#21_祭りの後
ライブが終わり、観客がいなくなった大ホールの中は、先ほどまでの賑やかさが嘘のように閑散としした。撤収作業に励むスタッフの声や機材がバラされる音だけが巨大な空間に響き、物悲しさが際立たせる。
会場内の通路を行き交う客数は目に見えて減っていて、皆、祭りの終わりを肌に感じ始めていた。
本イベントの終了時刻が、あと30分後に迫っている。
既に半分以上の出展ブースは撤収作業に入り、イベントコンパニオンの姿もない。
現在も展示を続けているブースはぽつりぽつりとあるが、どれもモニターでデモムービーを流す程度。
このイベントで残された式次は、閉会式だけ。
しかし、救世主の猫は閉会式を待たずに帰路へ着かなければならなかった。
浩介らは、会場の入口前で話していた。
その後ろを、心地よい疲れに満ちた表情の客たちが通り過ぎていく。
はたして、浩介たちは閉会式を見て帰るのか。猫又が話を切り出した。
「あとはもう閉会式だけだし、俺はもういいかな」
「だね。俺も十分堪能したよ」
「私も。猫さん送るよ」
「え?あの、えっと……まだ、残ってるブースとか、閉会式とか、あります、よ?」
必要以上に気を遣われているのでは、と恐縮して遠慮がちに訊いてみたが、のど飴はまるで聞いてない風に話を切り替える。
「っていうか猫さん、時間大丈夫?何分の電車?」
「っていうかのど飴さん。そういう貴女もチェックインは大丈夫?」
タイムリミット繋がりで、浩介は唐突に思い出した。
今更と思ったが、こちらも相応に重要な事であったため確認する。
のど飴は呆れたように笑いながら言う。
「今更ぁ?大丈夫、二人が試遊に行った後にソッコー行って来たから。実はここから歩いて数分の場所だったし」
親指を立てて笑うのど飴。
それとは正反対に、ゲンナリした表情で猫又が文句を垂れる。
「その間、俺は話し相手がいなくて暇で暇で……」
「いや、せっかくのイベントなんだから、色々見て回れば良かったんじゃね?」
「え?」
「え?」
救世主の猫が笑い出した。
「リアルでも同じ事言ってる」
駅までの道はイベント参加者で混みあっていて、今が夜とは思えないほどの混雑さ。
友人と一緒に歩く者、カップル、一人で参加した者。
多くの人が同じデザインの買い物袋を手に提げていて、その中には物販で買った商品が入っているのだろう。
そんな人の流れる先にあるのは、これから救世主の猫たちが向かう駅。
電車の出発時刻が、刻一刻と近づいている。救世主の猫が、左手に巻いた腕時計を気にする回数が増えていた。
もしやと思い、浩介は声をかける。
「大丈夫?間に合いそう?」
「えっと……ちょっとギリギリかもしれません……」
「まさかここまで道が混むとは思わなかったよなぁ。もうちょい早く出れば良かったな」
のど飴が救世主の猫に提案する。
「猫さん、走れる?」
「が、頑張ります」
「よし、じゃあ走ろう!」
「は、はい!」
二人が駅まで急ぐと言うと、浩介は申し訳なく言う。
「ごめん、俺、今日はこれ以上運動すると足攣ると思うから、ここで離脱だ」
「あんだけ動けば上等じゃね?とりあえず、先に猫さん送ってくるから、また後で」
猫又が手早く話をまとめると、浩介は救世主の猫へ言葉を向ける。
「っつーことで、猫さん。今日は一緒に遊べて楽しかったよ。また、ゲームでね」
「は、はい、今日はありがとうございました、楽しかったです。また、です」
救世主の猫は、腰を折って深々と頭を下げた。
浩介は手を振って走り出したゲーム仲間たちの背中を見送る。
その後ろをゆっくりと歩いていると、突如、遠くで救世主の猫が躓いたのが見えた。
浩介は駆け足で救世主の猫へ追いつく。
「ちょっと、大丈夫?どうしたの、救急車呼ぶ?」
猫又とのど飴は浩介に向って、深刻な顔を向けた。
「足、攣ったって」
「マジか」
「これだと、電車間に合わないよね……」
救世主の猫はあまりの痛さで声を出せない様子。
顔を突き合わせて、唸る。
「どうしよう……」
まずは救世主の猫を介抱するのが先だろう。猫又が近くのドラッグストアで湿布薬とスポーツドリンクを買ってきた。
救世主の猫を歩道の縁石に座らせて、湿布薬を脹脛に貼る。その隣にのど飴も腰掛けて、心配そうに窺う。
