなくてはならないな」



 目を伏せた後、キャンプ地内で使用している無線を手に取った。











 理津が戻って来た後、浩介たちはこれからお世話になる仮設住宅に向かった。

 外見は小さくとも立派な二階建ての一軒家で、とても簡素に作られているとは思えないほどだ。

 もちろん門構えや垣などはないが、全ての窓にはきちんとカーテンが敷かれているので何も文句はない。

 木目調のドアを開けると、一般的なアパートよりも一回り広い上がり口があり、上がって右手にユニットバス、左手に上階へ続く階段、正面にリビングが見える。

リビングの右にキッチンがあり、その反対側に部屋が1つ。

 二階は部屋が三つあった。

 浩介と理津の荷物は運び込まれてリビング置いてあった。

 一足早く帰っていた父親は、フローリングに敷いたクッションに尻を押し付けながら、何やら書類を眺めていた。

 浩介たちがリビングに入ってくると、父親が振り返って言う。



「おう、おかえり」


「ただいま。何見てるん?」



浩介が後ろから紙を覗こうしたが、言葉で遮られてしまう。



「まあ、まずは荷物を片付けて来なさい。落ち着いてから話そう」


「あ、うん、わかった」



 浩介と理津がリビングに置かれた荷物を持つと、葉月から声がかかった。



「二人とも付いてきて。二人の部屋は二階だから」



 三つある部屋の内装や広さは全て同じで、部屋選び戦争の火種は排除されていた。もう三人とも子供ではないので起きるはずもないのだが。

 適当に自分の部屋を決めると階下へ行き、浩介は父親と話の続きをすべくリビングへ戻る。

 葉月の部屋から理津の声が聞こえた。特に話すべき用事もなかったので通り過ぎる。

 その間に母親はキッチンで何やら料理し始めたようで、一階に下りると砂糖と醤油を煮た甘い匂いが香ってくる。

 父親の近くに腰を下ろすと、再度問うた。



「で、何、それ?」


「ああ、この世界で出来る仕事の一覧だ」



 そう言って、内容を浩介にも見せるように床に紙を広げた。

 まじまじと目で文字を追い、内容を確かめる。



「えーっと、洗濯と炊事に掃除、運搬作業、設営作業、会計補佐、環境調査、看護師にトラップの補修作業補助……親父、どれも苦手そうじゃん」


「そうなんだよな。もうこの年だと重労働は腰をやってしまうだろう?会計や看護師みたいな知識は無いし、そうなるともう炊事洗濯か環境調査しか残っていない」


「うーん、環境調査って何やるのか分からないけど、イメージ的にそれなら出来そうだね……あれ?これは」



 1行下に書かれてある文字を読み、その仕事内容がどういったものか一瞬考える。

 紙に書かれてある内容の大筋は頭に入っているのか、父親は浩介にどの仕事かを聞くことなく答えた。



「ああ、一番最後のはどう考えても向かないだろうな。ついこの間、お前たちとやりあったばかりだからな」


「あー、だねぇ……近隣住民との交渉役は向いてないよねぇ」


「はっきり言われると、それはそれで辛いものがあるぞ」



 その時、家の中に来客を知らせるベルが鳴った。



「おや、誰だ?」


「いや、自衛隊の人しかいないでしょ」



 父親が腰を上げて玄関へ向かって、ドアを開ける。

 浩介はリビングで胡坐をかきながら体を捻って見ていた。



「何かありましたか?」


「成海理津さんはいらっしゃいますか?」


「ええ、先ほど戻られたばかりですが」


「芳賀二佐がお呼びです。申し訳ありませんが、お呼びいただいても宜しいでしょうか」


「……わかりました、少々お待ちを」



 父親は二階へ上がり、理津を連れて来た。

 そのまま自衛官は理津を連れて行った。

 何も言えずに理津を見送る父親と浩介。

 振り返った父親と目が合うと、互いの目に少しの不安が見て取れた。

 呼び出された理由に心当たりがないわけではない。十中八九、今後の振舞いについてだろう。

 帰るか、力を手にするか。

 浩介はあの空間でその身に起きた事を思い出すと、自然と口が歪み、言葉がついて出た。



「あんな思いするのは、俺だけで十分だ……」



 その弱弱しい呟きは、野菜と肉がフライパンで炒められる音で掻き消された。











 芳賀の前に立った理津は、どうして呼び出されたか予想はついていた。

 むしろ、それしか思いつかない。

 親に叱られる子供のように肩を縮こませ、芳賀の言葉を待つ。

 芳賀は椅子に座っており、理津とは事務机を挟んでいる。

 理津の脇にもパイプ椅子があり、芳賀は座るように勧めた。


「ご足労頂いて申し訳ありません。まずはお掛けください。……その様子だと、何の話か見当が付いているのでしょう。前置きは省いて本題に入らせていただきます」



 固唾を呑み、目を伏せる。

 芳賀は机の上で両手の指を組んで、理津を真っ直ぐに見据えた。



「成海理津さん、今後のここでの生活についてですが」


「……」



 理津がここに連れてこられるまでの間で、頭の中でシミュレーションしていた通りの言葉だった。

