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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~人類ノ結末~
218/234

#218_久遠の過去(3)


 青年は快復するまでネリーザの家で面倒を見てもらえることになり、彼女はそれが決まると出て行こうとした。



「ちょ、ちょっと待ちなさいあなた!」



 母親に呼び止められて振り返るが、彼女には呼び止められる理由が思い当たらない。

 感情がない目で何用かと尋ねると、彼女にとって理解不能な話をされた。



「あの人押し付けてどこに行こうとしてるのよっ。話を聞いてれば、あなたもあの人の知り合いじゃないみたいだし。持ち込んだ問題の責任は最後まで。それが普通でしょ」


「本件において不必要に人類以外の介入は非推奨。事案解決は人類の責務」


「え、な、なに?どういうこと?よくわからないけど、あの人も命の恩人にお礼を言いたくても、その時にあなたがいなかったら可哀そうでしょ。

 だから少なくとも、あなたはそれを受ける責任があるの。分かった?」


「謝礼不要。緊急時以外の保護対象種との接触は不必要な事案発生の可能性あり。被保護者の管理権移譲要請を……」


「まあまあ。あなたも、とりあえず今日一日くらいはここで休んでいったらどうだ?急ぎでないなら、だけど。もしくは、いろいろとこの街を見て回るのも良いだろう」



 どちらも退きそうにないのを見かねた父親が折衷案を出した。

 母親は異論はなく、むしろ溜飲が下がったように大きく一度頷いた。

 彼女は提示された条件を考慮した結果、



「情報収集の必要性あり。当面の活動拠点に当地を希望」


「うん、何言ってるかさっぱりだが、しばらくはウチに泊まっていくと良い。と言っても、飯と寝床しか用意してやれないが。

 何か欲しいものがあれば、うちの店の手伝いをしてくれれば給料を出すから、そこから買うと良い」


「協力に感謝」



 話が纏まったと見たネリーゼが、ようやくかという風に口を開く。



「の前にっ。あなたのその恰好をまずはどうにかしなきゃだよ。薄手のワンピース……ううん、ネグリジェみたいなの来て外を歩くなんて危なすぎるからね。ちょっとこっち来て。

 そしてなんと都合の良いことに、私とあなたのスタイル大体同じっぽいから私の服貸してあげるよ」


「疑問。現時点まで問題発生は未確認。服飾変更の必要性は皆無」


「あなたはそれでもいいかもしれないけど、周りの人たちが困るの、特に男の人っ!お父さんは何でもないっていう顔してるけど、必死に顔に出さないようにしてるだけだし」


「お前、わざわざそんなこと口に出さなくてもっ」


「まあお父さんも男の人だしねぇ。うら若い美人さんがそんな恰好してたら、お父さんじゃなくてもすれ違う男はみんな鼻の下伸ばさずにはいられないわよ」


「ぐぬぅ」



 情けない姿を晒して立つ瀬がない父親の呻きが虚しく響く。

 衣服に強い頓着はないので、彼女はこれから世話になる家人の言うとおりにする。

 そして着替えた彼女は、この世界を知るために早速出かけた。

 平日の午前中、アーケードは早い時間にも関わらず賑わいを見せており、カフェやブティック、レストラン街は数歩歩けば誰かとすれ違う。

 田舎の人がこの中に放り込まれたらきょろきょろと首を動かすのだろうが、彼女は好奇心や興味を微塵も示さず新聞や情報誌の類だけを探した。



「光歴7385年。この星はグライドベルトと呼ばれ、八つの大陸とそれを囲む大海で形成されている。惑星内には大小596の国家が存在。中でも強権を有しているのは……レ国」



