#37_作戦開始
B班とD班が持ち場に着くまで一分も掛からなかった。200メートル移動するだけなので余裕で歩いて行ける距離だが、今は一秒すら惜しい。
迅速に攻撃準備を整わせ、更には撤退時の状況を考えれば車を使った方が遥かに安全なのは考えるまでもない。
車を降りて、自衛官らの動きを後方の邪魔にならないところで眺める。
間近で初めて見る、実物の武器。
自動小銃にスナイパーライフル、拳銃。
「凄いな……」
浩介はミリタリーマニアではなく、興味も薄かった。
それでもモニター越しに見る物と実物とでは、全くと言っていいほど迫力も存在感も異なっている。
自然と目が惹きつけられた。
地面に固定されるいくつものスナイパーライフル。
これから、この世界の生き物を殺す武器。
浩介は動物が殺される場面を見たことは無い。
鶏や豚などが屠殺される場面を想像するだけでも心が痛む。
身勝手なもので、毎日食卓に並ぶ料理はその過程を経て出てきているというのに、こういう機会がなければそんな事は思いもしない。
「ただ、操られてるようなもの、なんですよね、ビースト、っていうのは」
「明言はされてなかったけど、俺もそのイメージだ」
「ゴーストを何とか出来れば、ビーストも大人しくなるのでは、ないでしょうか?」
「どうなんだろ。俺らは素人だし、今日初めていろんなことを知った。何年も前から戦ってる人たちも考えたと思うけど、もしかしたら一度干渉されたら元に戻れないのかもしれない。聞いてみないと分からないけどね」
「そう、ですよね」
その時、ルーフのない車両から一人の自衛官が双眼鏡を覗き込みながら周囲に向かって叫んだ。
「目標接近、12時方向900メートル!」
先程まで耳に届いていた長靴や武器の立てる音がいつの間にか鳴りやみ、静かになっていた。
自衛官らは、呼吸で動く肩以外はマネキンの様に微動だにせず、号令がかかったら即座に反応出来るように集中していた。
荒野の先を見ると、小さな赤い色をした何かが見えた。
「850!」
観測係の声だけが響く。
時折風が吹き、それすらも緊張の要因になり得た。
「820!」
「射撃用意!」
B班の班長らしき人物が号令をかけた瞬間、急激に空気が張り詰めた。
固唾を呑み、少しずつ接近している赤い何かを見続ける。
「810!809!808!」
浩介と理津は心臓の音が聞こえそうな程に緊張していた。対して、厳しい訓練を乗り越えてきた自衛官らは顔色一つ変えなかった。
意識を集中しているせいか、カウントの一つ一つが少し遅く感じる。
ゴーストらが回れ右して帰ってくれないかと、浩介と理津の出番がないまま早く終わってくれないかと祈る。
「803!802!801!」
次のカウントは、800。
その数字は数えられず、次に叫んだのはB班の班長だった。
「てええええええっ!」
射撃命令が下った。
しかし命令と同時に発砲音が鼓膜を揺るがすことは無かった。
「?」
数秒の沈黙の発生を訝しんだ浩介が、匍匐姿勢でスナイパーライフルを構えている自衛官に目を移した途端、次々に発砲音が鳴った。
各狙撃手の真後ろで双眼鏡を構えている自衛官の口々から報告が上がる。
「命中!」
「命中!」
「命中!」
全員が初弾で命中させていた。
ミリタリーに詳しくない浩介でも、初弾を命中させるのは難しいのは分かる。
風の影響は思うより大きい。だというにも拘わらず、外した者はいなかった。
一発撃ち終えるとすぐに二発目を撃つという事はなく、一発一発を外さないようにしっかりと狙い定めてから引き金を弾き、それから二発目、三発目と命中させていく。
「(この人たちって、もしかしてエリートなのでは?)」
そう思う浩介の耳に、次の報告が入ってきた。
「射撃止めっ!ブラボー1、無力化に成功!」
どうやら受け持ちのビーストを仕留めたようである。
浩介はずっと先に見える赤い物体の様子を見るが、倒れたような動きがないので持ち受けのビーストではないようだ。
