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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
38/234

#38_覚悟


 太田の命令でノートパソコンのキーが押下された。

 シャッター内部の螺旋が回転し、その奥の翡翠の光、そして半円状の砲身の内側の青い輝きが瞬間的に増した。

 モーター音が唸りを上げたその瞬間、巨大なタイヤがパンクしたような音と共に、砲身から巨大な杭の形をした白い発光体が弾丸の如く射出された。

 レーザーキャノン本体に一切の反動を生じさせず一直線に突き進む光の杭は、約300メートル離れたゴーストに向って突き進み、瞬く間に頭蓋を吹き飛ばした。



「中った!?」



 光の杭はゴーストにヒットしても止まらず、そのまま勢い衰えず何百キロメートルか進んだところでようやく霧散した。

 ゴーストは消滅した頭部を庇うかのように両手を添えて蹲り苦悶する。

 見る見るうちに体全部の骨がすっと薄くなっていき、黒い粒子となって飛散して消えた。



「2射目、用意!」



 太田の声は耳に届いてはいたが、目の前の出来事が現実離れし過ぎていて頭に入ってこない。

 命令を受けた自衛官はレーザーキャノンの空になったバッテリーを引き抜き、代わりを差し込んだ。

 あれが対ゴースト弾と呼ばれるものなのだろう。

 初弾と同様に照準を合わせて、太田の声で2射目が射出された。

 光の杭は一体の上半身を削り取り、その後ろにいたゴーストの肩口を掠めた。

 下半身だけになった骸骨は、積み木を崩すようにばらばらと地面へ落ちていき、またも黒い粒子を放って消えた。

 肩口を削られたゴーストは痛みを感じていないようで、何事もなかったように移動を続けている。



「撤退準備!」



 C、D班に命令を下し、自衛官らが迅速に装備を片付ける中、太田は浩介と理津の隣まで来ていた。

 呆然としていた二人は、太田の接近に声を掛けられるまで気が付かなかった。



「二体撃ち漏らしてしまいました。お二人の力に頼る事になってしまいますが、覚悟はお済みですか?」



 眉を顰めて申し訳なさそうな表情をしながらも、この期に及んではもはや気を遣うような言葉はかけてこない。

 浩介と理津は、自分の意志で戦いに赴くと決めて、ここにいる。

 それを本人にもしっかりと自覚させるために、敢えて覚悟を問う。

 これまでのようなお客様扱いはされない。

 ここからは、一つの戦力として数えられる。

 浩介は目を閉じ、震える肺へゆっくりと空気を満たしていき、それからゆっくりと空気を吐き出す。



「……大丈夫です」



 首から提げたロケットペンダントを上へスライドさせて、瑠璃色の宝石を見つめる。

 数百メートル先のゴーストを見据えながら、一歩一歩確かめるように歩いて、全員の先頭へ立った。

 今一度、手元の青く光を放つ宝石を見てから、後ろに立つ自衛官たちへ振り返る。

 理津はまだ覚悟が整わないのか、俯いたままその場に留まっていた。

