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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~人類ノ結末~
222/234

#222_最後の戦い(1)


 次元の狭間に幾度も煌く光の柱がヒュドラやデーモンを撃ち貫き、段階的に速度を取り戻す空壁シャトル。

 まとわりついていたヒュドラが暴風に舞う枯葉のように剥がれていく。

 突破まであと一息。

 皆の願いが通じたのか、ひと際巨大な光の柱が行く手を遮っていたデーモンとヒュドラ全てを薙ぎ払って一掃した。



「すごい……」



 正面に敵はいない。

 あとは後方からの攻撃をいなすだけ。

 その作業もやがて落ち着き、周囲に敵はいなくなった。



「さっきのは何だったんだ。あんなの見た事ないぞ」


「だが、あれからは妙な気配を感じた。我らと同質の力とそれ以外の何かが混じり合ったような」



 リアンとロアが呻って煮え切らない表情を浮かべる。

 シスターやベルたちも互いに顔を見合わせては首を傾げる。

 その中で浩介だけは光の柱の正体に心当たりがあったが、その結論はあり得ない程に都合の良すぎるものだった。



「(まさか、レーザーキャノン?いやいやそんなバカな。ここは次元の狭間だし、人間の兵器が次元を越えるなんて……。でも、感覚的には聞いてた残弾数と同じくらいの数だった。

  それに一発しか撃てないけど超強力な試作機……まさかあの最後の一発が?信じがたいけど、本当に?)」



 三者三様に光の柱について想像を巡らせていると、コハクが切羽詰まった声を上げた。



「みんな避けてーっ!」



 いち早く反応した久遠は咄嗟に空壁シャトルを消した。

 皆は即座に正面を開けるように散開し、直後見えない巨大な刃がその間を貫いたと肌で感じた。

 あとコンマ数秒遅かったらと思うと、浩介の背中を冷たい汗が伝った。



「これって……」



 久遠は皆に聞こえるように、重く深く、噛むように告げる。



「……さあ、決着をつけようか」



 前方には相変わらず虚空のような漆黒とガラス片のような光しか見えない。

 だが、どうしてだかそこに何かが在ると分かる。

 肌を突き刺すような威圧感と存在感。

 そして、自然と沸き上がる絶望感。

 まるで見えない巨人を前にしているかのよう。

 体が勝手に身構え、周囲に意識を張り巡らせて予兆の無い攻撃に警戒する。

 そんな浩介同様、体が震えるほどのプレッシャーを久遠やリオンたちも感じていて、これまでの雑談や軽口は鳴りを潜めて前方を睨んでいた。

 すると、プレッシャーを放つ前方の空間に白い靄が浮かび上がり、靄はデーモンより一回りはあろうかという巨人の姿を成した。

 その白い巨人は言った。



「ここまで来るとは想像の埒外であった。が、因縁浅からぬ貴様たちであれば、その事実も歓迎できよう。だが今も昔も、何故高次存在が取るに足らぬ低次元に干渉するのか解せぬ。

 まさか、この次元に何か期待を持っているというのか?」


「さあね。私はただの使い走りだから、上が何を考えて私を送り込んだかなんて知らないよ。私が命じられたのは、人間に仇を成すアンタの排除。それ以上でもそれ以下でもない。

