#211_作戦会議(1)
会議で一人ヒトガタ討伐に乗り出すのを渋っていた男性も、最終的にはマリーレイアたちの意向に同意し、浩介と久遠に全てを委ねた。
そして通信を終えた後も浩介と久遠だけは通信室に留まり、そこで今後の予定を立てる。
マリーレイアは席を外した。
何も知らない他のシェルターの人たちや避難民の事を考えたら、自分だけその時を知っているのは不公平でずるく、良心が痛んだからだ。
故に、できるだけ皆と同じ境遇でいようとした。
「それじゃあ、これからどう動くかの相談をしようか」
久遠が口火を切った。
ヒトガタへ立ち向かうのは良いが、力の差がどれほどなのかをまず浩介は知りたかった。
「今のこっちの戦力でどうにかなりそうなのか?」
「少し前だったら勝算は無いに等しかったけれど、サンドラちゃんたちのおかげで可能性は見えてきたよ。百回のうち一回は勝てるかもってくらいに」
「……勝率1パーセント以下かよ」
「そう言わないでよ。本当にサンドラちゃんたちは凄いことをしてくれたんだよ」
「そうだな……。その想いに応えるためにも、このチャンスを無駄にはできない」
久遠が噛みしめるように強く頷き、話を進める。
「異次元にいるヒトガタがこの世界に魔物を送り込むには、三次元と四次元の間、いわゆる次元の狭間からこの世界に干渉しないと不可能なんだ。
四次元や五次元といった上位の次元から魔物を送り込もうとしても、性質の変化の圧力に耐えきれず、姿を維持する事は不可能だからね。次元の狭間にいるというのは、その反証だよ」
「次元の狭間か。昔のゲームのラストダンジョンを思い出すな。それで、次元の狭間にいるヒトガタを引っ張り出すにはどうするんだ?」
「引っ張り出さないよ」
「え?」
こちらから手出しが出来ないならば、同じ舞台に立たせる必要がある。
そう思ったからこその質問だったのだが。
では、一体どうするというのだろう。
「言ったじゃないか、勝てる見込みは百分の一だって。そんな相手を引っ張ってなんてこれないよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか。こっちから乗り込むんだ」
「なるほど……。なるほど?」
一度は反射で頷いたものの、以前聞いたとある話が蘇って首を傾げた。
「あれ?でも俺たちが上位次元へ昇華するのはほぼ不可能って言ってなかったか?」
「三次元から四次元、四次元から五次元。それは確かに不可能に近いよ。でも、アイツのいる次元の狭間は言ってみれば3.5次元。完全な上位次元じゃないんだ。その場所へなら、条件さえクリア出来れば行けるよ。それに、アイツ自身が四次元以上の存在になりきれてないからね」
「そうなのか。ヒトガタが完全に上位次元の存在になってなくて助かった。で、その条件っていうのは?」
「まず、純粋な三次元の存在ではない事。これは私とキミの両方がクリアしているね。
次に、そこへ至る道の拓き方だけど、二つの膨大なエネルギーを一点に集約させて次元に穴を穿つ。
これにはヒトガタの化石とサンドラちゃんたちの想いを使わせてもらうよ」
つまりは、ブラックホールの生成に近いやり方という認識で合っているのだろうか。
ともかく、久遠がヒトガタの化石を殊更気にしてた理由が判明してスッキリした。
久遠はフレアスカートのポケットから虹色の宝石を取り出した。
それを見た浩介は目を瞠った。
そして思った。
「(スカートにポケットがあるんだったら、なんでさっき胸元から出した?)」
シスターから受け取った直後に戦闘になったから、ポケットにしまう余裕がなかったとか?