 戦う為に異世界に来たのに、その仕事を果たす決心を鈍らせた理津。

 そんな理津を見ても、浩介の心に怒りは微塵も湧いてこない。



「(あんなバケモノと戦うなんて、理津ちゃんには無理だろうなぁ。俺だけで何とかできれば、それに越したことは無い)」



 後方で見守る自衛官たちへ開始の合図を込めて首を縦に振ると、ゴーストがいる正面へ向き直った。

 大きく息を吸い込み、ロケットペンダントを持つ右手の親指で、瑠璃色に光り輝く宝石に触れた。

 瞬間、浩介の視界は眩いばかりの白に覆われ、咄嗟に腕で目を庇って瞼を閉じた。









「な、なんだ?!」



 体に異常がない事を感覚で確かめた後に、恐る恐る薄目を開けた。

 焼けるように眩しかった光は消えていて、顔を庇った腕の隙間から見えたのは、夜空の様に暗い世界。

 足下には、無数の記号か文字の様な物が幾重にも円を描き、ぐるぐると回っている。

 その魔法陣のようなものの上に浩介は立っていた。

 昏い世界。

 宝石に触れて死亡した自衛官の話を思い出した。



「まさか……死んだ?」



 ここが死後の世界と呼ばれる場所なのだろうか。

 確かめるために完全に腕を下げた時、どこからか声が響いた。



「その声はもしや、ハイネガーか?」


「はい?!」



 この場所に浩介以外の誰かがいるなど欠片も考えていなかったところだった。

 周囲を見渡して、ゲームで使っていたキャラクターネームで呼んだ声の主を探す。

 ただ、宇宙空間に放り出されたように空間を黒が満たしていた。

 いや、よく見ると浩介の正面に薄く青く光る靄があった。

 まさか、あれが?あれは生きているのか?

 頭が余計に混乱した。



「何故、貴君がここに……いや、なるほど。そういうことだったか」


「一体、ここは何なんだ?それに、あんたは誰だ。この青い霧みたいのは何なんだ?」



 とにかく何でもいいからこの状況をはっきりさせて欲しい浩介は、その声に矢継ぎ早に詰問する。

 死んでいるのか、それとも生きているのか。

 これからどうなるのか。

 不安を言葉にして、答えを知りたくて語気が荒くなる。



「俺は生きてるのか死んでるのか、教えてくれ!」


「このくらいで動じるとは……あの時の豪胆さはどこにいったのか」



 対して依然として姿が見えない声の主は挑発するように吐き捨てた。

 冷静さを欠いていた浩介は、喧嘩腰になってしまう。



「何だよそれ。俺を知ってるのか?」


「ああ、知っているとも。それなりに、だが」


「じゃあ、あんたは誰なんだよ!」


「私は、貴君の操り人形として共に戦っていた者だ」


「共に戦って?いやいや、何言ってんだよ、戦う前にここにいるんだが」



 声の主は浩介と言葉を交わすたびに、その声に悲哀を滲ませてきた。



「そうであろうな。貴君らにとっては、あれは戦いではなく、単なる遊戯だったのだからな。私が認識されていなかったと正面きって言われると、分かっていた事だがなかなかに堪えるものがあるな」