 分かっていた事だが、いざ実際に言われるとやはり怖くて心臓が破裂しそうなほどに脈打つ。

 無意識のうちに両手を力一杯握っていた。


 芳賀とて好き好んでこのような話をしているわけではない。

 仕事の上で部下に峻厳な態度を取り、憎まれ役に回る事は割り切れる。

 しかし部下でもない協力者に対して、そのような言葉を突きつけるのはとても心苦しい。

 この先も異世界に留まりたいのなら、国民の血税を使って異世界にいる以上はどうしても避けては通れぬ話し合いだ。

 心を鬼にして、理津に今後の道を提示する。



「働かざる者、食うべからず。与えられた力で我々と共闘していただくか、辻本一家のようにここで仕事に従事されるか、地球に戻られるか。いずれかを選ばなくてはなりません」



 決めるには時間があまりにも無さ過ぎ、答えに詰まる。

 ショックで思考が全くまとまらないというのもある。

 それが起因となり、ぐちゃぐちゃな感情が湧き出た。

 双眸が芳賀の顔を捉え、今にも泣きそうな顔で訴える。



「……どうして……どうして、私が、私がこんな目に合わないといけないんですかっ!」


「成海さん?」



 まざまざとと困惑と怒りの感情をぶつけられて、芳賀は眉を顰める。



「私が何をしたっていうんですかっ!こんなことになってるって、そんな話聞かされて、それで断ってももうずっと監視されるって言われて……おかしいじゃないですか!

 それに、ここに残ったとしても、陰口に耐えられるほど、私、強くない……」



 芳賀は黙って理津が喋るままにし、どう伝えるべきかじっと考えた。

 そして、話し始めた。



「貴方の境遇には同情を禁じ得ません。いきなりプライバシーを奪われるか、死地へ赴くか選べと言われるなど、理不尽でしょう」


「だったらっ」


「ですが、全てを承知の上で貴方は自ら決断した。二つの選択を天秤に掛け、監視の目が嫌だという理由でこの場所へ来る決心をしたのではないしょう。

 何に拠ってここへ来る決断を下したのか私は存じ上げませんが、決して軽いものではないはずです。今一度、落ち着いて考えてください」



 理津は思い出す。決意した理由を。

 すると、一瞬口の端が笑った。

 すぐに落ち着いた表情に戻ると、芳賀に向って言い放つ。



「私、そんな大層な理由でここに来たわけじゃありません。家族はもういないし、私はこんな性格だから友達なんて一人もいないどころか、会社ではいじめられてました。

 そんな私の唯一の楽しみが、あのゲームだったんです。でもまさか、そのゲームも私を追い詰めるとは思いませんでしたけど。

 もう何の為に生きているのか分からないまま生き続ける事と、死ぬかもしれないけど新しい環境に身を置く事。私はその二つのどちらかを選べと言われたんです。

 芳賀さん、あなたなら、どちらを選びますか?」



 絶句した。

 まさか、そんな孤独な環境で生きていたとは露にも考えなかった。

 これでは芳賀が理津に掛けた言葉は、何一つ心に届くわけがない。

 所詮、人並みの苦労しか経験していない人間の薄っぺらいご高説にしか聞こえていないだろう。

 安易に同情するなどと憚った己の失言が悔やまれる。

 理津への返答に窮していると、泣きそうな顔をしながら答えを催促する。



「芳賀さん、教えてください。あなたなら、どちらを選ぶんですか?私は、どちらを選べばよかったんですか?」


「それは……」



 芳賀は真剣に、もし己が理津の身の上だったらどうするか。

 それを踏まえて下した決断はどちらか。

 そして、理津に出来る事は何か。



「……私も、成海さんと同じ結論に至ったでしょう。どこも敵だらけの世の中で生きるのは、辛すぎる。命を懸けることにリアリティを感じていなければ、もはや道は一つしかないでしょう。

 私の認識が甘すぎたようです。軽々と知った風な口を利いてしまい、申し訳ない」



 謝罪を言葉にして首を垂れ、理津ははっと冷静に戻る。



「す、すみません、ついカッとなってしまって……私の人生がどうのと言われても、関係ない事なのに……」


「い、いや、そんな事はない」



 怒っていたかと思えば急に泣きそうになったり、かと思えば恐縮したり。

 この情緒不安定はこれまでの人生の負の産物かと思うと、話し合いを始めた時とは別の心苦しさを感じた。



「しばらくは辻本さんのご家族と一緒に何か手伝いをしてみるのも良いでしょう。

 それと、部隊内で風紀を乱す兆候を見せる人間が出ないよう、信の置ける者に目を光らせるよう通達しておきます。これは、成海さんの事がなくとも実行する予定でしたので、気になさらないでください」


「す、すみません……」



 そう言って、芳賀は理津を帰した。

 執務室の椅子の背もたれに体重を預け、天井をぼんやりと眺めながら、呟いた。



「これは心理カウンセラーの人員要請を出すべきか?」






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