#27_木更津駐屯地
カラオケボックスを出た浩介らは、葉月の希望でタクシーを手配した。
さすがに無作為に選んだタクシー会社までグルという事はないと思い、車内に乗り込むと緊張は少し和らいだ。
伍代が黒のクラウンの後部座席に乗り込んだ後に橋本がドアを閉めて、その足でタクシーの運転手に行先を告げた。
「木更津駐屯地までお願いします」
かなりの遠出だ。
そうして長らくタクシーの荒っぽい運転に揺られ、ようやく目的地が見えてきた。
不自然なほどに真っ直ぐ伸びる道路を進むと、レンガ造りの門構えが張り巡らされている。
先行していた伍代らのクラウンは、門構えの手前で徐行運転になった。
門構えの両脇には迷彩服を着た歩哨が立っており、伍代らが目の前を通る時に敬礼をした。
そのままクラウンは駐屯地内を進んでいく。
それを見た葉月は、彼らの話が本物だったとようやく信じた。
「本当だったんだ……」
「まあ、あんな話されたら普通は揶揄われてるかドッキリか、何かの犯罪を疑うのが普通だよな」
「ちょっと、ワクワクです」
兄妹は条件反射のように救世主の猫の顔を見た。
変なところで見た目に寄らず肝が据わっている、と言えばいいのだろうか。
タクシーが門の前で止まった。どうやら、ここで降りるらしい。
この時、ようやく避けられない由々しき事態が発生した事に三人は気が付いた。
「えっと……割り勘でいいかな?」
それぞれが財布の中身を確認していると、タクシーの運転手側のウィンドウが下がる音がした。
ドライバーに、迷彩服に身を包んだ自衛官が中腰になって話しかけていた。
自衛官が紙を渡すと、後部座席のドアが開いて浩介たちに話しかけてきた。
「ようこそ。お話は伺っています。車から降りたら真っ直ぐ歩いてあのゲートの中へどうぞ」
どうやら、べらぼうな料金を支払わなくても良いようだ。
タクシーを降りてゲートでゲストパスポートを受け取ると、自衛官のエスコートで敷地内に足を踏み入れた。
目の前に広がる広大な敷地。
真っ直ぐ伸びている舗装された道の右側に建てられた四階建ての白い庁舎。
どこ向かうのかと自衛官を見ていると、ほど近い場所にあったパジェロの元に案内された。
「こちらにお乗りください」
浩介たちを乗せたパジェロは駐屯地の奥へと進んでいく。
初めて訪れる自衛隊の駐屯地。少し、観光にでも来ている気分だった。
パジェロは道路脇に聳える巨大な庁舎の先にある、整地されて開けた場所に出た。
手前にはいくつもの倉庫なのか格納庫なのか、それらしきものが敷設されている。
それらを通り過ぎたところで右折すると、クラウンが停まっていて伍代と橋本が立っていた。
そこから数十メートル離れた場所に、どこかで見た事のある両翼に竹とんぼを付けたような形の輸送機が、大きなモーター音を発生させて待機していた。
パジェロはクラウンの後ろに付けると、自衛官の指示で車を降りた。
伍代と橋本の元へ向かう。
声が輸送機の発する音に負けないように近くまで来たところで、伍代が浩介たちに言った。
「木更津駐屯地へようこそ」
伍代と橋本がとても綺麗な敬礼を見せた。
敬礼を返した方が良いのか、それともお辞儀で良いのか迷っている間に、伍代らは敬礼から直る。
そして、ここへ招待した理由を話し始める。
「あなた方にここへ来ていただいた理由ですが、あの映像の実物を実際に目にしていただくためです」
そうではないかと考えていたことではあったが、場所は富士山中。
動画でも見た通りの、木々生い茂る山の中。
日帰りで行けるような場所ではない。
「でも、あれ山の中ですよね?木とかめっちゃ生えてますよね?これから山登り、ですか?」
「いえ、もっと楽な方法で移動していただきます。あれに乗ってください」
そう言って輸送機を示す。
まさか、落下傘部隊のように輸送機からパラシュート降下しなくてはならないのかと思うと、恐怖しか沸いてこなかった。
「えっと、パラシュートで降りたり……?」
「いえ。これは一般的にはオスプレイと呼ばれており、垂直離着陸、つまりヘリと同じ運用が可能なので、ある程度の着地面積が確保されいればどこでも下りられます」
「ああっ!」
浩介と葉月はその存在を知っていたが、救世主の猫はイマイチ反応が薄かった。
