#22_女子が泊まりに来た!
イベント会場の最寄り駅の改札手前で、またゲーム内で、と声を掛け合って猫又とのど飴と別れた。
浩介と救世主の猫は、本日最終便の快速列車に乗る。
車内を見渡すと、ここにもオリジナルデザインの買い物袋やTシャツを来たイベント帰りの人たちが散見される。
ボックス席に腰を落ち着けて、救世主の猫がそれを見てぽつりと呟く。
「近所の人、多いんですね」
「かもしれないけど、そうじゃないかもね。この快速、隣の県まで走るから」
「あっ、そうなんですね。な、なんか田舎者で恥ずかしい……」
世間知らずを露呈して居た堪れなくなった救世主の猫は、恥ずかしさから顔を俯かせた。
浩介は大袈裟に捉えすぎだと笑って返す。
「いや、そんなことないから。その感じだと、俺ん家の周り見たらガッカリするかもね」
「え?」
それから何度か短く会話をした。
やがて目的の駅に着き、下車する。
上りと下りの路線が一つずつしかない小さな駅。ホームから階段を上り改札を出て、今度は駅の外へ続く階段を下りる。
すぐ目の前には小さな駐輪場。その先には、車がすれ違える程度の幅しかない道路。両脇には、アパートや一軒家が建ち並び、その間には細い路地が通っている。
駅から真っすぐ伸びる少しだけ広い道路の途中、申し訳程度にコンビニエンスストアとラーメン屋が見える。
街灯の光は弱く、都会の様にネオンが煌びやかに輝いているわけでもなく、娯楽施設や大型デパートなどもない。
そこは所謂、住宅地。
「どう?全然都会じゃないでしょ」
笑みを浮かべて救世主の猫に問いかけると、想像していたものとのギャップに少し困惑した顔を向けられた。
「そ、そうですね。なんか、ウチとあんまり変わらないかも……」
「そっか。んでは、行きましょうか」
浩介はそう言って駐輪場を抜けると、路肩に見慣れた軽自動車が停車しているのを見つけた。
その車のドアに背を預けて腕組をしながら浩介らを見る、スーツ姿の女性。
「迎えに来たよ」
葉月はドアから背中を離して腕を解き、手を振って見せる。
浩介は手を上げて応えた。
「サンキュー、助かるよ」
「で、そっちの人が?」
「そ。電話で話した猫さん」
目を白黒させながら浩介と葉月を交互に見ている救世主の猫に、それぞれを紹介する。
「猫さん、こっちは妹の葉月。猫さんには葉月の部屋で寝てもらおうと思ってる」
「は、はい。お世話になります。すみません、ご迷惑を、おかけしてしまって……」
「そんな事ないですよ。こちらこそ、いつも兄がお世話になっているようで」
挨拶もほどほどにして車に乗り込み、葉月の運転で辻本家へ向かう。
車内では、20年程前に流行ったポップスが流れており、葉月は自然とフレーズを小さく口ずさむ。助手席に座る浩介は、いつもの事なので聞き流している。
葉月はある程度口ずさんでからはっと気付いて歌声をストップさせると、ルームミラー越しに救世主の猫へ謝る。
「あっ!ご、ごめんなさい。うるさかったですよね」
「い、いえ、そんな事は……」
「素直に言って良いよ」
「おいこら、無理やり言わそうとするな」
苦笑いを浮かべるも、気の置けないやり取りを見た救世主の猫は羨ましそうな声で話しかける。
「仲、良いんですね」
葉月は何でもない風に運転しながら答える。
「まあ、あたしちょっとブラコン入ってるし」
「えええええっ?!いや何言ってんの?!」
衝撃的な言葉に浩介が驚愕した。
これにはどう答えたら良いものか、言葉を必死に探す救世主の猫だったが、その心配はいらなかった。
「ちょっと、そういう事は他の人がいる前で言っちゃ困らせちゃうでしょ!っていうか、俺が一番困ってるわっ」
「あ、でも心配しないで。お兄の色恋にはとやかく言うつもりはないから」
「んなの当たり前だわっ!」
微妙な空気を纏いながら車は辻本家に到着した。
玄関の前に車を一旦停めて、葉月は二人に先に下りて家に入るよう促す。
「はい、ここです。あたし車を車庫に入れるから、先に降りて中に入ってて」
言われた通りに車から降り、浩介が救世主の猫を家の中へ促す。
「狭いし汚いけど、どうぞー」
「お、お邪魔します……」