射撃が止み、皆が静かに前方を注視している。
真横から理津が聞いてきた。
「作戦、成功、ですか?」
「いや、受け持ちのビーストを倒したって事なんだろうね。次はここから左右に展開した人たちが狙撃を開始して、敵の混乱を誘うのが目的なんだと思う」
「混乱させて、どうするんですか?これだけ離れていれば、射撃だけで終わりそうな気もしますけど……」
尤もな疑問である。
それに対して浩介は、自信なさそうに答えた。
「俺も半分ただの思い付きで言ってみただけだから、本当にそうとは限らないよ。敵の足を鈍らせるためかもしれない。動きが鈍くなれば狙撃の命中率は上がるし、村への進攻速度も落ちる」
「な、なるほど。確かに、それはありそうですね」
「一番のネックはゴーストだから、確実にゴーストだけを狙える環境を迅速に整えないといけないのもあるかもだけど」
「おぉ、浩介さん、頭良いですね」
凄く感心した眼差しで見つめてきた理津に向って、浩介は両肩を持ち上げておどけて見せた。
「って言ってみたけど、全然違ってたりするかもね」
「ええっ」
理津と話している途中で、恐ろしい事に気が付いた。
「(初撃で全弾命中したらしいのに、その後も何発も撃ち込まないと倒せないとか、どんだけタフなんだよ……熊かよ)」
ここより離れた右方向の遠くから微かに発砲音が聞こえてきた。
A班が狙撃を開始したようだ。
次々と攻撃の音が聞こえてくるが、その間も目標は少しずつ前進している。
浩介と理津の目に、朧気だったそれらの輪郭がくっきりと見え始める。
発砲音は暫し続いた後、双眼鏡で目標を確認していた自衛官が叫ぶ。
「アルファ1、無力化に成功!」
ここにいる自衛官の耳にその情報が入っているはずだが、誰も反応はしない。
いや、浩介たちより少し離れた場所に停めてあるレーダーらしきものを積んだ車両の中の人物が、どこかと連絡を取っていた。
「なんか、こうして静かに話していても、邪魔してるみたいで気が引けますね」
「だね」
先程よりも一層声を潜めて、浩介の耳にだけ入るように会話する。
今度は左側のC班が攻撃を開始した。
目標の進攻は緩慢になっていたが、それでも着実にこちらへ接近しているのが目に映るそれの大きさで分かる。
ふと、遠くにある村を振り返る。
ログハウスのような建物は見えるが、村人は一人も様子を見に出てこない。
屋内に避難しているのか、はたまた別の地へ避難しているのか。
いずれにしても、この周辺で確認できる味方は自衛隊の勇士のみ。
救援は来ない。
この世界にゴーストと対抗できる何かは無いのかと思っていると、
「っ!」
隣で喉を潰したような音が聞こえた。
何事かと理津へ問いかけようとしたが、口元を両手で塞ぎ、恐怖に染まる双眸はその正面に釘付けられている。
視線を追うと、悲鳴の理由が分かった。
敵の群れは、浩介が少し目を離している間に急激に接近していた。
ビーストの輪郭が見えるほどに。
二メートルを優に超すその姿は、浩介たちのいた世界で伝えられているミノタウロスに酷似していた。
「野生動物じゃなかったのか!?」
肉眼でそこまで確認できるということは、B班がもうじき撤退しなくてはならない事を意味している。
瞬時に状況を把握するために、自衛官らの反応を窺う。
「チャーリー1、無力化に成功!」
「ブラボー2、ブラボー3に対し、M3無反動砲を使用!確実に仕留めろ!」
「了解!」
班長の新たな命令で素早くスナイパーライフルを片付け、数人が映画やゲームで見た事のあるロケットランチャーを肩に担ぐ。
「後方にいては危険です!撃ち終わるまで、ここでじっとしていてください!」
近くにいた自衛官に叫ばれ、浩介と理津は手を引かれてロケットランチャーを担ぐ自衛官の隣に座らせられた。
「す、すみません」
班長は民間人の安全を確認したのち、攻撃を命令した。
「てええええええっ!」