 上の思惑が知りたければ高次存在になるしかないけど、アンタには無理な話。残念だったね」


「なに、興味で聞いただけだ。私の目的は全ての人間を抹殺する事。そして、既に私の目的は達成された」


「……は?」


「……それはどういう事だい」



 会話の流れが急激に変わったと思う間もなく、ヒトガタは勝利を告げた。

 宣言ではなく、確定されたもの。

 浩介は青ざめた。



「まさか、みんなもう……」


「貴様たちがここに入って、そしてここまでたどり着くまでに元の世界では四年経過している。そして、私の元には抱えきれぬほどの無念と憎悪、悔恨が流れ込んできた。

 つまりは、人類は死滅した。そこの貴様以外はな」


「……うそ……だ……」


「貴様にしてみれば、存外あっけない終幕で実感もないだろう。そうだな、では一つ証拠を見せよう」



 ヒトガタは腕と思しき靄の部分を水平に伸ばすと、次元の狭間に浮かんでいるガラス片が一つ吸い寄せられた。

 腕の先がガラス片の中に潜り込んでいく。

 ガラス片をよく見ると、すべからく異世界の景色が映っていた。

 まさかと思った直後にヒトガタの腕は引き抜かれ、その手には薄い光の膜に覆われた上着サイズのような物が握られていた。

 それを、さあ確認しろと浩介に放る。

 水平にゆっくりと飛んでくるモノを、訝りながらも両手で受け取って何かを確認する。

 それは、マネキンのようにTシャツを着こんだ下半身のない腐乱死体だった。

 蛆の湧いた頭部に腕。



「え?うわああああああっ!……………………え」



驚いて手を離すが、浩介は何かに気が付くと顔から色が消えた。



「これって……葉月のTシャツ、だよな……?」



 確かめたくないが、確かめずにはおけない。

 微かに震える声で久遠に聞くと、彼女は唇を噛みしめて目を逸らす。

 もう一度、腐乱死体を見る。



「じゃあ、これ、って…………は、づ……」




 眼球は眼窩から垂れ下がり、髪は殆どが抜け落ちているが生前の髪型の面影は窺える。

 窺えてしまう。

 顔は見る影もないが、僅かに残る髪の形は葉月がよくしていたもの。

 ヒトガタが突きつけた証拠は、これ以上ないくらい人類の終焉を物語っていた。

 ベルやリアンたちも、さすがの仕打ちに哀れみの目を向けざるを得ない。

 唯一の家族の変わり果てた姿を見た浩介の心が暴れる前に、久遠は変わり果てた葉月と浩介の間に入って体で隠す。

 何か言いたげな浩介を無視してヒトガタを咎めた。



「悪趣味にも限度があるだろう。アンタはもう、身も心も人外に成り果てたみたいだね」


「人間の喜怒哀楽ほど不安定で脅威なものはない。浮かれては配慮を欠き、怒っては独りよがりの正義をまき散らし、悲哀に暮れては他者を拒絶し、娯楽を求めた果ては怠惰を欲する。

 そして、支配者層は支配欲と物欲に塗れた獣。人間という存在は世界にとって病魔そのものだ。

 目の前のウィルス一つに配慮するなど無駄。そう思う私を人外と言うのであれば、その誹りは喜ばしい」


「……アンタ、遠くを見過ぎて近くのものを見ようとしてないよ」


「個人を見たところで社会構造は覆りはしない。貴様たちの思う『優しい人間』たちが同族を虐殺し、生態系を破壊し尽くす。

 こうなる前に本当に人間を救いたかったのなら、害をなす可能性のある人物を特定し余さず摘むべきだったな」


「くっ」



 人間社会は混じりっけなしの性善説で成り立ってはいない。

 人の上に立つ者は裏の顔を持ち、策謀や脅迫を匂わせ、健全な内政・外交を行っている国は両世界合わせて数えるほどしか存在しなかった。

 だが、これは国のトップだけの責任ではない。国民にも責任はある。

 政治とは国民が思っているほど単純ではないが、一つの政策が脚光を浴びれば国民はそれについてのみ批判する。

 その政策が他のものと絡み合い、その絡み合った先も複雑に絡み合っている事を知ろうともせずに。

 だから政治家は、無知で愚昧な国民に全てを説明しない。

 言っても耳も貸さず理解しないというのを理解しているからだ。

 そうして運営される国が歪まないわけがない。

 そして、その結果がヒトガタが蘇り、何万年も変わらない人間社会に辟易し、諦めた。



「これで私に盾突く理由がないと分かっただろう。最後の人間よ、抵抗しなければ楽に死なせてやろう」


「……す」



 浩介が何か呟いたが、声が小さすぎて最初は誰にも聞き取れなかった。

 だが、徐々に声が大きくなり何を言っているのかすぐに分かった。



「……すろす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!!!」



 血走った眼をヒトガタに向けるや否や飛び掛かり、全身で刀を振り被り叩きつける。

 普通に考えれば靄は斬れず空振りとなるはずだが、靄と接触した瞬間、鈍い金属的な音が鳴り響いて刀は打ち止められた。



「やめておけ、無駄な抵抗だ」


「黙れ!殺す殺す殺す殺すっ!!」



 抑揚のないヒトガタの声に浩介は更に頭に血を上らせ、力任せに何度も、何十回も鉄壁みたいな靄を斬りつける。

 前触れもなく戦いの火蓋は切って落とされた。

 久遠たちも浩介に追随し、コハクとベルは遠距離から攻撃を加える。

 だが、シスターだけはレベルの違う戦いに足踏みをしていた。



「こんな中に私が入ったら邪魔にしかならないじゃないですかぁ」


「だったら力不足な者同士、私たちのサポートをお願いっ!出力が足らないの」


「わ、わかりましたっ!」



 シスターはベルとコハクにエネルギーを供給し、二人の援護射撃の威力を増幅させる。

 リアン、ロア、久遠と浩介はピクリとも動かないヒトガタへ渾身の一撃を幾度も浴びせる。

 デーモンを一撃で葬り去っても有り余る力を有した斬撃や打撃だというのに、靄は一片の綻びも見せない。



「くっ、硬すぎるっ!」


「何が『ここまでくれば五分に持ち込める』だっ。サンドラのヤツ、ホラ吹きやがったな!」



 ただ木人のようにそこにいたヒトガタは、絶えず攻撃を繰り出す諦めの悪い者の相手に早々に飽いた。



「そこの最後の生き残りだけではなく、まさか高次存在まで無駄に足掻くとは……。これ以上失望させてくれるな」



 ヒトガタは片腕を前に伸ばすと、その手元にバスケットボールより一回り大きい虹色の玉が出現した。

 全員がそれに警戒し、理性を半ば失っていた浩介もさすがに攻撃の手を瞬時に止めて退く。

 浩介たちが距離を取ろうと動いた直後、虹色の玉から何本もの光る枝が恐ろしい速度で浩介たちを捕捉しようと伸びてきた。

 全力で回避し、すれ違いざまに各々の武器で叩き折ろうと試みるが、本体同様傷一つ付かない。

 浩介たちに出来るのは、一つだけだった。

 その心を代弁するように、ヒトガタが無感情で言う。



「いつまでも逃げ続けられるものでもないぞ?」






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