#31_家族会議(2)
思いがねない第三の選択肢に、父親と子供たちは開いた口が塞がらない。
しかし、父親が重要視している職場への義理についての解決にはなっていない。というより、仮にそれが出来ても何も解決しない。
全てを楽観視している父親。
反対に、異世界の脅威を重く受け止めている葉月。
そして、何を考えているか読めない母親。
話を聞けば、母親の提示した案は妥協案だった。
「お父さんもお母さんも心配だし、葉月だってそうでしょ?でも、傍で一緒に見てれば、少しは不安がなくなるんじゃないかって思うのよ」
「そ、それはそうだと思うけど……あたし、仕事あるし、友達だっているし……」
「お、俺だって付き合いがあるんだぞ、そう簡単に済む話じゃないだろう」
葉月と父親は同意しかねていた。
どちらも、人との繋がりが理由だ。
それを聞いた母親は、少しだけ首を傾げて不思議そうに二人を見た。
「家族より大切なのかしら?もしかしたら、浩介と二度と会えなくなるかもしれないけれど、友達とは帰ってくればまた会えるじゃない?」
「母さん!もしかしたらなんて、そんな事は言うものじゃない!」
話の本筋とは違う部分を問題にしてしまう父親を余所に、葉月は考え込んだ。
父親は母親に小言を言っているが、あっけらかんとして受け流している。
ここで浩介は確認するために、伍代の名刺を取り出して電話をかける。
「ごめん、ちょっとそれが出来るか聞いてみる」
「そうね。お願い」
母親の声を受けながら、耳元で鳴る呼び出し音に耳を傾ける。
2コール目で応答があった。
「もしもし、伍代ですが」
少し訝しむ声色だったが、知らない番号が表示されていたならば至極普通の反応である。
気にせずに名乗る。
「夜分遅くにお電話すみません。今日のお昼にお会いしたハイネガーです。ちょっと聞きたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」
「ああ、どうも。どうされましか?」
伍代はあえて決断の話だと断定しなかったおかげで、話がスムーズに進んだ。
浩介が用件を言い終えると、それについては伍代の独断で進められるものではなく、折り返し電話を掛けると言われた。
通話を終えると、すかさず母親が尋ねてきた。
「で、どうだって?」
「もう少ししたら折り返しの電話をくれるって。上の人に話を付けないといけないからって」
「あら、明日じゃないのねぇ。自衛隊さんって、こんな時間でも仕事しなきゃいけないなんて大変ねぇ」
能天気に言う母親の姿があまりに普段通りで、人生に関わるような話し合いをしている事を忘れそうになる。
浩介のスマホが鳴るまでほとんど会話はなく、お茶いる人~という母親の声くらいであった。
湯呑に人数分のお茶を入れるが、お茶に手を付けたのは浩介と母親のみで、葉月は父親と顔を合わせないよう再びテレビの方を向いている。
そのような時間が続き、お茶がぬるくなり始めた頃に浩介のスマホが振動した。
スピーカーモードにして、全員が聞こえるようにした。
「伍代です、お待たせして申し訳ありません。先ほどのお話ですが、大人数でなければ同行は許可されます」
「そうですか、こんな遅い時間に対応していただきありがとうございます。それで、職を持っている家族がいた場合、私と同じようなサポートは受けられますか?」
「はい、可能です。ですが、異世界で活動する我々と共に、何かしらの仕事をしていただく必要があります。
配給や運搬、ライフラインの整備、交渉など、こちらが提示した職種の中でご希望の仕事に従事していただきます」
「わかりました。様々な待遇は私と同じなのかというのと、折を見てこっちに帰ってくる事はできますか?」
「保険と給与の項目に差はありますが、概ね変わりません。帰郷については状況次第になりますが、短期間であればこちらに戻る事は十分可能です。ただ、その時は監視が付きます事をご了承いただきます」
「そうなんですね、わかりました。どうも有難うございました」
「いいえ。不明な点が出てきましたら、まだご連絡ください」
