#214_次元の狭間の戦い(1)
次元の狭間へ足を踏み入れると、そこは宇宙空間のように闇が支配していた。
聞いていた通りに足場はない。
その中を大小、形がまばらなペラペラのガラス板のようなものが無数に浮遊し、ゆっくりと回転している。
周囲は闇なので光は反射しないはずなのだがそれ自体が光源のようで、複雑な模様や色を映し出している。
色彩は緩やかに不規則に変化している。
見た事もない異様な光景に気後れしそうになるが、それよりも一番大事なことを確認しなくてはならない。
「久遠、世界は無事なのか?」
前方にいた久遠は振り向いて微笑んだ。
「うん、どうにかね。化石の力よりサンドラちゃんたちの方が少しだけ上回ってたから、それでどうにか調節できたよ」
「そっか、良かった……」
心底安堵する。
あとは浩介たちがヒトガタに勝利すればハッピーエンド。
葉月も理津もセレスティアもアリスもマリーレイアもガルファもデルフも将継も涼子も明日華も、みんな明日を生きる事ができる。
憂いが晴れ、闘志が沸き上がる。
浩介に微笑みを向けていた久遠は、宝石を乗せた己の手元を見遣った。
「出番だよ」
久遠が白と茶の二つの宝石を掲げて、手筈通りにベルとコハクを呼び出す。
現れる新たな仲間。
「くあ~っ、体が硬くなっちゃってるよ~。あ~、やっと解放された~」
「こらコハクっ!主様の前なんだから、まずはご挨拶が先でしょ!」
「いたっ!なにも叩かなくていいじゃ~ん」
「…………緩すぎじゃね?」
女子高生みたいな見た目の二人が現れた。
姉妹のようなそのやりとりに、緊迫した場が一気に弛緩し浩介は苦笑する。
見ていて微笑ましいが、この状況下では諫めるべきだろう。
それは皆も思っていたようで、リアンが代弁した。
「よもや、今がどういう時か分かってじゃれ合っているのではないだろうな?」
「リ、リアンっ?!ま、まさかリアンがいるなんて……」
「どうしてリアンがいるんだよ~……」
「何か不服か?」
二人はどうやらリアンが苦手らしい。
不満に満ちた二人の顔をジロリと睨む。
二人は縮みあがってぶるぶると首を横に振って、これ以上機嫌を損ねないよう取り繕う。
「そ、そそそそんなわけないじゃないですか~っ」
「うんうん、リアンダイスキー」
余りにも白々しい態度に大きくため息を吐くと、これ見よがしに頭を振った。
上下関係がよく分かった。
「まったく、私までこいつらに呑まれかけてどうする……。おい、何故呼ばれたのか主様から説明は受けているか?」
無駄口を叩いたと軽く反省し、二人の雰囲気に流される前に早々に会話の舵を戻した。
浩介への態度は別として、久遠が言った通り本当に根が生真面目なのだろう。
ベルたちの下手なおためごかしを無視して本題に斬り込むと、二人は一瞬だけ顔を見合わせてから言った。
「うん、大体の事は。アイツを探せばいいんだよね?」
「そうだ。こうしている間にも敵を送り込んでくるかもしれない。今すぐに始めろ」
「もうちょっと優しい言い方しても良いんじゃ……」
ベルの文句を再び一睨みで黙らせて仕事に取り掛からせる。
二人は目を閉じて集中した。
何故だかどっと疲れたリアンが少しだけ気怠そうな笑みで久遠を見た。
「では、私たちも邪魔が入るまでは探しましょう」
「うん。えっと、そうだね。それと、お疲れさま」
「恐縮です……」
浩介以外の全員がヒトガタの存在を探し始めた。
手持無沙汰になった浩介は、この少しの時間も無駄にはするまいと、周囲を警戒しながら闇喰らいと光弾を目一杯強化する。
上限まで強化し終え、次は刀の強化に入ると一つの願望が生まれた。
「(あの大太刀も強化できれば良いんだけど、どういうわけか俺の意思とは無関係に出てくるからなぁ。
使えたのは過去二回のデーモン戦だけなのを考えると多分、強敵と対峙した時に反応するんだろう。もしそうなら、これからの戦いでも使えるようになるはずだから強化しておきたいんだけど……)」
肝心の得物がない。
だが、世界の命運が懸かっている最後の戦いに臨むのだ、素直に割り切れなかった。
刀の強化をしながらも大太刀の出現を期待するが、代わりに出現したのは漆黒の召喚門。次元の狭間の虚空よりさらに昏い場所から、デーモンたちは現れた。
目測で一番近い出現位置は、三百メートルくらい先。
高速で動く浩介たちの世界では、三百メートルという距離などあってないようなもの。一瞬で詰められる。
「存外早いお出ましだな」
浩介の一言で久遠たちはデーモンの群れを見据え、各々の武器を構える。
