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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
40/234

#40_初陣


 数メートル飛んでは着地に失敗して転びを繰り返し、多少は制御のコツを掴み始めた時には敵はもう目前だった。

 とはいえ、どうにか上手く着地出来るようになったくらいで、戦えるくらいに慣れたわけではない。

 そういえば敵の情報を何も知らない、と今更気付く。攻撃方法、攻撃速度、魔法は使うのか。

 浩介の想像はそれだけに止まらず、多数のアニメを見てきたが故の知識がさらなる不安を掻きたてる。

 読心術、精神汚染、攻撃の無効化。

 それが現実だったとしても、やらなければならない。

 悠然と大地から数十センチ浮いて向かってくる二体のゴースト。

 浩介との距離が五メートルという所まで近づいたとき、先頭にいるゴーストはぶらりと垂れていた右手を大きく頭上まで持ち上げて、しならせるように振り下ろそうとしていた。

 見た瞬間、まだゴーストの腕が届く距離ではないのにそんな動きをしてくる理由を察して、急いで右へ飛ぶ。

 直後、一直線に腕が振り下ろされた。



「くっ」



 咄嗟の回避で加減ができず、十メートルほど飛んで大地を転がる。

 今までで一番大きな衝撃だったがやはり怪我はなく、柔らかい布団の上を転がっているように感じた。

 どうにか攻撃は避けられたらしい。

 すぐに体を起こし、振り返ってゴーストを再び正面に見据える。

 ゴーストの落ち窪んで何物も映さないはずの眼孔が、浩介の姿をしっかりと捉えていた。

 不意に左側から土煙が流れてきた。

 そちらに目を動かすと、回避する直前に立っていた地面に巨大な鉤爪でひっかいたような鋭い亀裂が四本、地中深くまで入っていた。



「ぁっ……!」



 浩介の直感は正しかった。

 あのとき一瞬でも躊躇っていたら、見えない刃が浩介の体をスライスしていただろう。

 振り下ろし攻撃は、一度でもまともに受けたら即死。言葉を失う。

 もしかしたら光の膜が防いでくれるかもしれないが、どこまで効果があるのか分からないので当てにするのは危険すぎる。

 こうなってしまっては、奥の手を使わざるを得ない。

 浩介は左手を前にかざして叫んだ。



「くそっ、ステータスオープンっ!」



 風がたなびいただけだった。



「知ってた。俺知ってた。そんなアホみたいに上手くいくわけないって。でもさ、こういうのってまずは雑魚敵からなんじゃないの?」



 気軽に勝てるとまでは思わなかったものの、初戦がまさか一撃が即死級の化け物だとは露ほどにも想像していなかった。

 ゲームやアニメのセオリーでは序盤の敵は弱く、肩慣らし程度に設定されている。生粋のオタクである浩介は知らず知らずの内にそれが常識であると思い込んでしまっていた。



「いきなりボスクラスとか、この世界の設定間違ってるだろ……」



 当惑する浩介に対して、ゴーストは中空を滑るようにして距離を詰めていく。

 とにかく、あの攻撃の射程に入ってはいけない。なにより、冷静になるための時間が必要だ。

 ゴーストとの距離を一定に保ちながら、思考を落ち着かせる。

 飛んだあとは転んで敵を見失わないよう、着地時は手を付いて体勢を安定させる。

 それを幾度か繰り返して気持ちに余裕が出てくると、攻撃を仕掛けてこなかった方のゴーストが視界に入った。

 それは、自衛隊の攻撃で肩に傷を負ったゴースト。

 そのゴーストは、浩介の知っていた常識から外れた行動をしていた。



「え、お前アンデッドじゃないの?!アンデッドが回復使えるなんておかしいだろ!……あ、いや、アニメにそういう主人公もいたか。っていうか、そもそもなんなのこの世界、帰りたい!」



 言う通り、手を当てた部分が光り輝いて骨が少しずつ再生している。



「ったく、どうすればいいんだ……?」



 これまで培ってきた常識がことごとく覆り、やってられるかと嘆きそうになる。

 ふと、ここに来ることになった原因のゲームが頭に浮かんだ。



「アークセイバーズ……レイドボス実装直後は、敵の動きを覚えるために何度も戦って攻撃パターンを覚えていったけど、ここでも通用…………駄目だ、あんなのが通常攻撃のヤツ相手にトライアンドエラーなんて自殺行為だ。攻撃を受ける前に倒す、これしかない」