靴を脱いで廊下に片足を付けた直後、リビングのドアが勢いよく放たれて六十代後半の女性が姿を見せた。
「あらあら、おかえりぃ!まぁべっぴんさん!足、大丈夫?ちゃんと冷やした?ここで立ち話も辛いでしょう、早く上がってちょうだい」
「いいから早く寝なよ。あとは葉月と俺でなんとかやるから」
「そう?でもお腹とか空いてない?あ、お風呂先にする?もう沸いてるからいつでも入れるわよ?」
「え、えっと……」
まるで娘にするように救世主の猫へ声をかけるその人は、浩介の母親。
人見知りの激しい救世主の猫は、初対面の人間から矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐に目を回す。
そんな様子に構いもせず、容赦なく言葉をマシンガンのように放つ。
「あ、着替えは葉月のを着れるかしら?サイズ的には葉月の方が身長あるみたいだけれど、もしだったら、アタシのを貸しましょうか?でも下着は……」
そこから先の言葉は浩介を見て、言い淀んだ。
救世主の猫は少し顔を赤らめ、ハンドバッグを持つ両手に視線を落とす。
そこに、葉月が玄関に入ってくる。
「え、何、この何とも言えない空気は。母さん、猫さんに変な事言ったんじゃない?」
浩介は内心、お前が言うなと思ったが、口にしないでおいた。
葉月は反応が返ってくるのを期待して言ったわけではないようで、続けて話す。
「っていうか、いつまで玄関に突っ立ってるのよ。中に入ってよ」
「そ、そうだね。猫さん、どうぞ。あ、うちスリッパ使わないから、そのまま上がって」
「は、はい、お邪魔します」
その後は自然とリビングに移動して、救世主の猫をソファに座らせる。付けっぱなしのテレビから出る音をBGMに、母親は客人の為に麦茶を用意しに行った。
救世主の猫がその背中を目で追い始めた時に、リビングに入ってきた葉月に声をかけられる。
「それから猫さん、はいコレ」
「えっ?」
葉月は中程度の大きさのコンビニのレジ袋を差し出した。戸惑いながらも受け取ると、葉月はレジ袋の中身を説明した
「一応、お泊り道具一式です。着替えと歯ブラシ。メイク落としとパジャマはあたしの使ってもらおうと思ってるんだけど、他に必要なのあったら遠慮なく言ってくださいね」
「あ、あっ、ありがとうございます。えっと、おいくら……」
「気にしないでください。兄がかけてる迷惑を考えれば、これでも足りないくらいですから」
「おいこら」
麦茶を用意しながらニタニタと会話を聞いていた母親は、キッチン越しに葉月を見ていた。
それに気付くと、葉月は怪訝そうに聞く。
「何、どうしたの」
「いやぁ、イイ女に育ったと思ってね~。アタシに似たのかしら?」
「それ、自惚れてるよね……」
「あら、いいじゃない別に減るもんでもなしに。ね~?はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
母親は言いながら麦茶を置いた。
はたと浩介が何かに気付き、部屋を見渡して家族に聞いた。
「あれ、親父は?」
一変して平坦な声音で母親が答える。
「あー、父さん?離婚したわよ」
「いやいやいや!」
「母さん、お客さんいるからそういう冗談はやめて」
子供たちから叱責を受けても飄々と笑う。
「父さんは今日、会社のOBの人たちと飲み会よ。今日は同僚の方の家にお世話になるって連絡来たわ。猫さんと同じね。あ、アタシも猫さんって呼んじゃって良いのかしら?猫さんって可愛い名前よね~」
「は、はあ……」
浩介がいる手前、本名を明かすのは気まずかった。
救世主の猫は後の生涯においても、この時ほどキャラに付ける名前をもっと普通のものにしておけば良かったと後悔した時は無かった。
「じゃあ猫さん、あたしの部屋に案内しますね」
「は、はい、よろしくお願いします」
葉月に続いて救世主の猫がソファから立ち上がると、浩介と母親に向けてお辞儀をしてから葉月の後を付いて行った。
軽く手を上げて応えた浩介と、笑って頷いた母親がリビングに残された。
母親は意味ありげな視線を浩介に向けて、しみじみと言葉を漏らした。
「いい子ねえ。あんな子がウチのお嫁さんに来てくれたらねぇ?」
浩介は無言で自室に戻った。