照準を合わせ、砲身にある発射スイッチを押す。
砲身から何か大きな物体が発射されるのが見えたが、それと同じくらいに浩介と理津にインパクトを与えたのは、大きな発射音とバックブラストだった。
砲身後方から白い煙が勢いよく噴き出した。
自衛官が急いで二人を移動させた理由が、このバックブラストと呼ばれる燃料ガスの噴出。
見た感じはただの煙のように見えるが、誰一人としてロケットランチャーの後ろに立つ人間はおらず、相当危険なのだろう。
発射から約一秒後、鉄球がコンクリートを打ち壊したような大きな音が前方の敵集団の中から発生し、数体のビーストが着弾の衝撃を受けて宙に舞う。
「命中!」
「命中!」
「A班、アルファ2、アルファ3を無力化!C班、チャーリー2を無力化!チャーリー3健在!C班と目標との相対距離、320!」
「C班の動きは?」
「2射目に入ります!」
「外したら後方へ撤退する!」
C班は2射目を撃ち、浩介たちのいるD班まで小さくその発射音が聞こえた。
果たして、命中したのかしてないのか。
先ほどから報告を告げている自衛官から目が離せない。
数秒の沈黙の末、結果が報告された。
「チャーリー3、無力化に成功!目標はゴースト4体のみ認む!」
「D班、攻撃準備!」
作戦は順調に進んでいる。
やがて土煙が晴れ、ゴーストと呼ばれる存在の姿が浩介たちの目に映った。
「っ!まじかよ……」
「あんなの、本当にいるの……?」
それは、宙に浮かぶ骸骨だった。
スケルトン。
死んだ者、つまりゴースト。これ以上に分かり易いネーミングはないだろう。
呼び名はコードネームやあだ名などではなく、そのものを指して呼んでいた。
驚愕する二人をよそに、事態は動いていく。
いつの間にやら後方に停車していた車から、四人の自衛官がそれぞれ機材を持ち運んで目の前で組み立て始めた。
これから行われる、ゴースト戦。
対ゴースト弾専用の武器があると聞いたときは、大砲のようなものを想像していた。
が、たちまち組みあがっていくソレは、想像していた物とはかけ離れていた。
六つ程に分かれたパーツが、自衛官らの手で見る見るうちに一つの武器へ組み立てられていく。
大砲の砲身を縦に真っ二つに割った半円状の二つのパーツ、大型のキャリーケースの三倍はある様々なスイッチやケーブルが繋がれた灰色のボックス、薄型の23インチモニター。
それと展望台の望遠鏡についているような台座、ドアの取っ手に似た物。
それらが組みあがった時の姿は、ロボットアニメの戦艦が秘蔵の主砲や重力砲を撃つ時に、砲身が左右に分かれた時の状態に似ている。
全長は三メートルは超えていて、頑丈な台座に支えられている。
組み立て終わると同時に、自衛官がハンドバッグサイズのバッテリーのように見える深緑で四角い物を背面から押し込んだ。
ガチッと機械同士が噛み合う音がすると、その辺りからモーター音が鳴り始める。
砲身全体に渡って入れ墨のように刻まれている細いラインが青い光を帯び、砲身の根元のシャッターが開く。
ネジの雌めじと似た構造の内部が見え、その奥には翡翠色に輝く丸い何かがあった。
ロボットアニメの戦艦の主砲に似た兵器が、四人の自衛官の手により調整される。
それもすぐに終わって、調整していた一人が太田に向って報告する。
「発射準備、整いました!」
「よし、照準合わせ!」
「照準合わせ!」
報告した自衛官が、バッテリーのような物を差し込んだ自衛官に向って言うと、胴体上部に付いたモニターを見ながら、手前のスイッチや計器を弄る。
モニターには、拡大されたゴーストとレティクル、目標との距離や風向き、その他精密射撃に必要な情報が表示されていた。
かなり手慣れているようで、数秒後には照準を合わせていた自衛官が片手を垂直に上げ、完了を伝える。
「準備、整いました!」
太田は小さく頷くと、大声で命令した。
「対ゴースト弾、てえええええええいっ!」