 音もなくすうっと近づいてくるゴースト。

 じっと動かずに、傷を癒しているゴースト。

 一対多数の場合、最初に仕留めるのは手負いからというのが定石。

 現実の戦いではどうだか知らないが、少なくとも二次元の世界ではそれが兵法だと言わんばかりのセオリーだった。

 今はそれを信じることにして、奥で回復に専念しているゴーストをまずは仕留める。



「まずは、あの回復してるヤツを先に倒さないとな。回復しきったら二体同時に相手しなきゃいけなくなる」



 そうするならば、今の立ち位置が悪い事に気が付いた。

 まだ力加減の調整が上手くできない身は直線移動しか出来ず、この場所から奥の敵へ攻撃するとなると、手前の敵のすぐ脇を通り抜けなくてはならない。

 敵の反応速度が如何ほどか分からないため、すれ違いざまに斬られるという可能性も考えなくてはならない。

 浩介と敵の立ち位置が、線で繋いで正三角形の形となるのが一番理想的である。



「そのまま素直に倒されてくれるとは限らないけど……ね」



 回復しきらないうちに行動すべく、素早く位置を調整する。

 一回後ろに下がり、間髪入れずに斜め右前へ飛ぶ。

 力加減が上手くいかず、二等辺三角形になってはしまったがこれくらいなら問題は無いだろう。

 ゴーストは首の骨を軋ませながら髑髏を回し、穴の開いた目が浩介を見つめる。

 一呼吸で意を固め、刀を両手持ちにして脇構えを取り、重心を前に置いて腰を落とす。

 手負いのゴーストとの距離は六メートル弱。

 大地に爪痕を残した攻撃の射程に入っていてもおかしくはない。

 骨を軋ませながら、体全体が浩介へ向く。

 まだ手は肩に置かれたまま、被弾した方の腕も動いていない。



「(今しかないっ!)」



 今この時にも回復が終わるのではないかという不安を勢いだけで振り切り、目をかっと見開いて全力で大地を蹴る。



「ふっ!」



 浩介は動く前に、もしかしたら新幹線よりも速度が出るかもしれないと考えていた。

 ならば、敵を目で捉え続けるのは不可能。

 刀を振り抜くタイミングは、飛ぶと同時でなければならない。


 大地を蹴り、風の音が耳を震わせたと同時に、刀を左逆袈裟斬りに振る。

 目に見も止まらぬ速さで駆け抜ける最中、敵に刃が通ったかのような硬い抵抗を感じた。

 しかし、高速の動きの中で確認することは出来ない。

 飛んだ場所より十メートルほど先に、刀を振り抜いた恰好で大地を滑る。

 果たして刃は通ったのか、大地を滑ったまま左手を地面に付いて軸にしブレーキをかけ、振り返った。



「やったか!?」



 斬ったと思っていたゴーストは、変わらず肩に手を置いたまま浩介を見据えて、そこに佇んだまま。



「って、それフラグじゃん!ほらやっぱり倒せてないし……何でそういうトコだけ二次元なんだよ」



 悲嘆に暮れそうになった時、ゴーストの肋骨と骨盤の間、腰椎に切れ目が現れる。



「お?」



 身体を半分に分かたれたゴーストは、骸がガラガラと音を立ててバラバラになった。

 その後すぐに、対ゴースト弾で撃ち抜かれた時と同様に黒い粒子を放出して消えた。



「おおおおおおおっ!」


 

 これは浩介の雄叫びではない。

 遠くから聞こえるその歓声は、自衛官たちのものだ。

 振り返って応えたいが、まだ敵は残っているので油断できない。

 しかし、その鬨の声が浩介に勇気を与える。

 心に余裕ができて、先ほどの己の攻撃モーションを思い返した。



「なるほど、確かに高速移動しながらすれ違いざまに一閃、っていうのは武芸者のスキルにあったな」



 あの空間で言われた事とゲームのスキルを繋げられるくらいの平静は取り戻せた。

 目の前で悠然と近づいてくる最後のゴーストは、同胞がやられたというのに感情まで死んでいるのか動揺が一切ない。

 中空を移動しながら、再び右腕をすうっと振り上げた。

 浩介との距離はまだ十分にあるはずだが……。

 しかし、その予備動作をしたという事は、そこからでも届くという事なのだろう。

 一体倒して僅かに気が緩んでいた隙を突かれた。



「っ!」



 回避は間に合わない。

 光の膜が爪を受けきれるかも分からない。

 このままでは死んでしまう。

 ならば……。


 刀を先刻と同じように構え、ゴーストに向って力一杯跳躍する。

 同時に、ゴーストの腕も振り下ろされた。

 咄嗟に超速で動いたため、浩介自身も己がどんな動きをしているのか把握できていない。

 それでも刀に硬い感触が伝わり、真横にゴーストがいる事を感覚だけで知った。

 ほぼ同時に、ザクッと大地を抉る音が後ろで聞こえ、刀が骨を断ち切った感触が手に伝わる。

 ゴーストを斬っても跳躍の勢いは止まらず、大地を何十メートルも転がる。

 転がりながら外傷は無いかと確かめるが、どこにも異常はない。

 ようやく転がり終えた浩介は、辺りを見渡してゴーストを探す。

 二、三十メートル横にいたそれは、骨格標本が崩れる様な有り様を晒していた。

 砂時計のように骨が大地に落ちて、それは黒い粒子となって消えていく。

 今一度、己が身の無事を確認していると、遠くから先ほどよりも大きい歓声が耳に届いた。

 だが、まだ気は抜けない。

 敵が復活するかもしれないと周囲を警戒し、その気配がない事を認めてから戦いが終わったと確信した。

 緊張を解いた浩介が大きく息を吐くと同時に、体を覆っていた瑠璃色の光の膜は宝石へ吸い込まれて消えた。

 身を持て余す力の感覚も消え失せ、普段通りの体に戻ったと分かった。



「なんとか、無事に終わったみたいだな」



 胸を撫で下ろして、歓声を挙げる自衛官らへ振り返る。

 拳を天に突き上げ勝利を喜ぶ人たちの中で、俯いたまま浩介を見ようとしない理津の姿が目に映った。






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