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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
39/234

#39_痛みの代償は守るための力


 青い霧に触れると、触れた右手の指先に強烈な痛みが走った。



「ぐあああああああああっ!」



 無数の針に刺されたような感覚。

 青い霧は、浩介の指先へ吸い込まれるように消えていった。

 気が狂いそうな程の痛みはじわじわと指先から手、腕、肘、二の腕へと浸食していく。

 激痛の走る右腕を庇うが、そんな事で痛みが緩和されることは無く、それでもなお右腕を押さえ

続ける。

 この世の物とは思えない痛み。

 死んだ方が遥かにマシだ。

 今すぐ殺してくれと思った。

 だが、ここには介錯をしてくれるような存在は一人もいない。

 舌を噛み切ろう思っても、悲鳴を上げる口が閉じられない。

 右腕を支配した激痛は、綿に水をしみこませるように右半身に浸食し始めた。



「ああああああっ!」



 大きく仰け反り、倒れてのたうち回る。

 口が裂けんばかりに大きく開く。

 それを最後に絶叫は止み、その後に喉から漏れるのは声にならない悲鳴に変わった。

 もはや何かを考える余裕すらなく、正気を失いかけていた。

 それでも浸食は止まらず、右半身が完全に支配されると今度は左半身へ凶悪な触手が体の内と外を撫でまわし始める。

 顔面、頭部にもそれは及び、ついには脳にも浸食してきた。



「あ、あ……あ……っ……あ、あ……」



 口から泡を吹きながら白目をむいて、気を失いかける。

 完全に意識が落ちる寸前に激痛が全身を支配した途端、役目を終えたとでも言わんばかりに激痛は一瞬で嘘のように体から引いた。



「あっ……あ……あっ……っはっ……」



 だが、気絶しかけていた意識は戻らない。

 口元と鼻からは体液が垂れたまま、死体のように横たわる浩介。

 辛うじて痛みを乗り越えた彼に、賞賛の声がかけられた。



「貴君なら乗り越えられると信じていた」



 その声が鼓膜に届くが、脳がそれを言葉だと認識できるほど回復していない。

 だが、まるで聞き届けたようなタイミングで気絶するように眠りに落ちた。









 眠りから目が覚め、少し重い瞼を開くと、そこはまだ不思議な空間だった。

 だるさの残る体をゆっくりを起こし、その場で軽く胡坐をかく。そして、少し頭を整理する。



「宝石に触って、この空間に飛ばされて、自キャラと会話して、青い霧に触ったら死ぬほど痛かった……」



 まだ脳は覚醒しきっておらず、半分ぼうっとしながら声にしながら思い返していく。



「いや、今度こそ死んだ?いや寝ただけか?どっちでもいいや。結局、俺は駄目だったのか?ここはやっぱり死後の世界?」


「いや、生きている」



 独り言のつもりだったが、返事されたので驚く。

 相変わらず声の主は見えず、どこから声が聞こえてきているのかも分からないが、とりあえず顔を斜め上に向かせて喋る。



「び、ビックリしたぁ。で、生きてるけど元の場所に戻れてないのは、どういう事?」


「私がこれから門を開く。そこを通れば良い」


「え、門を通れば良いだけだったら、あんな思いしなくても良かったんじゃ」



 口を尖らせて抗議し始めた時、強引に声の主が遮った。



「もし、あの霧に触れずに門を潜ろうものなら廃人になっていた。無事に戻るには、いわば免許のようなものが必要だ」


「その免許が、アレだったって事か……」



 ふと激痛を思い出しぶるりと震え、体を抱く。



「なんでそんなのが必要なんだ?」


「その門は私の一部だ。それを経由して元の世界へ戻る事になる。異物を感知した門は、私の意志と無関係にそれを排除する。

 だが、異物に私の情報が付加されていた場合、異物は私と認識して門を通過できるという事だ」


「なるほどね」



 疑問が晴れたところで、浩介は立ち上がって気合を入れる。



「よしっ!帰れると分かったなら、さっそく門を開いてくれ。かなり時間くっちゃったからな。自衛隊の人たちだけでゴーストが抑えられてたらいいんだけど……あ、そうだ、肝心な事を聞いてなかったな」



