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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~人類ノ結末~
229/234

#229_最後の戦い(8)


 約束の五秒が過ぎる。浩介は空壁の展開をやむなく切り上げざるを得ない。

 グランとシスターはよく持ちこたえ、光球の破壊という望外の成果を挙げてくれた。

 光球を破壊され、ヒトガタが僅かに動揺を見せた今が畳みかける絶好のチャンス。

 動きを鈍らせながらもヒトガタは、僅かな飛沫の残滓でも、と黒い粒子を回収しようとしていたが、元の姿に戻ったグランとシスターが熾烈に攻撃を繰り出してその暇を与えない。

 だが、油断はできない。

 光玉はもう一つあるのだから。

 ヒトガタが持ち直すより早くグランと交代する必要があり、疾く駆け出した。



「(あの虹色の玉がシスターの攻撃で破壊できるなら、勝てるっ!)」



 皆はそこに希望を見出し、勢いづく。

 久遠を除いて。

 これからやらなければならない事を考えれば仕方ないだろう。

 浩介が久遠とすれ違うその際に、一言だけ声を掛けた。



「俺がいる」



 久遠が振り向いた時はその背中は遠かった。

 あの空間でグランに言われたからではないが、彼女の心境を思えば声を掛けずにはいられなかった。

 掛ける言葉をじっくりと考える余裕もなく、咄嗟に口を突いて出たのは歯の浮くような気障ったらしい口説き文句のような一言。

 本人も言った後で恥ずかしくなり、口を歪めるはめとなった。

 こんな時にラブコメしてる場合じゃない、と切り替えてグランとフォーメーションを交代する。



「(ごめん、待たせた)」


「(いや、あの光玉が砕かれたのはあやつにとって相当な痛手らしい。もう五秒はもたせられそうだが?)」



 口の端を吊り上げて不敵に笑うが、シスターの手元へ急ぐグランを見てその言葉を真に受けるほど浩介も馬鹿ではない。

 すぐにヒトガタは態勢を立て直すはずだ。

 そうなったらグランだけでは役不足。

 互いにそれを理解したうえで、浩介も軽口を返す。



「(頼もしいな。でも、俺も仕事を取り上げられると困るからね。後は任せて)」



 再びハルバード形態のグランがシスターの手に戻り、浩介も戦闘に復帰する。

 ヒトガタに傷はもうない。

 そして、漆黒の飛沫も全てリアンたちが吸収し終えていた。

 ヒトガタに休む間も与えるか、とハルバードを構えてシスターが突撃していく。



「やああああっ!」


「いくぞっ!」



 浩介たちの読み通り、シスターの攻撃には光球で防御するが、浩介の攻撃に光玉は使われない。

 腕で刀を受け止めざるを得なかったヒトガタ。

 漆黒の飛沫を出させることはできなかったものの、ごく浅い亀裂が入った。



「(いけるっ!)」


「……やはり耐えられぬか。ならば」



 何かをするつもりだろうが、そうはさせまいと浩介とシスターは得物を振りかぶって振り下ろす。

 その刃が届く寸前、ヒトガタから膨大なエネルギーが放出され、その激流に弾き飛ばされた。



「くっ、何を?!」


「そんなーっ!」



 ヒトガタは両手の平を、天を仰ぐように上に向けて浩介たちに宣告した。



「遊びは終いだ」



 その場の全員が直感的に理解する。


 ――何か分からないが、阻止できなければ、死ぬ。


 初めに異変が訪れたのは、久遠の前方の魔物集団だった。

 格子状の空壁レーザーが魔物の肉壁を細切れにし始め、魔物たちを構成している黒い粒子がリアンたちに吸い込まれていた。

 ところが、まだ光鎖刃が届いていない魔物も黒い粒子へと変わり、ヒトガタへ向かっていく。



「っ!これは、まさか魔物たちのエネルギーを全部吸収するつもり?!」


「ベル、コハク、リアン、全力で防ぐぞ……我が主、一切の躊躇もなりません。敵を斬るが如く、実行なさいませ」


「……わかってる。安心して」



 しかし、ロアたちの奮戦虚しく、黒い嵐は久遠やリアンたちを飲み込み、ヒトガタまで到達した。

 ヒトガタまで到達した嵐は竜巻へと変わり、なおも魔物のエネルギーは竜巻へ注がれ続ける。

 魔物のいた場所とヒトガタとの間は、黒い帯で繋がった。



「まずいぞっ。シスター!」


「はい、天使さまっ!」



 吹き飛ばされた体勢から早急に立て直し、竜巻の中心部を打ち砕くため矢の如く駆けた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 黒い嵐に呑まれた久遠たち。