 小さな図書館とカフェが一体になった店で立ち読みをしていた彼女はふと周囲を見回す。

 窓の向こう、店の外では楽しそうにアーケードを行き交う老若男女。

 見るからに富裕国特有の高い幸福指数を誇っているように感じる。

 特に注目すべきものはない。

 再び資料を漁り、古代、中世、近代、現代の歴史に関する様々なデータを閲覧し始めた。

 いつの間にか閉館時間が迫っていたらしく、店員に呼びかけられたので即座に退店した。

 さすがの人外である彼女でも、たった一日で歴史を全て網羅することはできなかった。

 情報が揃うまで、連日通う事になった。



「ねえ、いつもどこ行ってるの?」



 朝食の席でネリーゼが彼女に聞いてきた。

 午前に出かけ、昼に戻ってこず、日が暮れてから帰ってくる。

 つまり、彼女が本当に無一文なら昼食を摂っていない。

 事実、彼女はその通りだった。

 彼女の体は、月に一度一口水を飲めば事足りる構造。

 この家族にそれを言った時、強がりを言うなだとか変な遠慮なんかするなだとか猛烈に勘違いされた。

 朝夕の食事は家人と同席。昼食はその時間になって戻って来た時に用意すると言われた。

 だが、彼女は連日昼食時に戻ってこない。どうやらネリーゼは昼食を抜いている事を気にしたらしく、かといって昼食時に戻って来いと言って彼女の行動の邪魔をするわけにもいかず、中途半端な質問に落ち着いてしまった。



「図書館で情報収集」


「ふうん。どんな情報探してるの?」


「この惑星の歴史及び現在の情報」


「えっと……教師とか学者さん目指してるの?」


「否定」


「じゃあ、なんで?面白いからとか?」


「否定」


「えー、なにそれ。よくわからないなぁ」



 詮索の手が少し厳しいのではと思った父親が割って入った。



「まあいいじゃないか。なにやら事情がありそうだし、部外者がやたらと口を出すものじゃない。が、情報を集めたいのだったら、うちの店にも来てみるといい。

 一応、小さいが書店を商っていてね。さすがに蔵書数は図書館には遠く及ばないが、個人出版の本も取り扱ってるから著者が直接卸しに来ることも多い。

 物書きというのは大抵がいくつかのジャンルに特化して詳しくなるらしくてね、私もよく薀蓄を聞かされる。

 もしかしたら、その中に知りたい情報があるかもしれない」



 父親の言う通り、公にされているものが全てとは限らない。

 実しやかに囁かれている都市伝説、その地の風俗を独自に調査した著書などもこの家族が経営する店舗にはあるらしい。

 いずれも図書館では取り扱いのないジャンルだった。

 それからは図書館と店を行き来する日々を過ごした。

 そんな中、保護した彼は喋れる程度に回復し、ネリーゼが数日かけて少しずつ事情を聞ける範囲で聞き出し、家族に報告した。



「名前はフェルスダート。この国の人じゃないんだって。なんかどこの出身かは言えないって言ってたよ。あと、あの廃墟にいたのは拉致されたからなんだって。寝込みを襲われたらしいよ」



