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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
地球ノ章 ~崩壊する日常~
32/234

#32_人の器


 心地いい陽光が差すコンビニエンスストア店内。

 お昼ピーク前の落ち着いた時間、スーツ姿の男が二人入ってきた。

 いつもであれば、少し早めの昼食を買いに来た会社員だと思うだけだが、今日は違う。

 浩介はレジに立ちながら入口の方を見ると、その二人は目を合わせて軽く会釈を返してきた。

 この人たちだ。

 だが、他のお客同様に挨拶する。



「いらっしゃいませ~」



 その二人は真っ直ぐに浩介の立っているレジへ向かってきて、ネームプレートを一瞥して言った。



「辻本さん。オーナー様はいらっしゃいますか?」



 眼鏡をかけた気難しそうな四十代半ばの男性、その相棒は彼より少し年上の温厚そうな男性。

 眼鏡の彼は内ポケットから名刺を取り出して、浩介に渡してきた。



「内閣府 政策統括室 防災担当 長塚公博」



 担当部署や肩書が書かれてあるが、内閣府という文字だけを確認すれば充分だ。



「ええ、事務所にいます。少々お待ちください」



 果たして、オーナーを上手く納得させられるだろうか。

 レジカウンター後ろの事務所のドアを開け、発注をしているオーナーに受け取った名刺と共に来客を報せる。

 名刺を見て怪訝そうにしながらドアから顔を出し、二人に挨拶をして事務所に入ってもらう。

 オーナーはパイプ椅子へ二人に座るよう勧めたが、その前に、と客人から一言あった。



「辻本さんも同席していただいてよろしいですか?」



 オーナーは無言のまま浩介に怪訝な目を向けた。

 何かしたのか?

 浩介はただ苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

 そして、話は始まった。



「それで、政府の方がどんな要件でしょう?」



 パイプ椅子に腰を下ろした二人に向って、オーナーは訊いた。

 長塚は、眼鏡が下がっているわけでもないのにクイッと中指で持ち上げてから、話し始めた。

 隣に座る男性は軽い微笑を浮かべるだけ。話は長塚に任せるようだ。



「今日お伺いしたのは、日本国政府が彼、辻本浩介さんへ協力を要請したからです」


「国が?何の協力ですか?」


「詳細は申せませんが、大変重大な仕事です。それにつきまして、過日可決された災害派遣特別人事法に基づき、辻本浩介さんの身柄を本日含めた三日後に、こちらで預からせていただきます」


「いやいや、突然そんな事言われても非常に困るんですが。

 彼は副店長という立場ですし、任せてある仕事も多いんです。アルバイトの育成も彼にやってもらってるんで、急に言われてもハイそうですか、なんて到底言えないですよ」



 オーナーの言い分はもっともである。

 突然欠員が出れば業務に支障が出るのは当たり前で、二つ返事で許可できる会社はそうそうあるものではない。

 世間ではコンビニの業務内容は軽く見られがちだ。例えばアルバイトが急に音信不通になりバックレてもさほど問題はないと思われていそうだが、そんなことは無い。

 接客はもちろん、その合間に店内清掃とフライヤー調理器具の洗浄にFF商品の補充、一日に複数回来るデイリー品と非デイリー品の検品と品出し。その他にも売り場の商品の乱れを整えたりと様々な仕事がある。