特にどういうものか尋ねもしなかったので、そのまま話は進んでいく。
「ただ、お三方を乗せるためだけに上げる事はできないので、他の自衛官や補給物資と一緒に乗ってもらう事になります。その点はご了承ください」
そう言うと伍代と橋本は少し離れると告げた後、いつの間にか浩介らの隣に待機していた先ほどの自衛官に向けて浩介らのエスコートを引き継いだ。
「では小牧三曹、彼らを少し頼む」
小牧と呼ばれた自衛官は、背筋を伸ばして返事をした。それから伍代と橋本は走って庁舎の中へ消えた。
色々と困惑している浩介らに、小牧から声が掛かる。
「それでは、これからヘルメット着用の説明をさせていただきます」
小牧はテレビでヘリの操縦士が付けているようなヘルメットをそれぞれに配り、小牧の説明通りにヘルメットを装着した。
それを確認した後、声を張り上げながらオスプレイを手で示して、付いて来るように言う。
浩介らのヘルメットにはマイクが付いていたが、小牧のヘルメットには無かった。
故に、大声を出してジェスチャーも加えて意思が伝わるようにしなければならなかったようだ。
オスプレイに近付くにつれてモーター音も大きくなり、プロペラが発生させる風も強くなっていく。
オスプレイの尻尾の部分に回り込むと、機体の後部からタラップが開いていて中が丸見えだった。
胴体は細長く、機体内部の両脇には折り畳み式の座席がずらりと並んでいるが、本来は24人分座れるスペースがほとんど積み荷で塞がれていた。
小牧が先に中へ入り、浩介らを誘導する。
「どうぞ、上がってください!」
もうほとんど小牧の声は聞こえてはいなかったが、彼が機内を指し示したので、その意味は伝わった。
硬い鉄板の短い坂道を上ると、暴風を感じなくなった代わりに、モーター音とプロペラの音が殊更大きく鼓膜を打つ。
小牧は荷物を避けつつ、浩介ちゃちを一番奥(コックピットの真後ろ)まで案内した。
そこは座席が六つ展開したままのすっきりしたスペースが確保されていて、言わずもがな浩介たちと伍代たちの為に用意された場所。
浩介が軽く周囲を見渡していると、まだ姿が見えない橋本の声がヘルメットをしているにも関わらず、耳元で聞こえた。
「小牧三曹、終わった?じゃあ、後は私に任せて戻って」
小牧が荷物を避けながら機体後方へ移動し、オスプレイを降りる。
戻って来た橋本は迷彩服に着替えていて、浩介たちと同じヘルメットを被っていた。
橋本の声が聞こえたのはマイクを通していたからか。
浩介たちに向って、橋本は迷彩服のポケットからタブレットと水の入った小さいペットボトルを渡してきた。
「これは?」
「酔い止めです、飲んでおくと良いですよ。かなり揺れるので、もしかしたら酷く酔ってしまうかもしれませんから」
橋本はまるで手本を見せるように目の前で錠剤を口に含み、水で流し込んだ。
どうぞ、といわんばかりにじっと浩介らを見る。
ここまで来て変な薬はないだろうと思い、まず浩介が胃に錠剤を流し込む。続いて、葉月と救世主の猫も服用した。
「ただ、酔い止めでもカバーしきれない程に酔ってしまうかもしれません。念のため、こちらのエチケット袋も持っておいてください」
そう言って迷彩服のポケットから取り出してきた。
「(あの迷彩服こそ、異世界に通じているんじゃないのか?)」
エチケット袋を受け取っている最中に、後方が騒がしくなってきた。
何やら叫びあっているようだが、様々な音が混ざり合って聞き取れない。
伍代が橋本の背後から声をかけてきた。
「お待たせしました、これから目的地へ向かいます」
橋本の脇を抜けて、貨物室の境目から操縦席へ顔を覗かせて、パイロットと何かを話している。
その間に橋本は浩介らに着座を促して、ベルトの付け方を教えた。
準備完了を伍代に報告し、伍代がパイロットと手短に話を終わらせると、二人も着座してベルトを付ける。
パイロットが振り向いてそれを確認すると、エンジンとプロペラの騒音が甲高くなり、機体が垂直に浮上し始めた。
「お、おおっ!」
体験した事のない感覚に驚く。
もしかしたら、一生経験することは無かったかもしれない。
今は異界の入口の存在以上に、この高揚感が体を支配している。
鋼鉄の翼は空へ羽ばたいた。