 出身地を言いたくない事情がどんなものか気になったが、知ったところで何がどうなるというわけでもない。

 教えたくないのは帰りたくないからなのかもしれないし、帰りたければ快復してから彼の足で向かってもらえばいい。


 それから彼は日を追うごとに体力を取り戻していった。

 最初の頃はこれまでずっと寝たきりだったので、歩く事も困難なくらいだった。

 リハビリの手伝いをネリーゼが率先して行うというので、店の手伝いを不愛想で冗談も理解できない彼女にお願いすることになった。

 案の定、手伝いに入って数日で客から「あのニコリともしないの、どうにかならないか」といった軽いクレームが入ったので、彼女には検品と品出しのみに専念してもらった。

 すると、尋常ではない速さ且つ的確に仕事を完遂したので、ネリーゼの両親はあんぐりと口を開けた一幕もあった。

 そうして手伝いをする日々の中で父親が言った通り、委託販売の契約に訪れたとある著者がいた。

 彼からは図書館で知ることが出来ないような話を聞くことが出来た。



「最近、ちょっとキナ臭い話を聞いてな。あまり大きな声じゃ言えないが、この店にはずっと世話になってるから話すけど……。

 どうやらこの国の上層部連中、民間に下りる情報を統制して何やらヤバイ事をしようっていう噂がある」



 持ち込まれた著書のタイトルに視線を落とす。


『国家と陰謀』


 またか、と父親は思った。

 この人は巷で言われる、いわゆるサブカルチャーオタクという分類にあたる人物だ。

 このタイトルや内容では公機関の検閲で撥ねられるのは当然で、他に出した本も似たり寄ったりのタイトルが付けられていた。

 それでもこの人物は頑なに方針転換をしない。

 だからこの店で委託販売をしているのだが。



「へえ、そんな噂が。それで、ヤバイ事っていうのは?」


「後ろ盾もないような弱小国家を脅して、その国を支配下に置こうとしてるっていうのが一つ」


「一つ?二つ目もあるんですか?」


「ああ。どうやら裏の世界の人間を雇って、その国民に人体実験を施しているっていう話がある」


「それはどうも穏やかでは……ないですね」



 人体実験。

 拉致された青年。

 奇妙なタイミングでの符号の一致。

 跳ねあがった心臓の音を聞かれまいと必死に平静を装う。

 それを隣で聞いていた彼女が余計な事を言う前に、わざとらしく仕事を与えて席を外させた。



「その話の出どころは分かってるんですか?」


「それは……企業秘密ってことで」



 色んな意味であまり深く首を突っ込んではいけないような気がした。

 いずれにしても彼、フェルスダートとは極力関わるべきではない。

 体力が戻ったなら、金を渡してでも出て行ってもらおう、そう考えた。



「イヤ」



 ネリーゼが拒絶する。



「……なんでお前が言うんだ」


「こんなに故郷に帰りたくない人を放り出すなんて冷たすぎるじゃない。しかもここはフェルにしてみれば異国で、知らない人だらけだし勝手も違うし心細いと思わないのかな?」


「いや、しかしこれは母さんやお前にも関係するかもしれない事で……」


「じゃあ、私も出ていく」


「は?なんだって?」


「異国に放り出されたらどんなに怖いか、父さんには想像できないの?言葉も通じないし、もしかしたらフェルの知ってる常識がこの国だと罪になるかもしれないんだよ。お店に入っても無知な旅行者と知ればふっかけられるかもしれない。

 ウチで用意できるお金なんてそう多くないでしょ。そんなのに捕まったらすぐお金が無くなって野垂れ死んじゃうに決まってる。

 父さんは人を見殺しにするような人だったわけなの?」


「考え過ぎだ。この国にも多くの異国人が働きに来ている。それだけ信用のある国という証だ」


「だったら、どうしてウチに来るまで誰もフェルを助けなかったの?食べ物すら分けてくれなかったっていうじゃない。それのどこに信用を持てるっていうのかな」


「ご近所さんを悪く言うものじゃないぞっ。みんな助け合いながら生活してるんだ、悪い面だけ見るのは良くないぞ」


「でもその『みんな』の中には、お金もなくて今にも死んじゃいそうな厄介者は含まれてないんでしょ。面倒事が嫌いで閉鎖的。人の命がかかっていようがお構いなし。

 きっと他の誰かが助けるだろうって、そういう人たちばかりじゃないっ。私たちがフェルを助けなかったらどうなっていたか忘れたの?」


「いい加減にしなさい!お前言い過ぎだぞ」



 父と娘は睨み合う。

 次に言葉を発したのは、一人冷静な母親だった。



「まあまあ二人とも。そんなに大きな声じゃ、それこそご近所迷惑よ。でも父さん、どうしていきなり追い出そうなんて言い出したのよ」


「それは……」



 店で聞いた話を、その場にいた彼女と内容の確認をしながら話した。






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