 時間が足りないと、もちろん残業だ。

 残業が増えれば従業員の不満もたまり、褒められたものではないが人によっては接客時の態度に苛立ちが漏れ出てしまうこともある。

 当たり前だが人ひとりが抜けてしまうとその分仕事が増え、その曜日や時間に新たな人員を配置しなくてはならない。

 しかし、パートやアルバイト従業員は諸々の事情で午前中しか出勤できない人がいたり、学生であれば夕方からしか出れず、すんなりとシフトの穴は埋められない。

 そんなコンビニの内情を知らない長塚に、オーナーは抵抗を見せた。



「それに、あの法律にそこまでの強制力はあるものなんですか?本人の意思もあるんじゃないですか?」


「これを強制力と言えるかは受け手次第ですが、この要請を拒否した場合は常に彼は監視され続けます。プライバシーはほぼ無いと申し上げても過言ではありません。

 彼に監視されたまま生活を送るか、我々に協力するかの選択を迫り、彼は後者を選ばざるを得なかったというわけです」



 それを聞いて、オーナーは憐れむような責めるような目を浩介に向けた。

 何かを言いたげな目だったが、何も言わずに腕を組んで考え込む。

 その間に、長塚は仕事鞄から大きめの封筒を取り出してオーナーへ渡す。



「こちらに、欠員補償制度の概要や手続きの詳細が記載してあります」



 無言で受け取って、資料を封筒から引っ張り出した。

 その様子を見ながら長塚は説明する。



「欠員補償制度とは、災害派遣特別人事法が執行された場合に生じる今回のような欠員によるトラブルを緩和する目的で整備されました。

 責任者クラスとなると全ての問題をクリアする事は不可能かもしれませんが、ある程度はカバーが可能だと思います。具体的な内容はお一人の時にご確認ください」



 長塚の説明に対する返事はなく、じっと一枚目の資料を読んでいた。

 読み終わると、資料を封筒に戻して溜め息を吐きながら、ようやく答えた。



「なるほど、そういう事ですか」


「オーナー様には多大な苦労をお掛けてしまいますが、何卒ご理解とご協力をお願いします」



 椅子に座りながら長塚ともう一人は頭を下げた。

 昨日と今日で、人が頭を下げる事が多いなと思ったが、事の大きさを考えれば頭を下げるなど些細なものだろう。

 以降、オーナーが長塚たちに抗議することは無く、長塚たち去っていった。

 事務所に残ったオーナーと浩介の間にはどこかぎこちない空気が漂うが、まずは迷惑をかけてしまう事について謝罪した。



「急に辞める事になってしまって、すみません」


「いや、辻本くんのせいじゃないんだろ?あんな脅迫まがいな条件つきつけられちゃあどうしようもない。国も関わってるなら、呑むしかないからな」


「すみません……」



 言葉にはしなかったがその謝罪は、脅迫まがいの事がなくても異世界行きを決めていた事と、同時にそれを伝えない不義理をしてしまったことに対してだった。


 話がすんなり受け入れられたのは、脅迫まがいの要請というのが効いたのだろう。

 プライバシーを捨てても今の仕事を続けろ。

 経営者の中にはそんな事も言えてしまう人もいるだろうが、このオーナーは違った。



「辻本くんも被害者のようなものだしな。それにしても、コンビニの副店長が必要な状況って全然想像がつかん。言える範囲で教えられる事ってあんの?」


「いや、私も話して良いラインが全く分からなくて。ただ、家族全員でとある場所まで行く……このくらいまでなら、多分許されるんじゃないかと」


「一家まるごと?何が起きてんだ?」



 大きく独り言を漏らした後に、浩介に仕事に戻って良いと告げて話を締めた。

 その後、今日シフトに入っていた従業員に三日後に退職する事を報告した。

 皆一様に驚き、そして急に辞めれるものなのかと疑問を投げてきた。

 言える範囲で説明するとその時は何となく理解を示してくれたが、時間が経つにつれて嫌な感じのする目を向けてくるようになり、気のせいかもしれないが言葉にトゲが含まれているように感じた。

 全員がそんな目を向けてくるわけではなかったが、良好な関係を築いていただけに落ち込んだ。

 それから翌日、翌々日とそんな日が続いて決して気持ちよく働けたとは言い難かった。

 一瞬だが、俺の戦いでこんな人たちも救われてしまうのか、と考えてしまう事もあった。

 が、その度に、悪いところだけ見てはいけない、これまでたくさん良いところも見てきたじゃないか、と思い直した。

 腐りそうになる気持ちを必死に抑えながら仕事をして、最後のタイムカードを押した。

 事務所の机で連絡ノートにペンを走らせる。

 急な退職の謝罪、お世話になったお礼、今後のご健勝とご多幸云々。

 それらをページ半分使って書き残したあと、既に帰宅したオーナーと店長へ電話をかけて、改めて退職の挨拶をした。

 交代でシフトに入った高校生と短大生に向って、お先に失礼しますと言って最後の仕事を終えた。


 帰宅の道中で落ち込んでいた気持ちを切り替える。

 家に帰って、家族揃って夕食を囲む。

 その日は家族全員が好きなカレーライスだった。






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