 浩介も流石に、切なそうに言われては先ほどまでの勢いは萎れてくる。

 まだ混乱はしているが、それでも脳を回転させて相手の言葉を消化していく。



「遊び、ってどういう事だ?俺はあんたを知らないけど、あんたは俺を知ってるって、どこで俺を知ったんだ?」



 声の主は、感情をフラットに戻しつつ答えていく。



「まず、私がなぜ貴君をハイネガーと認識できたのか。それは、声だ」


「声?」


「そう。私は貴君の外見も人生も知らないが、声は知っている。次に、私が戦いと思っていたものは貴君にとっては単なる遊びだった。これに何か感じはしないか?」



 朧気に中空に視線を彷徨わせ、記憶の糸を手繰る。

 いやまさか、と有り得ない想像をして声が漏れる。



「遊び……いやそんなこと……それはないだろう」



 その呟きが漏れた後、声の主は続けた。



「私は自分の意志で指一本どころか、眼球すら動かすことは出来なかった。私を動かしていたのは、ハイネガー。貴君だ」



 先程、それはないと否定した先に嵌るピースが揃っていく。

 到底信じがたい結論が浮かび、しかしそれは非現実的だと強引に切り捨てようとする。



「い、いやいや、そんなことあるわけがない。そんな事が出来る技術があったら、世界が変わるだろ……」



 動揺を無視し、声の主は決定打を放つ。



「私の知っていた世界では、貴君は猫又、のど飴、救世主の猫といった戦士と共に幾つもの戦いを越えていた。デーモンと対峙した時の貴君の戦いぶりは、誠、胸を撃たれた」


「っ!?」



 どれだけ馬鹿げた結論だとしても、もうそれ以外の答えが見つからない。

 アークセイバーズ・カタストロフ、異世界、不思議な宝石、ロボットアニメの戦艦の主砲のような兵器、ゴーストにミノタウロス。

 どこまでが現実で、どこからが夢なのか。

 もしかしたら、これまでの人生すべてが夢だったのではないか。



「これって、本当に現実なのか?長い夢でも見てるのか?」


「どうであろうな。もしかしたら、かく言う私も夢を見ているかもしれない」



 一応相手の正体が分かり、お互いに暫し沈黙する。

 その間に浩介は落ち着きを取り戻し、今度はきちんと意志のある声で質問を投げる。



「それで結局、俺は生きてるのか?」


「夢でないのなら」


「じゃあ、ここから出る方法はあるのか?」


「ある」



 あっさりと一番大事な答えが返ってきた。



「どうすれば、ここから出られるんだ?」



 逸る気持ちを抑え、努めて平静お意識しながら言葉を吐く。

 対する声の主は、装うまでもなく冷静に告げる。



「私の性質と同調出来れば、可能になる」


「性質と同調?どういう事だ?」



 今一つ理解に苦しんだ浩介は、やらないか的なものでないのを激しく願いながら詳細を求めた。



「……具体的に何をすれば良いんだ?」


「私も言葉での説明は難しい。実際に試してみた方が早いだろうな」



 あるいは「ボクと契約して魔法少女になってよ!」とか持ち掛けられるのかと思っていたが、そのどちらでもないようだ。



「分かった、どうすればいいんだ?」


「目の前に、青い霧があるだろう。それに触れてみれば分かる。それ以外にここから抜け出る方法は存在しない。ただし、失敗すれば貴君の魂はその身を離れ、戻ることは無い」


「それ死ぬって事!?」



 宝石を触っても死んではいないようだが、テストプレイのあの日から死が側にひっついている。

 その時、再び例の自衛官の話が思い浮かぶ。

 泣きそうになりながら震えた声を出す。



「そっか、そういう事、だったんだなぁ……」



 ゴーストを目前にして、宝石に触れる時にした覚悟。

 その覚悟は空振りで、本当に覚悟しなければならない死は、ここにあった。

 ここで何もしなければ、外界と隔絶されたこの空間で孤独に死を迎える。

 青い霧に触れれば、死ぬかもしれないが、戻れる可能性もある。

 二度も死ぬ覚悟を強いられて、狂いそうになる。



「最初からこうなるって教えてくれれば……いや、あの人たちが言ってた事が本当なら、無理か」



 総理の言葉を思い出し、すぐに八つ当たりだと気付く。

 彼らもこの宝石について何でも知っているわけではなく、可能性を示唆するのが精いっぱいだったのだ。

 何せ、異世界の代物なのだ。彼らの研究結果が事実と違っていても、それは仕方のないことだろう。


 改めて、今置かれている現状を強く認識し、思考の切り替えを試みる。

 ずっと一人でこの空間で無為に生き続けるか、それとも死ぬか生きるかの賭けに出るか。

 唐突に笑いがこみ上げてきた。



「くくっ」


「……大丈夫か?」


「いや、どうなんだろうね。どうもこの状況が、トランプのババ抜きに見えてきた」


「ババ、抜き?」


「そう。最後の二人、そして残る手札は合わせて3枚。ずっと考えてゲームを終わらせないか、意を決してジョーカーを引き当てないよう祈りながら、カードを取るか」



 息を整えると、浩介は瞳に強い意志を宿して言った。



「この場面でゲームを放棄するなんて俺は嫌だ。このババ抜きには俺の命だけじゃなくて、親父やおふくろ、葉月の命も懸かってるんだ。それに、ここで逃げたら俺が何の為に異世界に来たのか分からない」


「そうか」



 短い相槌だったが、姿は見えなくても口元が緩んでいるのが想像できるくらい声は穏やかだった。

 浩介は表情を引き締め、青い霧が手に届く距離まで近づく。



「心は決まったか?」


「ああ、モタモタしてると手遅れになるかもしれない。こんな所で立ち止まってる場合じゃなかったんだ」



 力強い言葉で答え、浩介は青い霧に手を伸ばし、触れた。






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