 リアンらはその中で己の能力を限界まで黒い粒子を吸収し続ける。

 しかし、彼女らの必死の抵抗をあざ笑うかのように激流は一切衰えを見せない。

 そしてそのまま、とうとう二人が限界を迎える。



「(あ、るじ……さま……おね……が、い……し……す……)」


「(しは、いさ……る……まえ、に……は、や……く……)」



 全員の視界が黒く覆われる中、ベルとコハクから念話が届いた。

 吸収可能な臨界点間際までその身に死のエネルギーを抱えた二人は、もはや言葉を思い浮かべることすら覚束なくなっていた。

 久遠は吹き荒れる嵐の中で二人の事を思い、血が滲むほどに唇を噛んで槍を携える。

 コハクたちは目覚めてから間もなく、新しくできた思い出といえばこの戦いだけ。

 でも久遠たちには二万年前に作った思い出があり、それが瞬時に呼び起された。

 だが、わずかでも感傷に浸って躊躇をしたならば、二人の想いを踏みにじることになりかねない。

 曲がり間違っても、そんな不義理をするわけにはいかない。

 ベルとコハクの想いに報いるため、久遠にしか見えない茶色と白色の光に向かって駆け出す。

 そして、瞳の輝きを失い何の感情もない顔をした二人が眼前に映った。



「っ!」



 精神や存在そのものが、死のエネルギーに支配されていた。

 心を抉られる思いだった。

 これを見るなら死に顔を見た方がまだマシだ。

 今更ながら、自分が命じた事の残酷さに気付いて死にたくなる。

 それでも、せめてもの贖罪と手向けとして、二人の使命を全うさせてあげないと心の中の二人に顔向けできない。

 そして、まだ後に控えている者がいる事も忘れてはならない。

 胸中、整理のつくことがない想いを抱えたまま、久遠は二人にありったけの感謝を込めて、



「(本当に、ありがとう)」



 そう伝えて、二人一緒に槍で貫いた。

 二人の体内から槍に向けて黒い煙が伝い、久遠に届く前にそれは色を薄めてやがて白くなり、風に吹かれる桜の花びらのように舞い散ると泡のように消えた。

 浄化、完了。


 ヒトガタの傷口から漏れ出した死のエネルギーをスピリットが吸収し、久遠の生み出す浄化の武器で貫いて死のエネルギーを消滅させるというのが、グランの発案した作戦だった。

 既に人類の滅びた世界から、新たに死のエネルギーを調達するのは不可能。

 であれば、今ある死のエネルギーを浄化すればするほど、ヒトガタは鎧を剥がされ武器を取り上げられ弱体化するはず。

 作戦というには少々幼稚ではあったが他に道はない。

 グランの作戦が当たったのは、ヒトガタが戦い慣れていなかったのも幸いしただろう。


 そうして役目を終えたベルとコハクも、ついには己の存在も泡のように消え始め、言葉を掛ける暇もなく消滅した。



「(ベルちゃん、コハクちゃん……)」



 消滅の間際に二人が微笑んでいるように見えたのは願望か、それとも現実か。

 半ば放心状態になってしまった久遠の頭に、しっかりしろといわんばかりのタイミングで浩介から念話が届く。



「(二人は……)」


「(……うん)」


「(久遠、敢えて言うぞ。まだ終わりじゃない)」


「(っ。うん、分かってるよ)」


「(依然として黒い嵐は止まっていない。俺もシスターもヒトガタに仕掛けてみたけど、今度は竜巻が虹色の玉みたいに攻撃を防いでる。ヒトガタは力を増す一方だ……)」



 リアンとロアへ目を向け、様子を確かめる。

 その時、二人からも念話が届いた。

 まさか二人ももう、と思った。



「(主様、提案が、あります)」



 まだ少しばかり余裕のありそうな様子に安堵した。



「(何かな?)」


「(主様の持っている、空の聖石……コハクとベルの物と、あのゴm……いえ人間が持っていた聖石を、私か、ロアに)」


「(……なるほど、確かにそれにも死のエネルギーは溜め込めるね。でも、その体に溜め込むにも必死なのに、二つ同時になんて負荷が大きすぎ……違う、なるほど。

  リアンちゃんたちが引き受けているものを聖石に移すんだね)」


「(さすが主様。ですが、聖石は本来の能力的に、それを目的とはしていませんので、浄化できるのは、せいぜいが雀の涙程度、でしょう。それでも、それに縋りつかなければ、ヤツに勝てる勝算も……)」


「(わかったよ)」


「(では、まずは私に二つ。ロアと並行してやってしまうと、同時に限界が来た時の、対処ができなくなってしまうので)」


「(……うん)」



 リアンの提案を受け入れた久遠は、彼女の言うとおりにするため聖石が手渡し出来る距離まで近づいた。

 近くで見たリアンの姿は先程の二人の虚無の貌とは様子が違った。片目はベルたちと同じ目に変わっていたが、両腕がデーモンのように赤黒く巨大に変質していた。

 元のリアンは、線は細くても力強い意志と風格の宿った体躯だった。

 それが今では怪物のような姿へ変貌しかけていて、久遠は言葉を失くした。

 ショックを顔には出さないようにしたはずだが、リアンは察していた。



「(主様、さあ、聖石を……)」



 だが、おくびにも出さずに久遠の思考を戻させ、ほとんど力の入らないリアンの手に茶と白の聖石をしっかりと握らせた。



「(ベル、コハク……使わせてもらうぞ)」



 念話ではなく、心で呟く。

 リアンの体から聖石へ黒い煙が流し込まれていく。

 少しずつ聖石の色が黒へと近づいていくのが目に見えて分かる



「(くっくっ……まさか、こんなに早く浸食され始めるなんてな。恐れ入るよ、クソ野郎……。ここまでやられっぱなしとかふざけやがって。いいぜ、この命と引き換えに目玉をひん剥かせてやる)」



 彼女の負けず嫌いが、さらに闘争心に火を付けた。






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