浩介と猫又はその正面に立って、道行く人たちに避けて通ってくださいと無言でアピールをする。
猫又から渡されたドリンクに少し口を付けてキャップを閉じてから、救世主の猫は申し訳なさそうに言った。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いやいや、猫さんが謝る事じゃないし。むしろ、時間ギリギリまで会場に居させちゃったこっちが悪いし」
「もっと余裕持って行動しておくべきだった。ごめんね、猫さん」
「試遊でかなり体力使ったはずなのに、走ろうなんて言ってごめん……」
「そんな……ひ弱な私が一番悪いんです……」
それぞれが己を責める。
皆がなかなか次の言葉を探せないでいるが、良くも悪くも、浩介はこのメンバーの中でも思考の切り替えが一番早かった。
帰れなくなったということはつまり、
「まずは、猫さんの宿泊先をどうにかしないとなんだけど、のど飴さんのホテルには泊められない?」
「多分、無理。というかマズイよね。一人分の料金しか払ってないのに、二人で泊まるのは流石にね……」
「だよねぇ。会場近くのホテルだったよね。今から予約しても無理かな……」
そこで行動力溢れる意見が出てくる。猫又である。
「のど飴さん。とりあえずホテルに聞いてみれば?」
「おっけー、ちょっと待ってて」
その間、救世主の猫は不安と申し訳なさ、それと淡い期待を抱きながらフロントと電話をするのど飴を見つめていた。
「はい……はい、そうですか、分かりました。突然にすみませんでした。失礼します」
結果は言わずとも、のど飴の言い方で結果は充分に察せられた。
のど飴さんが駄目なら、猫又さんの家は?彼女がいるって言ってたから、もしかしたら同棲していれば彼女が色々と気を利かせてくれるかもしれない。
「猫又さん家は?でも、彼女さんいるからマズイかな」
「うん、マズイねぇ。一人暮らしだし、そんな中に例え友達でも、彼女以外の女を泊まらせた痕跡が見つかるとヤバイ」
「あー、だよねぇ。彼女さんにも泊まりに来てもらう事は……」
「出張で県外行っててムリなんだよねぇ」
いよいよ後が無くなった。
何かないか考えていると、のど飴がおずおずと聞いてきた。
「ハイネガーさん家は?」
「……え?」
「いや、だから、ハイネガーさん家は泊めれるのかなって。だって、今すぐ思いつくのは、もうそれくらいじゃない?」
考えなかったわけでもなかった。
しかし、家の部屋数を考えると、どうしても足らないし布団も余っていない。
妹の部屋で妹と一緒に妹のベッドを使ってもらう手もあるが、流石に初めましての人とそんな事は出来ないだろうと、頭の中で却下していた。
が、再考してみる。
妹の葉月の場合、バーに行って友人を作ったりするくらいのコミュニケーション能力を持っているから、他人を自室に泊める事にそこまで拒否感を出さないかもしれない。
救世主の猫は、人見知りが激しく、一晩泊めてもらうだけでかなり緊張して委縮してしまうだろうし、布団に入っても寝付けないかもしれない。
しかし、あーだこーだと浩介が妄想するより、本人に聞くべきだろう。
「猫さん、ウチ、家族で住んでるんだけど、良い?」
「え!?いや、そんなこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「野宿、する?」
「え!?いや、それは……」
それはそうだろう。野宿の方が嫌に決まっている。
浩介はスマホを手に取った。
「わかった、ちょっと待ってて」
「あ、えっと……」
「ここはハイネガーさんに任せよう」
「んだんだ」
救世主の猫を気遣う声を聞きながら、コールした相手が出るのを待った。
「もしもしお兄?どしたん、死んだ?」
「何でよ!いや、そんなことより、ひとつ頼みがあるんだが」
「なに?」
「今日、女の子一人、お前の部屋に泊めて欲しいんだけど」
「……はい?どういうこと?」
浩介は事情を掻い摘んで説明した。
「……ということなんだが」
「オッケー、連れてきな。親もそういう事情なら何も言わないでしょ。っていうか、お兄が女の子連れてきたー!って大騒ぎするかも」
「あー、それは想像に難くないな。ということで、よろしく」
通話終えた浩介は、三人に向ってOKサインを作って見せた。