「(いや逆に地肌に物が当たって戦いに集中できなくない?っていうか普通にポケットに入れた方が早くない?いやでも動くことを考えたら、胸元で抱えていた方が落ちにくい……いやもうわかんねえなこれ)」
浩介は考えるのをやめた。
「聖石とサンドラちゃんたちのエネルギーを化石にぶつけて、アイツへの道を拓く。そうして開いた穴から次元の狭間へ攻め入るんだ」
ブラックホール、この場合はワームホールの方が近いか。
そう久遠は簡単そうに言うが、終ぞ地球の科学力でもブラックホール実用化までこぎつけられなかったのだ。
素人の思い付きのような実験レベルでそれを越えられるとは信じがたい。
「なるほど。だけど、簡単にそうは言うけど上手くいくのか?」
「まあ、過去に一回やらかしてるからね……」
バツが悪そうに口を歪めて笑う。
何故そのような顔をするのかと思うと、久遠がその理由を話してくれた。
「覚えているかな、一つだった世界をこの世界とキミのいた世界の二つに分けた事。その時、私はアイツを別次元に封印しようとしたんだ。
だけど私とヒトガタ、そして人の科学という三つの力が衝突して世界が分かたれてしまった。
でも、今度はそうはならないはず」
久遠単体でも次元に穴を開けるくらいの力の調整はできるという。
この期に及んで、それが本当かどうか疑うなどもはや無意味。
もう、やるしかないのだから。
「次元の狭間ってのは、どんなトコなんだ?」
「文字通りさ。三次元と四次元の特性が入り混じっている特殊な空間だよ。見ようと思えば位相の違う自分を見る事も出来るし、時間を跳躍する事も出来る。
ただし、時間に関してはちょっと不安定でね。次元の狭間でも三次元の特性が強く作用してるから、一度未来に行ったら過去には戻れない」
「ってことは極端な話、次元の狭間で百年分跳んだら、帰って来た時も百年経過してるのか」
「そういうこと。だから、この世界の人たちの事を考えると安易に時間跳躍は出来ないかな。戻ってきても誰もいなかったら、ね。瞬間移動も禁止。あれは時間軸と座標が関係してるから、私たちと二度と会えなくなるよ」
世界を救っても、人を救えなかったら意味がない。
時間跳躍と瞬間移動は禁止。久遠の忠告を肝に銘じる。
「あと、地面とか空とか無いかな。断片的にはあるけど。イメージとしては、宇宙の中にガラス片が散らばってる感じだよ。足場がないから移動は基本的に能力に頼ることになるね」
「移動だけで能力使うのは、ちょっと面倒だな」
「その代わり、というのも変だけど、この世界だと頭で考えてから体が動くまで僅かなラグがあるけれど、それがかなり軽減されるから反応速度は今の比じゃないよ。その面ではアイツとは対等になれる」
それは良いことを聞いたと思うが、それだけで終われない言葉についてその意味を問う。
「その面では、ってことは、他の面では未だ劣勢ってことか?」
「察しが良いね。『百回やって』って下りがここで働くのさ。アイツは次元の狭間から三次元世界へ向けて無数のデーモンを放っている。
つまり、私たちがこれから向かう場所でもその猛威が振るわれるということ。
だから私たちが万全の状態でアイツと正面切って戦うには、無駄な力を使わず、かつ無傷で有象無象の魔物の猛攻を掻い潜り、アイツの懐まで攻め入る。
これをクリアしてようやくスタートラインさ」
「物量が一番の問題か……。単純だけど、遮蔽物が無ければこれほど効果的な戦術はないね。無限の魔物生成に加えて常時フィールド効果得てるなんてチートすぎんだろうが」
普段あまり荒い言葉を遣わない浩介だが、地球で見たあの猛攻を相手にしなくてはならないと思えば嫌気もさし、吐き捨てたくなる。
希に見るその様子に久遠は僅かに驚いたが、同時に頼もしく思った。
「戦う気を失くすかもって思ったけど」
息を吐きながら流すように浩介は言った。
「いや、一瞬全部投げ出そうかとも思ったよ。でも、やらない後悔とやる後悔っていうのかな。それがすぐに頭に浮かんでさ。
それに、逆に考えればあの猛攻を何とかやり過ごせれば、勝てる見込みがあるって事だろ。
壁は大きいけど、多くはない。だったら諦めるにはまだ早い。それに……」
見透かしたような笑みを浮かべ、久遠のポケットに目を遣る。
「戦力は、当てにしてもいいんだろ?」
「ああ、もちろんだよ」
自信に満ちた笑みと声が返って来た。
次元の狭間には人間は入れない。
では、それ以外の存在と共に向かえばいい。
例えば、そう、
「(リアン、ちょっと来てくれるかな)」
久遠が念話でそうお願いすると、五秒も経たずに通信室内に光が満ちてリアンが姿を見せた。
初めて見た時と同じく、跪いていた。
「遅くなって申し訳ありませんっ」
「ううん、むしろ早いくらいだよ。あ、ごめんちょっと待ってて。もう一人呼ばなくちゃいけないから」
久遠がそう言っている間に、浩介が通信水晶を使って何やらメッセージを飛ばしていた。
リアンが横目で浩介を睨み続けていたが、気付かない事にした。
それから五分ほど経過した頃、通信室のドアがノックされた。
浩介が通信室の中と外を繋ぐマイクを通して入室を促す。
「お、来たか。入って!」
ドアが開いて姿を見せたのは白岩将継。
彼は浩介→久遠の順に見て、リアンの姿を見た瞬間、
「うげっ!なんでコイツがここにっ!」
リアンもその声に聞き覚えがあり、ふと顔を上げると、
「っ!貴様っ!貴様こそ何故ここに居る!すぐにその首刎ねてやるっ!」
一触即発というか、リアンの方はもう剣を抜いていた。




