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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~二つの旅立ち~
34/234

#34_異世界の景色


 ブラックゲートを抜けるのは本当に一瞬だった。いや、一瞬というと語弊があるかもしれない。

 瞬き一つの間、その暇さえ全くなかった。

 黒い帳が無かったら境界線がどこか分からない。

 予想していたよりも衝撃的だった。


 そして、目の前に広がる光景に自然と足が止まる。



「……えっ?」



 カラオケボックスで見せられた動画と同じ景色。

 両親が説明が欲しそうな顔で皆を見回すが、無論誰も何も知らない。

 少し先を歩いていた椚木が、振り返って笑顔で浩介らを見ていた。



「その気持ち、分かりますよ。私も初めてこちらに踏み込んだ時は、狐に摘ままれたような顔だなって上官に笑われましたから」



 もう一度、浩介たちは顔を見合わせた。まさしくその通りの表情。

 まだ化かされたような顔をしている父親が言った。



「な、なるほど。椚木さんが忠告された理由が分かりました」


「ビックリよねぇ」



 椚木は先を促す。



「出口はあそこです。そこを抜けると……」



 椚木がこの建造物の内部を説明しようとしたところで、不意に背後から緊迫した声が上がった。

 緊急事態を察し、椚木はブラックゲートの両脇に待機している通信士を振り返った。

 無骨な形のヘッドセットを被った自衛官が、その隣にいる自衛官に向けてはきと言う。



「アルス村付近の警備より入電。キャンプ地南西20キロメートルの平野部にて敵影を確認。ゴースト4、ビースト9編成です。アルス村のトラップは補修間に合わず。指示を請う」


「対ゴースト弾の残弾いくつだ?」


「6です。補給は4日後です」


「今ここで使うとまずいな……椚木2尉!」


「はっ!」


「すぐに彼らを連れてベースキャンプに向かってくれ。敵は約60分後に村に到着する見込み。移動中に向こうの隊員と連絡を取り、状況の説明を受けろ」


「了!」



 即座に姿勢を正して敬礼した。

 椚木に命令した自衛官が、続けて浩介たちに向かって言う。



「こちらに来た早々で申し訳ないのですが、ここから一番近い村に敵が迫ってきています。しかし、我らがそれに対抗できる唯一の武器の弾数が僅かで、今使用してしまうと次の補給まで持たない可能性が出てきてしまいます。