 目で自分の体を確かめる。



「俺が今ここにいるのは、元はといえば適正があるって言われたからなんだけど、何の適正なのか知ってる?」



 元の世界の誰もが教えてくれなかった事を、この声の主なら教えてくれると思った。

 何せここの家主のような存在だ。適正の話と、もう一つの疑問にも答えてくれるだろう。



「適正……それは私も知らないな。私はただ、これまで共に戦い抜いた貴君であれば私の力に馴染めるやもしれないと思ってはいたが」


「という事は、もしかして政府の人たちとの認識の齟齬があったって事か?何にしろ、研究してた人もよくわからない事が多いらしかったから仕方ないか」



 顎に指を添えて思案気に呟く。

 一つの疑問についての明確な答えではなかったが、一旦の落としどころとしては悪くはない。

 そして、ついに重要な質問をする。



「それじゃあ、一番大事な事を聞くけど。これで戦場に立つ準備ができたってことで良いのか?」


「その通り。既に貴君も察しているだろうが、私は人間ではない。貴君がその力が使えるようになった今、普通の人間以上の身体能力と力が揮えるようになった」


「……ん?」



 何か聞き捨てならない事を言われた様な気がする。



「ん?ちょっと待って。なんかそれって俺が戦うって事になってない?総理の話だと、なんか人型の何かが代わりに戦ってくれるって言ってたんだけど、あんたが戦ってくれるんじゃないの?」