リアンとロアは大剣を、シスターは拳を、久遠と浩介は闇喰らいを。
ロアが気合の入った声で叫ぶ。
「押して参る!」
「私とロアが前衛を務めますので主様、援護をお願いします!」
弾丸かと見紛う速さで飛び出し、リアンとロアが斬り込む。
あわわ、と焦ってシスターが後を追う。
浩介と久遠は、ヒトガタ捜索に集中しているベルとコハクの護衛をしながら、闇喰らいの銃口をデーモンたちに向ける。
「(シスターちゃん、だめ、戻ってきて!)」
「(はい、頑張りますよー!)」
「(だめだ、興奮して言葉を理解してない……)」
気迫を一切感じさせずにシスターはデーモンに踊りかかっていく。
シスターの実力は将継と同等ということは、つまりベルとコハクを除外すればこの場で一番力が劣っているということ。
デーモン一体とすら渡り合える実力があるかどうかが怪しい。
いたずらに戦力を損耗させられない戦いで、シスターの離脱は非常に厄介となる。
それを事前に注意しておくべきだったと久遠は後悔した。
何も知らないシスターは、果敢にも自身より強大な敵へ殴りかかっていく。
「はああっ!」
燕のように鋭利に懐に飛び込んで乱打を浴びせる。
が、全く怯まず、デーモンが丸太よりも太い巨大な腕でシスターを薙ぎ払う動きを見せた。
巨体に似合わずその動きは俊敏で、動いたと思った時には既に裏拳がシスターの眼前に迫っていた。
目はその巨大な拳を捉えてはいたが、身体の反応が追い付かない。
「あ」
終わった。
そう思った瞬間、拳が消え、デーモンも露と消えた。
「危なかった……。大丈夫か、怪我は無いか?」
闇喰らいを構えたままシスターに駆け寄った浩介は、近づいてくるデーモンたちを撃ちながら安否を確認する。
死を悟ったあの瞬間のショックから脱しきれていないのか、半ば呆然としていた。
「……は、はい」
「戻るぞ」
シスターの腕を掴んで強引に久遠たち元へ戻る。
久遠が光弾を撃ち続けながら謝った。
「ごめんね、怖い思いさせちゃって……私が予めシスターちゃんに言っておけばよかったね……」
「え、何を……です?」
そこで、ふと浩介は思い至った。
「そういや、シスターはデーモンと戦ったことなかったか。気付けなくて悪かった。あれらの相手は俺たちに任せて、ヒトガタを探してくれないか」
「わ、わかりましたっ」
先程の一合だけで戦いに役立てないと思い知り、素直にベルらと共に次元の狭間のどこかにいるヒトガタの気配を探り始めた。
一方、リアンとロアは互いに思う存分大剣を振るっていた。
二人の大剣がデーモンを撫でる毎に、巨躯が闇に還っていく。
「こんな魔物見た事ないぞっ!しかも、やけに硬いっ」
「泣き言を言うなどらしく、ないな。まさか、こんな有象無象の輩に後れを取るなどとは言うまいな?」
「抜かせっ!前に斬った魔物に比べればというだけだ、甘く見るなっ!」
身のこなし、得物の扱い、反応速度。
どれも隙がない。
迫る拳に危なげなく身を翻しては、すれ違いざまに絶命の一太刀浴びせ、下方からの突進には大剣を投擲し頭部を穿つ。
突き刺さった大剣は持ち主の意志に従って磁石のように引き寄せられる事もあれば、消滅して新たに手元に出現する事もあった。
そして、二人の武器は大剣だけではなかった。
両手両足による打撃も凄まじい威力を誇り、回し蹴りはデーモンの胴を抉り、殴打は頭部を粉砕した。
そうして何回、何十回とデーモンを殴り蹴り、斬り伏せていく。
だが、それでも補充されるデーモンのペースを追い越せない。
次第に二人は包囲されつつあった。
無論、浩介と久遠の援護射撃もあったが、それでもじりじりと追い込まれていく。
「(クソっ、これじゃ埒が明かないっ!ベル、コハク、まだかっ!)」
「(え~、まだ三分も経ってない~。無理に決まってるよ)」
「(早くしろっ!そう長くはもたないぞっ!)」
「(こっちだって頑張ってるんだから。ちょっと静かにしててよ)」
どちらの言い分も理解できる。
決して手を抜いているわけではないのは、初めからお互い理解している。
ただ愚痴が吐いて出ただけだ。
「ちっ」
リアンの舌打ちはベルやロアたちに向けたものではなく、己の非力さに対してだった。
だから、念話ではなく自分に響かせる。
「ふっ!」
迫るデーモンの蹴り上げをひらりと後方宙返りで躱しつつ横薙ぎで斬り伏せる。
と、その時視界に映ったものはリアンを慌てさせた。
「(主様っ!後ろっ!)」
「え?」
咄嗟に振り向くと、真後ろには音もなく接近していたデーモンが頭上で両手を組んでいて、今まさにその鉄槌を振り下ろさんとしていた。