 ぶっつけ本番になってしまいますが、早速お力をお借り出来ませんか」



 先程まで話していた時の威厳ある声ではなく、普通の中年男性の声になっていた。

 盗み聞き、というわけではないかもしれないが、話の内容を聞いていた浩介と救世主の猫は目を合わせて頷いた。



「そのために来ましたから。ただ、私たちもこの宝石の説明を聞いただけでどう使えばいいのか、使うとどうなるのか想像もつきません。上手くやれるか分かりませんが……」


「それで十分です。まずはご自身の安全を確保してください。そのうえで出来る範囲でお願いします。では、椚木2尉!出発してくれ」


「椚木2尉、辻本一家と成海理津さんをベースキャンプへお連れ致します!」



 椚木が上官らしき自衛官に向って敬礼すると、それに対して彼は答礼した。

 急ぎ振り返り、先導する。



「では、ここから出て他の部隊と合流します。少し走りますので、付いてきてください」



 そう言うと、椚木は器用に母親と救世主の猫、葉月の荷物をひょいと担ぐと、出口に向かって走り出した。



「っ?!あれ結構重いはずなのに」



 マッチョでもないその体のどこにそんなパワーがあるのか、浩介たちは目を白黒させながら見ていた。

 少し先で椚木が振り返った。



「早く来てください!」



 はっとして、一同は走り出した。

 出口の先はホールよりも少し小さい部屋に繋がっていた。

 ホールから次の部屋、そして出口までは緩く長い上り坂の通路で直線で繋がっている。

 伍代の話では、この建物は丘に埋まるようにしてあると言っていたので、通路が上り坂なのは恐らく地上へ出るためなのだろう。

 ホールの次にある宝石があったとされる部屋を突っ切り、上り坂の通路を駆ける。

 特に目を惹く装飾や壁画はなく、シンプルな石組みの通路である。

 自衛隊が設置した照明のおかげで明るさに不自由もなく、出口近くまで来ると外の光もぼんやりと通路内を照らし、空気も心なしかスッキリしてきたように感じた。

 やがて、通路の灯りよりも外の明りの方が強く目に入り、そして体が外気に晒された。

 途端、心地よい風と壮大な自然が浩介たちを出迎えた。



「わぁ……」


「凄い、自然が広がってる……」


「これが、異世界……」


「はあ、はあ、高齢者に、この坂は……やっと、出口……っ!これは、凄いな。地球じゃないみたいだ」


「あらやだお父さん、ここ地球じゃないでしょ」



 口々に感嘆の言葉を漏らし、初めて目にする異世界の風景に目を奪われる。

 自然と建造物の入口で立ち止まってしまう。

 建物の出口、そこから車道二車線ほどの幅のある一本道が緩いカーブを描いて丘の下へ続いている。

 下り坂の先には森が一面に広がっていて、その先は見えない。

 振り返り、出てきた建物を見る。

 地面を削ぐように緩やかに下る長い通路の先に、岩壁に挟まれて鎮座する巨大な神殿らしき建造物。

 なんとも不思議な光景だ。


 これが異世界かと呆然としていると、この神秘的にも映る景色に到底似つかわしくないエンジン音が右方向から聞こえた。



「みなさん、乗ってください!」



 椚木は運転する自衛隊仕様のパジェロに浩介たちに乗り込むように言った。

 助手席には父親が座り、その後ろには母親と葉月、その後ろには向かい合う形で浩介と救世主の猫が座った。

 皆のシートベルト着用を確認すると、椚木は車を発進させた。



「みなさん、少し急ぎますので揺れに注意してください!この世界は道交法なんてものはありませんからね、飛ばしますよ!」



 椚木の微妙な軽口に誰も笑うことは無かった。微妙な空気が流れたが、椚木は構わずアクセルを目一杯踏み倒す。

 運転しながら、椚木は車に備え付けられていた通信機でどこかと連絡を取っている。

 何を話しているのか興味はあったが、エンジン音と走行音が酷くて会話の内容は聞き取れない。

 盗み聞きは諦めて、ふと気になったことを救世主の猫に聞いた。



「これからはキャラクターネームじゃなくて、本名で呼び合った方がいいのかな?」


「あ、そう、ですね」


「あぁ、猫さんが嫌なら別に今まで通りで構わないよ?」


「あ、いえ、もうゲームとか、関係ないですし、なのにそれで呼び合うのも、確かにおかしい、ですよね」



 救世主の猫が頷くと、浩介から改めて名乗る。



「俺は辻本浩介。元コンビニの副店長」


「私は、成海理津、です。証券会社の事務でした」



 お互いよろしくと言い合うと、それをすぐ横で聞いていた葉月と母親が振り向いた。



「改めて、あたしは辻本葉月です。よろしくお願いします、理津さん」


「二人の母親の亜由美です。お母さんでいいわよ?で、あっちがお父さん。一家共々よろしくね~」


「よ、よろしくお願いします」


「おい俺の名前……」



 父親の嘆きを無視して話は進む。

 会話の主導権は母親が握った。



「りっちゃんはどこに住んでたの?」


「えっと、北陸とか甲信越とか、どっちつかずの県、です」


「じゃあ、雪とか大変じゃない?」


「そう、ですね。寝る前に雪かきしても、朝になったらまた雪かきしなきゃいけない事も、よくあります。車がスタックするのも、珍しくありません」


「あらぁ、雪かきなんて重労働じゃない。仕事前にやらなきゃいけないって考えただけで、気が滅入るわぁ」



 しれっと愛称で呼んだ母親を見ると、本当にこの人の子供なのだろうかと思ってしまう。

 浩介は小学校の頃から例えクラスメイトだろうと異性を下の名前で呼ぶのはハードルが高すぎて、苗字にさん付けでしか呼んだことがない。

 葉月も名前で呼ぶので、謎の疎外感を覚え始める。

 仮に名前で呼ぶなら年下なので理津、と呼び捨てにした方がいいのだろうか。

 困惑を顔に出さないようにしていると、思いも寄らない人物が先手を打ってきた。



「えっと、ハイネガーさん、は、浩介さん、と呼んでも大丈夫ですか?辻本さん、だと、皆さんが反応してしまうし……」


「えっ!?あ、あぁ、うん。全然構わないよ。じゃあ、俺だけ苗字で呼ぶのも変だから、理津さん、でいいかな?」


「お兄、かたい。一回りくらい下の子に、さん付けは余所余所しすぎる」



 妹にダメ出しを食らい、若干恥ずかしがりながらも呼び方を訂正する。



「えっ、じゃあ、理津ちゃん?」


「あ、はい、どちらでも、大丈夫です」


「じゃあ、それで」



 対して理津は落ち着いた切り返しを見せ、自分ばかりが変に意識していることが恥ずかしくなった。穴があったら入りたい。

 浩介は赤くなって居心地の悪そうな顔を悟られないよう、流れる景色に顔を向ける。



「くっくっくっ」



 隣から喉を押し殺した葉月の笑い声が聞こえた。

 浩介は聞こえていない振りをしているが、理津は不思議がってその理由を聞いていた。



「どうかしましたか?」


「ん?いや、なんでもないですよ」



 何でもないと言いつつ、にやけながら浩介を横目で見る葉月の姿が易々と想像できた。


 それから少しすると、突然、車体を大きく揺らしながら走行するようになった。

 どうやら森に入ったらしい。

 一応、自衛隊が軽く道を舗装したみたいだが、流石に土木工事を必要とするような太い根は除けられず、タイヤがそれを踏む度に車体が跳ね上がる。

 しかし、そのような悪路でもスピードを落とさずに目的地に向かって突き進む。

 そして、やがて森を抜けると、これまで通信していた椚木が話しかけてきた。



「もう少しで合流地点です。到着次第、指揮を執っている者から詳しい説明がされます。そして、そこがあなた方の生活拠点にもなる予定ですよ」



 葉月と両親は生活拠点と聞いて、もしやテント生活みたいな感じなのだろうかと不安が押し寄せる。

 浩介と理津は、未だに戦い方を全くレクチャーされていない事に酷く心細さと不安を感じた。

 その様子を見た母親が、いつもの笑顔で声をかける。



「そんなに心配しなくても、だーいじょうぶよ。りっちゃんもそんな顔しなくても大丈夫っ。何かあっても、私たちがいるんだから」



 根拠のない気休めだと分かっていたが、その声を聞くと何故か少し不安が和らいだ。

 程なくして浩介たちを乗せた車両は、いくつものプレハブ小屋とテントが整然と並べ建てられた自衛隊のキャンプ地へ到着した。






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