 宝石に触れるとエクスドールという存在が出現して、適正者の意志通りに動かせると総理は言っていた。

 オラオラオラとか無駄無駄無駄とか言ったりする作品のような事だと想像していた。

 だが、声の主の発言と食い違っている。

 どうやら当てが外れそうな雰囲気である。



「誰から何を聞いたが知らないが、私はここから離れることが出来ない」


「えっ、なんでよ?」



 つい批難めいた声で返してしまう。



「それが私の使命だからだ」


「……よく分からないな。ここに何があるって言うんだ?」


「今は、何もない。だが、それでもここに居なければならないのだ」



 まったく要領を得ないが、これ以上詳しいことは聞けそうにない。

 思考を切り替え、別の質問を投げる。



「で、どれくらい体が強くなるのよ?」


「それは明言できない。こういった事は私としても初めてだからな。

 ただ、私にさせていた挙動は容易に模倣できよう。武器も、強くイメージできるものであれば創りだせる。人間や動物に効果はないが」


「すげぇ……いやでも、生き物に効果がないんだったら、その武器は何に効くんだ?」


「これから貴君が対峙しようとしている存在だ」



 ゴースト。



「……うん、それで充分だ。むしろそいつに効果が無かったら宝石叩き割るところだった」



 言ってから、ダイヤモンドやタングステンよりも硬いと言われたのを思い出した。

 だが、ゲーム内のキャラの動きが容易く再現できるなら、とんでもない筋力が宿るのではないだろうか。



「って、ちょ、ちょっと待って。それじゃあ例えば、今まで通りの感覚でコップ持ったら割っちゃうなんてことにならない?」



 超人的な力を持つアニメの主人公が、力の加減に苦労してしまうシーンを思い出した。

 そんな大きな力に憧れたが、同時に非常に不便だと思った記憶もワンセットで。

 自然と不安な顔つきになる。



「その心配はない。切り替えは可能だ」


「状態のオンとオフが出来るってことか。そのやり方は?」


「簡単だ。力を使いたいときは石に触り、解除したいときは強くそう念じるだけでいい」


「強く、って……大雑把すぎじゃね?まあ、やるしかないんだけどね」



 僅かに愚痴が零れた。

 二度死を覚悟し、肉体的に一度死にかけた浩介。

 自身が直接敵と戦うと言われたところで、その程度で恐怖を感じはしない。

 いつの間にか軽く強張っていた肩の力を抜き、軽く息を吐いて目を閉じ、言う。



「よし、もう大丈夫だ。門を開いてくれ」



 数歩先の空間に、白く渦巻く円形の床が現れた。



「そこへ飛び込めば、その先はすぐに貴君の元いた場所だ」



 どこまでもアニメチックな展開だな、と思いながら渦の手前まで歩いた。



「ここを通れば、もうあんたと話すことはできないのか?」


「どうだろうな。何かの機会があれば、こうしてまた言葉を交わせる日も来るかもしれない」


「そっか。その日が来ると良いな。……それじゃあ!」



 簡単に別れを告げると、浩介は軽く飛び上がって渦の中へ消えて行った。

 暗闇と紋様しかない世界に再び戻る。

 冷たく見える空間に一つ、声がした。



「再び見える事を、私も願っている」









 門へ飛び込んだ浩介の視界は急激に白く覆われたが、それも一瞬の事だった。

 徐々に周りの景色が浮かんできて、数秒もしない内に周囲がはっきりと見えた。

 が、その場所は声の主が言っていた元いた場所ではなかった。

 とある木造の一軒家の一室。

 気が付けば浩介は机に座り、紙に見た事もない文字を書いている。

 突然顔が勝手に横を向き、隣に見知らぬ異国の若い女性がいる事を知る。

 腰をかがめて浩介の顔を覗き込んでくるその顔は笑顔だった。



「(ここは……どこだ?この人は誰なんだ?)」



 そう思った瞬間、世界は再び光に包まれた。









 光が晴れて最初に目に飛び込んできたのは、朗らかな陽の光。

 そして視界一杯に広がる荒野と、数百メートル先に存在するゴースト。



「(さっきのは一体……)」



 気にはなるが、今はそれは後回しだ。

 それにしても、ゴーストがほとんど移動していないとはどういう事だろうか。

 振り返って自衛官たちを見る。

 あの世界に行く前と全く変わらない場所に自衛官と理津はいたのだが、彼らの表情はいずれも驚愕に染まっていた。

 原因として思い付くのは、宝石に触れて何某かの現象が起きたくらいだ。

 まさか、



「ほとんど時間が進んでいない?」



 ご都合主義にも程がある。が、今はそんな事に思考を割く余裕はない。

 手元の宝石に目を落とすと、その中心に青い炎のような揺らぎがあった。

 あの空間に行く前にはなかったはずだ。

 きっとこれが、宝石と同調した証なのだろう。



「無いとは思うけど、触ったらまたあの空間に戻されるなんてオチはごめんだよ」



 物語の主人公らしからぬキメ台詞を言ってから、宝石に指を伸ばす。

 宝石から瑠璃色の光が浩介の体を伝い、まるでプールに水を流し込むように全身へ満ちていく。

 瞬く間に全身を包んだ光は限りなく薄い瑠璃色に変化し、繭のように浩介の体に添って表面に固着した。

 どこまでも力を籠められそうな不思議な感覚が全身に満ちる。



「なんだ、この感覚……自分の体じゃないみたいだ……力の際限がわからない」



 声の主から聞いてはいたが、実際にその身で体験すると戸惑った。

 しかし、今は戸惑って慌てふためきパニックを起こしている余裕はない。

 戦闘機を操縦している感覚に囚われながらも、必死に心を落ち着かせて帰り際に教えてもらった事を思い出す。



「身体能力は人間とは比べ物にならない。アークセイバーズのスキルも再現出来る、か。まずは、どれくらい動けるのか確認しないと。軽く走ってみるか」



 思考を言葉にして、やらなければならない事を強く意識させる。

 まずは走るために、軽く右足のつま先で地面を蹴った。

 体が飛んだ。



「ええええええっ!?」



 軽く三メートルは飛んだ。

 もちろん着地の姿勢など取る余裕もなく、無残に土煙を挙げながら転がる。



「いったぁ……くない?」



 顔や手が地面に擦れたはずだが、傷一つない。

 これも不思議に思いながら、どこまでも沸き上がってくる力に気を付けてゆっくりと立ち上がる。

 分かったことが一つだけあった。



「コントロール難しすぎだろ……」



 軽く地面を蹴っただけでこの有り様。

 しかし、物にできればこれほど頼もしい力はない。

 そして、教えられたもう一つの力を試す。



「強くイメージできれば、武器も作れるって言ってたな。ゲームで馴染み深い刀はどうだろう。元は3Dだしネジの場所も柄の紋様も細かいトコまでは覚えてないけど……」



 目を閉じて暗闇の中で刀の全体像、そして思い出せる限りの細部までを思い描く。

 だが人間の想像力とは、全てを事細かくイメージして実物と寸分たがわないものを組み上げられるほど器用じゃない。

 一部分を思い出せば、他の部分が朧気になっていく鼬ごっこ。

 それでも、とりあえずは一部分ごとだが全てイメージし終えた。

 思い描いている最中はこれといった手応えがなく、これでは駄目かと諦めた時、瞼を通して淡い光が浸透してきた。

 願いに似た期待を抱きながら目を開ける。

 目の前の中空に、無駄な装飾のない一振りの日本刀が浮かんでいた。



「おおっ!凄ぇ……」



 刀身が太陽の光を受けて反射する。

 迷わず手を伸ばす。



「うわ、かっる!なにこれ本当に攻撃力あるの?」



 刀は羽のように軽く、全く重さを感じない。

 こんなのでダメージを与えられるのかと疑問に思い、試しに軽く振ってみる。

 すると振った先の地面から土煙が舞った。



「おおっ!おぉ……ん?いや、なんで土煙上がるの?!」



 成し得たのは刀の性能ゆえか、浩介の得た力ゆえか。

 少し血の気が引き、理由もなく自衛官らへ振り返る。

 自衛官らは浩介に声をかける事なく、ただ見守っている。



「と、とりあえず最悪のケースを考えて、近くに人がいない状況で戦わないとな……」



 この荒野に、彼ら以外に人影はない。

 このまま突っ立っていれば、じきにゴーストは目前までやってきて自衛隊の人たちを巻き込んでしまうかもしれない。



「ゴーストがどのくらい強いのか分からないけど、ここで戦うわけにはいかないな。こっちから仕掛けるしかない」



 意を決した浩介はゴーストの元へ向かう。

 力の制御が上手くいかず飛んでは無様に転がりながらも、力加減を試行錯誤しつつ。






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