通話を終えると、それぞれ視線を交わらせる。
「という事らしい」
まずは葉月がまだ若干の不機嫌さを残したまま浩介に訊いた。
「仕事してる人のサポートって、どういう事?」
葉月は資料に目を通していない。
軽く説明しながら、テーブルに広がっている紙の中にその事が記載されている物を探す。
浩介が見つけ出した紙を読み始めると、小さく息を吐きながら内容を理解をした。
その間に母親は保険に関する資料を見つけて、改めて読み直していた。
父親は特に調べ物をすることは無く、黙ってその様子を眺めている。その瞳には、まだ納得していない色が窺える。
葉月と母親は手持ちの資料を読み終えると、互いに持っていた資料を交換して読み進める。
手持無沙汰にしていた父親はついに痺れを切らし、言葉を投下した。
「俺は反対だ。許さないからな」
父親の言葉を軽くいなす様に、母親は答える。
「あら、そう?」
先程まで頭に血が上っていた葉月も時間が経って落ち着き、静かに言い放つ。
「別に許さなくてもいいけどね。こっちはこっちで勝手にやるから。あたしも母さんも、お兄と一緒に行くから」
「なっ!駄目だ!そんなことは許さないぞ!」
目を血走らせ声を荒げる父親を無視して、浩介は驚いた。
「葉月、お前、良いのか?だって、俺が異世界に行くって言った時、あんなに怒ってたのに……」
「良いの。あの時は家族に相談しないで一人で決めたから、あたしは腹が立ってた。まぁ家に帰って落ち着いてから気付いたんだけどね。
さっきお兄が自分の気持ち整理しながら話してくの聞いてたら、あたしもちょっと色々考えなきゃなって思って。で、考えた結果、付いていく」
「そうか……」
この妹には頭が上がらないな、と感謝を胸に刻んで相槌を打った。
兄妹のやりとりを聞いていた母親は、満足そうに目を細めながら手元の資料を読み進めていた。
そこで、葉月は浩介に話を持ち掛ける。
「そうなると、職場に話を通さなきゃいけないわけだけど、早い方が良いよね」
「そうだな、明日の出勤時に伝えた方が良いだろうなぁ」
「でも、機密事項だから具体的な話は出来ないんだよね。どう説明したら良い?」
「そうだな……とりあえず、葉月とおふくろが一緒に来てくれるってことで話はまとまったから、今から伍代さんに話してみる」
蚊帳の外で進んでいく話に焦った父親は、声高に抵抗の言葉を吐きだす。
「ちょっと待ちなさい!話はまだ終わってないだろう!」
「あ、お兄ちょっと待って。母さんは伍代さんに聞いておきたい事はない?」
しかし、一家の大黒柱と呼ばれる者を無視して、話はどんどん進められる。
母親は手元の資料から、ちらりと父親を見る。
その目と口元は、半分にやけていた。
「で、お父さん、どうするの?」
葉月と浩介は父親を見る。
少し目を泳がせながら、困ったように眉尻を下げていた。
そんな父親に娘が追い打ちをかけた。
「この家に一人っきりで、これからの人生も独りきりになるかもしれないけれど、良いの?」
小さな子供を諭すような言い方をしてはいるが、父親からすれば半ば脅迫である。
とはいえ、どうしようもない流れになってるのは明白で、観念した顔で口を開いた。
「……行く」
「はい、よろしい」
「まったく、世話の焼ける大きい子供だこと」
女性陣から軽口を叩かれるが、皆の頬が緩んできているのがはっきりと見えた。
その後の伍代との電話の最中、防衛省の職員が明日、浩介と葉月の就業時間中に職場へ赴く予定をその場で組んだ。
彼らが到着するまで職場の人には何も言わないでいて欲しいと言われた。
……夜も遅い時間だというのに、話があり得ないくらい早く進んだことに一家は驚愕した。
そして、今日を含めた四日後、異世界に出発する。
出立まであまり日はない。
やる事はたくさんある。
荷造りに、必要そうな物の買い出し、そして生命保険やインターネット、自動車保険等の様々な契約の解約手続き。
リストアップして漏れがないようにしなければならない。
こうなったら時間がないと、それぞれ動き始めた。
「半分、夜逃げみたいだな」
自室で荷造りしながら苦笑いを浮かべた。




